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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第13章 メガコープ
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第194話



「テイロー、受け取れ。旧エンツィオ軍部の主要取引先だ」


 アランが太朗へ向け、黒いチップを放ってくる。太朗は「センキュ」と言いながらそれを受け取ると、素早く端末へとダウンロードした。


「お、とうとう来なすったか。情報部の素早い動きに感謝しますぜぇ……うぇ、やっぱ結構な量だな…………あぁ、そっちにも送るぜ」


 プラムの談話室には休憩中のマールと小梅がおり、太朗はふたりに向けて手を扇いだ。チップの中身は旧エンツィオ軍部の主要取引先が列挙されたリストであり、ふたりは各々の携帯端末を取り出すと、そのリストへと目を通し始めた。


「良く残ってたわね。旧政府が全部処分したものだと思ってたわ」


 リストを眺めながらマールが感心したように呟く。それにアランが「苦労したんだぜ」と苦笑いをしながらソファへと腰を下ろした。


「残念ながら全部ではないが、8割は集められたはずだぞ。旧軍部の人間に、金になるだろうとデータを持ち帰ってた奴が何人かいてな。行動そのものは褒められたもんじゃないが、正直助かった。全部で300万クレジット程を支払う事にはなったが、別に構わんだろ?」


 さらりと言い放つアラン。それにマールが眉間に皺を寄せて口を開いたが、結局は何も言わずに口をつぐんだ。


「おうさ。そんなもん情報が手に入ったんなら……うーん、最近金銭感覚が麻痺してる気がするな。円に換算すると3億くらいか? あれ? そんなに高くない?」


「火事場泥棒に払う額としては十分に高いわよ。小梅、照合お願いね」


「了解しました、ミス・マール。少々お待ちを……完了しました。お送りします」


 マールの依頼を受けた小梅はしばらく目を閉じると、そう言ってひとつ頷いた。すると太朗の端末に、タカサキから送られた取引先リストと今回のリストとが照合された結果が送られて来た。


「…………んー、こりゃハズレか?」


 照合結果は、該当無しというものだった。つまり、共通する取引先は存在しない。


「つまり、エンツィオの時のと今回のとは、別の企業による謀略って事? 模倣犯みたいなものかしら」


 マールの発言に、「うーん」と太朗がうなり声を返す。


「その線もなくはないだろうけど、そんな事やらかす組織がいくつもあるもんかなぁ?」


 太朗の疑問に、アランが「どうだろうな」と考え込んだ様子を見せる。


「可能性としては低いだろうが、完全に有り得ないとも言い切れんな。それにそもそも、誰かが煽ってるという考えも現段階ではまだ推測に過ぎないわけだからな」


 アランの指摘に、一同が悩まし気な声を上げる。しばし沈んだ空気が流れた後、ふと小梅が口を開いた。


「ときにミスター・アラン、リストはこれが全てではありませんね?」


 小梅の疑問に、アランが訝しげな視線を向ける。


「いや、そいつで全部……あぁ、選別前のリストという事か?」


「肯定です、ミスター・アラン。このリストの取引先は、どれも日付が新しいもののようですから」


「なるほどな。ちょっと待っててくれ…………これだな」


 ジャケットの内ポケットをまさぐっていたアランが、新しいチップを掲げて見せる。


「過去30年までの取引先企業が乗ってるはずだ。言っておくが半端じゃない量だぞ。防諜の為だと思うが、リスティングされていない上に、全てランダムで並んでる。書式ですらバラバラだ」


「大丈夫ですよ、ミスター・アラン。そうですよね、ミスター・テイロー?」


「おうさ、任しとけ。そういうのは得意だからな」


 小梅の微笑を受け、チップを受け取る太朗。彼はチップの中身をダウンロードすると、無差別に羅列された情報を整理し始めた。


「そういや大将の特技を忘れてたな…………どうだ?」


「ちょい待ち…………出来たぜ。ソートもしといたぞ」


「くそっ、苦労して抽出作業を行った俺達が馬鹿みたいだな」


「いやいや、データそのものの信憑性のチェックとかは無理よ。企業同士の関連性とかもわかんねぇし、その辺は地味にやってもらうしか」


「そらそうかもしれんが、ちょっとショックだぞ。今度からこういうのは大将の所に持ってくかね…………おいおい、こいつは"来た"んじゃないか?」


 携帯端末を見てぼやいていたアランが、周囲に鋭い視線を向けてくる。太朗も同じように視線を返すと、無言でひとつ頷いた。


「522社が合致。どれもエンツィオが戦争をおっぱじめる前のあたりに取引してる企業だな」


「どれも実体の無い企業ね。という事は、いわゆる見せ札かしら?」


「たぶんな……あぁいや、間違いないっぽいぜ。どの企業も数年後には撤退してる。理由は利潤が見込めないからってなってるけど、そりゃそうだろ。ダンピング用の大赤字企業なんだから」


「という事は、それらと入れ替わりで入った企業が本命よね。どれがそうなの?」


「ちょっち待っとけ…………出たぞ。そっちにもリスト送っとく……うわ、こいつら全部のアライアンスと取引してるっぽいぞ」


 マールの言う通りの形で整理したリストの企業群は、エンツィオ同盟を構成していた全てのアライアンスとの間で取引が行われていた。


「どの陣営が勝とうが負けようが関係ないって事か。さらに言えば、均衡を保つ為に手を加えてた可能性もあるぞ。負けそうになった方に最新鋭機を販売するとかな……正真正銘、死の商人だ」


 アランが吐き捨てるように言った。太朗はしばしその事実についてを考えると、口を開いた。


「うちも武器を扱ってるし、対抗勢力の両方に武器を売って儲けるってのは別に悪い事でもなんでもないと思う。けど――」


 知らないうちに硬く握り締めていた拳を、机に叩きつける。


「その為にあえて戦争を煽るってやり方は、気に食わない。エンツィオは最終的に民間人へ手を出す事になったし、今回の流れは俺達の所にだって影響がくるはずだ。今更倫理をどうこう言うつもりはねぇけど、俺は、気に食わない」


 机を見つめ、口をへのじに結ぶ。そんな太朗へ「私もよ」とマール。一同は真剣な眼差しで顔を付き合わせる。


「戦争ももちろんだし、例の洗脳された海賊だって許せないわ。あんたの言う通りだとすると、とんでもない事よ。絶対に許せない」


「俺も同感だ。いくら何でもありのアウタースペースだからとはいえ、やっていい事と悪い事がある。こいつは後者のケースだ」


「小梅も同感ですよ、ミスター・テイロー。小梅に人の倫理はわかりませんが、少なくとも小梅は、小梅が大切だと思う人々に危害が加えられるのを黙って見ていられるように作られてはおりません。AIとしての矜持というものがあります」


 各々の気持ちを語る一同。太朗はぐるりと仲間の視線を確認すると、ひとつ頷いた。


「…………よし。そんじゃあ、やるぞ。金の為に人を弄ぶクソ野郎に思い知らせてやろうじゃねぇか。小梅、とりあえず現状をまとめてくれ」


 太朗の指示を受け、「了解です、ミスター・テイロー」と小梅が立ち上がった。


「敵対組織、これを仮にエネミーカンパニー(EC)としましょう。ECは旧エンツィオを構成する3つの領に対し、特殊な麻薬を用いたオーバーライド装置により洗脳された好戦的な海賊を大量に送り込んだものと思われます。これが第1段階です」


 小梅が携帯端末をテーブルへ置くと、旧エンツィオ領の地図がホログラフとして映し出された。


「当時はまだワインドの大量発生が起こっていない為、かなりの効果が得られたものと思われます。各アライアンスは防衛の為の軍拡を進め、それは取り返しのつかないレベルまで引き揚げられます。ただしそれらは、新規参入してきた造船企業による安価な艦船提供に依存したものだったでしょう。これが第2段階」


 ホログラフに無数の「特価」と書かれた艦船が現れ、その数をどんどんと増やしていく。


「そしてタイミングを見計らい、海賊の派兵を取り止めます。既に十分に軍事へ傾いてしまっている経済は、新しいその消費先を求める事になります。3つの隣接するアライアンスが全て同様の状態になるのであれば、自然と軍事衝突に向かってもおかしくはありません。それすらも意図的に煽った可能性も、もちろんあります」


 大量の艦艇がぶつかり合い、その数を減らしていく。そしてその数がある程度に減った頃、特価と書かれた文字が消え去る。


「各アライアンスへ安価な戦闘艦を提供していた企業が撤退し、恐らく本命と思われる企業が本格的に収益を求めようと乗り出してきます。その際に他企業を選択しないよう、提供していた戦闘艦は一定以上の性能と特殊なシステムを持たせていた可能性が非常に大きいと思われます。軍部は戦時中に新しいシステムを導入する余裕はありませんし、性能の劣る艦艇を手にしようとは思わないでしょう。結果的に、ECの提供する艦船が市場を席巻します。以上が第3段階です」


 特価という文字が消えた艦艇に、今度はECという文字が浮かび上がる。


「それが、エンツィオが保有していた電子戦機の正体だな。分不相応なのもそうであれば納得だ。買わざるを得なかったんだな?」


 アランがそう補足する。小梅はそれに頷くと、「そう考えるのが自然でしょう」と続けた。


「この段階まで達成したならば、後は相互の戦力に均衡を持たせ続けるだけです。不利な勢力にはてこ入れを行い、有利な勢力は押さえつける。そうする事で戦争を長期に渡って続けさせる事が可能であり、ECはそれだけ長く搾取し続ける事が可能です。エンツィオは結局の所、互いに手を取り合う事でしか生き残れない程にまで疲弊する事になりました。そして今度は新たな軍事の投射先を探す事となり、それが先の戦争となりました」


 ホログラフの艦艇が一斉に向きを変え、EAPと書かれた領域へ向かって動き出す。


「この戦争においてECが最も望まないのは、EAPが戦争以外の方法によって事態を解決してしまう事です。例えば早期の賠償金支払いによる停戦や、逆にエンツィオの勝利による地域の統一です」


 小梅の発言に、マールが勢い良く立ち上がる。


「だから民間ステーションに対して攻撃したんだわ! EAPは講和なんて出来なくなるもの!」


 マールの叫びに、小梅がゆっくりと頷く。


「標的がアルファ星系である点も、同じ理由かと思われます。EAPはそれを許容できないでしょう。そしてアルファ星系が落ちてしまえば、EAPは遠方であるザイードルートを通してしか帝国市場とアクセスが出来なくなります。ただしECはEAPの敗北も望みませんので、待っているのは泥沼の長期戦でしょうか…………しかし、ここでECにとっての誤算が起こります」


 小梅の視線が太朗を捉える。太朗はそれに頷くと、口を開いた。


「俺達の存在と、付け加えるならディンゴだな。エンツィオを追い詰めた上で勝っちまったから。EAPは余力を残してたし、エンツィオは内部分裂寸前と…………ありがと、小梅」


 太朗の言葉に、小梅はスカートの裾をつまんで優雅にお辞儀をした。


「みんな、大体飲み込めたな? そんで今現在、ECはEAPに同じ事をしようとしてるわけだ。問題はこのECがいったいどこのどいつかって事と、どうやって今の流れを証明するかなんだけど…………アラン、どうよ。思い当たる相手はいる?」


 先程から無言で端末を見つめ続け始めたアランへ向け、太朗。それに対しアランは何の反応も返さなかったが、やがて小さく頷いてから「あぁ」と発した。


「いくつか思い当たる企業はあるが、これだけの規模の事をやってのけられる企業はひとつだけだ。さっき大将がリストアップした、見せ札と入れ替わった企業と繋がりがある」


 アランはそう言うと、溜息をついて下を向いた。


「マーセナリーズコーポレーション。社員数は120万以上で、関連会社も合わせると想像もつかん数だな。業務内容は造船から傭兵の派遣まで軍事に関する事はひと通りやってる、いわゆる軍産複合体だ。帝国中枢に本社を持つ超巨大企業メガコープで、表向きの評判もそれなりだ」


 アランは顔を上げると、彼らしくない弱気な表情を見せた。


「EAPだろうとディンゴだろうと、連中からすれば吹けば飛ぶような存在だな。どうする、大将。釣り上げた獲物は予想以上の大きさだぞ」




げんじょうまとめ

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