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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第13章 メガコープ
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第195話


 戦艦プラムに設けられた個室でひとり、エッタは部屋の隅で膝を抱えて丸くなっていた。部屋には柔らかいベッドがあり、寝る時はそれを利用していたが、朝起きる頃には結局そこへ移動していた。施設にいた頃の癖はなかなか抜けなかった。


「…………」


 寝起きのぼうっとした頭で、昔の事を思い出す。

 清潔だがおもしろみのない施設には、自分と同じような境遇の人間が少なくとも100人はいたと記憶している。数えた事があるわけではないが、避難訓練とやらで大勢が一箇所に集まった時はそれくらいの人数が集まっていた。普段は3人以上で一箇所に集まる事が禁止されていたので、集団で集まるという経験はその一度きりだった。決まりを破ると自動的に服へ電流が流される仕組みらしく、それぞれは例え同じフロアにいたとしても互いに近付くような事はなかった。

 決まりは他にも沢山あり、エッタも数え切れない程電流を流された事がある。火傷の跡は今でもいくつか残っているし、その時の痛みは今でも良く覚えている。全身が引きつり、叫び声を上げる事も出来ない。『仕事』と称される作業で失敗した際に流される事が最も多く、エッタはその仕事へ参加するのが嫌で嫌で仕方がなかった。しかし参加しなければ、もっときつい仕置きが待っている。


「白衣の人は、もういない。ここは、大丈夫」


 自分へ言い聞かせるように、エッタは静かに呟いた。知らぬうちに震えていた腕を抱えると、何度か深呼吸をする。BISHOPで時計を確認すると起床予定時刻の5分前。施設にいた頃であれば、もうすぐ仕事へ行く時間だった。

 エッタが仕事で行ったのは、主に目に見えない何かを見つけ出す事だった。箱の中身を当てるという単純な作業から、宇宙に隠れた船を見つけ出すなど、様々だった。宇宙空間を流れる通信波を見つけ出して解読したり、他人が使うBISHOPの動きを読み取ったりといった事もあった。時には誰かと競争する事もあり、彼女はそれを常に勝ち続けたが、何よりその仕事が一番嫌いだった。競争相手は大抵の場合、その後しばらくすると施設からいなくなってしまうからだ。いなくなった者がどうなったのかはいまだに知らないが、想像して楽しい内容はあまり思い浮かばない。


「……うるさい」


 エッタは脳を通して直接目覚ましベルを鳴らしてくるBISHOPの関数をそう言って止めると、立ち上がってひとつ伸びをした。立ちくらみと共に視界がゆがみ、電磁波を捉える独特な視界が眼前に開ける。


「おはよう、ヨッタ姉様。今日も、早起き出来たわ」


 長く伸びた髪を手ですくと、視界の一部がうっすらと虹色に輝いた。彼女の髪にはナノマシンと呼ばれる小さな機械が大量に住んでおり、彼女の髪を常に電磁波受容体としての相応しい形へと作り変えているらしかった。


「姉様は、今日も綺麗ね」


 マールに買ってもらった木製の櫛を手にすると、それで髪を優しく梳いていく。金属製品とは違った滑らかな歯がエッタの髪を真っ直ぐに整えていく。エッタが姉と呼んで慕っていた女性から移植された、大切な髪を。


「そろそろ、仕事の時間。行かないと」


 満足いくまで髪を整えたエッタは、手にしていた櫛を大切なものを入れておく為の小さな箱に仕舞いこんだ。箱の中にはぬいぐるみやら化粧道具やら絵本やらが詰まっており、それらはどれも彼女の宝物だった。全てプラムで生活するようになってから手に入れた物であり、彼女は日に日に箱の中身が増えていく事が嬉しかった。エッタはプラムで仕事をする事でそれなりに給金を得ているし、それで様々な品物を買う事も出来るのだが、そうして手に入れた物をこの箱の中に入れるつもりはなかった。

 この箱の中へ入るには厳しい条件をクリアする必要があり、彼女は度々その為の審査会を開いていた。審査委員長であるエッタは品物を検分し、意見を聞き、選別していく。審査員は他に3匹のぬいぐるみ達がいたが、大抵の場合、彼らの意見はエッタのそれと同じになるのが常だった。

 そして残念ながら彼女のおめがねに適わなかった物は、この小さな箱ではなく、無骨な鉄のコンテナへと収容される事になる。最近では情報部のアランから貰ったピンクの下着がコンテナ行きとなった。理由は審査委員長が自分を成熟した大人だと思っており、そのデザインはあまりにも子供向け過ぎると判断したからだった。それに、いくらか気持ち悪い。


「おはよう、テイロー、アラン。何をしてるの?」


 仕事場である艦橋へ向かっていく途中で何やらひそひそと話し合っている2人を見かけ、声をかける。階段の下で顔を寄せ合っていた2人は、エッタに気付くと慌てた様子で手を上げた。


「お、おはようエッタ。いい天気だな。先に艦橋にいってていいぜ。多分小梅がもういると思うから」


「エッタか。嬢ちゃんかと思って焦ったぜ…………おい、テイロー、来たぞ!」


 ひそひそと、アランが廊下の向こうを見て太朗の肩を叩く。エッタも釣られてそちらを見ると、確か第2艦橋の操舵員だったろうか、こちらへ歩み寄る女性の姿が確認出来た。


「おはようございます、テイロー社長、アラン部長。本日もよろしくお願いします」


 笑顔で敬礼をする女性。太朗とアランが「うむ」とそれらしい顔つきで答礼をすると、彼女は礼の後に階段を昇っていった。


「…………何をしてるの?」


 何故か女性の後姿を見上げ続けているふたりに声を掛ける。するとふたりはこちらを振り向かずに、上をむいたまま口を開いた。


「うーん……強いて言うなら……男の勝負、かな……お、青か!?」


「いや、待てテイロー。俺には紫に見えたぞ。照明の影響を計算に入れたか?」


 何か興奮気味に相談をするふたり。腰を低くして見上げている事から、どうやら下着の色を当てているらしかった。


「あれは赤。照明の色は青。混じって紫にみえてる」


 なぜそんな事を気にするのだろうかと疑問に思いながらも、そう教えてやるエッタ。彼女は服を透過する電磁波を視認する事が可能であり、それを可視光線で見た場合の色に変換する事だって出来た。


「そうか。ミス・エイリーンは赤か……意外だな。実は情熱的なのか?」


「うへへ、昼は淑女で夜はしょうぶごふぁあっっっ!?」


 黒い影が目の前を横切り、太朗が奇声を上げる。


「朝っぱらから何やってんの! ほんっと、馬鹿ねあんたら!」


 黒い影の正体はマールだったらしい。飛び膝蹴りが顔面に決まった太朗が顔を抑えてのた打ち回っている。マールは着地と同時に体を捻ると、アランの股間を強く蹴り上げた。アランは何か悲しそうな表情をしたまましずかに崩れ落ちる。


「いくわよエッタ。そんなやつらはほっときなさい」


 つんとしたまま階段を昇っていくマール。エッタはしゃがんで太郎の頭を少し撫でると、マールの後をついて艦橋へ向かった。


「おはようございます、ミス・マール、ミス・エッタ。ご機嫌如何ですか?」


 第1艦橋へ到着すると、既に中にいた小梅へ迎えられる。「最悪よ」と答えるマールに続き、「まぁまぁよ」とエッタは答える。


「本日の哨戒任務はおよそ3時間を予定しております。終了後は2時間程の座学を予定しておりますので、そのつもりでお願いします」


 小梅が丁寧にお辞儀をする。エッタはそれにひとつ頷くと、自分のために用意されたシートへと納まった。たった3時間であれば楽な仕事だし、小梅が教えてくれる勉強も嫌いというわけでは無かった。自分の頭の出来があまりよろしくなさそうだというのは知っていたし、勉強してもわからない事は多かったが、ともかく嫌いなわけではなかった。



「やあ、おちびちゃん。こんな所に何の用だい?」


 最初の仕事と勉強を終えたエッタは、次の仕事を行うべくベラの部屋を訪れていた。普段は主力艦隊を率いて方々を見回ってる為に滅多にプラムでは見かけないベラだったが、この日は何か用があったらしく、私室で何か作業をしていた。


「掃除。ここはいつも、私がしてる」


 手にしたクリーナーと呼ばれる清掃機械を掲げてみせる。それを見ると、「そういやそうだったね」とベラが笑みを浮かべた。


「いつも助かってるよ。あんまり掃除は得意じゃなくてねぇ……おい、ぼさっとしてんじゃないよ。いつものを用意しな」


 ベラが傍に控える男に鋭い声を発する。男は「はっ」と小気味良い声を発すると、素早く別室へと消えて行った。


「…………汚れてない」


 既に誰かが清掃をしたのだろうか、整えられた部屋を見て呟く。ベラにはいつも部下が付き従っているので、もしかしたら彼らがやってしまったのかもしれない。


「おや、そうかねぇ……あぁ、もしかしたら別室の方が散らかってるかもしれないよ。何しろ、おっちょこちょいの部下がいるからねぇ」


 ベラが先程男が消えて行った部屋へと視線を向ける。するとそちらの部屋から、何やらバラバラと物が落ちる音が聞こえてきた。


「……あ、あぁ。これは失敗したなぁ。ボスの大事なチップをばら撒いてしまったぞぉ」


 エッタが別室へ向かうと、確かに黒いチップが大量に床へと散らばっていた。彼女は無言でしゃがみ込むと、男と共にチップをひとつひとつ丁寧に拾い集めた。


「いやぁ、助かりましたよ、ミス・エッタ。ひとりではきっと時間がかかってしまったでしょう。お礼と言っては何ですが、こちらをお召し上がり下さい」


 作業が終わって胸を張っていたエッタに、男がカートに乗ったお菓子を差し出してくる。エッタはベラに見つめられながら甘いケーキやジュースを堪能すると、そろそろ時間だと部屋を出る事にした。


「またよろしく頼むよ、おちびちゃん」


 ベラに別れを告げ、次の仕事場である高速移動レーンへと向かう。レーンの清掃中にサクラが現れたので慌てて逃げる事にはなった――どうも扱いが荒いサクラは苦手だ――が、おおむね平和な仕事時間が終了した。その後は食事を取り、体の清掃を行い、後はベッドに入るだけ。毎日繰り返される、いつもの日常。


「さて、今日はどれがお望みかしら。シーダの冒険はどう?」


 ネグリジェを着たライザが、チップを手に笑みを浮かべた。彼女と共にベッドで横になっているエッタが首を振ると、「じゃあ」とライザが別のチップを手にする。


「ジュリエッタと不思議な星系にしましょう。新しいお話ですけれど、きっと気に入りますわ……むかーしむかし、まだ帝国がずっと小さかった頃……」


 ライザが優しい声色で物語を紡いでいく。既に眠気に襲われていたエッタはほとんど話の内容を聞いていなかったが、それで構わなかった。憶えていないのであれば、また同じ話を楽しめる。


「その星系では…………ジュリエッタはそこで…………」


 子守唄のようなライザの声が、段々と遠くに聞こえ始める。どうせまた夜中にうなされて部屋の隅へ移動する事になるのだろうが、今はベッドの柔らかさとライザの歌うような声だけを意識する事にした。

 そして意識が完全に消えてしまう刹那、エッタはふと強く思った。

 自分は今、幸せの日々にいると。

 皆は何も言わないが、何かが起こりつつあるのは彼女にも良くわかった。ライジングサンのトップほとんどがこうして集まる事など、非常に稀な事だった。

 だからこそ彼女は、それを守る為ならば何でもするつもりだった。




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― 新着の感想 ―
何度も読み返して、この先を知っているからこそ このセリフに言い知れぬ感情が湧き上がってきます… この作品はほんとに引きの文が上手いです!
[一言] あわわわ、フラグが……フラグが立ってしまう。
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