第173話
「申し訳ありません。自分の責任です」
ラダーベース地下に作られた会議室で、フィリップが深刻な様子で頭を下げる。テーブルを囲むように座る太朗達は、どうしたものかと顔を見合わせた。
「君に裁量を持たせたのは上司である俺だ。責任の所在を問うのであれば、俺の方が責められるべきだ」
ファントムが立ち上がり、フィリップを擁護する。太朗達は再び顔を見合わせると、「いやいや」と揃って首を振った。
「どう考えても仕方ないと思うし、それに責任云々を言うんなら最終的には俺に行き着くと思いますよ。最高責任者なわけだし」
「そうね。それに責任で言えば私だってそうよ。それよりNASAの混乱を穏やかに収束させたんだから、むしろ賞賛されてしかるべきだと思うわ」
「俺もふたりの意見に賛成だな。そのネットワークに存在するワインド……ヘンリーと言ったか? そいつが今後もたらしたかもしれない脅威を考えると、現時点で抑える事が出来たのは大きいぞ」
太朗とマール、そしてアランがそう言い、ふたりを座るように促す。フィリップは申し訳無さそうにまごついていたが、ファントムが彼の顔を見てひとつ頷くと、ようやく納得したように腰を下ろした。
「しっかし、こっちはこっちで大発見があったけど、そっちはそっちでえらい事になってたんね。一応想定をしてなかったわけじゃないけど、ネットワークに存在するワインドとか、アランが言う通りちょっとした悪夢じゃね?」
太朗はそういったワインドなら起こす事が可能であるだろういくつもの災厄を思い浮かべ、ぶるりと身を震わせた。
「理論上存在が可能である事と、実際それが存在する事は全く別物であると小梅は考えます。いやはや、ワインドというのは我々が想像しているよりもはるかに高度な生物なのかもしれませんね」
いつもの通り、無表情なままで小梅が発する。一同がそれに同感だと頷き、アランが「考えを改める必要がありそうだな」と難しい顔をして言った。
「今までも侮ってたわけじゃあないが、よりいっそう気を引き締める必要があるだろうな。ヘンリーが単一の存在なのか、それともありふれた存在なのか。上にもいるのか、どれだけの事が出来るのか。正直わからない事だらけではあるが、最悪を想定してしかるべきだろう」
「だなぁ……でも存在するってのがわかっただけでも、これってかなりデカイよな?」
「そりゃあそうさ、大将。いるとわからん事には対策も取れないからな。一応情報部が主導して対策を考えてはみるが、何分前例がない。何か思いついた案や対策があればどんどん言って欲しいが……とりあえず今は後回しにするべきだろうな」
アランはそう言うと、壁に備えられた大型スクリーンへと目を転じた。そこにはラダーベース周囲の地形が詳細に描かれた地図が表示されており、想定される戦闘のシミュレーションが行われていた。津波の様に押し寄せる赤い光点と、それに飲み込まれていくラダーベース。
「…………本当に、ここへ来るのかしら」
マールがごくりと生唾を飲み込み、そっと呟く。太朗は「わかんねぇけど」と前置きをすると、苦笑いを浮かべて肩を竦めた。
「現状の戦力じゃお話になんねぇな。ぶっちゃけここは放棄して、他にベースを作り直した方がいいんじゃねってレベルだわ」
NASAから得られた情報に基づき戦術コンピューターに入力された戦力比は、実に35対1。これは努力でなんとか出来る状況とは思えなかった。
「それが可能なら俺だってそうするべきだと思う。だが、正直難しいだろうな……他にベースの建設が可能と思われる地点はどれだけあるんだ?」
誰へというでもなく、アランが質問をする。それに小梅が「予想では」と挙手をした。
「現地点の他に2箇所程可能と思われる候補があると推測されています。しかし1箇所は惑星の全く反対側にあたり、もう1箇所は惑星の極地にあたります。それらへベースを建築するとなると、NASAとの交流は距離の問題から絶望的でしょう」
小梅がそう言って手を仰ぐと、スクリーンの表示が惑星全体を映し出した物に切り替わった。地球の台風などまるでそよかぜだといわんばかりの暴風が惑星全体を覆っており、比較的安定している場所は小梅の語った2箇所と、現在ベースが存在するそこだけだった。
「……見捨てるっつー選択肢は無しの方向で行きたい」
太朗のひと言に、彼の元へ視線が集まる。
「そりゃあ、誰だって見捨てたいとは思わねえさ。何百万もの人間がいるわけだしな……だが、連中は今までもうまい事生き延びてきたわけだろう。機を待つと考えると、今ここで踏ん張る必要も無いんじゃないか? もっと戦力を充実させてからでも良いはずだ」
アランが諭すように言った。太朗はそれにひとつ頷くと、「言いたい事はわかるけど」と続ける。
「俺はもう長くねぇと思うぞ、あそこは。BISHOP関連の設備が足りない云々を抜きにしても、だめだと思う」
腕を組み、天井を見つめる太朗。マールが「なんで?」と眉間に皺を寄せ、他のメンバーも興味深げに耳を傾けてくる。太朗はしばらくの間そのままの姿勢で考えをまとめると、「撒き餌さ」と吐き捨てるように言った。
「撒き餌…………嘘、冗談でしょ?」
何かに気付いた様子のマールが、はっと息を飲んだ。「どういう意味だ?」と首を傾げるアランに、太朗が再び口を開く。
「NASAが存続してる理由だよ。多分だけど、ワインドは俺達みたいに上から彼らを助けに来る連中を待ってたんじゃねぇかな。そう考えると色々辻褄が合うし、あいつらの目的にも適うだろ。どういう形にしろ、上へ行く為の技術が確認出来る」
マールと最初に出会った時に彼女が戦っていたワインドが、撒き餌によって他の船が接近するのを待ち構えていたと聞いている。そうであれば、ワインドが目的を達成する為に何かを利用するという手法を採る事は十分に考えられる事だった。
「なんてこった…………なぁおい、ファントム。お前さんが遭遇した例のヘンリーとやらは、それが可能な程の知能を持ってたのか?」
信じられないとばかりに目を瞑り、こめかみを包むように手を当てるアラン。
「誰かに成りすまそうとする位だ。知能の程度で言えば少なくとも人間とさほど変わらないんじゃないかな……それどころか、アントニオに対して言葉による懐柔を図っていたからね。人間の感情についてもかなり深い所まで知っている可能性が高い」
思い出すようにして、ファントムが答える。彼は「社長の言う通りだとすると」と顎に手を当てた。
「我々が去った後に彼らが処分される可能性は十分に考えられるね。今回うまくいったのだから次も来るだろうと期待して残してくれるのであればいいが、撒き餌として役に立たないと判断されれば一斉攻撃だろうね。ワインドからしてみればやっかいな同族殺しであるのは間違いないわけだからな」
険しい表情を作り、ファントムが吐き捨てるように言った。
「そういう事。しかもそうなった場合、俺達のせいって事になるんだぜ? 俺達がこうして降りてさえ来なければ、そんな事態にならなかったわけだからな。知らなかったで済ませるには規模が大きすぎんだろ?」
太朗が苛立たしげに机を指で叩く。そこへアランが「くそっ」と悪態をついた。
「そう考えるとNASAの貧相な装備や、妙に限定的な襲撃の説明がつくな。あれだけの量がいて、しかも疲れを知らない機械だ。休み休みで攻撃を加えてくる理由が無い。複数個所から同時に侵攻すりゃいいだけの話だ…………ちくしょう、あいつらNASAの連中を何百年も飼い殺しにしてやがったのか!!」
嫌悪感を丸出しにした表情のアラン。しかしそれは彼だけでは無く、その場にいる誰もが同様だった。
「…………許せないわ」
怒りを湛えたマールが、拳をぎゅっと握り締める。太朗がそれに「あぁ、許せねぇな」と続け、力強く机を叩いた。
「ここで逃げ出すってのは、人としてやっちゃなんない事だと思う。そら組織っていう側面で考えれば、一度退却するってのも考え方としては有りだと思う。少なくともトップの重要な人間だけ安全な場所にってのも、そりゃ有りだろうな。馬鹿な俺でもそれくらいはわかる……でも、駄目だろ。ライジングサンってのはそうじゃねぇだろ?」
太朗は立ち上がると、右手で大きく空を薙いだ。
「誰かに死ねって命令してんだから、自分達も最前線で一緒に戦う。ディンゴの時も、エンツィオの時も、ずっとそうやって来たんだ。今更違うやり方なんてやれるわけがねぇ。無理だとわかってても、やるだけやんなくちゃ駄目だ。みんなもそういう俺達を期待してるし、俺達自身だってそうだろう?」
一同を見渡し、視線に「違うか?」と気持ちを込める太朗。彼は全員の真剣な眼差しを確認して満足すると、「なぁ、小梅。いつもの通りなんか頼むぜ」と小梅の方を見やった。小梅はそれにひとつ頷くと、「了解しました、ミスター・テイロー」と答え、立ち上がった。
「小梅はAIであり、人の心情というものは良くわかりません。しかしながら、仲間を見捨てないという気持ちがいかに重要なものであるかは、十分に理解しているつもりです。ワインドですらそれを逆手に取る位なのですから、この小梅に理解出来ないはずがありません」
胸を張り、得意気な表情を見せる小梅。小さく笑みを見せる一同。
「その上で、ミスター・テイローのご要望に従い事実をひとつだけ述べます。いいですか、皆様。我々ライジングサンアライアンスとNASAの間には、既に有効な合併条約が発生しております。これはもはやNASAという組織は単一のそれではなく、彼らは完全にRSを構成する組織の一員である事を意味します。であれば、我々にはこれを可能な限り庇護する義務が生じます。これを簡潔に表すのであれば――」
全く無表情な小梅が口元に笑みを浮かべ、続けた。
「彼らは既に、仲間です」
オーバーラップ文庫のオフィシャルページにて、
書籍版「銀河戦記のアンティーク」の立ち読みが可能となっています。
主要メンバーの扉絵が見れたりしますので、気になる方はどうぞー
小梅かわいいよ小梅。マールむちむちでたまりません。ベラさんおっぱいデカすぎ。ライザ脇がえろい…………ふと思ったんですが、主要メンバーの女性って全員気が強くね?




