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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第12章 ニューク
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第186話

「た、助かった!」


 レーダースクリーンに映った巨大な船影に、男は安堵と共にそう叫んだ。交易商人である男の輸送船に残されたシールド残量はもう残りわずかしかなく、彼の運命はもういくばくもしない内に身代金の為の人質となるか、宇宙の塵となるかのどちらかになるかの寸前だった。


「あいつら逃げてくぞ。ざまぁみやがれ! お前らなんかアレに沈められちまえ!」


 男の相棒が叫ぶ。彼の言う通り、彼らの船を執拗に攻撃していた3隻の船は、いまやワープインしてきた巨大な船影とは真逆の方向へと全力で加速し始めていた。


「へへ、ほんとだぜ……にしてもデカい船だな。ステーションの防衛艦でも来たのか?」


 味方を表す識別信号を発する巨艦は、男がかつて見てきた中でも最大級の大きさだった。


「シールド艦か何かかもな。俺は積荷が無事かを見てくるから、お前はアレと連絡をつけてくれ」


 相棒がそう言い、狭い操縦室を出て行く。男は「わかった」とそれに答えると、巨船へ向けて通信要請信号を送った。


  ――"イエローアラート:高速デブリ接近中"――


 男のBISHOPに流れる警告文。男は反射的に回避機動関数を実行しようとするが、見るとデブリは船からいくらか離れた位置を通過するルートのようだった。


「こんな所にもデブリがあるのか。気を付けなくちゃなんねぇな…………うおっ、何だ!?」


 船の後方から溢れる光。何事かと男が船体後方を映すモニターへ表示を切り替えると、逃げていった3隻のうちの1隻が爆発する姿が映し出されていた。


「さっきのデブリにぶち当たったのか? ははっ、運の悪い奴だな!」


 デブリ焼却レーザーが十分に進化した昨今であっても、デブリとの衝突事故が完全に無くなったというわけでも無い。何故爆発したのだろうかという疑問はあったが、どうでも良い事でもあった。残りの2隻はどこかへドライブアウトしてしまったようだったが、男は不運な1隻の末路にいくらか胸のすく思いをした。


「"こんちはー、大丈夫っすかー?"」


 通信機から聞こえる声。男は通信回線を開くと、疲れきった顔を笑顔に切り替えた。


「いやあ、助かったよ。一時はどうなる事かと思ったぜ。礼を言う。そっちはステーションの船だよ……な…………戦艦?」


 通信回線から付加情報として送られてきた情報には、通信先の艦種が『戦艦』と表示されていた。


「"あいあい、こちら戦艦プラムです。救難信号を受け取ったんで助けには来ましたけど、このあたりって航行禁止区域ですよね。許可証持ってますか?"」


 通信機からの声に、男の顔が引きつる。このあたりで商売をする人間で、戦艦プラムの名前を知らない者などいなかった。アライアンストップの建造した超キロメートル級の戦艦。空母機能付きのアサルトシップで、追われたら最後、どうやってるのかはわからないが、ステルス機器を積んだ船でさえも確実に見つけ出してくるらしかった。


「"逃げようとか考えちゃ駄目ですよ。多分絶対見つけられますし、なにより運用費が馬鹿にならないんで、余計な燃料使わせないで頂戴ね"」


「に、逃げようだなんてそんな……え、えぇと、俺達は最近ここらへ来たばかりで、その、航行禁止だとは知らなくて……」


「"はいはい、そうね。違反者はみんな同じ事を言うから。最寄のステーションまで護送するから、それまでに罰金の支払いにサインしといてね。結構高いけど、命があるだけマシでしょ"」


 無慈悲な宣告。男はがっくりと項垂れた。




「これで32件目……もう、キリが無いわね」


 戦艦プラムの艦橋にて、マールがうんざりとした様子で言った。太朗はそれに全く同意だったので、「だわな」と溜息混じりに頷いた。


「逃げなかったのね……つまんない。かくれんぼは、鬼だけじゃ出来ないのに」


 不満気に呟くプラムのスーパーレーダーことエッタ。太朗はそれに小さく笑うと、エッタの髪をくしゃくしゃと撫でた。


「サンキューな。また必要な時は頼むぜ……今日の所はもう大丈夫かな?」


 太朗は腕時計をちらりと見ると、そろそろエッタが就寝する時間である事を確認する。彼女の能力は十分な休息と睡眠が無ければ決して発揮されない。


「そうね。後は私達だけでも大丈夫。エッタ、おやすみなさい」


 マールがそう言って手を振る。エッタはそれに小さく頷くと、いくらか危なっかしい足取りで艦橋を出て行った。


「それにしても、海賊かぁ……存在自体は知ってたけど、こんなに沢山いるもんなんだな」


 RSアライアンス領内のみならず、アルファ方面宙域全体で発生している海賊被害。それらはひとつひとつ自体は大した規模でなくとも、全体を見るとかなりの被害額となっていた。


「大きい船は狙われないから、中小企業や個人事業主が被害を受けるのよね。今回みたいに違法操業してる業者が狙われるのはいくらか仕方ないにしても、何とかしないとだわ。経済の動きが鈍くなるもの」


 眉間に皺を寄せたマールが、どうしたものかといった様子で腕を組んだ。

 海賊の乗る船はほとんどがフリゲートを中心とした快速の小型船で、一定以上の戦闘力を持つ船が狙われる事は稀だった。狙われるのは細々とした交易や輸送で生計を立てている人間や、護衛をケチったうかつな者達が大半だった。

 しかし大規模な組織化が進んでいる帝国中枢と違い、ここアウタースペースにおける中小企業の割合は非常に高く、それは大問題だった。特に現状のアライアンス領のように新興企業が次々と生まれている最中において、その事業主達のやる気を削ぐ事案というのは今後に大きな影響を及ぼす可能性が高かった。太朗達は艦隊運用の訓練を兼ねて主要航路の哨戒活動を積極的に行っていたが、守らねばならない地域は広く、全てに目を光らせるというのは到底無理な話だった。


「ところでミスター・テイロー、ひとつ質問があります。先程の海賊船と思わしき船は被弾と共に爆散しましたが、弾頭に炸裂弾をお使いに?」


 小梅の抑揚の無い声。本来は人型である彼女が使うはずのシートに、小梅は球体の姿で転がっていた。惑星ニュークの細かい砂により動作不良を起こした人型義体は、現在精密メンテナンス中だった。一時的に他の義体を使用する事を周囲は薦めたものだったが、彼女はそれを頑なに断った。


「いやいや、ただの徹甲弾だよ。フリゲートに大口径炸裂弾とか酷すぎるだろ。確実に殺す気じゃねぇかよ。狙ったのはエンジンだし……うーん、やっぱりそういう事じゃねぇか?」


 頭に思い浮かんだ可能性のひとつに、太朗が苦い顔で返す。それにマールが「何よ、どういう事?」と仲間はずれにされた子供のような顔で言った。


「えぇ、ミス・マール。恐らくミスター・テイローの砲撃によって爆発を起こしたのではなく、恐らく『自爆』したのだろうという事です。自沈ではありません。ミス・マールもご存知の通り、銀河帝国で一般的に使用されている核融合エンジンが、船体を巻き込んで爆散する程の被害を発するなどという事態は、およそ考え難い事だと思われます。また、このような事態は今までに何度かありました」


 冷静な声色で、小梅。それにマールがいくらか考え込んだ様子を見せる。


「自沈じゃなくて、自爆……確かめてみるまでもなく、あれだと乗組員は全員即死よね。確かに海賊行為は重罪だけど、ディンゴ領と違ってこっちじゃ即死刑になるってわけでも無いわ。という事は……何かを隠したかった?」


 人差し指を上げたマールが、思考のままに呟く。それに太朗が「多分な」と返すと、マールが「でも」と眉を顰めた。


「脱出してからの爆破じゃなくて、乗組員を巻き込んでの自爆よ? そうなると死んででも守りたかった何かってのは、恐らく情報だわ。でもなんで海賊がそんな情報を?」


「いや、それがわかんねぇんだよなぁ。これが大規模な海賊集団とかが相手なら、そいつらの拠点なり基地なりの場所だったりとか、首謀者の情報だとかがそうなんだろうけど」


「今の所そういった大海賊組織の情報は聞いた事が無いわね。検挙されてるのはほとんどが個人か、せいぜいが10人かそこらの集まりだわ。よっぽど仲間意識が強いのかしら」


「ないない。あいつら保身と金の為なら簡単に仲間を売んぞ。そこんとこがスペースマフィアとの違いだな。仁義もへったくれもねぇ」


「そう……うーん、海賊の考える事なんてわかんないわね」


 お手上げといった様子で肩を竦めるマール。ふたりとひとつはしばらくの間を無言で思考に費やしたが、結局それらしい答えは出そうになかった。




 一面の緑。全ての壁は紫外線を浴びて伸び伸びと生育するツタに覆われ、天井からはまだ熟しきっていないブドウのような果実が垂れ下がっていた。床には芝生が敷かれ、スプリンクラーから散布された水滴を浴びてきらきらと輝いていた。設置されたベンチやテーブルは全て木製で揃えてあり、驚くべき事にそれらは全て生きていた。人が机や椅子といった用途に使用出来る形に、生きたまま整えられているのだ。かろうじて人工物と呼べる物は、部屋の出口である分厚い扉それだけだった。

 およそ銀河の中でも限られた者にしか許されない贅沢の極みと言えるそこで、部屋の主である女は一糸纏わぬ姿で寛いでいた。張りのある豊満な肉体は二十台のそれだが、実際の年齢は40をとうに過ぎていた。彼女はアンチエイジング企業に多額のクレジットを支払っていたが、それは収入に対する割合で言えば無視出来るような額だった。


「B121班、哨戒中のRSアライアンス旗艦に遭遇。一隻がエンジン大破による航行不能から自爆処分。2隻は領域を離脱。攻撃は例の実弾兵器によるもの…………遠距離からフリゲートのエンジンを狙撃出来るのかしら。恐ろしい兵器だわ」


 女は手元の端末レポートを読み終えると、口にした感想とは裏腹に笑顔でそう呟いた。


「もし戦うとしたら、どうするのが良いのかしらね。5、6隻の戦艦で相打ち覚悟ならいけるのかしら? ふふっ、素敵な絵面になりそう」


 女はライジングサンの新造戦艦と激しい戦火を交える5隻の船を想像すると、その狂おしい破壊の映像に身悶えた。


「お姉さま、残念ですがそうはならないですわ。現実は3倍以上の艦隊が相手を取り囲むだけですもの」


 女の足元から、別の女性の声。地面に寝転んでいた声の主はゆっくりと立ち上がると、体について芝生を手で払い落とした。


「夢が無いわね、ヨッタ。戦場にこそロマンは必要よ?」


 女はそう言うと、端末を机に置いて立ち上がった。女はもうひとりの下へ歩み寄ると、妹の顔を優しく撫でた。


「私にはわからないわ、エッタお姉さま。戦いは、勝つ事が全てでなくて?」


 姉と同じ声で妹が言った。姉は「そうかもね」と呟くと、自分と全く同じ顔をした妹の顎をもう一度やさしく撫でた。

 彼女は、その顔が銀河で最も美しいと思っていた。




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