第180話
ラダーベース全体が光と共に炎に包まれた瞬間、戦車の中でそれを見ていたハインラインは絶望に襲われた。施設の爆破処理という最悪の結果になったと思ったからだ。
「…………なるほど、そういう事か。まったく、無茶をする人だ。至近距離であれを撃ったのか」
白煙と砂煙の向こうに未だ健在しているラダーベースの姿は、爆発が違った理由で起きた事を物語っていた。可能性はいくつか考えられたが、部下の指摘した砲塔部分の欠如が答えを教えてくれた。
「あんな事をして施設は無事なんですか? 周囲一帯まで吹っ飛びましたよ?」
ハインラインの足元にいる運転手の男が声を上げる。ハインラインは「知らんよ」とそっけなく答えると、光学機のズーム機能を一杯にした。
「だが、大丈夫だと判断したから実行したんだろう。人員は全て地下だし、施設自体にはシールドを張れるからな。どうせ破棄するならとありったけを使ったはずだ…………しかし基幹部以外の施設を使い捨てにするなど、思いついても普通は実行するものかね」
カメラから得られる映像には、一切合財何もかもが無くなった施設の屋上が確認出来た。防衛施設も、無数のコンテナも、何かに使っていたのだろう小型の施設や装置も含め、文字通り何もかもが全て無くなっていた。シールドで守られている施設本体を除き、全て砲塔と共に吹き飛んでしまったのだ。
「だが、当然そこにはワインドも含まれる、か…………よし、命令通り突撃するぞ。これは何とかなるかもしれん」
ハインラインはBISHOPを通じてティーガー隊に命令を送ると、横陣を組んで全力で突き進んだ。周囲には破壊された物もそうでない物も含め、無数のワインドが蠢いていたが、彼は構わず突進した。
「接地圧の問題に多脚で対応か。悪くは無いが、もうひと工夫必要だったな」
重い物は地面に沈む。この当たり前の事実に対し、ワインドは複数の脚とそれを支える平らな接地面で対処しているようだった。もしかしたら地下や複雑な地形を移動出来るという利点を優先したのかもしれない。
「構わず突破しろ! 時間を稼ぐんだ!」
しかし戦車の持つ履帯の支えられる重量は、彼らのそれに比べて桁違いだった。衝突による被害が大きいのは質量の軽い方であり、戦車は文字通り敵をなぎ倒していった。既に砲弾の尽きた車体が3割に達しており、そういった戦車は率先して敵に体当たりを行っていた。
「またひとつやられました。レオンの部隊です」
「そうか……連中の慈悲は期待出来ないだろうな」
ワインドに取り囲まれ、動きを封じられ、ひっくり返されたり手当たり次第に穴を開けられたりとで脱落していく車両は徐々に増えていく。しかしハインラインは立ち止まる事なく、ただひたすらに前進をした。やがて主砲の自爆によって空いたスペースに戦車隊がなだれ込んだ時、彼は部下の命と共に14両の戦車を犠牲にしたが、完璧な形で布陣を敷く事が出来た。
「さぁ、正念場だ。たった10分かそこらを踏ん張ればいい。各員全力を尽くせ」
戦車と機械生物の、泥仕合のような肉弾戦が始まった。
「いやいや、ベースはまた作り直せばいいじゃないっすか。無理する事ないですって」
既にほとんどのスタッフが避難を終え、もぬけの殻となったラダーベース。避難用の車が置かれたそこで、太朗は再び屋上へ上がると言い出したファントム達を止めるべく説得をしていた。
「ん、事はそう簡単な話ではないだろう。あれが壊れれば、君は施設と共に立場を失う。それに……いや、話は後にしよう。時間は貴重だ」
ファントムはそう言って武器を手にすると、2名を失い8名となった仲間のサイボーグと共に屋上への階段を上り始めた。
「そりゃそうかもっすけど、ちょっ……ホーガンさん、なんとか言ってやって下さいよ」
太朗は彼らの中にホーガンの姿を見つけると、助けを求めるように声をかけた。そして声に振り返るホーガン。
「大丈夫だって、社長さんよ。ちょいと上に行って時間を稼いでくるだけじゃねぇか。俺達はいざとなれば車並みの早さで走れるんだからよ。先に避難しててくれや」
ホーガンは伸ばされていた太朗の手をやんわりと押し返すと、再び上へと向かって駆け上り始めた。
「…………そうだ。いい事を教えといてやるぜ、社長さん」
足を止め、ホーガンが振り返る。
「隊長含めて俺達はよ。今回の件について、ちょいとムキになってんだ。いわゆる、らしくねえって奴だな。普段はもっと冷静なんだぜ?」
彼はそう言ってスーツの腰に付属している小物入れを漁ると、そこから何やら布きれを取り出した。太朗はヘルメットのズームでそれをまじまじと見ると、どうやらNASAのエンブレムが刺繍された袖章のようだった。
「隊長も、俺も、部隊の連中はみんなそうだ。俺達は、NASAの連中と同じなのさ」
ホーガンは低いトーンでそう呟くと、布きれを太朗の方へと放ってきた。太朗は反射的にそれを受け取ると、「どういう意味っすか?」とホーガンを見上げる。ホーガンはほんの一瞬間を開けると、口を開いた。
「俺達は全員、元アウトサイダーだ」
半透明の丸い球。戦術スクリーン上に表示された惑星ニュークを表すそれの周りを、ゆっくりと白い光点が移動している。実際は音速の数十倍で飛行しているそれを、ベラは瞬きひとつせずにじっと見つめていた。
「イレギュラーの3基、軌道修正を完了しました。現在熱核弾頭144基は全て、予定の周回コースを移動しています」
ベラの側近が、はきはきとした調子で発する。ベラはそれに視線を向ける事なくひとつだけ頷くと、既に火が消えて冷たくなった葉巻をそっと灰皿に置いた。
「大気ってのはいただけないね。たかだか弾頭を目的地に運ぶだけで、こんだけ慎重にならなくちゃいけない。馬鹿馬鹿しいと思わないかい?」
口調とは裏腹に、非常に真剣な眼差しのベラ。側近はスクリーンを見つめたままの上司と同様に、細い筋を引く光点を目で追った。
「艦隊の兵器は基本的に真空中で使うよう設計されていますからね。このような使用法は想定外でしょう。ミス・マールの存在を考えると、もう1週間もあればずっとマシな物を用意出来たのかもしれませんが」
「あのお嬢ちゃんは規格外だからね。機械をいじらせりゃあ、きっと銀河一さ…………さぁ、そろそろだよ。とっておきのショーの始まりだ」
ベラはいつか太朗からプレゼントされたとっておきの高級葉巻のケースを取り出すと、それを机の上に置いた。一本一本を慎重に包装してあるそれは、勝利の後にだけ味わうと彼女は決めていた。今までに封を開けたのは、たった2回だけ。ディンゴの時と、エンツィオの時。彼女は大型スクリーンを仰ぎ見ると、そこにカメラが捉える惑星ニュークの映像を映し出した。
「"オーロラ作戦最終段階、秒読み開始。残り10秒。9、8、7――"」
艦内にアナウンスが流れ、照明が暗く落とされる。作戦を行うについて照明の有無は何の関係も無かったが、これはベラの計らいだった。作戦の結果を録画するにあたり、出来るだけ良い画質で残しておきたかったからだ。
「5、4、3……オーロラ作戦最終段階を発動。弾頭の降下を開始」
カウントが丁度ゼロになった瞬間、それまで無造作に飛んでいるようにしか見えなかった光点が、事前計算通り惑星を包囲するかのようにぴったりと等間隔に並ぶ。それは弾頭誘導用に備えられたスラスタを目一杯に噴射すると、惑星へ向けて一斉に落ちていった。
「………………こいつは、凄いね」
露光調整がかかり、大型スクリーン上の惑星が暗く沈む。核融合反応を起こした144の地点で小さな太陽が光り輝き、それは惑星全体を使ったイルミネーションのようだった。ベラはスクリーンを眺めたまま、感嘆の息を吐いた。
「ボス、社長の言う通りですね。オーロラが発生しましたよ」
放射線を伴う核爆発が磁場の揺らぎを作り出し、美しい物理現象を発露させた。光が消え、変わりに惑星全体を覆う巨大なオーロラが現れる。今まで無味乾燥な色合いだった惑星ニュークが青緑に彩られ、波紋のように波が広がり、干渉し、複雑なうねりを見せた。それはかつてベラが目にしてきたあらゆる天文観測ショーの中で、最も美しい光景だった。
「…………成功だね。ご苦労だった。ゆっくり休むといいよ」
ベラは満足気にそう言ってシートの背もたれに深々と体重を預けると、葉巻の封をゆっくりと開けた。
高高度における核爆発は、広範囲に渡るEMP効果を生み出す。
たった一発の弾頭は半径数千キロをカバーし、144発の魚雷は惑星を包囲していた。
惑星ニュークはその日、地表の8割を電子的に焼き尽くされた。
地下にいるワインド達にとって、それはどうでも良い事だった。
同じくNASAの人間達にとっても、それはどうでも良い事だった。
しかし地上にいる全ての機械生物達は、それについてを考える事さえも許されなかった。
銀河戦記のアンティーク第1巻が好評につき、
第2巻の発売が決定となった模様。
全ての読者に、平に感謝を。
今月は仕事が忙しく、また、上記の作業が並行しているため、
更新が遅れがちになっております。大変申し訳ありません。




