第198話
人身売買の対価として、各種資源や物資を分けて欲しい。
部下より伝えられた、ステルス化されたステーションからやってきた代表者が発したという提案。それを聞いた時に太朗は、怒りのあまり声すら出なかった。現在こうして直接会って話を聞いているという流れも、本人に怒鳴りつけてやらねば気が済まなかったからだ。しかし――
「…………そいつは、また」
さして特徴の無い老人を前に、どうしたものかと顎を掻く太朗。怒鳴りつけるという行為は果たせず、今や怒りも困惑へと取って代わっていた。老人の話をざっと聞いた所、事は単なる人身売買という話ではないようだったからだ。
「すると、う……託した子供達は、どっかのステーションで元気にやってるってわけですか?」
思わず「売られた」と言いそうになった口を濁しつつ、太朗が質問する。すると老人は優しそうな笑みを浮かべて口を開いた。
「えぇ、えぇ、業者はちゃんと約束を守って下さってます。ときおり家族宛てにメールも届くんですよ。各々向こうできちんとやってるようです。距離の関係で、何か月も前の日付になってしまってはいますが」
ゆっくりとした、落ち着いた口調。淀むことはなく、嘘を言ってるようには見えない。太朗は「なるほど」とそれに頷くが、しかし内心では嘘に決まっていると思っていた。メールが来ている事自体ではなく、そこに書かれているだろう内容が。
「"物資と引き換えに労働力の提供。一見まともな事言ってるみたいだけど、実際は違うっすよねこれ。どう思います?"」
BISHOPを使い、別室からこの部屋を監視しているベラへと尋ねる太朗。
「"まともどころか、そこら辺の人身売買業者がかわいく見える程の所業さね"」
吐き捨てるようなベラの声。太朗は全く同意だと心の中で頷くと、老人との話でわかった事をもう一度頭の中でまとめてみた。
まず例のステーション――ガルダステーションという名前のようだ――だが、どうやら帝国初期拡張時代から存在する骨董品らしかった。外界との接触は唯一の例外を除いてゼロであり、なんとか誤魔化しながらやっているようだが、とうに限界を超えており、今いる人数を養うのが精一杯のようだった。資源は近くの小惑星から得られているようだが、当然そこだけで全てを賄えるわけもなく、また、それを加工する技術者と設備の不足がネックになっているという。
そして現在太朗が問題としているのが、その例外的な外界との繋がり部分。それは小型船をやっと所有出来る程度の小さないくつかの業者であり、数年に一度ふらりとやってきては重要設備や物資と引き換えに子供達を引き取っていくらしい。驚いた事に業者は善意からそれを行っていると話しており、そしてステーションの住民はそれを信じているらしかった。さらに言うと、ステーション側も子供達に対して良かれと思っている節がある。
実際太朗も30名程の若い男女を熱心に押し付けられている所であり、それは物資や設備がどうしても必要だというよりも、むしろ子供達を連れて行ってもらうという点にこそ重きが置かれているようだった。少なくともここよりは良い暮らしが出来るはずだと。
「…………外のステルス装置も、その業者から手に入れたんすか?」
疑念や不信感を表に出さないよう、抑えて喋る太朗。それに老人が「えぇ」と頷く。太朗は「たった数人だか数十人だかの労働力と引き換えにそんな高い装置が買えるものか!」と叫びたくなる気持ちを我慢した。
「"ステーション単位で隠せるようなステルス装置となると、下手なフリゲートよりも高くつくだろうね。駆逐艦クラスの船が買えるんじゃないかい"」
BISHOP越しに聞こえるベラの声。太朗は「"ですよね"」と答えると、確認すべき事があると老人に顔を向けた。
「限界集落……つってもわかんねぇか。えぇと、ステーションだけで独立出来る状態じゃないってのはわかりました。まぁ、場所的にそういう所もあるんでしょう。となると聞きたいんですが…………なんで逃げないんすか?」
そこで生きて行けないのであれば、移動すれば良いという当然の流れ。そんな太朗の疑問に、老人が少し戸惑ったような顔をした。
「どうやってですか? 我々には恒星間移動が出来る船がないのです」
実にシンプルかつ、わかり易い答え。太朗はその答えを聞くと、人買い業者を「いつか抹殺するリスト」の筆頭に配置する事にした。そして何かを期待した表情でぐるりと周囲を見回す老人に、次に何を言ってくるのかがわかった太朗は「考えさせて下さい」と答え、その場を立つ事にした。
確かにプラムであればステーションの人間全員を乗せる事も出来るだろう。しかしそれをやるべきなのかどうか、今の太朗にはわからなかった。
「ここは…………言い方はアレだけど、つまり…………くそっ!」
老人のいた部屋から離れ、ベラやアランの待機している部屋へ移動した太朗。彼はアームドスーツで倍化された力にモノを言わせ、壁を殴りつけた。
「…………人間牧場、ってトコかね。あたしもそれなりにクソみたいなワル共と接してきたけど、ここまでのは初めてだね。相手は外道だよ」
ベラが不機嫌そうに葉巻の煙を吐き出す。それをアランがうっとうしそうに手で払った。
「まぁ、同感だ。業者はロクでもない嘘をついてやがるな。本当に彼らを救う気があるなら、彼ら全員が乗れるだけの船を買ってくりゃいいだけの話だ。例の装置を買う金があるんなら、資金的にも十分のはずだからな」
アランはそう言うと太朗の下へと歩み寄り、アームドスーツのマスク部分をコツコツと叩いてきた。太朗は「わかってる」と発すると、ヘルメットを取り外してその場に投げ捨てた。
「ガルダの人は、帝国がとうの昔に崩壊したと思ってる……いや、違う。そう信じさせられてる。俺達がここに来た時に、向こうの反応がヤケに遅かった理由を聞いたか? 笑っちまうぜ。俺達を宇宙人だと思ったんだとよ!」
太朗はそう発すると、椅子へどさりと腰掛けて顔を覆った。やるせない気持ちから涙が出そうだった。
「彼らの中では何千年も前に時が止まったままなんだろう。今の駆逐艦クラスの船が戦艦と呼ばれてた時代だ。人類は細々と生きてるだけだと聞かされてた所に、現代の機動艦隊の登場と。宇宙人だと思っても不思議じゃないかもな」
アランが太朗の隣に腰掛けながら言った。彼は「俺にももらえるか?」と発し、ベラから葉巻を受け取った。
「業者はいくつかあるみたいだけど、全部グルか単一の組織だろうね。口裏を合わせなくちゃいけないし、複数に偽ってるのは、嘘も多方面からなら信憑性を高められるからって所かね」
灰皿に押しつぶすようにして葉巻の火を消すベラ。彼女は苛立たしげに次の一本を取り出すと、再びそれに火を付けた。
「それを何百年も続けるってのは、いったいどういう神経をしてりゃあそんな真似が出来るんだろうな。それを糾弾する人間はいなかったのか?」
大きくため息をつくアラン。太朗はそれに「はっ」と鼻で笑った。
「頭のおかしな連中が作った、あたまのおかしな組織なんだろうよ…………あぁ、くそっ。どうすりゃいいんだ!?」
苦い顔で頭を抱える太朗。そこへアランが「どうするも何も」と首を傾げる。
「アライアンス領まで連れてってやりゃあいいじゃねぇか。プラムなら全員乗れるだろ」
不思議そうな表情のアラン。そこへベラが「あんた馬鹿かい?」と口を挟んだ。
「そりゃ連れて帰る事は出来るさ。でもそうしたら嘘が嘘だと必ず気付くよ? より幸せになると願って自分の子供を送り出してたつもりが、実際は悪党に売り払ってただけだって知った親がどう思うかね。それも何百年もの間、代々ずっとだ。あんたなら耐えられるのかい?」
ずいとアランへ詰め寄るベラ。アランは「なるほど」と再びため息を吐くと、落ち込んだ様子で腕を組んだ。
「まぁ、そういう事なんよ。迂闊に真実を教える事も出来ねえし、そんな責任を負う事も出来ねえ。プラムや艦隊を見ちまってるから、薄々疑問に思ってる人もいるかもしんねぇけどさ…………向こうの責任者に判断してもらうしかねぇだろうな」
ぼそりと呟く太朗。ベラは「それが妥当だろうね」と発すると、ほとんど吸っていない葉巻を再び揉み消した。
「今回に関しては、こっちに来たじいさんと何人かの代表だけを連れてくってのがいいだろうね。その後真実をガルダの人間に話すかどうかは、その連中が自分達で判断すべきだよ…………もちろん――」
太朗の方へと顔を向けてくるベラ。彼女は人差し指を上げて太朗の注意を促しつつ、再び口を開いた。
「その業者とやらをその後どうするかは、あんたが決めな。たまたま通りがかった場所で、たまたま苦しんでただけの相手さね。例え放っておいた所で、誰もあんたを咎めたりは、しない。相手がわからない以上、どうしようも出来ない可能性もあるさね。ただ、後悔だけはしないようにしな」
言い終えると、口の端でにやりと笑うベラ。太朗はそんなベラに「どうせわかってんでしょ」と口を尖らせて答えた。




