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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第13章 メガコープ
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第197話



「"こちらCAT1、これよりアプローチに入る"」


 プラムの艦橋に、カト族であるゴンの声が響く。太朗はレーダースクリーンの中心に位置するプラムから離れていく4つの光点を見つめると、それらが向かう先にある『識別不明』と表示された建造物のマーキングをにらみ付けた。


「こちらプラム、了解。でも気をつけて頂戴。まだはっきりとした距離が割り出せてないわ」


 太朗と同じようにインカムを付けたマールが緊張気味の声色で言った。エッタのレーダーが捉えた構造体は、それが確実にそこにある事はわかっていたものの、正確な距離や形については全く不明だった。当然それが何であるかは見当もついていない。


 ――"広域スキャン……完了 天体:標準岩石惑星"――

 ――"詳細スキャン……完了 天体:小型小惑星"――


 太朗のBISHOPに流れる、プラムのレーダーによるスキャン結果。太朗はそれに溜息をつくと、「さっきと同じか」とぼやいた。


「天体偽装にステルスと。こんなひと通りの少ない場所でそこまでやる意味あんのかね」


 EAPが使用している航路とも違う現在地を考えると、例え煌煌とビーコンを焚いていたとしても誰かに気付いてもらえるとは思えない。そんな太朗の呟きに、小梅が首だけで太朗の方を振り返った。


「実際我々が今こうして遭遇しておりますし、それなりにも混乱させられておりますよ、ミスター・テイロー」


 いつも通りの澄ました声。太朗は「確かにな」と苦笑すると、キャッツの乗る哨戒機から新たに送られて来た座標データに合わせ、副砲であるビームタレットの向きを微調整した。正確な距離がわからずとも、対象が静止しているのであれば中心を打ち抜けば命中する。

 

「"こちらCAT3、対象がはっきりと見えてきたよ……思ったより小さいね。カツシカの半分くらいだ"」


 チャーの軽い調子の声と共に、映像データがプラムへと送られて来る。太朗はそれを受け取ると、ノイズがかった映像を得意の並列処理でクリアなものへと差し替えた。


「……丸いな」

「……丸いわね」


 太朗とマールの声が重なる。映っていたのは全面を黒に塗装された球形の建造物。太朗はそれの周囲に浮くいくつかの小さな箱型構造物を確認すると、恐らくそれらがステルス化する為の装置だろうとあたりを付けた。それはドライブ粒子の連動輻射効果を十分に期待できる配置だった。


「こちらプラム。タイキさん、相変わらず呼びかけに反応は無しっすか?」


「"こちらCAT2。そんなもんがあったらとっくに叫び声のひとつでも上げてるぜ。助けてママってな"」


「りょーかい。この距離で反応無しって事は敵性の可能性が高いから注意してね」


「"おいおい、誰に言ってるんだ。俺達は爆撃隊だぞ? この程度の距離で…………おい、気をつけろ! 動きがある!」


 タイキの鋭い声。すぐさま通信が騒がしくなり、キャッツ達のお互いをカバーする声がひっきりなしに行き交う。太朗はモニタを手繰り寄せて顔を近付けると、哨戒機の回避機動により大きく揺れる映像を凝視した。


「アラン、副砲発射用意。やばいと思ったら任意で発射OK。マール、各艦艇に最高警戒態勢を発令、散開で。小梅はジャミングとシールド制御頼むぜ」


 てきぱきと指示を出す太朗。それぞれから了解の声が返り、己が役目をこなし始める。


「ドック用ゲートっぽいけど、それにしちゃ小さいな……やっぱワインドか?」


 映像に映る球形構造体の一部が両開きの扉のように開き、中からの光が外へと漏れてくる。


「"船が出てきたぞぃ! 発砲許可はまだかの!"」


 ユキの焦った声。太朗は攻撃許可を発信する為の関数へ手を伸ばし、それの段階をひとつ上へとあげた。自衛による反撃の許可。


「窓がついてる……ワインドじゃない。総員、先制攻撃は絶対にしないように。相手の動きを待って!」


 既に大型建造物に対して砲を構えている艦隊へ向け、呼び掛ける。太朗はどんな動きも逃すまいと目を見開くと、プラムのカメラが捉える小型船をじっと見据えた。サイズで言えばフリゲートよりもずっと小さく、太朗の知る中では一般的な連絡船のように見えた。


「あら? これってもしかして、サスボートじゃないかしら」


 顎へ手をやり、考え込む格好でマールが呟いた。太朗が視線をカメラへ向けたまま「有名なん?」と尋ねると、。


「工学課程を取れば必ず習うだろうから、有名っていえば有名かも。SUS4型って言って、初めて全パーツをモジュールタイプで統一した画期的な設計で知られてるわ。今の宇宙船の原型になった船よ……でも――」


 マールは首を傾げると、訝しげに眉を顰めた。


「実物が動いてるのは初めて見たわね。もう千年以上も前に作られた骨董品よ。宇宙よりも、博物館の方がお似合いなんじゃないかしら」



 大抵の大型船にはその利便性から、完全に独立したエリアというものが存在する。空気の循環システムから食料、それに医療施設。さらには簡単な武装に至るまでがその場限りで賄われており、いざという時を考えると重要な箇所となっていた。例えば脱出用の小型艇や艦橋を中心としたセーフエリアがそれに相当する。

 しかしそれとは逆の理由で独立性が保たれた場所というのも存在する。最たるものがゲートカーゴと呼ばれる艦艇の入り口にあたるモジュールで、艦艇内部のシステムを守る為に全てが切り離されている。例えばサルベージ品に放射性物質や毒物が含まれているなどという事は良くある事だし、可燃性のある物質や爆発物だって有り得る。


「"入ってきていいぞ、テイロー。対象は丸腰だ"」


 分厚い隔壁向こうにいるアランからの声。太朗はほっとひと息をつくと、手動操作で隔壁のロックを開けた。


「悪意は無さそうなんだろ? さすがにこんな警戒しなくてもいいんじゃね?」


 太朗は息苦しさから喉のあたりをこすろうとしたが、すぐにそれが不可能な事に気付いて取り止めた。アームドスーツの欠点はかゆい場所を掻く事が出来ない所だと、太朗は半ば本気で思っていた。


「馬鹿を言え。今はファントムがいないんだぞ。本来であれば面会だってさせたくないんだ」


 開いた隔壁から現れたアランがうんざりした様子で言った。太朗はそれに「まぁまぁ」と答えてアランの肩を叩こうとしたが、アランが素早い動きでそれを避けた。


「おいおい、パワーブーストは切ってあるんだろうな。生身でアームドスーツに殴られたら普通に死ぬぞ?」


「…………大丈夫だって。ちゃんと切ってあるよ。それより早く行こうぜ。向こうさん待ってんだろ?」


「前半部の無言を問いただしたい所だが、まぁ、その通りだな。歩きながらでいい、聞いてくれ」


 アランはそう言うと、ゲートカーゴへ向けて歩きながら来客者についての素性を話し始めた。


「対象の名前はサントル。ファミリーネームは無いそうだ。映像で送った通り70近いじいさんだな。健康体だが、驚いた事に感染性の病原体を持ってる。後でカーゴの滅菌が必要だろう」


「病原体って、まじで? 艦内でバイオハザードとかヤだぞ?」


「対象者は全員滅菌処理が必要だろうな。向こうは発病しないみたいだが、俺達は多分感染するぞ。小梅が言うには致死率はほとんど無いらしいが、罹患すると発熱するらしい。あと自然に咳が出ると言ってたか……不気味な現象だな」


「…………おめぇら未来人は風邪をひいたこともねぇんか」


「風邪? 流行性の感冒という意味ならもちろんあるが、パーソナルシステムが勝手に治しちまうだろう。放っておくとそうなるのか?」


「病原体に対する人体の反応が変わる程、昔と今で人類が変わってるとは思えねぇからな…………それより、例の子供達はどうなってるん?」


 太朗が不快感を隠さずにそう発すると、アランがスーツの上から太朗の背中を軽く叩いてきた。


「ミス・エイリーンが面倒を見てる。大丈夫だ。恐らく、自分達がどういう状況下にあるのかさえわかってないだろう……その方がいいしな」


 ふたりは再度隔壁を抜けると、一方通行の通路を通ってゲートカーゴへと到着した。廊下の窓から見えるカーゴ内部にマールがサスボートと言っていた古い宇宙船の姿が見え、確かにそれは非常に古臭く、そしてくたびれて見えた。


「継ぎ接ぎだらけの宇宙船ってのも、なかなかオツなもんだ。さすがに自分で乗りたいとは思わないがな……例のステーションの人口は4226人。ステルス用の設置型ジャミング装置は外部から提供されたものだそうだ。武装は固定砲が6門。いずれもワインドに対する防衛用なのは間違いないが、ちょいと不釣合いな気がするな」


 アランが振り返りながら、先程まで覗いていた窓を指差した。それに頷き返す太朗。確かに超旧型宇宙船とプラムのセンサーを誤魔化す程の大型ステルス設備は、不釣合いのように感じる。


「いずれにせよ、艦隊の脅威になりそうな相手ではなさそうだぁね」


 太朗はそう結論付けると、相手の待つカーゴ内スペースの入り口へと立った。彼は外から見れば不透明に見えるスーツのマスク部分を透化モードにすると、アランの顔を見ながら口を開いた。


「そんじゃ人売り業者にご対面といこうぜ。場合によっちゃ俺が癇癪を起こすかもしんねぇから、そうなったら止めてくれよ」


 ドアをスライドさせ、部屋の中へ歩み入る太朗。そんな太朗の言葉に、アランはスーツの後姿を見つめながら「無理に決まってんだろ」と小さな声で呟いた。




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