第182話
長々とお待たせして申し訳ありませんでした。更新再開です。
依然より更新頻度は落ちますが、その分まとめた量をアップしていきたいと思います。今回も普段の倍程をお送りします。
なお、銀河戦記の実弾兵器第2巻発売となりました。気付いたら出てt
「よぉマール、そっちの様子はどうよ。順調?」
惑星ニュークは軌道衛星エレベーター基部の廊下にて、太朗は書類を片手に難しい顔をしたマールを見つけて声を掛けた。
「あぁ、テイロー。丁度良かったわ。今後の進展について相談があるから、昼食でもどう?」
太朗に気付いたマールが、うんざりした様子で手にした書類を叩きながら言った。太朗は丁度アランやファントムとラダーベース新防衛計画の骨子についての話し合いを終えた所だったので、親指を立ててにやりとした笑みを浮かべた。
「ふふっ、俺は美女のお誘いを断れる程できた人間じゃあないんでね」
「ねぇ、これ見て。NASAの復興計画についての予算見通しなんだけど、ちょっと笑えない額になってるわよ。これだと議会を通過させる必要があるわ」
「予想外のスルー!? …………いや、予想外でもねぇな。いつも通りか」
「何ぶつぶつ言ってるのよ。ほら、何注文するの?」
マールが空を切るようにして手を動かした。すると太朗のBISHOPに、食堂のメニューリストが送られてきた。それは銀河帝国で一般的に食べられているものがほとんどだったが、中にはいくつか自然食品を利用したものや、NASAで独自進化を遂げた料理などが並んでいた。
「まぁ、最近はもう見慣れたメニュー…………いやいや、ちょっと待て。日替わりランチはわかるし、シェフのおすすめもわかる。けどなんだよこの本日のギャンブルって。おかしいだろ。しかも何で横にドクロマークついてんだよ。気になるけどすげぇ怖ぇよ」
「知らないわよ。頼んでみたら?」
「他人事だと思ってさらっと言いやがったな……よし、アラン呼ぼう。おごりだって言えば来るだろ」
「あー、来るでしょうね。なんか知らないけどいつもお金無いみたいだし。ついでにファントムあたりも呼べば?」
「いやいや、自分の命の手綱握ってる人を怒らせたがる人がどこにいるんだよ」
「あぁ、怒るのは確定なのね」
「わかんねぇけど、そこをギャンブルにしたくはねぇな」
ふたりは食事時を迎えて賑やかな食堂へと到着すると、既に注文済みの食事が並べられた席へと向けて歩き出した。決して狭くはないが、需要に対して供給が追い付いていない食堂で事前注文を行う事は当たり前の習慣となっていた。料理が来るまで座って待つというのは、席を占有する無駄な時間が生まれてしまう。
「個人的には料理が出てくるまでのワクワク時間ってのも嫌いじゃないんだけどなぁ……ちょっと後ろごめんなさいねー」
太朗は通路で話し込んでいた男ふたりの後ろを、空を空手チョップしながら通り過ぎた。男ふたりはいくらかむっとした様子で後ろを振り返ったが、やがてそれは驚愕の表情へと取って代わった。
「総員起立っ!! 司令官に対し、けいーーーれいっ!!」
耳元で発せられる大音量。「なにごとっ!?」と姿勢を低くして身構える太朗。すると食堂にいた人間達が一斉に起立し、まるで測ったかのようなタイミングで同時に敬礼をした。しかしいきなりの出来事であったからだろう、かわいそうな事に口からパスタらしき物がはみ出ている者やら、明らかに飲み物を服にこぼした者やらが散見した。
「…………えっと、ここでは食堂での敬礼はいらないって事になってるわ。新兵さんかしら?」
静寂の中、マールが困ったように発した。
「はっ!! 自分達は本日付けで第2戦車連隊に配属されました! 尊敬する司令官、及び副司令官にお目にかかれて光栄です!」
興奮した様子で声をあげる新兵。それを見て肩を竦め、太朗の方へ視線を投げてくるマール。太朗は「いやまぁ、その……あい、よろしく」と新兵の浮かべる憧れのような表情と『尊敬』という単語に困惑しつつ、答礼をした。
「ファントムの軍学校でみっちり教育されたんでしょうけど、そこまで気を使わなくても結構よ。それにこいつとひと月も一緒にいれば幻滅する事請け合いだわ。あんまり期待しない方がいいわよ。童貞だし」
「や、否定は出来ないけどもうちょっと優しい言い方はないっすかね! あと童貞は関係なくね!?」
「とまぁ、ご覧のノリよ」
澄ました様子のマールと、突っ込みにいきり立つ太朗。周囲ではそんなやりとりを見た何人かのベテラン社員達がにやにやと笑みを浮かべている。
「いえ、その、何といったら良いか。おふたりのそういった様子は良く聞かされています。しかしそれでも、我々の尊敬する心に変わりはありません。ラダーベース防衛線におけるおふたりの活躍は……あぁ、丁度やっていますね」
新兵は首を少しだけ回すと、食堂の壁に備え付けてある大型スクリーンの方を見やった。太朗が促されるようにそちらを見やると、放送されているドラマらしきものが確認出来た。太朗は既に置かれていたお茶をふたつ手にすると、ひとつをマールへと投げ渡した。
「3時方面に遊撃小隊をまわせ!! 戦車隊と共に包囲しろ!!」
ラダーベースを模した物と思われるセット――実際はCGなのだろうが――の上を歩きながら、そう声を上げる黒髪の印象的なひとりの男。男はまるで絵画の世界から飛び出してきたかのような美男子で、ビーム光線が飛び交う戦場で堂々たる風格を見せていた。
「了解したぜ、司令官。だが、こっちは俺達に任せてお前はさっさと姫の所へ向かうんだな」
身長2メートル以上はあるだろう、筋肉の鎧をまとった体格の良い男が黒髪の男へ向かって発する。黒髪の男はほとんどゴリラのようなその男に手を上げて答えると、どこかへ向かって走り出した。
「邪魔だ!! どけ!!」
黒髪の男が進む先を妨害する、何匹ものワインドと思われる機械の化け物。男はそれらが繰り出してくる攻撃をいとも容易くかわすと、手にした銃で敵の急所と思われる部位を的確に撃ち抜いていった。
「助けに来たぞ!! 無事か!!」
男はどこかの施設に入ると、そう叫んであたりを伺った。そして無数の端末に囲まれた部屋の中央で、背中に大きく傷を負った女性の姿を発見した。
「あぁ……来てくれたのね……わたしは大丈夫よ」
苦しそうな表情でそう紡ぐ美女。絶世の美人という言葉がこれほどまでに似合う者もなかなかいないだろうその女性は、走り寄った男へすがりつくようにして倒れこんだ。
「遅くなってすまない……」
「ううん、いいの……それより、上は大丈夫なの?」
「あぁ。もうじきに全ての決着がつくだろう。今はアランが指揮を執っている」
「そう。なら安心ね……ねぇ、もっと強く抱きしめて。寒いわ……」
いつの間にか顔色の悪くなった女が男の胸に顔を寄せ、男はそれに応えるように女を抱きしめた。
「あぁ……愛してるわ、テイロー。私を……私を忘れないで」
「もちろんさ、マール。君の事は永遠に忘れない」
食堂の中で、太朗の口から吐き出される大量のお茶。隣では同じようにお茶を噴出し、激しくむせるマールの姿。
「あぶだぼほっ……ちょ、ちょっと待て!! 何だこれ!! 俺らか!?」
「ごほっ、ごほっ…………だ、誰に許可とってこんなの作ってるのよ!!」
放送されているドラマとは全く関係ないはずの新兵へ向かい、口々に攻め立てるふたり。
「今最も人気のドラマですよ。惑星ニューク攻防戦の真実、全48時間の大作ですね。ご存知無いのですか?」
「知らないわよ!! っていうかテイローがイケメンすぎだわ。実際はこんなんよ?」
「こんなんってなんなんすかねっ!? そういうマールだって……あぁいや、マールは本物の方がいいか。そういう意味ではドラマはフィクションだな。完全にゴリラだったアランはかなり本物に近かったけど」
「なっ、あ、あんた何言ってんのよ……そ、その、あれよ。私は別にイケメンが好きってわけじゃ……」
「はいはい、ご馳走様、ご馳走様。クーデター起こすぞこんちくしょう。つーか俺のあれはどうなんだ。完全に人類じゃなかったじゃねぇかよ。ゴリラって何だ。どこの惑星の生き物だ」
食堂の入り口から聞こえた声。ふたりが振り向くと、そこにはうんざりした様子のアランの姿が。
「タダで昼飯が食えるって聞いて来てみれば、金払ってでも見たくねぇような光景が広がってるってのはどんな了見なんだ。くそっ、俺だってその気になれば女のひとりやふたりだな――」
「な、何言ってるのよ。それを言ったら私達だってそうだわ。酷いドラマよ!」
「だ、だよなぁ。勝手に人を使うとか許せねぇよな! ほら、飯食おうぜ飯。出来立てホカホカだから!」
椅子を引き、アランを促す太朗。なにかぶつぶつと文句を言いながらも、そこへ腰掛けるアラン。太朗とマールはいくらかあたふたとした様子で自分達も椅子へ座ると、いつの間にか習慣となっていた『頂きます』の掛け声と共にナイフやフォークを手にした。
「保温蓋がしてあるのか。俺のは何の料理だ?」
何故かアランの料理にだけ被さっていた金属の蓋。それをわくわくした様子で取り去るアラン。
「…………」
「…………」
「…………」
重なる3つの沈黙。蓋の下から現れたのは、ごく普通のシチュー。
(くそっ、いわゆる当たりか? はずれだったらどうなってたんだ?)
自分の料理を食べつつ、横目にアランの皿を見やる太朗。ふと隣を見ると、マールも同じようにアランの方を気にしているようだった。
「ふむ…………なんというか、普通の食堂の料理だな。急におごりだなんて言うから、何かイタズラでも仕掛けられてるのかと思ったんだが」
料理を食べつつ、どうという事もなく言い放つアラン。それにギクリとする太朗。
「ば、馬鹿だなぁ。いつも世話になってるからたまにはってやつだろうが」
「まぁ、そうか。そうだな。ありがたく…………」
急に言葉を止め、驚いたように正面遠くを見るアラン。
「ア、アラン? どうした? 実は超辛いとか? 苦い? すっぱい? どれ?」
「…………わかる」
「へっ?」
「わかるわかる。全部わかる。なにこれ。もう少しで宇宙の深遠に手が届きそうなんですけど。いや、むしろもう届いてるんじゃないか?」
「ちょ、え? 何? 何の話? アラン?」
「……なぁテイロー、ひとつ聞いていいか?」
「え? あ、あぁ。なに?」
「アカシックレコードって何だ?」
「駄目ぇ!! それは見えちゃ駄目ぇ!! 料理長!! りょーりちょぉおおお!! あんたの料理で何かに目覚めそうになっとる人がいますうう!! 見えちゃいけないもんが見えてますううう!!」
叫ぶ太朗。すぐに厨房奥から現れる調理責任者と思わしき男。彼は慌てる太朗達を一瞥すると、呟いた。
「オオ、アタリデスネ」
「カタコト!? しかも当たり!? はずれじゃなくて!? 何入れたんすか!! つーか、その手にした粉は何!?」
「シラナイ。コムギコカナニカダ」
「駄目ぇ!! その小麦粉は駄目ぇ!!」
小麦粉(?)を奪い取り、もうひと口いこうとしていたアランを取り押さえる太朗。しかし鍛え抜かれたアランを押し留めるには及ばず、何の抵抗も無いかのように食事を続けようとする。
「せ、戦車隊!! 最初の任務!! アランを取り押さえろ!!」
「サ、サー! イエッサー!」
アランに襲い掛かる一同。しかし戦車兵の新兵と陸戦のベテランとでは全く相手にならず、まるで漫画のように次から次へと新兵が投げ飛ばされていく。
「テイロー!! ネクロノミコンって何だあああ!!」
「駄目ぇええ!! それも見えちゃ駄目ぇえええ!!」
シチューを食らうアラン。必死になってくらいつく戦車兵達。
それは結局、騒ぎを聞きつけたファントムが現れるまで続く事となった。
「ねぇテイロー。スワッフ細胞って何? ファントムに抱えられながらアランが叫んでたけど」
「いや、知らねぇし知りたくもねぇよ。あるかどうかはもっとわかんねぇ。つーか、アランってあんなに強かったんだな。化け物だぞあれ」
散々に散らかった食堂を見て呟く太朗。周囲には倒れ付した新兵が死屍累々となっており、救急箱を持った看護師がそれの治療にあたっていた。
「小麦粉でパワーアップしてたんじゃないの?」
どうでもよさ気に答えるマール。「笑えないっす!!」と突っ込む太朗。
「近々麻薬取締法を施行しないと駄目だな……合法な事に驚きだけどよ」
「種類にもよるけど、麻薬なんて違法な地域の方が少ないわよ。それよりテイロー、ニュークの今後についてなんだけど」
「え? あぁ、そういやそんな話でここに来たんだっけか……何? 何かまずい事でも起こった?」
「いえ、何かが起こったってわけじゃないわ。もっと単純。移住の予算が足りないわ」
「あ、やっぱり?」
「えぇ。何百万人分の居住地と、それらに付属する防衛施設。それに戦車隊。とてもじゃないけど私達だけじゃ賄えないわ。大型宇宙ステーションを新しく作るレベルの予算が必要ね」
「うほっ。まじか。となると、アライアンスの予算から捻出するしかねぇよな…………いや、議会を通過できると思えねぇんだけど」
定期的に開催されているアライアンス議会の事を考え、苦い顔をする太郎。
いくら居住可能とはいえ、ほとんど論理的には可能であるというレベルに近い惑星ニューク。手近な鉱物資源は採掘されつくしており、内需へ振り分けるのに精一杯といった所で、とても市場にはまわせそうには無い。生物資源は存在せず、アウトサイダーという特性から労働力を行き来させるのも難しい。軌道衛星エレベーターで多少マシになったとは言え、それでも直接宇宙へ運べるステーションに比べれば輸送コストは高い。どう考えても投資先として有望とは言い難かった。
「そうね。正直難しいと思うわ。でもニュークを隅から隅まで調べるとなったら、なんとかして安定した拠点を作る必要があるわよ。10年20年をかけてやるつもりなら話も別でしょうけど」
「いやぁ、さすがに待てねぇっす。地球についての情報が、いつワインドに駄目にされっかわかんねぇからな…………うーん、どうしたもんかな。説得の材料が心情に訴える以外思いつかねぇよ」
「心情じゃ議会は動かないわよ。拮抗してる選択肢のきっかけにはなるでしょうけど、今回のこれは選択の余地が無いもの。みんな反対するわ」
「だよなぁ。普通に考えたら俺だって反対するわ」
ニュークの再開発は人助けと言えばその通りではあるが、何も人助けの方法はそれだけでは無い。RSアライアンス領には今も貧困に悩む人間も多くおり、同じ金額を使うのであればより効果的な方へ回すべきなのは当然の話だった。NASA――つまりは他者と共有出来ない地球という目的――を贔屓するのであれば、それなりの理由が必要だった。
「…………」
「…………」
どうしたものかと思い悩むふたり。
騒がしい食堂とは対照的に、ふたりの沈黙は長々と続く事となった。
そしてその後、ライジングサンで会議を開き、様々な意見を集める事としたが、それでも満足のいく案を生み出す事は出来なかった。太古の遺産という点を抜きにすれば、惑星ニュークの魅力はあまりに乏しかった。
しかし驚いた事に、最終的には誰もが納得するだろう素晴しい案が見つかる事となる。
そしてそれは、意外な人物により発見される事となった。
ちなみに第二巻の特典は、以下のようになっているそうです。興味のある方は書店へドウゾ
・とらのあな
4pリーフレット
セントウ(女湯編)
・メロンブックス
4pリーフレット
セントウ(男湯編)
・WonderGOO
ブロマイド




