第178話
地上を蠢くワインドのひとつが青い光を発した時、とうとうその時が来たのだと太朗は知った。
「接近戦が始まんぞ! みんな盾を使って!」
太朗は叫び、自らもコンテナボックスから大きな長方形の盾を取り出した。彼は中空を走り始めたいくつもの青い筋に怯えながらも、盾から延びるケーブルを地面のプラグと連結させた。
「レイザーメタル様様だな。豪勢に使ってて良かったぜ」
解体した巡洋艦の装甲板を切り出して作った盾は、下部から延びる太いケーブルが非常に邪魔であったが、こうする事でラダーベースのビームシールドを盾に通わせる事が出来た。ライジングサンマキナ開発部が自社向けに作成している装甲板は一般の船に比べ、シールド走破性の決め手となるレイザーメタルの含有量が非常に高かった。自社で安価に精製しているからだ。
「"聞いていたより連中の射程が長いね。良く見ると形も違うようだ"」
ファントムがそう発し、ズームアップしたワインドの映像をBISHOP越しに送り届けてくる。そこに映る手足の長いコガネムシといった様相のワインドは、確かにNASAの資料室で見たそれとは違って見えた。
「新型なのか旧型なのか、それとも特化型とかなのか……くそっ、全くわかんねぇな。わかるのは見た目が完全にグロ画像だって事だけだわ」
太朗は届けられた映像に眉をひそめると、データベースの緊急事項にその旨を書き加える事でベース全体に通信で注意を促した。
「"セントリーガン、19、22、128番破損、88、104番大破。敵はきっちり標的を選んでいるようですね、ミスター・テイロー。おっと、188番大破を追加です"」
「おわっ、壊れたセントリーガンの給弾を他へまわして! つーか精密射撃まで出来んのかよ!」
「"テイロー、急げ! 至近距離は戦車の援護砲撃が無くなる。あっという間に来るぞ!"」
「ちょっ、わかった!」
太朗は普段であれば絶対に持ち上げられないだろう鉄の塊である盾と重火器を手にすると、周囲の社員達と同じように屋上縁へと走った。
「"おい社長さんよ!! 頭下げねぇとアブねえぞ!!"」
基地を包囲しつつある敵の姿が目に入った直後、地面へ引き倒される太朗。その直後、頭上をいくつもの青い光線が通り過ぎて行く。
「いでで。すんません、助かったっす……確かホーガンさんでしたっけ。ファントムさんのトコの?」
太朗は地面へ伏せる見覚えのある大柄な男に礼を言うと、運んで来た機関銃をその場に設置した。
「社長さんに名前を憶えてもらってるたぁ、光栄だね。それよりこういった仕事は俺達の専門だ。あんたは指揮の方にまわった方がいいんじゃないか?」
「いやー、陸戦の指揮なんて無理無理。アランが直接やった方が100倍はマシっすよ。専門は上っすからね」
太朗はそう言って大袈裟に肩を竦めてみせると、防盾付きの機関銃をぎこちなくも組み立て、先端部分だけが外へ出るようにして構えた。外の景色は銃の先端についたカメラが運んできてくれるため、身を乗り出す必要は無かった。
「長生きしそうにねぇ社長さんだなぁ、おい。心意気は買うがよ」
すぐ隣で苦笑いを見せるホーガン。彼は手元にあるコンテナボックスから手榴弾を手にすると、それを軽い調子で放り投げた。
「おほっ、さすがサイボーグっすね。どんだけ飛んでるんすかあれ」
投げられた手榴弾は投石器で放られたかのように遠方まで飛んでいくと、破裂と共に金属片をまき散らし、数体のワインドの手足を引き裂いた。
「こういう事が出来るから、それなりの給料をもらっても堂々としてられんのさ。隊長みたいに頭を使った仕事は出来ねぇし、あの人程のパワーもねぇけどな」
話を続けながらも、ホーガンは次から次へと手榴弾を放っていく。爆薬と信管だけがついた即席の手榴弾も、彼の手にかかれば即席の迫撃砲と化していた。
「えぇ? いやいや、ホーガンさんの身体って機械化率8割とか言ってましたよね。ファントムさんのが最新タイプとかそういう事っすか?」
口を開きながら、太朗も機関銃による射撃を開始する。大口径の重機関銃は連射力こそセントリーガンに劣るが、まき散らす弾丸の威力はワインドの装甲を突き破るのに十分な力を発揮した。一発一発がワインドの装甲をひしゃげさせ、運が良ければその手足を断ち切る。
「いや、そういうわけじゃねぇ。あの人のは俺達とはちょっと違っててよ、モーター駆動してるわけじゃねぇんだ。全身を…………おっと、あれはやばいな!」
直後、顔面を床へ叩きつけられる太朗。スーツが衝撃を和らげるが、急激な動きに目を白黒とさせる。
「急に何――」
太朗が文句を言おうとした次の瞬間、その視界が真っ白に染まる。何やら衝撃が全身を貫き、太朗はスーツの中で小さく悲鳴を漏らした。
「ちくしょう、連中はなかなかいい砲を持ってやがるな」
悪態をつき、再び手榴弾の投擲を開始するホーガン。太朗は何が起こったのだろうかとまわりを見ると、自分達のいる周辺の装甲板が大きく歪んでいる事に気付いた。
「被弾……した? 手、足、頭。ある。怪我は……」
何か呆然としたまま、自分の全身をまさぐる太朗。ホーガンはそんな太朗の頭を小突くと、「直撃でもしなけりゃスーツは耐えられるぜ」と笑ってみせてきた。
「とは言っても、距離にもよるけどな。あそこにデカイのがいるだろう? あれが撃ってきてんだ……さすがに俺のは届かねぇな。隊長! あいつを潰して下さい!」
敵の方を見たまま、ホーガンが叫ぶ。すると次の瞬間、周囲のワインドよりもひときわ大きな巨体を持ったそれの頭部が、巨大なハンマーで殴られたかのように吹き飛んだ。太朗が首を巡らせて見張り台の方をみやると、そこには巨大なライフルを構える人影が確認できた。恐らくファントムであろうそれは、時折ゆらりゆらりと動いては敵のビームを躱していた。
「…………あんなん、帝国の陸戦兵2000人集めた位じゃどうにもなんねぇだろ」
「いやいや、帝国の陸戦だって優秀だったぜ? 隊長も二度と御免だって言ってたくらいだしな」
太朗は再び機関銃に取りつくと異常が無いかどうかを確認し、迫りくる敵に向けて射撃を再開した。時折アランから優先すべき対象や方角の指示が送られて来るため、それをセントリーガンの射撃と並行して実行していく。
「突出してるのは潰したぞ!」
「"お疲れさん、南側は完全に包囲されそうだ。セントリーガンの射撃はそちらをメインにしてくれるか"」
「あいあい。弾薬が尽きそうだから、北は手を止めるぞ?」
「"わかった。ではホーガンと行動を共に北北西へ移動してくれ。負傷者が出ているせいか、妙に情報が少ない"」
「了解! こうしてっといつもと立場が逆だな!」
「ははっ、たまにはこういうのもいいだろう。ほれ、急げ急げ!」
「はいはい、人使いが荒いと部下から嫌われるぶふぉっ!?」
太朗は機関銃を手前に引き戻すと、間抜けにも立ち上がろうとした所で再度引き倒された。彼はゆっくりと左右に首を振るホーガンへ謝罪のジェスチャーをすると、今度は這うようにして縁から距離をとった。見よう見まねの不格好な匍匐前進だったが、誰も笑う者がいるとは思わなかった。
「社長さんよ、あんたやっぱり陸戦には向いてねぇな。俺のケツから離れねぇでついてきて下さいよ」
少し呆れた様子のホーガン。太朗は「俺もそう思うっす」と苦笑いをしつつ、先導する彼の後ろを追いかけていく。気付けば既にあらゆる方向から飛来するビームが頭上を飛び交っており、ベースの屋上はてんやわんやの大騒ぎだった。射撃をする者。何かを運ぶ者。怪我人を救護する者。ファントムの部下とベラの警備部を中心としたライジングサン臨時陸戦部隊は、まさに総動員で戦っていた。
「……………………」
途中でぐったりと床に横たわったまま動かないでいるアームドスーツを見つけ、その横を無言で通り過ぎる。ヘルメットが大きく歪んでおり、中の人がどうなったのかは考えるまでもなかった。
「何で俺は…………」
『こんな事をしているんだろう』と続けようとし、口をつぐむ。それ以上を言ってはいけないし、今考えるべき事でも無いと思った。
「そいつらはマシだぜ、社長さんよ。何の意味もなく、ただ飢えて死んでく奴だっているんだ。仲間の為に戦って逝ったんならよ、そいつはマシってもんだろう?」
迷いのないホーガンの言葉。太朗はちらりと彼の方を見ると、走りながら肩を竦めた。
「かもね。多分そうなんだろうとは思うけど、実際死なせちまった張本人としては複雑なわけっすよ」
「ふん、そんなもんかね……俺は人の上に立った事がねぇからわかんねぇけどよ、社長さんみてぇなのは命の損得勘定もしなくちゃなんねぇんだろ? 多くを助ける為に、小さな犠牲を出す。そいつは割り切るしかねぇんじゃねぇか?」
「…………まぁ、そだね。昔犬野郎に同じ事を言われたよ」
「犬野郎?」
「いや、なんでもないっす。忘れて」
太朗は目的地に到着すると、三度失敗は犯さじと姿勢を低くして縁へと向かった。
「援護するんで状況教えて! なんかこっちの情報少ないみたいだから!」
既に縁で銃を構えていた男の横に並び、太朗も機関銃を展開する。すぐさま射撃を開始するが、返答が無い事に疑問を持ち、首を巡らせる。
「…………おわあっ!?」
間近に見た光景に、思わず叫んで顔を引く。スーツごと鋭利な何かに突き刺され、無残にも変形した頭部。ヘルメットの穴からは真っ赤な血液が止めどなく溢れていた。
「社長!! あぶねぇっ!!」
ぐいと持ち上げられ、後ろへ投げ飛ばされる太朗。十数メートル先まで火花を上げながら滑り、あやうく縁から落ちそうになった所で静止する。
「うおお、お、落ちる。死ぬ。も、もうちょっと優しくしてくれな…………え?」
ホーガンと向き合っている、高さ3メートル程の昆虫じみた機械の化け物。4本脚のカマキリといった体のそれは、鉄で出来た針状の両手を掲げ、機械とは思えぬ妙になめらかな動きでゆらゆらとその手を揺らしていた。
「…………い、いやいや。いやいやいや。まだ敵は遠いだろ。いったいどっから――」
首を巡らし、縁から下を覗き込む太朗。
そして絶句し、ぽかんと口をあけた。
「………………そんなん、ありかよ」
ラダーベースすぐ脇の地面。そこに不自然な程に大きな穴があいていた。
そしてその穴からは、無数のワインドが次々と飛び出してきていた。
今しばらくは投稿間隔が長めになりますが、どうかご容赦を。




