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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第12章 ニューク
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第183話

遅くなってしまい、申し訳ありません。仕事忙しい……年末進行って何ですか

 永遠とも呼べる程の時間をかけて荒々しく削り上げられた大地。生身の人間では立っている事も難しい程の強い風。景色はどこまで行っても変わらず、砂嵐は視界と太陽の光を遮ってしまう。気温は常に氷点下で、酸素濃度は薄く、放射線濃度が高い。

 しかし宇宙ステーション生まれの宇宙ステーション育ちであるソフィアから見れば、そんな荒廃した大地であっても十分に魅力的だった。彼女は正直な所、自分が一生を終えるまでにどこかの惑星の大地へ足を踏み入れる事になるなど、夢にも思った事がなかった。

 しかし彼女は今、確かに惑星ニュークの地にいた。


「そんなに外が珍しいですか、ミス・ソフィア。小梅には先ほどと何か変化があるようには見えませんが」


 機械的だが、明らかに感情の籠った声色。ソフィアが声につられて窓から視線を外すと、作業スタッフ用の休憩室入口に佇む球体の姿が確認出来た。


「小梅さん、こんにちは。えぇ、確かに風景に変わりはありませんね。ずっと砂嵐です」


 休憩室に備えられた窓は、本来は宇宙空間を見渡す為の物。ラダーベース自体が宇宙船の構造体で作られている為、惑星ニュークでは明らかに不必要であるにも関わらず、それは取り付けられていた。


「でも時折風向きが変わったり、砂の濃度が変わって明るくなったり暗くなったりもするんですよ。それが全部自然の動きだって考えると、とても不思議な気持ちになりますよね」


 ソフィアは小梅の元へ歩み寄ると、そっと彼女を抱き上げた。


「不思議、ですか。感覚や感情の問題は、AIである小梅には難しい話ですね」


 ソフィアの腕の上で、ちかちかとランプを明滅させる小梅。彼女は身じろぐように球体の身体をゆらゆらとさせると、ソフィアを見上げるようにランプを上に向けた。


「そうでしょうか? 他のAIならともかく、小梅さんにならわかりそうな気がしますけど……」


「いいえ、小梅も同じですよ、ミス・ソフィア。小梅は論理的思考を是とするAIのひとつに他なりません。変化を楽しむというのは、高等生物に許された非常に高度な知的活動だと小梅は考えます。行き着けば『あぁ、諸行無常』といった所でしょうか」


「し、しょぎょーむじょーですか? ごめんなさい、良くわかりません」


「大丈夫ですよ、ミス・ソフィア。小梅もその単語の意味こそ知ってはおりますが、それの持つ背景は知らずに使っていますから。ナウでヤングな小梅にも限界はあります。大事なのは女心とニュークの空は安定する事が無いという事です。であれば、楽しまねばなりませんね」


「あ、あはは……」


 ソフィアは苦笑いをしつつ、窓の方へと向きを変えた小梅を窓際のテーブル上へと置いた。彼女は「やっぱりわかってるんじゃないですか」と突っ込もうかどうかを迷ったが、結局は止めておいた。目の前のAIは小さな小さな球体にすぎないが、その実アルファ方面宙域を3分するアライアンスの取締役であり、そして自分の雇い主のひとりでもあった。


「もう仕事には慣れましたか、ミス・ソフィア。ワイオミング星系で行っていた仕事とは少し勝手が違うでしょう」


 窓の方へとランプを向けたまま、小梅。ソフィアは何度目になるかわからない「彼女は本当にただのAIなのだろうか?」という疑問を頭に浮かべながら、テーブルに備えられた椅子へと腰掛けた。


「はい、なんとかご迷惑をかけずにやれていると思います。道具や設備が最新なので、覚える事も多いですけど。作業はいつもラミーと一緒ですし、託児所があるのも凄く助かってます」


「それは重畳ですね、ミス・ソフィア。しかしながら、その年で託児所を気にせねばならない点に小梅はいくらかの憐憫を覚えます。一部の特殊な趣向の方には受けるかもしれませんが」


「お、弟達は私が生んだわけじゃありません!」


「HAHAHA。わかってますよ、ミス・ソフィア。それよりそろそろ本題に入りましょうか」


 小梅はぐるりと回転すると、ソフィアの方へランプを向けて来た。


「小梅はミスター・テイローやミス・マールと共に多数の従業員を相手に企業活動を行ってきましたが、今回のようなケースは初めてです。正直、対処に困ると言っても良い状況ですね。ミス・ソフィア、あなたはなぜ給金の返上を求めたのですか?」


 疑問を持った人間がそうするように、球体を少し横へ傾ける小梅。


「なぜと言われましても、貰い過ぎとしか。いくらなんでもあんなに沢山は受け取れません」


 先日振り込まれた給金の額を思い出し、答えるソフィア。正式にライジングサンの社員となって最初にもらったひと月の給金として額は、ワイオミング星系で親方から受け取っていた賃金の、実に半年分に相当する額だった。


「一般の経営者からすれば賞賛すべき労働者であるかもしれませんが、小梅はこれを推奨できません。労働者は労働の対価としてそれ相応の賃金を手にする義務があります」


「義務、ですか?」


「えぇ、そうですよ、ミス・ソフィア。貴女はミス・マールの管理するサルベージ部門に属し、班長として4名のスタッフを抱える身です。当然それ相応の責任を負い、それに見合った対価を得る義務があるのです。これは権利ではなく、義務です」


 小梅はその場でくるりと回ると、部屋の入り口の方を向いた。


「労働力の安売りを行う必要は全くありません。それは時によって、害悪にもなりうるでしょう。労働者は常により多くの賃金を求め、経営者はその逆を求め、それらがすり合わされる事で労働力の適正価格というものが生み出されるのです。貴女は労働者側の人間のひとりとして、その原理に従う必要があるのです。労働力というのは、安すぎても高すぎても駄目なのです」


 テーブルから地面へ落下する小梅。金属同士がぶつかる音が聞こえ、思わず身を竦めるソフィア。彼女は結構な音がしたそれに大丈夫だろうかと心配したが、小梅は何事もなかったかのようにそのままころころと転がっていった。


「というわけで、ミス・ソフィア。残念ですがRS法及び社内規則で定められた賃金を受け取ってもらいます。もしそれでも困るというのであれば、何か貴女の納得できる形で使い道を考えるというのは如何でしょう。蓄財でも寄付でも、好きなようになされば良いのです。将来への備えは大事ですよ」


「そう、ですね……はい、わかりました。何か考えてみる事にします」


「えぇ、それがよろしいですよ、ミス・ソフィア。では私はこれで。何も無い場所ではありますが、残りの休暇をお楽しみ下さい」


「はい、ありがとうございます…………え? これって休暇なんですか?」


「…………えぇ、そうですよ、ミス・ソフィア。先程と同様の理由で、貴女には有給休暇を消化してもらわねばなりません。休暇の現金買取も検討されてはおりますが、それらはもう少し先の話となるでしょう。きちんと給金は出ますので、ご心配なく」


「はぁ……休みなのにお給料が出るんですか? 良くわかりません」


「ふふ、AIに休暇は必要ありませんので、小梅にも良くはわかりません。しかしミスター・テイローの方針ですので」


「テイローさんのですか。じゃあ何か大事な理由があるのかもしれませんね……でも、いいんでしょうか?」


 首を回らし、窓の方を見やるソフィア。それを見たのか、転がっていた小梅が動きを止める。


「ミス・ソフィア。有給休暇についても先程と同様の理由で――」

「だって、これから物凄く忙しくなりますよね?」


 重なる声。ソフィアは小梅の発言を遮ってしまった為、「ごめんなさい」と小さく恐縮する。


「いえ、それは良いのですが…………ときにミス・ソフィア。なぜこれから忙しくなると?」


 小梅はくるりと身を回すと、ソフィアの方へレンズを向けた。


「だって…………」


 もう一度窓の方を見やるソフィア。彼女は控えめに人差し指で窓向こうを指差した。


「外はスクラップだらけなんですよね? わたし、ドラマで見ました。惑星を覆いつくす程のワインドがいて、みんなテイローさんがやっつけちゃったって」


 定期的にゆらゆらと揺れていた小梅の体が、ぴたりと止まった。


「全部集めるとなると、凄く大変だと思うんです。どれくらいの量になるのか見当も付きませんけど……でもきっと、ワイオミングのみんなが集まっても足りないくらいですよね?」


「…………」


「…………小梅さん?」


「………………ミス・ソフィア」


「はい?」


 体を少し回転させ、ソフィアを見上げる小梅。


「残念ですが、貴女には是が非でも賃金の使い道を考えて頂かねばならないようです。それも、かなりの大金についてを。恐らくミスター・テイローは貴女に莫大な額のボーナスを支払いになる事でしょう。寄付どころか、基金を設立する事になるかもしれませんね」


 ランプを明滅させ、その場でくるくると回り出す小梅。ソフィアはそんな小梅を見ながら、いったいなんの事だろうかと首を傾げた。




「――以上が、惑星ニューク救済事業についてのあらましです。何かご質問はありますか?」


 しんと静まり返る、ローマ星系はRSアライアンス議会の会場。太朗の立つ発言台をぐるりと円形の座席が並び、全部で300人近くはいるだろうか、そこにはアライアンスを構成する有力企業の面々が顔を揃えていた。しかしそれらは全てホログラフであり、実際にはそれぞれどこかの星系にいるはずだった。本当にその場に存在するのは、せいぜいが数十人といった所だろう。


「発言よろしいでしょうか、代表」


 旧エンツィオ同盟を構成していた企業の社長が手を上げた。インフラ整備の事業を展開する、RSの中でも比較的大きな企業。


「どうぞ、何でも仰って下さい」


 いつも通りの営業スマイルで応じる太朗。その言葉に応じ、挙手をした男は立ち上がってから口を開いた。


「弱者を気にかけ、同胞を守る。それはアライアンスにとって大変結構な事でありますし、私も賛成です」


 男はそこで言葉を区切ると、一度咳払いをしてから「ですが――」と続けた。


「何もこのような形でなくとも構わないだろうと私は思います。同じ金額を使うにしても、もっと効率的で効果の高い事業がいくらでもあるでしょう。私はインフラ業なので言いますが、およそ生活に必要なインフラ基盤ですら整っていないステーションが五万とあるのですよ?」


 男の発言にいくつもの同意の声が上がる。中には予算の使い道をインフラ方面へまわされてたまるものかとけん制の声も混じっていたが、基本的には肯定的な内容だった。


「えぇ、仰る事は良くわかります。ですが我々ライジングサンとしては、ニュークの開発こそが最も効率的で、そして多大な利益を生み出す事業だと確信しています」


 断言する太朗。それに対し、不審そうな顔つきの一同。


「ニュークの情報については全てを知っているわけではありませんが、少なくとも公開されている情報から、かの星にそのような開発可能な領域が残されているとは見受けられません。ライジングサンは何か情報を秘匿してるんですかね?」


 先程とは別の、若い事業主が声を上げる。太朗はそれに「発言は挙手してからね」、と前置きをしてから答えた。


「全ての情報を開示するわけにはいきませんし、まぁ、そうする義務も無いのですが……少なくとも今回の件については、特に新しい情報からというわけでもありません。というより、何で思いつかなかったのかなと自分を責めたい所です」


「開示されている情報から読みとれる事だと?」


「えぇ、我々はそう考えています」


「そうでしょうかね。私は独自に惑星開発の専門家にニュークについての情報解析を行わせましたが、何ら有益な所は無いとの答えが返ってきています。恐らくまわりの方々も同じだと思いますがね」


 何か挑発的な物言い。太朗はそれにいくらかいらっとしたが、気にしない事にした。こういった輩はどこにでもいる。太朗は男に対して否定の句を発しようとしたが、男はそれを待たずに先を進めた。


「もちろん我々は、アライアンストップであるライジングサンを信用しています。新型スターゲイトを用いたいくつもの開発可能な小惑星の存在を示唆したのは、他ならぬ代表です。きっとあの星には、それと同じように有益な何かがあるのでしょう。見当も付きませんがね。しかし連中……失礼、NASAとの連絡がついてから、いったいどれだけ時間が経ったと思ってるんですか。今になって急に有望な開発対象が見つかったというのは、いくらなんでも考え難い事だと思います」


 男の声に、「確かに」といった声や、「まさか」といった声があがり、会場がざわつき始める。太朗は両手を上げる事でそれを静めると、「何が仰りたいんですか?」と単刀直入に聞いた。男はその質問に、ひとつ咳払いをしてから答えた。


「代表、我々は惑星ニュークを開発する事に反対はしません。しかしながら、資金を提供するのは我々なのです。つまり、どこか特定の企業だけが得をするというのは受け入れ難いという事です」


「……えーと、あれですかね。ライジングサンが情報の提供先を絞る事で、どこかの企業に便宜を計っていると?」


「そうは申しませんが、まぁ、いわゆる、そういう事です」


 あまりにストレートな言い様だったせいか、言葉に詰まる男。太朗はひとつ溜息をつくと、手元に用意しておいた金属片を弄びながら口を開いた。


「RS法は、ライジングサンそのものにも適用されます。うちの資金をどう使おうがうちの勝手ではありますが、アライアンス資金においてはちゃんと法に則ってますよ。企業参入平等規定についての第2条でしたっけ。共同資金の私的利用の禁止。もちろんわかってますよ」


 太朗はそう言って顔を上げると、手にした金属片を皆が見えるように掲げた。


「答えは開示されている情報の中に入っています。皆さん見えますかね……コレが惑星ニュークから得られる開発資源です」


 鈍く光る金属片。会場の視線が太朗の手元に集まり、多くの者が身を乗り出した。実際はカメラでの映像なので、その行動に全く意味は無かったが。


「主成分は鉄とチタンとタングステン。それとアルミが少々。一番近い金属で言うと、ジョニーアンドバージン社の商品である、TFT524装甲板でしょうか。既に加工済みなので利用法は限られますけど。まんま装甲板に使うのが一番ですかね」


「という事は、大規模な鉱脈が?」


「いいえ、違います。コレがそのまま採れます」


「……代表、言ってる事が――」

「サルベージですよ、サルベージ。惑星上にいたワインド達の」


 誰かの声に被せるように答える太朗。訪れる静けさ。


「いくらもしないうちに砂に埋まってはしまいますが、まぁいくらでも掘り返せるでしょう。保存っていう意味では助かりますしね。それにこのまんまの形で地表に露出してるんで、手でも拾えます。装甲板に使うんなら、ほとんど再加工も必要ないっすね。しかもありがたい事に、統一規格で作られてるから全部同じ形。至れり尽くせり」


 静かな議場に、太朗の声だけが響く。静けさはしばらく続いたが、やがて先程の男が手を上げて口を開いた。


「どれくらいの量が……あるんですか?」


 先程までの挑戦的な態度が消え、何か恐る恐る尋ねる男。


「さぁ。ぶっちゃけ測定不能なんで、正確には何とも。公式発表通り、惑星表面をアホみたいに覆いつくすレベルで存在してるのは確かです。数百億トン? もっとかな?」


「…………ワインドの部品を、そのまま再利用、という事ですよね? それじゃあまるであべこべだ。再利用するのは連中の方でしょう?」


「や、別に俺らがやってもいいんじゃないっすかね。駄目?」


 どうという事もなく答える太朗。

 駄目だと答える者は、ひとりもいなかった。




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