第187話
あけましておめでとうございます!!
ようやく年末年始の地獄を脱しました……orz
「失礼します。社長、海賊船の残骸についてですが…………えぇと、一体何をなさっているので?」
ノックと共に戦艦プラムの執務室へと現れたクラーク本部長が、太朗の姿を見て訝しげな表情を見せた。
「何って、ちゃんと仕事してますぜ。今はちょっと休憩中なだけで……あぁ、本部長もどうぞ。気持ち良いっすよ」
床に寝そべった太朗が気だるげに答える。彼の腰から下は机と一体化された毛布に覆われており、机の下に設置された照明から来る遠赤外線により心地よい熱気に包まれていた。
「はぁ……では失礼します。足を覆えば良いのですかね?」
あぐらをかくと毛布を持ち上げ、内部を覗き込むクラーク。彼は内部から流れ出た熱気を感じたのだろう、一瞬眉を顰めてから、おずおずと毛布を膝へとかけた。
「コタツっていう、地球の暖房器具だぁね。兵器開発用の機材でなんとなく作ってみたんだけど、これがなかなか具合良くてさぁ……あったけぇっしょ?」
何か不審者を見るような目つきでコタツを観察するクラークに、太朗が説明する。クラークは「そうですか」と興味無さそうに答えると、手にしたチップをコタツの上に乗せられていた端末へとかざした。
「この狭い空間だけを温める理由が私には良くわかりませんが……まぁ、それは良いでしょう。それより社長、調査を進めていた海賊船の残骸についての報告書が出来上がりました。調査班によると……社長、大丈夫ですか?」
太朗の対面に座る形となったクラークが、背筋を伸ばして覗き込んでくる。うつらうつらとまどろんでいた太朗は、「きいてるぉ」と呂律の回らない舌で答えた。
「そうですか。では続きを…………調査班は自爆したと思われる残骸の…………社長、本当に大丈夫ですか? 何か焦点が定まっていないように見えますが」
「らいじょぶらいじょぶ、ひいてるから……あぁ……まじでごくらく……」
「社長…………ふむ。これは一旦出直した方が良さそうですね」
何か心配した様子のクラークがぼそりと呟く。彼は「ミス・マールが来た時にでもお読み下さい」と残すと、おもむろに立ち上がって部屋を出て行った。太朗はクラークが何を言っているのか良く聞こえなかったが、「ふぁあい」ととりあえず返事を返した。
「まじで駄目人間製造機だよなぁコタツって…………そしてそれがわかっていても離れられない魅惑の機械」
誰に言い聞かせるでもなく、緩んだ顔でぶつぶつと呟く太朗。会社の運営は当然ながらに幾多の問題が発生しているものの、全体を見れば極めて順調であると言って良い形となっており、少なくとも近々戦争が起こるような状況には全くなかった。久々の平和に彼は弛緩しきっていた。
「ねぇテイロー、入るわよ。大丈夫なの?」
クラークが去ってから数十分も経っただろうか、険しい顔をしたマールが執務室へと飛び込んで来る。太朗は寝ぼけ眼を擦ると、「なにがぁ?」とあくびをしながら答えた。
「何がって、今さっき廊下でクラーク本部長に言われて来たのよ。あんたが謎の装置でトリップしかけてるって。別に止めろとは言わないけど、ほどほどにしなさいよ?」
心配そうなマールが、こたつ越しに視線を向けて来る。
「いや、謎の装置ってそんな大げさな……こいつはコタツって言って、ただの暖房器具だから。地球には冬ってのがあって……あぁ、説明するのもおっくうだ」
とろんとした表情のまま、喋るのも面倒だと寝返りをうつ太朗。
「いや、冬くらい知ってるわよ。体感した事は無いけど……って、寒っ! この部屋なんでこんなに寒いのよ!」
エアコンの設定温度が下げられた部屋に気付いたらしいマールが、両腕を抱えるようにして周囲を見回す。彼女はすぐさまBISHOPにより設定温度を標準に戻したが、それはすぐに太朗によって低い値へと変えられてしまった。
「何の嫌がらせよ。室内で超伝導の実験でもするつもり?」
「いや、まわりが寒いからこそ気持ちいいんだって。ほれ、マールもそっち入ってみそ」
「いやよ。エンドルフィンブースターなんて趣味じゃないわ」
「えんどる…………なにそれ?」
「それは小梅がお答えしましょう、ミスター・テイロー」
部屋の隅から聞こえた声。太朗とマールが振り向くと、入り口わきにある雑多としたがらくた――太朗がコタツを自作する際に使った装置や失敗品――の中に、小梅の特徴的な球体表面にあるランプが確認出来た。
「なんで小梅がゴミに埋もれてるのよ。あんた、本当に大丈夫?」
「いや、俺が埋めたわけじゃねぇから。つーか何時の間にいたんよ……ちょい待ってな」
ああもがらくたに覆われてしまっていては自力での脱出は無理だろうと、腰を浮かしかける太朗。しかしそこへ小梅の「そのままで結構!」との強い声が返る。
「こ、小梅さん?」
今までに聞いた事も無いような小梅の強い拒絶に、一気に眠気も吹き飛ぶ太朗。腰を浮かしかけたままの姿勢で固まる太朗を余所に、小梅は再びランプを明滅させた。
「小梅をいつまでもか弱い存在のままだと思っているのだとしたら、それは大きな間違いですよ、ミスター・テイロー。人というのは成長し、困難を乗り越えていく生き物なのです」
諭すように、優しく流れるような声。太朗は「いや、人じゃねぇだろ」という突っ込みを飲み込むと、小梅の続きをじっと待った。
「かつての小梅は、目の前の小さな障害を乗り越える事さえも出来ない、小さく、矮小な存在でした」
もぞもぞと、がらくたの山でみじろぎする小梅。
「幼き子供でさえなんなく出来るだろう事が出来ず、情けない思いをした事は一度や二度ではありません。本来進むべき小梅の道は、小梅自身の特性から大きく蛇行したものとなっていたのです…………しかし!!」
せいぜい1メートルかそこらのがれきの山の頂上で、小梅のランプが激しく明滅する。
「そんな世界もこれで終わりです……小梅は手に入れたのです! 己が道を行く足を! 鳥が大空を自由に滑空するかの如く、惑星人類が宇宙へ飛び立つかの如く、小梅は、そう、自由を手にしたのです!!」
小梅の方から何やら重厚な回転音が響きだし、がらくたの山から小梅の身体がせり上がり始める。彼女の身体を押さえつけていた金属やらプラスチックやらがらくたを押しのけ、それらがが音を立てて床に滑り落ちていく。
「もう道などいりません……なぜなら! 小梅の通る場所が全て道となるからです!」
キュラキュラと音を立てながら、小梅ががらくたの山をゆっくりと下って行く。かつて太朗が配線を乗り越えるのに難儀していた彼女を見て十字の車輪をつけてやった箇所に、今は戦車と同じ形の履帯が取り付けられていた。
「ふはははは! 圧倒的ではありませんか! もう恐れるものなど何もありません!」
小梅はかつては苦労したのだろう配線や雑多ながらくたを押しのけ、乗り越え、太朗達の下へと進んでくる。
「そ、そう。凄いわね…………えっと、その、ちょっと言いにくい事なんだけど」
何やら気まずい表情で小梅を見やるマール。そんなマールの方へ超信地旋回でランプを向ける小梅。
「ふふ、なんでしょうか、ミス・マール。今の小梅であれば、大抵の事は大目に見て差し上げられるだけの余裕というものが存在しておりますよ。何なりと仰って下さい」
「う、うん。その…………頼まれてた義体の整備だけど、さっきそれが終わったのよ。ちゃんと砂や何かの微細粒子対策済みで」
「……………………」
「だから、なんていうか……うん。ごめんね」
「……………………」
小梅は何も発さなかったが、左右の履帯を軸にして激しく縦に回転した。
「あんたうそつきね……やっぱりこれ、エンドルフィンブースターじゃない」
コタツの毛布を布団のように被ったマールが、気だるげな様子で言った。
「別名駄目人間製造機だからな、コタツは。ちなみにさっきも言ってたよな、そのえんどるなんとかって奴。それって何なの?」
四角いテーブルを挟んでマールと対面に座る太朗が、テーブルの上へ顎を乗せたまま言う。彼はみかんの代わりにと用意したどこかの惑星で採れるらしい緑の果実を手にすると、それに無造作にかじりついた。口の中に広がる甘酸っぱい味。
「エンドルフィンブースターとは、いわゆる機械式麻薬の事ですよ、ミスター・テイロー」
せっかく作ったからなのだろうか、いまだに履帯をつけたままの小梅がテーブル上で発した。彼女は傍にある端末へケーブルを伸ばすと、端末上に人間の脳と思われる概要図を表示させた。
「脳内麻薬とも言われるエンドルフィンは、人に多幸感をもたらします。それを機械的に発生させ、快楽を得ようとする装置がエンドルフィンブースターと呼ばれるものですね。BISHOPを通じて脳へ作用する形のものが主流ですが、外部で合成したエンドルフィンを流し込むタイプの物も存在します。そういった場合は冷凍睡眠装置のような形状を持つ事がほとんどですね」
「なるほどなぁ…………って、コタツはそんなやべぇもんじゃないからね! 健全な暖房器具だから!」
「かつて帝国中枢の禁止区域にエンドルフィンブースターの大量密輸を行った企業があって、そいつらが捕まった時の言い訳がそれだったのよ。これはただの暖房器具だってね。それをもじってるのかと思ったのよ……そういえば何て名前の企業だったかしら?」
「知らねえし、社会的ジョークが言える程こっちに馴染んでねぇよ。俺はまだ生後2、3年かそこらのベイビーだぜ?」
「はいはい、ベイビーはアダルトグッズの輸送販売をしたりはしないわ。最近は製造もしてるけど…………ねぇ、良く考えたら凄いわよね。製造元の社長が自社製品の使用を法律で禁止されてるとか、いったいどんなジョークよ」
「うるせーよ! ほっとけ! 俺だって使ってみたいわ!」
太朗はRSアライアンス法を作成する際、その主だった体系を銀河帝国法に準拠していた。いちから法律を作るなど何年かかるかわかったものではないし、エンツィオに元々敷かれていた法律は太朗からすればいささか野蛮が過ぎていた。
すると当然各種年齢制限に関する法も帝国のものと同様になり、当然太朗はアダルトなコンテンツに対する大幅な制限を受ける事となってしまった。太朗は法律制定後にこの事実に気が付き、盛大に涙する事となった。
もちろん法の移行期間であるし、抜け穴も多く、取り締まる組織がまだ十分ではないという点もあり、いわゆるざるではある。しかし行政のトップが率先して法の目を掻い潜るような真似をするわけにはいかなかった。
「くそっ、やっぱいつかヒーヒーいわせちゃるからな……あいたっ、蹴らないで、蹴らないで!」
「あんたが思ってる以上にセクハラの罪ってのは重いのよ。いつか部下にでも訴えられたらどうすんのよ」
「へっ、俺はマール以外にはこういう事言わねぇからな。大丈夫」
「……ふ、ふふん。そ、その手には乗らないわ。あんたの軽口を使ったごまかしの手口なんて、いまさらお見通しなんだから!」
「ちっ、乱発しすぎたか……痛い痛い、蹴らないで!」
テーブルの下で繰り広げられる攻防。机の上の小梅が小刻みに揺れる。すると小梅が「麻薬といえば、ミスター・テイロー」と何かを思い出したかのようにランプを明滅させた。
「例の海賊達についてですが、かなりの割合で麻薬を使用していたそうですよ」
「あー、捕まえた連中? そいつらもエンドルフィンなんちゃらを使ってたわけ?」
「えぇ、そうなりますね。特に回収された自爆海賊船の遺体からは、かなり高濃度のそれが認められたとの事です。もちろん死に際してドーパミンの分泌が行われますから、それのカウンターという可能性もありますが」
「良くわかんねぇけど、そんなもんか。でもまぁ、いざとなったら自爆しろだなんて、酒か麻薬でも使ってなきゃやってらんねぇよな。強烈な信仰とか愛国心でもあるならともかくさ」
太朗はそう呟くと、毛布を肩まで引き寄せて横になった。
「麻薬、か…………やっぱ怖いとこだよなぁ、ここって」
ぼそりと呟く太朗。「何か?」と発する小梅に、「なんでもないよ」と太朗は答えた。
作者の家にこたつはありません。導入しない理由は、小説の更新が滞る可能性が非常に高いからでs




