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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第13章 メガコープ
200/274

第200話

「"くそっ、随分足の速い船のようだぞ。駆逐艦では追いつけない!"」

「"追おうと考えるな。相手は小型快速船だ。フリゲートをマイクロオーバードライブで包囲に回せ"」

「"RS-44が突破された! 単なるビジネスマンに出来る動きじゃないぞ!"」


 通信機から聞こえる艦隊内部でのやり取り。太朗はレーダースクリーンを睨みつけながら、各艦艇の座標計算やら何やらをBISHOPで補助していた。短距離加速勝負となると、大質量の戦艦では分が悪い。


「おいおい、どうなってんだ。見事に手玉に取られてんぞ。上手い事追い詰めてんのはベラさんのとこだけじゃねぇか……」


 冷や汗が流れる。被害らしい被害は全くないし、小型船一隻で艦隊相手に何が出来るとも思えない。しかしこれだけ優秀なパイロットを保有しているという事は、相手はかなりの熟練した組織だという事になる。


「ふむ。これはまずいですね、ミスター・テイロー」


 小梅が大型スクリーンを手で扇いだ。するとポイントアローが現れ、恒星ガルダから離れに離れた宙域を指し示した。


「このままですと、星間宙域へと逃げられてしまいます。もし対象の船が多少でもステルス機能を有していれば、見つけ出す事は困難でしょう」


「逃げてるって事は、多分ついてんだろうな。エッタがいても駄目か?」


「不可能ではない、というレベルの話になるでしょう。エンジンを完全に停止してしまえば、放射自体がほとんど起こりません。なにしろ相手は極々小さな小型船ですから」


「まじか。ジャンプしてくれれば包囲した連中で捕捉出来んだろうけど…………しねぇだろうな。ジャンプしたら捕まるってのをわかってんだ」


 太朗は苛立たしげにひとつ舌打ちをすると、どうしたものかと考え始めた。

 相手がこちらの存在に気付いた以上放って去るわけにはいかない。かといって相手が降参するまでかくれんぼをするというのも、選択肢としては有り得ない。相手の食糧や生命維持に必要な物資が尽きるのは何週間も先だろうし、その間ずっとアライアンスを留守にする事になってしまう。


「ねぇ、いっそ投降を促してみたらどうかしら。自分が何をやってるかを良く知ってるから、問答無用で命を取られると思ってるんじゃないの?」


 マールからの提案。太朗は「確かに」と呟くと、相手に対する通信要請を送った。返事が無ければ一方的にメッセージを送るつもりだった。


「まぁ、出るとは思えねぇけど」


 誰へというわけでもなく、太朗。しかし彼の予想とは異なり、通信はすぐさま繋がった。


「えっ、繋がっ…………オホン。えー、そこの小型船に告ぐ。君は完全に包囲されており、無駄な抵抗は止めなさい。今なら交渉の余地があるかも?」


 繋がってしまった以上、呼びかけるしかないと言葉を紡ぐ太朗。横からは「なんで疑問形にすんのよ」とマールの横やりが入る。


「今すぐエンジンを停止して…………って、聞いてる?」


「"………………あぁ、聞いてるよ。しかし驚いたな。テイローか?"」


「黙っているとーって、えぇぇぇ!?」


 聞き覚えのある声に、思わず素っ頓狂な声を上げる太朗。まさかと思い識別信号を放つと、間髪入れずに覚えのある信号が返ってきた。


「ファ、ファントムさんっすか? んなとこで何やってんすか?」


「それはこっちの台詞だよ。ここは予定航路になかっただろうに。取りあえずそっちへ向かうよ」


 小型船を指し示す信号は動きを止めると、先ほどまでとは逆の方向へと進み始めた。太朗は何が何だかと周囲の面子を見渡すが、答えを知ってそうな顔はひとつも無かった。




「いやぁ、ベラの艦隊の方へ逃げなくて良かったよ。あの連携はまるでひとつの生き物だ。とても突破出来るとは思えないね」


 プラムのロビーに現れたファントムが、そう笑いながら言った。彼は集まった一同に軽く敬礼をしながら歩み寄ると、いくらか疲れた様子でソファへと腰掛けた。


「あたしのギフトは集団掌握制御だよ。忘れたのかい? まるでじゃなく、実際にひとつの生き物みたいなもんさ」


 ベラが葉巻をふかしながら返した。太朗はロビーに排煙設備を付けた方が良さそうだなどと考えながら、「それより」と口を開いた。


「一体全体何がどうなってんすかね。地図にも載ってないような辺鄙オブ辺鄙な場所っすよ。何の用があって来たんすか?」


 太朗の疑問に、ファントムが肩を竦めた。


「役に立ちそうな情報提供を受けたんで、その信憑性を確かめにさ。鵜呑みするわけにもいかないからね。しかし、そうか。メールの通信を追い越してしまったんだな。不便なものだ」


 ファントムはそう言うと、大きくひとつ伸びをした。


「なんとなく事情は察しましたけど、うちにあんな船ってありましたっけ?」


 小型快速船が収容されたカーゴの方へ親指を向ける太朗。それに「あれは個人名義さ」とファントム。


「それよりそっちの話を聞かせて欲しいね。目的があってここへ来た俺はともかく、そっちは何で寄ったんだい。たまたまなんて話は勘弁してくれよ?」


「いや、たまたまっす。通りがかった時にエッタが見つけたから、そのまま成り行きで」


「……………………」


 あんぐりと口を開けたままのファントム。太朗は珍しいものが見れたなと思いながら、自分達がここにいる事についてのあらましを説明した。


「――――とまぁ、こんな感じっす。大丈夫っすか?」


 何か眉間を抑えながら悩ましい表情をしているファントムに、太朗がそう気遣う。ファントムは「いや」と手を振ると、何か諦めたかのような苦笑いを浮かべた。


「銀河に御座す確率の神は、随分と君の事を気に入ってるようだと思ってね。俺がここを特定するのにどれだけ苦労したか、ゆっくりと時間をかけて聞かせてやりたい所だよ」


「あ、あはは…………」


「まぁいいさ。それよりその業者についてだが、調べる必要はないよ。相手が誰だかはわかってる」


 さらりと語られたひと言。ロビーにどよめきの声が上がる。


「業者の所属先は、帝国国土測量院。元々は帝国領だけの天体観測を行ってた機関だが、今はあらゆる場所で活動してる。時々RSの領土にも測量が来てるんじゃないかな?」


 ファントムが小梅の方へと顔を向ける。小梅は「肯定です」とひとつ頷いた。


「3ヵ月に1度、向こうから観測の要請が来ておりますね。帝国軍に属する機関ですので我々は測量を拒絶出来ませんが、実際に立ち入って来る事はありませんね」


 すらすらと答える小梅。「なんで?」という太朗に、今度はベラが答えた。


「うちのじじぃが既に観測済みだからさ、坊や。地球を見つけ出す為にかなり精密なデータを蓄積してあるだろう。連中にはそのデータを、かなり抑えた形で送りつけてるのさ。重要拠点のデータを抜いたり、精度を下げたりね」


 アルジモフ博士の特徴であるモジャモジャの髪を手で真似るベラ。太朗がなるほどと思いながらも次の質問をしようとすると、アランがそれに先んじて答えてきた。


「連中からしても、別にそこまで正確である必要はないんだよ、大将。向こうは形だけでも仕事をしたという証拠が欲しいだけだ。例えば測量に20日を予定して、こっちから測量済みのデータを受け取る。あとの19日は長期休暇って寸法さ。こっちは機密を保持できるし、お互いが得をしてるわけだな」


 当然の事のようにアラン。マールが「相変わらず腐ってるわね」とぼやき、太朗はそれに強く同意した。


「でもよ……軍が相手って、それもうどうしようもなくねぇか? 何かやりようある?」


 太朗の質問に、ファントムが「いや」と首を振った。


「小梅の言う通り軍に属してはいるが、あくまで外部機関だ。軍は金を受け取って名前を貸してるだけだな。測量には方々の土地へ入る必要があり、その際に軍の名前を出すと都合が良いだろう? 実態は一般企業だし、資本も何もかもが別から来てる」


 ファントムはそう言うと、テーブルの上へずいと体を乗り出した。


「資本元はペーパーカンパニーだが、それを辿ると俺達も良く知る会社に行き着く。完全な身元不明で、例え死のうが重罪で捕まろうが誰も気にもとめず、決して大元へと辿られない人材を欲してる会社があるだろう」


 静かな怒りを孕んだ声。まさかという空気が場に流れ、沈黙が訪れる。


「アウタースペースだろうがスラムだろうが、そこに住む人間には必ず誰かとどこかで繋がりがある。それを辿って行くと、我々が普段思っているよりもずっと遠くの、そして多くの人間にまで繋がるものさ。しかしここの人々には一切それがない」


 目を伏せるファントム。そこへベラが「帝国市民は」と口を開く。


「アウタースペースの人間がどうなろうと、自業自得だと思ってる。アウタースペーサー同士が殺し合う分には気にもしないだろうね。それは間違いないよ。ただし、それはあくまで自分達と関わりがなく、彼ら同士でやりあってる場合さね。帝国市民に何か利益の為にアウタースペーサーを自らの手を汚してまで殺すかと問えば、それは誰もがノーと答えるよ。帝国市民だってそれなりの倫理観を持ってるし、決して人命を軽視してるわけじゃあない」


 ベラの言葉に、マールが頷く。


「結局、みんな外の事を良く知らないだけなのよね。何だかんだここにいるのはエッタと小梅以外はみんな帝国市民だし、命を軽んじるような考えの人はいないわ。うちの社員だってそう。だから――」


 マールは言葉を区切ると、悔しげに顔を歪ませた。


「中央で活動してるマーセナリーズは、どんなに小さい事でも、絶対に悪事との繋がりを見つけられたくないのよ。大きい会社だから、世論の影響を強く受けるもの」


 マールはそう言うと、太朗の方へきっと視線を向けてきた。太朗はそれを受け止めると、大きく一度頷いた。


「戦略を一部見直そう。ガルダの人達は確かに連中にとっての強力な武器かもしんねぇけど、間違いなく致命的な弱点でもある。ここをうまく突けば、ただアライアンスを守るだけじゃない、何かが出来るはずだ」


 太朗は机に手の平を打ち付けると、一同の顔を見渡した。


「目に物見せてやろうぜ。アウタースペーサーなめんじゃねぇよってな」




気付いたらもう200話。頑張ってる。うん、頑張ってる。

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