第188話
「それで……いったい何の御用なんでしょうかね。おれたちゃあ、お上に目をつけられるような商売はしてませんぜ」
もみ手をした大男が、顔を引きつらせながら言った。男は完璧な空調の効いた部屋にいるにも関わらず、顔中にびっしりと汗をかいていた。
「別におたくらを捕まえようって話じゃないよ。ちょっと聞きたい事があってさ」
太朗がそれなりに豪華に飾られた部屋を見回しながら答えた。
ここはRSアライアンス領の片隅に位置する小型ステーションのひとつ。荒っぽい商売をしている事で有名な企業のオフィスであり、ファントムやアランの調査によると海賊まがいの商売をしている事でも知られているらしかった。
「取り扱い商品は、人材派遣に、輸送に、暖房器具の取り扱い……いや、ホントに暖房器具扱いされてんだな。これ、あっためるのは心だけの暖房器具よね?」
太朗が提出された事業内容のリストを見ながらそう発すると、男はさらに強く顔を引きつらせた。
「まぁ、その、そうだがよ……しかし今は法の移行期間ですぜ? 期間終了までは合法のはずでしょう?」
男はちらちらと自分の脇に控える女性――恐らくは法律関係の専門家だろう――に目を向けつつ、そう答えた。
「もちろん。さっきも言ったけど、別におたくをどうこうしようって話じゃないよ。あぁ、もちろん話の流れ如何ではそういった可能性も無くはないだろうけど」
太朗はリストを眺めながらそう呟くと、内容をコピーしておくよう背後にいる小梅へと命じた。人型の義体姿である小梅はひとつおじぎをすると、少しの間目を閉じて固まった。恐らくBISHOPの操作をしているのだろう。
「そいじゃあ、ちょっと見てまわりましょか。案内お願いしますね」
太朗は立ち上がると、相手の返事を待たずに外へ向けて歩き出した。男は「え? いや、ちょっと!」と慌てた様子で追いすがってきたが、護衛についているファントムにがっちりと腕を掴まれた。
「こいつは独り言だが」
太朗がちらりと後ろを振り向くと、ファントムが男の耳元に顔を寄せている姿が見えた。独り言とは言っているが、その場の全員に聞こえる声だった。
「素直に、言われた通りに従った方がいいと思うね。うちのボスは君らにとっても十分に益のある話を持ってきている。ただしそれを引き出せるかどうかは、君次第だ」
親しげなファントムの声。男はファントムの言葉を聞くと、しばらくの間その場に無言で立ち止まった。
「嘘じゃ……ねぇだろうな? こいつは記録として残すぞ?」
不審そうな表情。太朗が「もちろん」と発すると、男は覚悟を決めたように先を歩き始めた。
お世辞にも綺麗とは言えないステーション内部ではあったが、思ったよりも活気のあるそこに太朗は驚いた。人々は忙しそうに通りに溢れ、商売を行い、生活をしていた。
「ベラさんの言った通りって事かぁ……何が住民にとって良い事かどうかなんて、わかんねぇもんだな」
太朗はこのガラの悪い企業を訪れるにあたり、事前にベラへ助言を求めていた。
現在ライジングサンの主力艦隊を率いてRS領の治安維持を行っている彼女は、太朗につまらない正義感に捕われて短慮を犯さないよう強く釘を刺していた。彼女は「正義も悪も、経済活動には変わりないさ」と語っており、太朗もそれには全く同感だった。
どんな形にしろ秩序が存在し、経済活動が活発に行われていれば、少なくとも人が餓死するような事は無くなる。それはホワイトディンゴという隣領を見れば良くわかったし、今いるステーションがそれなりに繁栄しているという事実からも知る事が出来た。太朗が知る限りで最悪の状況というのは、無秩序だった。
「途中で寄ったいくつかのステーションは、まさに酷い状態でしたからね」
隣を静々と歩く小梅が発する。ここにに到達するまでに寄航したいくつかのステーションは、旧ワイオミング星系がそうだったように、飢餓や貧困にまみれていた。帝国初期時代には中枢であったのだろうこれらの地域は、もはや衰退の一途を辿っており、太朗は地球は日本にあった限界集落という言葉を思い出していた。
太朗は小梅の言葉に頷くと、通りで遊んでいる子供達を指差した。
「子供が堂々と遊べるトコってのは、良い場所らしいぜ。指標になるってベラさんが言ってた」
何やらおもちゃの光線銃らしきもので戦争ごっこをしている5、6人の子供達。警護を担当するファントムは迷惑そうな顔をしていたが、他のメンバーは皆笑顔を向けていた。主要メンバーとして来ているのは太朗、小梅、そしてファントムの3人だけだったが、他にも30名程のライジングサン社員が同行している。
「こっちは……あー、あれだ。ちょいともんもんとした連中向けの人材派遣関連業務のエリアだな。あんたんトコの商品もわんさか買わせてもらってるぜ」
何やらピンクの香りがするエリアへ向かい、男が手を仰ぐ。天井に満点の星空が描かれたその広い通路の両脇には、数え切れない程の綺麗どころがセクシーな衣装を着て立ち尽くしていた。恐らくホログラフであろうそれらは、道行く暇そうな客に向かって意味深な視線を投げかけている。
「そいつはまいど。派遣ってからには、出張サービスが主なん?」
「まあ、そうだな。ここいらの人間に、自由に恒星間移動が出来る程の余裕はねぇ。だったらこっちから向かってやろうってな話だな。定期便にすりゃあ、護衛も楽に済む。自前だしな……なあおい、まさか売春を非合法化しようなんて話はねぇだろうな? どっかのアライアンスがそんな法案を通したって聞いたぞ?」
「いやいや、自分の首を絞めるような真似してどうすんのよ。おたくらウチの主要取引先業種よ。ちゃんと感染症対策はしてるんでしょ?」
「もちろんだ。信用第一だからな……へへっ、そうか。それを聞いて安心したぜ。この情報はそれなりの値段で売れるな」
同業者との取引にでも使うつもりなのだろうか、男はにやにやと笑みを見せた。
「向こう奥に見えるあれが、暖房器具の製造エリアだな。もう半年もすりゃあお払い箱だろうがよ」
男は通り脇にある窓を指差すと、皮肉めいた言葉と共に奥に見えるステーションからこぶのように飛び出す構造体を指差した。
「いや、全面禁止にするわけじゃないからね。効果の規制と、びっくりする位めっちゃ税金を取るってだけで」
「そりゃあ事実上の禁止だろうが。こっちは商売あがったりだぞ」
「廃人が出るような麻薬は、やっぱちょっとね。あと犯罪者を輸出するなって帝国から文句も来てるし」
「おいおい、うちはさすがに帝国様への密輸まではやってねぇぞ?」
「わかってるよ。でもおたくの暖房器具を買って、それを向こうへ持ってこうって連中は一杯いるでしょうが。知らないとは言わないよね?」
そう言って太郎が男へ視線を向けると、男はふんと鼻を鳴らした。
「売った後の商品がどこでどう使われるかなんぞ知ったこっちゃねぇぞ」
「まあ、そりゃね……うちも兵器の開発生産してるし、文句言える立場じゃないわな」
「ふん。わかってんじゃねぇか……んで、暖房器具の何が知りてぇんだ。製造法に関しちゃあ、さすがに教えてやれねえぞ。組合に袋叩きにされちまう」
「や、企業秘密を暴くような真似はさすがにね。そんな事したらアライアンスが瓦解しちまうよ。どこも企業なわけだし」
「じゃあなんだってんだ。まさか売ってくれなんて話じゃねぇだろな?」
訝しげに片眉を上げる男。太朗は「ところでさぁ」と前置きをすると、続けた。
「もう半年で違法になるにしちゃあ、やたら工場の稼働率が良さそうね。所有も罰則扱いになるから、今更駆け込み需要があるとは思えないんだけど」
工場へ向けて歩いていた足が止まる。
「…………顧客リストか?」
短いひと言。太朗が「話が早くて助かるね」と答えると、男は「冗談じゃない」と声を荒げた。
「顧客の情報も立派な企業秘密だ。違法ってんならともかく、現状で渡せるわけがねぇだろうが。そいつを強要されるくらいなら、全リストを即刻破棄した方がまだましだ」
企業の命とも言える顧客の情報。それを渡せと言われ、素直に渡すような企業は存在しない。そんな事をすれば客の信用を失ってしまい、競合企業に全てを奪われてしまう。ゆえに男の反応は太朗の予想通りであり、当然ながらその対処法も考えていた。
「アライアンスに、参入する気はない?」
被支配企業から、支配企業へ。太朗のそんな提案に、男の目が驚愕に見開かれる。
「そいつは……そいつはなかなか魅力的な案だが……いや、他のアライアンス加盟企業が許可するとは思えねえな。自分で言うのも何だが、俺の所は真っ当な商売とは言いがてぇ。グレーゾーンもいい所だぞ?」
「許可も何も。ライジングサンが保有するアライアンス決定権配分の一部を移すってだけの話だから、文句の付けようが無いっしょ」
「決定権配分……議席を売ろうってのか? 正気とは思えねえぞ。幾らになると思ってんだ?」
「まぁ、少なく見積もっても数億クレジット? 今はその何十倍もするのかな? まぁ、無理よね」
「あたりめぇだ!! んな現金がありゃあ、こんなちんけな場所で商売なんぞやってるもんかよ!」
「あいあい。落ち着いて落ち着いて……ちなみにお宅さ、ちょっと海賊じみた活動もしてるよね。通行料とったり、必要も無いのにかなりお高い護衛料をふっかけたり」
「……知らねえな。もし知ってたとしても、それがどうした。好きなだけ訴えりゃいい」
「それ、合法化しない?」
「……あぁ?」
太朗は驚いたような表情で固まる男をよそに、手元の端末にRSアライアンス領の領域マップを表示させた。
「うちの領域ってアウタースペースの外側にあっからさぁ。ここもそうだけど、周縁部となるととてもじゃないけど手が回らないのよ。だから各地方に信用出来る治安維持組織を作ろうって話が持ち上がってるわけさ。最近は海賊だのワインドだので大変だから、それなりの特権を持たせてね」
「…………続けろ」
「おたく、海賊まがいの事やってるって事は、それだけ艦艇を持ってるって事よね。いやー、治安維持を任せるには心強いなぁ。だって海賊のやり口を良く知ってるわけだし、何より現地に根付いてる。俺達の艦隊って、小さい海賊船を追い回すには向いてないのよね。大型船が多い分、効率悪すぎて。事実上の軍隊だし」
「………………」
腕組をし、男が熟考し始める。
「逆に言うと、それなりの規模の艦隊を相手にする分にはほとんど無敵って言っていいんじゃないかな。例えば、『治安維持組織に反抗する悪い奴ら』相手とか」
ゆっくりと、言わんとする事を男の頭に染み込ませるように発する。男はしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「ばらばらになった周縁部の勢力を、管理し易いサイズまで拡大させるって事か。組織に参加すれば、ライバル企業に対するあんたら艦隊の支援も得られると…………おめぇも中々にワルだな。競合相手からすりゃあたまったもんじゃねえぞ」
「正義と綺麗事だけじゃあ、平和も人命も救えない事くらい知ってるつもりだよ。反吐が出るような話だけど、現実だ。せめて組織に参加する企業の選定はしっかりやるつもりだよ」
「ふん…………お前らは、立場的に議席を無料で譲渡するわけにはいかねぇだろ。特定企業への大規模な賄賂になっちまうはずだ。結局現金を用意できねえうちは、ドライブ粒子の無い星域と同じなんじゃねえのか。存在しねぇも……いや、そうじゃねえ……」
話している途中で、男が何かに気付いたように声を上げる。
「組織、と言ったな? 周縁部全体の企業を寄せ集めて、ひとつの組合を作る気か。議席は組合に買い取らせる気だな? 管理し易いサイズなんてもんじゃねぇ、お前は単一の組織にまとめ上げる気だ」
「ご名答。組織名は、警察って名前にするつもりよ」
「とんでもねぇ事を考える奴だな……そのケーサツって組織は、いつかとんでもなく巨大な権力になるぞ。おめぇの首を絞めるんじゃねぇのか?」
笑っているかような、それとも呆れているかような男の表情。男はしばらくすると、ひとつ舌打ちをしてから口を開いた。
「…………暖房器具を購入してる大口の顧客リスト。とりあえずはそれでいいのか?」
男の言葉に、太朗は目一杯の笑みで応じた。
おぬしもワルよのぅ




