第174話
大変お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
引き続きお楽しみいただければと思います。
「地震?」
自室のベッドで浅い眠りについていた太朗が、微かに感じた揺れに目を覚ます。施設全体は砂嵐の強風によって常にあおられてはいたが、今しがた感じた揺れは、それとは全く違った揺れだった。
「"よう大将、起きてるか? 恐らくお客さんだぞ。予想到着時刻は今より1時間から4時間後。相変わらず曖昧で悪いな。機甲部隊を迎撃に出すが、いいな?"」
ラダーベース内のBISHOPを通じ、アランから通信が送られてくる。太朗は「わかった」と短く答えると、取る物も取らずに部屋を飛び出した。
「あっ、テイロー!! また来たみたいよ!!」
廊下を少し走った所で、丁度マールが彼女の部屋から出てきた所に出くわす。太朗は寝不足により真っ赤な目をした彼女にひとつ頷くと、「急ごう」と彼女の手をとって走り出した。目的地は白兵装備室。そこには今戦いにおいて、絶対に必要となる装備が置いてあった。
「このまま戦闘になると思う? それとも前みたいに引いてくかしら?」
太朗と共にアームドスーツへ着替えているマールが不安気に発する。今回のような敵の接近は、太朗達がラダーベースへ戻ってから7日経つ現在までにおいて、既に3度程があった。しかしそのいずれも敵はある一定以上に接近する様子は無く、どこかへ引き返していってしまっていた。
「わかんねぇけど、どっちだろうと対応しなきゃなんないのは一緒だな。それより敵が妙に慎重で不気味だぜ」
分厚い耐熱スーツを着込み、その上に科学の甲冑たるアームドスーツを装着していく。これは作業用パワードスーツ程に強力なパワーアシスト機能こそ無いが、身を守るという点においては非常に優れた機能を持っていた。装甲部は宇宙船の構造体にも使われるアイボリーメタルで覆われ、関節部は柔軟な強化炭素繊維で保護されている。少なくとも目の前で車が吹き飛ぶ程の爆風が起こっても、千切れた手足がどこかへ飛んでいくという事態が避けられる程度には丈夫だった。また、熱に強く、電気を通さない。ある程度の放射線においても同様だった。
「そうよね。本当だったらとっくに突っ込んできてるはずだわ……やっぱり宇宙のワインドよりこっちのワインドの方が、ずっと進化してるんじゃないかしら」
その大きな胸をスーツへ無理矢理押し込むマール。太朗はそれを横目にみつつ、「かもしんねぇな」と続ける。
「そもそも、上と下とじゃワインドと人間との遭遇率が桁違いだろ。上は何十年だか何百年だか漂流した先に人の居住圏へ到達する奴らがいるくらいだけど、こっちはほとんど毎週みたいなペースだろ?」
「確かにそうね。NASAは体のいい演習相手でもあったのかしら……うーん、そう考えるとほんっとに頭にくるわね。人間を何だと思ってるのかしら」
憤懣やるかたないといった様子のマール。太朗は彼女に同意の言葉をかけると、ヘルメットを被って外気と自分の体とを完全に遮断した。やがて背中に背負ったバックパックから小さく空気の流れる音が聞こえ、ヘルメット内部に濾過された空気が送られてくる。
「何だも何も、あいつらに感情なんて……うおっ、揺れたな。近いぞ!!」
地鳴りと共に訪れる大きな揺れ。
「2列目の地雷が反応するのは初めてね……ひょっとするかもしれないわよ」
天井を不安げに見回しながら、マールがぼそりと言った。揺れの原因は、ラダーベース周囲に設置された戦艦プラムの弾頭。マールによってセンサー感応による自爆機能を付加された弾頭は、基地周辺に等間隔に配置されている。砂嵐によってレーダーが役立たずとなっている今、それは敵との距離を測るのに非常に効果的だった。取り扱いの問題から魚雷を下ろす事は出来なかったが、通常弾頭であっても地上では恐るべき威力を発揮する。
「ちょっとでも数が減っててくれるといいんだけどな……よしっ!」
太朗はひとつ気合を入れた声を吐き出すと、自分の胸を強く叩いた。それはアームドスーツのショックアブソーバーにより随分と軽い一撃となってしまったが、気持ちを切り替える事は出来た。
「こちらテイロー。現在降下中のカーゴを最後に、エレベーターを封鎖。はしごを上げてくれ」
「"了解しました、ミスター・テイロー。コンテナ到着予定時刻である3時間後から、はしごの上昇を開始します"」
太朗は通信機から聞こえる小梅の声に「よろしく」と返すと、後ろを振り返ってひとつ頷いた。視線の先にいたマールも太朗と同じように頷くと、「やるわよ」とアームドスーツによりゴツゴツとした見た目となった拳を差し出してきた。
「あぁ、頑張ろうぜ」
太朗は差し出された拳に自らの拳をコツンと打ち合わせると、部屋の中に設けられている戦闘時用の昇降用階段を駆け上がり始めた。
砂と岩。そして鉄。
簡易な要塞としても作られているラダーベースの屋上から見える景色は、ただそれだけだった。周囲は砂嵐で侵食された複雑な地形が描かれており、ある程度までは肉眼でも確認する事が出来る。しかしそれらも、濃密な砂嵐の前ではわずか数キロまでしか確認出来なかった。
「アラン、一応確認するけど、さっきの揺れは?」
一段高くなった見張り台で遠くを眺めているらしいアランに走り寄ると、太朗は足元に置かれていた武器コンテナからライフル銃を2つ取り出した。ひとつは後ろに続くマールへ投げ渡し、ひとつは自らが使う事にした。
「小梅の解析では、94.5%の確率で第二地雷原の弾頭によるものだそうだ。まず間違いなく連中だろう……くそっ、あと数日もあればずっとマシな防衛施設に出来たんだが」
肩を竦め、アランがぼやく。太朗は手にしたライフルを肩に担ぐと、「逆に考えようぜ」と続ける。
「むしろ7日も時間が取れたんだから、そこに感謝しとこうぜ」
「……そうだな。そう考えた方がずっと良さそうだ。だが、どうするよ大将。感謝するにしても、どこに感謝すりゃいいんだ?」
「うーん、そうだなぁ……」
太朗はぐるりと首を巡らせると、この一週間をほぼ不眠不休で活動し続けてきた機械工学の天才へと目を向けた。彼女はラダーベースの防衛計画にとって、最も重要な役割を果たしていた。
「とりあえず、おっぱいの大きな女神に感謝だな。マールがいなけりゃこの半分も出来てねぇだろ」
「嬢ちゃんか……まぁ、ありだな。黙ってりゃあ美人だし、お前の言う通りだ」
ふたりは会話が限定通信となっているのを良い事に、そう言って小さく笑った。
「男ふたりで何をひそひそやってるのよ。言いたい事があるならハッキリ…………テイロー!」
再度訪れた大きな揺れ。さらに今度は揺れだけではなく、視覚的な変化も訪れた。分厚い砂嵐の層の向こうに見える、うっすらと立ち昇る巨大な砂煙の塊。ヘルメットの視覚ズーム機能を抜きにしても、相当に近い距離。
「来るぞ!! 全員第一種戦闘態勢!! 降下中のコンテナは即時投棄!! はしごを切り離して!!」
広域通信を使い、全力で叫ぶ。コンテナの中に積まれた武器はおシャカになってしまうだろうが、万が一の可能性を考えると仕方が無かった。何らかの方法でワインドがケーブルへアクセスしないとも限らない。
「"コンテナ投棄…………完了しました。予想降下地点はベースより南西に1200メートルの地点。気にせずともよろしいでしょう。ケーブルの上昇を開始しました"」
いつも通りの淡々とした声。太朗が首を上げると、強烈な磁力によって保持されていたケーブルが今まさに切り離される瞬間を見る事が出来た。
「普通は切り離しなんてしねぇもんな。なかなか貴重な絵が……うぉおおおお!!?」
迫る影に、咄嗟に身を躍らせる太朗。風にあおられたケーブルがたわみ、太朗のすぐ目の前を通過していく。太朗は見張り台の手すりになんとかしがみつくと、風に流されながらも上昇していくケーブルの影を見送った。
「ケーブル自体は軽くても先端の保持機構は鉄の塊だからな……危うく間抜けな死に方するところだったじゃねぇかチクショウ」
ぶつぶつと基地中枢にいるはずの小梅へ文句を言う太朗。するとそこへ数名の兵士が走り来て、何か戸惑ったかのように敬礼をする。
「機甲部隊と連絡が繋がりました。15分前に敵と接触。その後現在に至るまで遊撃戦を続けているとの事です。脱落は4両。敵の数は不明だとの事です……社長、遊ぶのも結構ですが、今はそれどころでは無いかと」
「別に遊んでるわけじゃないんだけどね……いや、ありがとさん。ちなみに敵の数が不明ってのは、やっぱり?」
「はい、渓谷を埋め尽くさんばかりの量がまるで川のようになっているようです。数を数えるよりも、体積から重量を導き出した方が早そうだと」
「うえぇ、どんだけだよ。年2回あるオタクの祭典も真っ青じゃねぇか……あぁいや、どうなんだろ。あっちもあっちで凄いからな。渓谷の封鎖作戦は?」
「残念ながら。岸壁の爆破による封鎖自体は成功したのですが、ものの数分で乗り越えられてしまったようです。連中、ある程度の高さまでは仲間を踏み台に好き勝手登れるようですね」
「予想通りではあるんだけど、やっぱ駄目か……ベースの外壁も登ってこれそうかな?」
「どうでしょうか。そればかりはやってみない限りは何とも……」
「だよねー。まぁ、了解。持ち場に戻っていいっすよ……さて、というわけらしいぜ」
話を聞いていたはずのふたりへ振り返る太朗。アランは「そうか」と短く発し、マールは無言でベースの向こうへと目を向けた。7日間の間、彼女が付きっ切りになっていたいくつかの大型施設。
「…………言っておくけど、上手くいく保障は本当に無いわよ?」
自身無さげなマールの声。太朗は彼女と同じように施設を仰ぐと、片目を瞑ってみせた。
「そんな保障は、今までもあったためしはねぇさ。それにマールがやって駄目なんじゃあ、正直うちの誰がやっても駄目だろ」
これはマールを慰める為の言葉だったが、真実でもあった。急場しのぎで作られたいくつもの防衛設備は、彼女のギフト無しではとてもでは無いが時間的に実現不可能な物ばかりだった。
「ふふ、そう聞くと少し気が楽になるわね。ありがと…………さて、そろそろみたいよ。私達も持ち場につきましょう」
遠目に見え始めた、黒く揺らぐ大地。
鉄で出来たその流れは、戦車の砲撃による爆炎や地雷による破壊の光をものともせず、ゆっくりと、確実に、太朗達の元へと迫り来ていた。
まだ仕事が忙しい状況が続いてはいますが、なんとか更新できればと思います。
なお、書籍版を購入して頂いたという声をいくつも頂いております。
この場を借りて、御礼申し上げたいと思います。




