第176話
迫りくる鉄の塊は戦車やロケット弾による爆炎により無残な残骸を残しつつも、速度を落とす事なく渓谷を突き進んでいる。列の先頭は確かに迫り来ていたが、その終わりは見えなかった。視界の続く限り、どこまでも伸びている。
「"そのまま来い……そのままだ"」
太朗の通信機にアランの呪詛のような声が届く。太朗はセントリーガンの動作確認を行いながら、伸びあがって敵のいるあたりを眺めた。
「もうちょいか。あと30秒もしたら起爆すっか」
渓谷のひとつに掲げられた、良く目立つ旗。そのすぐ脇をワインド達が通過していっているが、特にそれを気にしているようには見えなかった。もちろんワインドが何を考えているかなどわかるはずもないが。
「起爆用意! 小梅、ケーブルは切れてねぇよな?」
「"少々お待ちを、ミスター・テイロー…………はい、弾頭制御装置からの識別信号を受信しました。ケーブルはオンラインです"」
旗の根本。プラムの実弾弾頭地雷が埋められたそこは、敵の流れを大きくせき止めるのに役立つはずだった。地形の構造的に、付近の背の高い岸壁を引きずり込めるからだ。
そしてそれの起爆信号は、環境の問題から電波ではなく有線ケーブルで実装されていた。距離計測用を兼ねた地雷は自動感応式だったが、それだとラダーベースから近いここでは誤動作の危険性が伴う。これの設置にはかなりの長さのケーブルが必要となったが、ケーブルなど解体した巡洋艦からいくらでも手に入れる事が出来た。
「よしよし、それじゃあ…………あれ?」
再び目を敵へと移した太朗が、目を丸くする。
「"くそったれ! なんであんな所に坂が出来てやがるんだ!?"」
アランの悲鳴のような声。渓谷を進んでいたワインドは、何の偶然か崩れて自然の階段と化していた岸壁を駆けあがり、そのまま四方へと散らばり始めていた。そして残念な事に、後続のワインド達も岸壁を登る方を選択したようだった。
「アラン! しかも散開してんぞ! ちくしょう! 起爆だ起爆!」
「"全員衝撃に備えろ!! 起爆するぞ!!"」
太朗がBISHOPを用い、弾頭に起爆命令を送る。すると次の瞬間、開放されたプラズマが周囲の空気と共に激しく膨張し、岩盤を突き破りながら上へと抜けていく。
「うおおおお、これ近すぎだろおおおべふっっっ!!」
一瞬遅れて衝撃波が到来し、太朗は危うく吹き飛ばされそうになる。それはアームドスーツの靴底が磁力によって地面を捉えていた為に防がれたが、代わりに凄まじい速度で強制ブリッジをする羽目となり、地面に頭をしたたかにうちつける事となった。
「い、いてぇ……気をつけねぇと、スーツが無事でも中身が死んじまうな」
太朗は脳震盪による朦朧とした視界のまま、よろよろと柵の方へと歩いていく。プラムの弾頭は地面にちょっとしたクレーターを作成していたし、周囲の岸壁を見事に崩壊させていたが、ワインドの流れを絶つには至っていなかった。例の坂を崩すには至らなかったからだ。
「"なんでも計画通りってわけには行かないな……テイロー、敵の包囲が始まるぞ!"」
アランが屋上に設置された銃座に飛び乗り、その銃座を旋回させる。すぐさま敵へ向かって大口径の実弾が放たれ始め、砂煙と共にスクラップの量産をし始めた。
「"弾幕を絶やすなよ、テイロー!! 近づかれたら終わりだと思え!!"」
ヘルメット内に響くアランの怒鳴り声。太朗は「わかってらぁ!!」とそれに返すと、頭の中を駆け巡る情報の中に不備を見つけ、舌打ちをした。
「北北西方面に穴がある! 小梅、誰か向かわせてくれ!」
ベース屋上にいる全ての人間はアームドスーツを装着しており、そのヘルメットディスプレイが映し出す風景はリアルタイムで中央制御室へと送られていた。それら情報は小梅が統合処理を施し、太朗の元へフィードバックされる。太朗は屋上の中央でじっとしながらも、360度全ての視界を得る事が出来る。
しかしその一部に、今はぽっかりとした穴が空いていた。数分前に四方へ拡散したワインドがラダーベースを包囲しつつある現在において、それは大きな問題だった。
「"申し訳ありません、ミスター・テイロー。主砲発射による味方への被害から、一部エリアに活動が難しい領域が生まれています。近接レーダーによる補足を追加しますか?"」
基地中枢は小梅からの返答。太朗がそれに了承の言葉を返そうとするが、別の声が割って入る。
「"いや、俺が行こう。この気象ではレーダーは鮮明に映らないだろうし、無駄に出来る弾薬は無いはずだ"」
いつも通り、落ち着いたファントムの声。太朗が「助かるっす!」と声を上げると、彼のすぐ目の前を風のように本人が通り過ぎて行った。片手にライフルを持ち、肩に大型のコンテナボックスを担いでいる。
「総重量で何百キロあると思ってんだよあれ。鉄の塊だぞ…………おっ、きたきた」
ファントムのヘルメットディスプレイが死角をカバーし、太朗の元へクリアな映像を運んでくる。肉眼で見ればまだ距離的に豆粒のような大きさだが、ズームアップすれば地上型ワインドの持つ昆虫的な造形が見てとれた。
「気持ちわりぃんだよ、こんにゃろめ!!」
200あるセントリーガンの内、射撃可能な位置にあるもの全てで攻撃を開始する。もちろんただ闇雲に射撃するのではなく、出来るだけ敵の関節部や非装甲部を狙って断続的に攻撃を加えていった。秒間200発を発射可能なセントリーガンは、撃ち続ければあっという間に弾薬を消費してしまう。
「"82番、42番、192の銃身がオーバーヒート気味です、ミスター・テイロー。118番が弾薬ゼロ。26番と77番をリロード中。98番は何らかの原因で作動不良を起こしています"」
「おうさ! アラン、北東方面の弾幕が薄くなるぞ。そっちに援護を送ってくれ!」
「"北東方面だな? 了解だ。機甲部隊の砲撃をそっちへ回そう"」
「頼んだぜ…………くそっ、通常弾頭だと足止めすらできねぇ」
太朗の操るセントリーガンは確実にワインドをスクラップへと変えていってはいるが、敵の進行を止めるような真似は出来なかった。対して戦車の炸裂砲弾は確実に敵の流れをせき止めており、一部でワインドによる渋滞が発生していた。
「"戦車が今の倍は欲しい所だな。北東方面はかなり良い感じの流れだぞ。連中、現在のルートを諦めたようだ。大回りするつもりらしい"」
「まじか。そんじゃ今の内にじゃんじゃん補給しといて。近付かれたら補給もクソも無くなるんだろ?」
「"まぁ、そうだろうな……よし、いくつかの部隊を引き揚げさせたぞ。補給後は北西方面へまわすか?"」
「うーん、難しい所だな……マール! 主砲の発射はあとどれくらい?」
マールがいるはずの砲塔へと目を向ける太朗。
「"およそ5分とちょっとよ、テイロー。コンデンサまわりが焼切れちゃってるから、総取り替えしないと"」
「わかった。そんじゃあ、次の砲撃を北西方面へまわそう。戦車は引き続き東を受け持って。それと"例の作戦"を実施しよう。施設の色んなトコに不備が見つかってるから、ちょっと時間を稼ぎたい」
地上戦の実戦経験などほとんど無いがゆえに、ラダーベースの防衛設備は様々な問題や不備が露呈していた。ほとんどが砂と熱、そして酷使による物理的な問題で、今ここで手を加えてもどうしようも無いものは置いておくにせよ、応急処置が可能な施設には手を入れたい所だった。
太朗の言葉に対し、通信機からは「わかった」とアランの声。数瞬の後にヘルメットディスプレイへ"オーロラ作戦 第一段階実施"との表示が現れ、主砲発射時と同様に視界が黄色く染められた。
「"テイロー! もう一度確認するけど、発動出来てるのは良くて2回が限度よ? 交換部品が無いから確実に2回だけ!」
少し息を荒げたマールの声。その姿を確認する事は出来ないが、今も必死に主砲の発射準備を行っているのだろうと太朗は想像した。
「わかってるって。でも今使わねぇと後に響いちまうからな!」
太朗はそう叫ぶと、セントリーガンを全て内部へと収納した。首をめぐらせて周囲の様子を見ると、何かの装置をコンテナの中へ収納する者や、銀色のカバーを銃座に被せている者などがいる。
「…………よし、そろそろいいぞ! 小梅、やっちゃって!」
騒がしい周囲の音が止み、戦車砲の轟音だけが聞こえる中、「"了解です、ミスター・テイロー"」といういつもの返事がヘルメットの中に響いた。
――"オーロラ作戦:第一段階実施"――
――"現状蓄電量:77%"――
――"電子出力スタビライザー:安定稼動"――
小梅によって操作されるBISHOPの様子が、太朗の頭へとリダイレクトされる。ラダーベース全体が僅かに振動し、床の上にある小石が小さく踊り始める。
――"電圧開放:残り5秒……4……3……"――
「頼むから効いてくれよ……最終的にはこれに賭けてんだ」
――"電圧開放:残り2秒……1……"――
――"電圧開放:艦載ECMを発動"――
ラダーベースに降ろされていた艦船用電子戦兵器が作動し、周囲に電磁パルスと不安定化させた可能性粒子が無造作に撒き散らされる。全くの無音で行われたそれは、有効半径内の防護処理されていないあらゆる電子機器に破滅的な誘導電流を引き起こした。
「うおぉっっ!?」
太朗は腰に下げていた携帯端末がスパークと共に発火するのを目にし、驚いて飛び上がった。対電子攻撃用の簡単な処置を施してあったはずなのだが、艦船用電子戦兵器の出力の方がそれを上回ったようだった。
「マールに買ってもらったお気に入りが……くそっ、てめぇら絶対恨んでやっからな!」
太朗はBISHOPでベースにある各種装置の安否確認を始めると、悪態をつきつつ屋上の縁へと向かった。周囲には先程被せたECM防護シートを取り去る者達が慌しく行動しており、明らかに安堵の様子を見せる者がいれば、頭をかかえて天を仰いでいる者もいた。
「…………ざまぁみやがれ。とりあえずこれで振り出しだ」
太朗は縁から外を覗き込むと、吐き捨てるように言った。
彼の見た先には、行動を停止した膨大な量の"電子機器"が横たわっていた。




