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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第12章 ニューク
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第184話


 巨大なホールを埋め尽くす、人と、人と、人。巨大なシャンデリアの照明に照らされたパーティーホールには大勢の人間が集まり、各々飲み物や食事を手に談笑を楽しんでいた。

 しかしこの千は超えるだろう群衆の中に、本当の意味で純粋にパーティーを楽しんでいる人間は数える程しかいない。ここにいるのはEAPアライアンスにおける権力者達であり、彼らにとってパーティーというのはビジネスの場に他ならなかった。


「いえいえ、リトルトーキョーの躍進に比べればまだまだですよ。先の大戦におけるミスター・リンの活躍こそが我々の成長の原点にあるのですから」


「いえ、僕なんてまだまだですよ。それに我々が戦えたのも、ミスター・チャンのような方々が支援して下さったおかげです」


 いかにも作り笑いといった表情でおべっかを使ってくる男に、リンはこちらも負けじと作り笑顔で応じた。

 パーティー開始から2時間に渡って繰り返され続けてきた同じようなやり取り。あまり内容の無いそれらにいい加減うんざりとしていたリンは、人ごみの中に見知った顔を見つけると、「失礼」と男に断りを入れてからその場を後にした。


「やぁサクラさん、楽しんでますか?」


 リンの姿を見つけて声を掛けようとして来る者達をすり抜けると、ドレス姿のサクラへ向けて声を発した。


「ふむ? おぉ、リン殿ではないか。もちろん楽しんでいるとも!」


 年端のいかないリンでさえも無邪気だと感じてしまう程の素直な笑顔。リンは少しだけドキリとしたが、婚約者に申し訳がないとすぐにその気持ちを打ち消した。ただの自称かもしれないが、彼女はリンの尊敬するテイローとの婚約を公言している。


「それは良かった。少し話しませんか? ちょっと疲れちゃって」


 横目で周囲の人だかりを見て、リンが呟くように言う。サクラも同じようにちらりと周囲を見ると、良くわかるといった様子で頷いた。


「君は大変そうだな。私のようにお飾りだと楽だぞ。相手はほとんど意味の無い内容しか喋らないからな。大抵の場合は『ほぅ、そうなのか』と『なるほど、後で検討しておく』のふたつだけでやり過ごせる」


「あはは、こっちも同じようなものですよ。それにお飾りというのも昔の話でしょう。聞きましたよ、子会社の代表取締役に任命される予定とか」


「ん、さすがに耳が早いな。その通りではあるが、本社取締役及び艦隊司令官を首になったのだぞ。どう考えても左遷じゃないか」


「そうですかね? まるで会社を二分するかのような大規模な子会社設立と聞いてますよ。左遷どころか、命運を託されてると思いますけど」


「……ふむ。君に隠し事は出来んな。リトルトーキョーの諜報部は随分優秀なようだ」


「まぁ、それなりの予算を使ってますしね。ですがそうなると――」


 リンは胸元のポケットへ手を入れると、そこに入っている盗聴防止装置のスイッチを押した。パーティー会場は各種盗聴防止対策がとられていたが、念には念を入れる必要があった。


「――タカサキは本気でEAPを脱する気ですか? ここは危険だと?」


 少年とは思えない鋭い視線。サクラはそれを受け止めると、「ふむ」と鼻を鳴らした。


「それに関しては、イエスでもありノーでもあるな。タカサキは決してEAP、ひいてはリトルトーキョーを見捨てるつもりは無いよ。だが心中するわけにもいかないという事だ」


「万が一に備えた予防策だと?」


「うむ。子会社とは言っても、組織から設備までひと通り揃えて持っていく。いわばもうひとつのタカサキだな。全体の生産力が極端に落ちるような事はあるまい。平時はEAPの本社を支える事になるだろう」


「なるほど。そして万が一の時はRSの子会社さえ残っていればタカサキは生き残ると……ん、我々からしても歓迎すべき体制ですね」


「ほぅ? てっきり裏切り者と罵られるかと思っていたが」


 からかうように片眉を上げて見せるサクラ。それを見て頬を膨らませるリン。


「んもう、馬鹿にしないで下さいよ。僕らはタカサキを信用してますし、逆もそうだと思っていますよ。一蓮托生な所も多いですしね……正直僕も、今の状態はかなり危険だと考えています。それを考えると、タカサキがバックアップを持つというのはむしろ朗報ですよ」


 首を巡らせ、少し離れた場所にいる一団を見やるリン。そこには正装の軍服に身を包んだ集団が高らかに笑い声を上げており、まるでこの世の春だといわんばかりの威勢を見せていた。当然取り巻きも多く、このパーティー会場の主役は間違いなく彼らだった。


「エンツィオ戦役での活躍や、ワインドの増加。それに海賊の横行や何かといった状況を考えると仕方が無いのだろうが、軍部企業の連中があまりに肥大し過ぎている。このままでは取り返しがつかなくなるだろうな」


 リンと同様に一団を見ながら、サクラが呟く。それに同意の頷きを見せるリン。


「えぇ、僕もそう思います。予算のバランスは既にかなり軍事に傾いていますし、関連会社の台頭も凄いです。それに――」


 リンは視線をサクラへ戻すと、眉を歪めて口を開いた。


「軍部が正体不明の電子戦機を複数保有しているとの情報が流れてきています。この状況って、明らかに似ていませんか?」


 訴えかけるように発するリン。それに対し、「このままでは二の舞だな」とサクラが答えた。




「どういう事だ? なぜ何も見つからない?」


 巨大な量子コンピューターサーバーが立ち並ぶ部屋の中でひとり、帝国軍大佐であるディーンは手元の端末を見て呟いた。その端末は銀河帝国が保有する膨大な量の秘密情報を記憶するサーバー群統合宇宙ステーション、通称ビッグマザーと繋がっており、そこに保存された情報は公式非公式問わず、全て真実のはずだった。


「50年近くも軍の兵器研究所に属していながら、ほとんど何の成果も上げていないなどという事が有り得るのか? 要職への在籍が許され続けるはずがない」


 ディーンがアクセスしている情報は、太朗達より報告のあったエンツィオ戦争の首謀者とされるダン・エンフォ・コールマンについて。そこにはコールマンの生い立ちから今回の死亡に至るまで、軍が把握している全てが記載されているはずだった。今回ディーンはラインハルト元帥の全権承認の元にビッグマザーへとアクセスしており、機密レベルが足りないなどという事は有り得なかった。軍に元帥より上の称号は存在しない。


「あるとすればビッグマザーの情報改ざんだが……そんな事が可能なのか?」


 ビッグマザーには、保存された情報に対するコピー、閲覧、移動、更新と、あらゆる履歴を残すシステムが組み込まれている。削除や上書きに至っては機能としてすら存在せず、情報が変更された場合は変更前の情報も全て残る形となっていた。データの入力ミスですら記録される。ディーンはシステムの専門家ではないが、これを誰かが意図的にどうこう出来るとはとても思えなかった。

 そしてコールマンの情報に対しては、時折自然な形で情報閲覧が行われたというログが残るのみで、データの変更が行われた痕跡は全く存在していなかった。これがディーンにはあまりに不可解に思えてならなかった。


「帝国大学にて生物工学、機械工学、AI、電子工学、純粋科学の博士号を取得。2年後に防衛大学にて総合科学の博士号を取得し、電子火器と生体兵器を研究。後にサイバネティクス理論についての応用論文を発表……理系分野においては敵無しか。化け物め」


 ディーンは90年近く前に記録された情報を読み、どうやらコールマンという人間が陳腐な言い方をすれば理系の天才だったのだろうと判断した。通常の人間であれば、6年間でたったひとつの博士号を取得できれば優秀とされる方だったからだ。さらにコールマンは10億人にひとりが可能とされる総合科学の博士号まで取得しており、ディーンの知る者のうちでこれを得た人間は、コールマンとアルジモフ博士のたったふたりしか存在しなかった。


「卒業後は軍の兵器開発部へ所属。その後シャイアル将軍……確かコーネリアス派だが、故人だな。その推薦で特殊兵器研究所へ異動。とんとん拍子で出世し、最終的には大佐にて所長か。なぜ将軍にならなかったんだ?」


 経歴からすると、ディーンにはそのまま将軍となるのが自然と思われた。情報には出世欲が無いとも書かれておらず、どちらかというとむしろ進んで昇級審査を受けたと記されていた。


「血縁に有力者は無し。遠縁に貴族の血か……む? 派閥に加わっていないな。いや、誘われてすらいないぞ。将軍からポストの推薦を受けておきながら、派閥入りしなかったのか? あのコーネリアス派がそれを許したのか?」


 ディーンはいよいよもって確信に近づいてきた疑念に、眉をひそめて端末を睨みつけた。派閥の利益を何よりも優先するコーネリアス元帥一派が、誘った末に断られたならともかく、派閥への勧誘すらしていないというのはどう考えても不自然だった。


「引退後は軍の息がかかった企業の特別顧問として活動。アルファ方面宙域でワインドに関する研究を開始、継続。エンツィオ領にて戦火を煽った後に変死…………おかしいぞ。軍脱退以後になぜ情報部の監視がかかっていないんだ。研究内容の詳細は何処だ。なぜ載っていない」


 ディーンは当然あるはずのそれらを求め、情報の波を探しまわった。しかしそれらはどこにも存在せず、全く手がかりすら見つからなかった。

 しかしそれが逆に、ディーンにひとつの答えを示す事となった。


「…………近衛か」


 ぼそりと呟いたひと言に、顔が引きつる。あるはずも無い気配に鳥肌が立ち、ディーンは思わず振り返ってあたりを警戒した。


「記録の改ざんでは無い。そもそも報告がされていないのだ…………近衛は軍組織の中でも独立している。経歴は真偽を混ぜたダミーの可能性が高いな。くそっ、こいつはやっかいな相手だぞ。あの疫病神め!」


 太朗に責任は無いとわかりつつも、ディーンはそう悪態を吐いた。ビッグマザーの履歴には彼がコールマンについてを調べた事が刻み込まれているはずで、それに近衛の人間が気付けば間違いなく厄介事になるだろうと思われた。自分のバックにはラインハルト元帥がついてはいるが、相手が皇帝陛下となるとどうしようもない。


「何か偽装をしておかないとまずいな……軍を退役した人間のその後をまとめてレポートにでもするか? 真っ先にコールマンを調べた点についての理由付けせねばならんな……余計な仕事なんてものではないぞ!」


 ディーンは忌々しいとばかりに床を蹴りつけると、もう用は無いと出口へ向かって歩き出した。既に太朗へ知らせるべき情報は頭の中に入っており、ログを残すという危険を冒してまで端末へコピーする必要は無かった。彼はコールマンが出したとされる論文の趣旨やある程度の詳細までをも把握しており、全ての情報を映像として記憶していた為、やろうと思えばそれらを再現して書き起こす事すらも出来た。


 彼はコールマンが掛け値なしの天才だとは思ったが、自分がそれに劣っているとは微塵も思っていなかった。




 地味で無機質な部屋の中に、端末の発するわずかな電子音とふたりの人間の息遣いのみがうっすらと響いている。機能性のみを追求した飾り気の無い椅子には妙齢の女が横柄な態度で腰掛けており、机を挟んだ向かいには白髪の混じる壮年の男性が緊張した顔色で立ち尽くしていた。


「ふふ、今回もうまく行きそうね。Dチームには報酬を弾むように」


 手にした端末の表示を眺め、女は歪んだ笑みを見せた。端末に記されたレポートからは、彼女の進める大きなプロジェクトのひとつが順調に推移している旨が読み取れた。


「例のアライアンスについてはどうされますか?」


 男が発する。女は指先ひとつ動かさずに目だけで男を睨みつけると、あきれたとばかりに肩を竦めた。


「放っておきなさい。急場しのぎで作られた同盟なんて大した市場にもならないわ……いくつか気になる点が無いわけでもないけど」


 女は端末をBISHOPで操作すると、特記事項と題された項目を表示させた。


「BISHOP誘導が可能な実弾兵器。扱うには何らかの特殊技術か才能が必要、と。うちの商品になると思う?」


 女の問いかけに、男は視線をはずしてしばし考えた。


「難しいでしょうね。扱える者が少ないのであれば、あまりに市場が小さすぎます。ですが、技術そのものには価値があると思われます」


 男の答えに、女は当然だとばかりに鼻を鳴らした。


「教科書通りの答えね。つまらないわ…………でも、そうね。諜報員を送り込むくらいの事はしても良いかもしれないわ」


「了解しました。ではそのように。ファントムについてはどうされますか?」


「なんとかこちらに引きこめないか、最優先課題として調査検討を続けて頂戴。最悪は力付くでも構わないけれど、出来れば平和的に協力を求めたいわ。あれは――」


 女は口元に笑みを浮かべると、来るべき輝かしい未来を思い浮かべた。


「コールマンの残した最高の遺産よ。いくら銀河が広くても、ナノマシンで構成された生体兵器を実用化させたのは彼だけだわ。そんな私達の改造歩兵が、私達の船に乗って、私達の武器を使って戦う時代。あぁ、素敵だわ。そんな世界を考えると、わくわくしてこない?」


 あまりに無邪気な笑顔。男はそれに何も答えなかったが、顔を引きつらせた。




主人公? 誰ですかそれは。そんな人は登場していませんy

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