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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第12章 ニューク
175/274

第175話


 車のそれに良く似てはいるものの、むき出しとなっている簡素なシート。太朗はそこに飛び乗ると、アームの先端に取り付けられた四角い装置をヘルメットの側面へと調節した。


「しっかしよくもまぁ、こんな短期間で取り付けられたよな。巡洋艦一隻バラした甲斐があったってもんだ」


 アームの根本は傍にある巨大な建造物に繋がっており、そのうずたかい頂点には巨大な砲塔が鎮座していた。


 ラダーベースの防衛計画を練っている際、太朗達は足りない火力を補う為にあらゆる兵器を掻き集めたが、それでも十分といえる量を集める事は難しかった。地上戦が一般的でない銀河帝国では、個人携行兵器を超える兵器はほとんど存在していなかったからだ。


 そこで太朗は無茶を承知で軌道エレベーターを用いて宇宙戦闘艦を地上へ下ろす事が出来ないかとアランに尋ねたが、当然それは不可能だと却下された。しかしそれを聞いていたマールが「もしかしたら」と違う形を提案し、それは採用される事となった。すなわち第一艦隊の巡洋艦を宇宙で解体し、各部品を軌道エレベーターによって降下させ、そして地上で組み立てる。


 宇宙で使用する前提の装置を地上に下ろすというのは、メンテナンスを考えると馬鹿馬鹿しいまでに非効率で無駄な事だったが、使い捨てと考えれば十分な効果が期待できた。それに何より、背に腹は代えられない。


 ――"操作者認識…………完了"――

 ――"レベル:ルート権限"――

 ――"照準システム起動"――


 ディスプレイとなっている太朗のヘルメットに様々な射撃に関するパラメーターが表示され、シンプルな十字の照準が中央に現れる。太朗が意識して首を動かすと、遥か頭上にある砲塔がその動きに合わせてゆっくりと旋回を開始した。


「…………マジでアレとやんのか。早まったかな?」


 照準が向いた先に映る景色は、とてもこの世のものとは思えなかった。NASAの映像資料で事前にその光景を見ていなければ、わめきちらして逃げ出してしまいそうな程だった。ワインド、ワインド、そしてワインド。狭い渓谷を駆ける彼らは、確かに黒い濁流だった。


 ――"ビーム収束システム:エラー"――

 ――"延伸性の調整が不可 固定値:最大"――


 BISHOPに送られてくるエラー通知。しかし砲塔のビーム収束システムを固定したのはあえてなので、太朗はそれを無視して画面に集中した。


 ――"サーマルシールド:強制起動"――

 ――"ロックオンシステム:完全手動"――

 ――"砲撃準備:完了"――


 頭上の砲塔がうなり声をあげ、うっすらと発生したシールドによって青みがかり始める。


「"緊急警報。主砲発射まで残り30秒。総員、衝撃に備え。繰り返す――"」


 あらかじめ録音しておいた太朗の声がヘルメットの中に流れ、視界が黄色に染まる。太朗は録音された自分の声とはなぜこうも変わって聞こえるのだろうかなどと考えながら、カウントダウンしていく数字をじっと見つめていた。


「目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ」


 太朗はひとりぶつぶつと呟くと、何も無い空間でアナログスイッチを手に持つ動作をする。視界の隅には慌てて地面へ伏せる社員達の姿。


 ――"発射まで残り5秒…………3……2……1……"――


「地上にいるお前らじゃあ、こんな大砲見た事ねぇだろ。せいぜい驚きやがれ……マール砲、発射!!」


「"ちょっ、何勝手に人の名前を――"」


 ――"マール砲:発射"――


 マールの叫びが終わらぬ内に、太朗は右手人差し指を握りこんだ。

 瞬間、真っ白に染まるヘルメットのディスプレイ。


 宇宙船に搭載される砲塔の内部で十分に加速された無数の粒子が、砲塔より高速で空中へと飛び出した。青く光る特殊な磁界で包まれて邪魔な粒子をかき分けながら進むそれは、宇宙と違って濃密な大気の抵抗に、抱え込んだ粒子のいくらかを手放してしまう。磁界の封じ込めから漏れた粒子は大気の粒子と衝突し、運動エネルギーを熱へと変換する。


「ぐぁっ!! うぅっ!!」


 強烈な爆炎と衝撃波が周囲に荒れ狂い、太朗はシートへと強く押し付けられる。まるで超重力下にでもあるかのように、首も、腕も、何も動かす事が出来ない。ヘルメットの調音効果が音を遮断し、瞬間的に無音となる。


「ぐっ……く、くそっ!! やっぱこんなん、大気中で使うもんじゃねぇぞ!!」


 縛り付けられた格好のまましばらくが過ぎ、ようやく動くようになった節々の痛む身体を丸める太朗。眼球を保護する為の調光機能が徐々に薄れ、あたりの様子が映し出され始める。


「…………これ、スーツ着てなかったら全員即死だな」


 砲身はサーマルシールドで守られているのにも関わらず赤熱し、大量の白い煙を吐き出している。砲塔に近い位置にあった金属の柵は根こそぎ吹き飛んでしまっており、千切れた柵の破片がぷらぷらと中空を揺れていた。熱に備えてラダーベース屋上はほとんどの物を金属とセラミックの製品で揃えていたが、中にはチェックに漏れたプラスチックやらゴムやらの物品が存在し、そういった物は全てがドロドロに溶けて原型を失っていた。


「"テストと同じく、なんとか上手くいったみたいだな、大将。しばらくは落下物に注意しろよ?"」


 アランからの通信。太朗は「落下物?」と疑問符を浮かべると、真昼間にも関わらず薄暗い砂嵐の空を見上げた。


「何が落ちて…………うぅうううおおおおお!?」


 空より飛来した何かを、地面を転がる事で避ける太朗。その何かは太朗が座っていたシートを突き破りながら地面へとめり込み、振動とけたたましい金属音を残しながら静止した。


「ツイてねぇってレベルじゃねぇぞ!! はしごといい今回といい、何だっつーんだちくしょう!!」


 太朗は解体した巡洋艦の装甲で作られたラダーベースの屋上にめり込んだそれを覗き込むと、その正体をすぐに理解する事が出来た。


「これ、ワインドの部品か? どんだけの距離を飛んで来て……うぉぉ、マジかよ」


 まだ敵との距離は数キロ以上あったはずだと、先ほどまで照準を合わせていた地点を見やる太朗。そして宇宙巡洋艦の主砲が生み出した惨状に、思わず息を飲んだ。


「地形、変わっとるやん…………すげぇなマール砲」


 身長100メートルの巨人が身の丈程もあるドリルを抱えて突進したら、そうもなるだろうか。主砲の向いていた直線の地面は拡散したビームの余波によって大きくえぐれ、所々が白熱している。発生した衝撃波に耐えられなかったのか渓谷の複数個所でがけ崩れが起こっており、それはさらなる砂煙を量産していた。

 照準の合っていた位置がどうなっているのかは空高く舞い上がる黒煙と砂煙によって確認出来ないが、空気中の粒子と反応せずに目標位置まで到達出来た粒子の塊はその内包されたエネルギーを存分に解放したようだった。黒煙は冗談のような高さにまで立ち昇っており、夏の日の入道雲を黒くしたかのようだった。


「別に普通の艦載砲じゃない。普段使ってる砲と一緒だし、今のプラムのはもっと凄いわ……っていうか、そのマール砲ってのやめなさいよ。なんかあたしが強暴になったみたいじゃない」


 近くで退避していたのだろう。砲塔の裏手から現れたマールが不満気に発する。彼女がそう言いながら太朗のふとももを蹴りあげると、「やっぱ強暴じゃないっすか!!」と太朗は悲鳴を上げた。


「くそっ、アームドスーツで増えた防御力が、同じくスーツで増えた攻撃力に相殺されとる…………ちなみにマールたん、次の発射までどれくらいかかると思う?」


「次? そうね。下手にチェックしないで撃ったら砲塔が吹き飛んじゃうだろうし、せいぜい15分に1発も撃てればいい方だと思うわ。砲身が歪んだら終わりよ」


「そっか。そんじゃあ、あと15分は他の方法でアレを何とかしなくちゃならんわけね」


 首を巡らし、立ち昇る黒煙の根本を見やる太朗。そこからは煙を掻い潜るかのように次から次へとワインドが走り出てきており、再び長い列を構成しつつあった。


「……人間だったら、あれだけのことをされれば逃げるはずだわ」


 ワインドの列を見て、うんざりした様子のマール。


「残念だけど人間じゃねぇからな……さて、接近戦スタートだぞ」


 太朗はコンテナボックスに仕舞っておいた銃を再び手にすると、それを背中にしっかりと固定した。太郎自身はほとんど素人ゆえに白兵を行うつもりなど無かったが、必要になる事態があるかもしれなかった。


「そうね…………ありったけのを持って来たんだから、ちゃんと使ってみせなさいよ」


 マールが手を上げ、大きくそれを振ってみせる。すると本来はデブリ焼却ビームを収納する為の装甲の隙間から大量のセントリーガンが浮上し、その重厚な砲身をあらわにした。


「まかせとけって。並列作業こういうのは得意だからな」


 太朗が指を鳴らす真似をすると、全てのセントリーガンが一斉にその向きを変える。ハリネズミのように配置された全200基のセントリーガンは、全て太朗の思うがままに操る事が出来た。


「問題はそれよりも……弾が足りるかどうかだな」


 主砲発射警告により避難していた戦車隊が動き始め、再び敵の列に向かって砲撃を再開した。ベースからは迫撃砲やらロケット弾やらが投射され、黒い津波を破壊しようとやっきになっている。

 周囲に障害物はなく、命中させるのは簡単だった。標的をはずした弾より、不発弾を探す方がまだ簡単だった。


「…………こりゃ人類がなかなか勝てねぇわけだ」


 何百、何千もの仲間の死骸を乗り越え、一切の躊躇を見せずに前進をする。太朗達はまだ一発のビームも撃たれておらず、誰も倒れてすらいない。

 敵はただ前へ進んでいるだけ。


 それなのに、太朗はその事が何よりも恐ろしかった。




感情を感じられない目や行動って怖いですよね。

虫もそうですし、本能的なものなのかしら。

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