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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第13章 メガコープ
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第203話




「人が何を考えているのかが読める!? 冗談っすよね!?」


 戦艦プラムの廊下を歩く太朗が、先を歩くファントムへ叫ぶように言った。太朗は「話がある」と言われ、ファントムに連れ出されていた。


「別に心を覗かれるわけじゃないし、正確にわかるというわけでもないさ。あくまで予想が出来る、といった程度かな」


 ファントムが振り返りながら言った。太朗はその答えに絶句すると、続きを待った。


「暗号解読の基本さ。どの信号がどれだけの頻度で使われているかで、大体の単語や意味を察する事が出来る。ヒントとなる解読済みの信号があればなおいいね。この事は君も良く知ってるだろう」


 ファントムはそう言って足を止めると、先ほどまでふたりがいた談話室の方を振り返った。


「問題は信号通信と違って思考を傍受する事は出来ないという点だが、これは間接的には可能だね。脳波とはつまり電気信号の流れなわけだから、こいつを観測すればいいだけさ。簡単だろう?」


 冗談めかした表情で肩を竦めるファントム。太朗は笑うべきかどうかの判断がつかなかったので、とりあえず「地球にも脳波計はありましたからね」と苦笑いを返した。


「そうか。どんな装置だったのか興味があるね。ちなみにだが、我々は普段数えきれない程の脳波計に囲まれて暮らしてる。今現在だってリアルタイムで計測されてるわけだが、わかるかい?」


 天井を指さすファントム。太朗は上を見上げると、叫んだ。


「BISHOP!?」


 太朗の驚きに、「正解」と笑顔で頷くファントム。


「ただし君も知っての通り、ドライブ粒子検知素子は我々からすると完全なブラックボックスだ。BISHOP制御装置の中身を覗き見るというのはまず不可能だろう。脳波と同じく、あまりに複雑だしね。だが脳とBISHOP処理装置との間で交わされる単純化された関数での通信を"見る"事が出来るとしたら、どうかな」


 ファントムは「見る」という言葉を強調すると、太朗の反応を待つかのように押し黙った。太朗は無言の時をしばらく思考に費やすと、辿り着いた答えにはっと息を飲んだ。


「エッタ…………いや、違う。エッタはそんな事するはずねぇし、何よりいつもプラムん中だ。そうじゃなくて、エッタと同じ様な事が出来る奴がいれば……」


 独り言のように呟く太朗。彼はファントムが再び歩き始めたのに気付き、慌てて後を追った。


「君は内緒話をする時に、わざわざ相手の耳元に顔を寄せてひそひそと声を忍ばせて話したりはしないだろう。人前で機密レベルの高い話題に触れる際には、防諜の為にとBISHOPを通しての会話をしてるはずだ。違うかい?」


 歩きながら、前を見たままのファントムが言った。


「そらまぁ…………四六時中考えたり相談したりしてるっすから。当然食堂やら何やら、人前でマール達と相談した事も……なんてこった。全部筒抜け?」


 青い顔でそう返す太朗。しかしファントムは「いや」と否定した。


「エッタのような優秀なソナーマンが、そう何人もいるとは思えない。プラムに乗船しているメンバーは全員間違いなく問題無いはずだし、気を付けるべきはステーションに戻ってからだろう。オフィスの人間は、一度全員をチェックした方がいいかもしれないね…………もっと早く注意を促すべきだったね。すまない」


 ファントムはそう言うと、どうやら目的地らしい部屋の扉へと手をかざした。扉はBISHOPの指示のまま開き、ファントムは太朗へ中へ入るよう促してきた。


「ここって……ファントムさんの部屋っすよね?」


 部屋の中にはかなり古い時代の物と思われる木製家具の数々。太朗も良く知っているデザインのそれらが所狭しと部屋に置かれており、足を踏み入れた太朗は何かアンティーク家具店にでも足を踏み入れたかのような感覚に陥った。本来は全金属板であるはずの壁や天井にもご丁寧に壁紙が張られており、扉向こうに見える未来的デザインで構成された廊下との対比が凄まじかった。


「有り難く使わせてもらってるよ。確か君はコーヒーが飲めるんだったね。良い豆が手に入ったんだ。淹れよう」


 ファントムはそう言うと、手慣れた様子でコーヒーの豆をすり始めた。彼は手回し式のハンドルがついた昔ながら――太朗からすれば――のコーヒーミルを使用しており、太朗はそれを物珍しいと観察した。


「オド・エ・B9星系の貴族から買ったアンティークさ。残留物からコーヒー豆をする為の道具だというのはわかったんだが、残念な事に金属部分しか残っていなくてね。土台部分は想像で後から追加したものなんだが、これで合ってるのかな?」


 そう言ってコーヒーミルを掲げて見せてくるファントム。それを見て太朗は、ソファへ腰を下ろしつつおぼろげとなった記憶を探った。


「いや、確か下の土台はそういうガラスとかじゃなくて、確か木で出来てましたね。引き出しの受け皿みたいのがついてて、すった豆はそこに溜まるようになってるんすよ。表面の木の所にはメーカー名の金属プレートがついてたりとか、そんなんですね。あれ、でも金属とかガラスの受け皿とかもあんのかな?」


 身振り手振りを交えて説明する太朗。ファントムはふむふむと興味深そうにそれを聞くと、「今度試作してみるかな」と独り言のように呟いた。


「んー、いい匂い。やっぱこの香りがたまんねぇっすね……しっかし、なんでこれが広まってないんすかね? どう考えても万人受けすると思うんすけど」


 鼻腔をくすぐるコーヒー独特の香ばしい匂いに、太朗の顔が綻ぶ。銀河帝国においてコーヒーはそれほどメジャーな飲み物ではないが、それでもコーヒーを呑むという文化が残っている事に感謝しつつ、太朗は差し出されたコーヒーカップを受け取った。


「エデミアという有名な飲み物があるだろう。味や香りの方向性としてはコーヒーと良く似ているし、安価で手に入れやすい。俺から言わせてもらえば泥水を香り付けしただけのような代物だが、銀河帝国では大評判だ。あれのせいじゃないかな」


 ファントムはそう悪態をつきつつ、簡易キッチンへと寄り掛かった。


「エデミア……そいやアランがしょっちゅう飲んでたっけか」


「おっと、そうなのか。では今の発言は内緒にしてくれると助かるね」


「いや、自他共に認める味オンチだから大丈夫っしょ。なんか軍でそういう訓練したとかなんとか」


「ほぅ。という事は、彼は特科出身か。陸戦自体が恵まれない兵科ではあるが、その中でもエリートだね。こう言っては失礼だろうけど、意外だな……あぁいや、ニューク防衛戦での指揮を考えればさもありなんか」


「いやいや、どう考えても意外だし、本当かどうか怪しいっすよ。普通、軍のエリートつったらMMKなのが普通なんじゃないっすかね。なんで童貞なんだっつーの」


「MMK?」


「モテてモテて困っちゃうの略。確か地球の軍隊が使ってる略語だったような」


「そいつはまた……地球の軍隊は随分フランクな感じなんだね」


 コーヒーの香りを楽しみつつ、他愛のない話を続けるふたり。和やかな雰囲気の中での会話はしばらく続いたが、やがてファントムが何の前触れもなく切り出した。


「例のステーションは、あれの他に20以上が存在する。これは恐らくだが、俺やエッタはそこの生まれだろう」


 口へ運ぼうとしていた太朗のコーヒーカップが止まる。


「現地で飼育されている人間は、そのほとんどが強化人間候補だ。ギフテッドやブーステッドマンとしての資質は遺伝による所が大きいとされているから、閉ざされた空間が丁度良いんだろう。濃い血はエラーを生みやすいが、同時に飛び抜けた才能も生むからね。遺伝子操作で生み出せそうなものだが…………何か理由があるのかな?」


 不思議そうな表情のファントム。太朗は何と返せば良いかわからず、狼狽えた。


「帝国……いや、この言い方は正しくないな。コールマンは、人を人為的に進化させる方法にえらく執着していたようでね。手当たり次第にブーステッドマンを作成してたよ。施設の同期だけでも3千人近くはいたが、今生きているのは数%といった所だろうね」


 ファントムはそう言うと、手にしていたカップを棚の中へとそのまま仕舞った。すぐさま洗浄機のものらしいくぐもった音が部屋に響き始める。


「施設……学校みたいな所にいたんですか? もしかしてエッタと顔見知りだったり?」


 太朗の質問。それにファントムが少し皮肉気に笑った。


「いや、彼女との接点は無かったと思う。強化カテゴリが違うからね。それと何かを学ぶ場所という意味でなら学校と言えなくもないかもしれないが、たぶん違うだろうね。あまり人間扱いをされた記憶もないし、学ぶ内容もろくなもんじゃない。コールマンからすれば、せいぜい培養施設兼実験場といった所だろう。我々はそこを単に施設と呼んでいたが、彼はニューエデンと呼んでいた…………楽園とは聞いて呆れるがね」


「培養って…………つーか、コールマンって、"あの"コールマンっすよね?」


「いや、"どの"コールマンかはわからないね…………いや、冗談を言ってるわけじゃないよ。言葉通りの意味だ」


 茶化されたと思いむっとした表情を見せる太朗に、ファントムがそう言って首を振った。


「ニューエデンの前身は帝国軍応用理化学研究所B施設と言ったんだが、そこの初代所長があのダン・コールマンだね。これに大体の概要が入ってる。読んでみてくれ」


 そう言ってファントムが1枚のチップを差し出してくる。太朗はそれを受け取ると、一瞬躊躇してから額にあてた。


「………………どういう、事っすか?」


 困惑に歪む太朗の顔。それに「妙だろう?」と肩を竦めるファントム。


「理化学研究所施設が創設されたのは、今からおよそ2000年も前の事だ。これは軍の記録にもあるし、間違いない。幸いにも市民登録をしていたようで、データバンクにDNA情報が残っていたよ。しかも驚いた事に――」


 ファントムは太朗へ顔をぐいと寄せてくると、無表情で呟いた。


「我々の目の前で死んだ"あの"コールマンと、DNA情報が100%一致してる。それだけじゃない。良く良く調べてみると、銀河の至る所、あらゆる時代に、コールマンの痕跡が残ってる…………君は、それらが全て同一人物だと思うかい?」


 何か怪談でも語るかのようなファントム。太朗に出来たのは、ただ驚き、混乱する事だけだった。




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