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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第12章 ニューク
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第171話

 血走った目。わなわなと震える口。こめかみに押し付けた銃を持つ手ががたがたと震えており、ファントムにはアントニオがいつ引き金を引いてもおかしくないように思えた。


「なあ、アントニオ。少しは落ち着いたらどうだ。そんな事をしても何にもならんぞ。ただ君が死ぬだけだ」


 アントニオの隣でにやにやと微笑を浮かべるヘンリーが、アントニオを覗き込むようにして言った。


「ヘンリー…………俺は…………」


 歯を噛みしめるギリギリとした音がマイクに拾われ、ファントムの耳にも聞こえてくる。


「アントニオ、何がどうなってるの!!」


 狼狽した様子のオリヴィア。ファントムは素早くオリヴィアの方へ向き直ると、彼女に小さな声で耳打ちをした。


「はい……わかりましたが、今はそんな場合じゃ――」


「今だからこそ必要なんだよ、ミス・オリヴィア。早くしないと取り返しのつかない事になるぞ」


 ファントムはそう言ってオリヴィアを押しやると、苦しみ悶えているアントニオの瞳を真っ直ぐに見据えた。


「RSは、NASAを悪いように扱うつもりはない。まだ軟着陸が可能だ」


 ファントムは全てを見逃さないようにと、モニタの方へ身を乗り出した。


「ミスター・アントニオ、イエスであれば首を縦に振って欲しい。ノーであればそのままだ。では聞く。君は、そのヘンリーという男が何者かわかるか?」


 訪れる静けさ。アントニオは同じ姿勢でガクガクと震えているだけ。しかしファントムは、アントニオの首の筋肉が強く緊張した事を視認した。


「わかった。それでいい。さぁ、教えてくれ。そいつは何者だ?」


「余計な事は考えなくていいんだ、アントニオ。後は俺が引き継ぐ。君は身をゆだね、少し休憩した方がいい」


 ファントムの声に被せるように、ヘンリーが優しげな声でアントニオに語りかける。アントニオは血走った目でぎょろりとヘンリーを見やると、悲しそうに表情を歪めた。


「お前は…………神じゃ……ない」


 アントニオの人差し指が動き、引き金を絞り始める。


「おいおい、よすんだアントニオ。その行動には何の意味もないぞ。君は死ぬかもしれないが、俺はそうじゃない」


 いつの間にか笑みを消していたヘンリーが、アントニオと顔を突き合わせるようにして言った。言葉には明らかに怒気が込められている。


「アントニオ! 君は多くの仲間を救えるかもしれんないんだ!」


「さぁ、銃を置くんだアントニオ。神は君に期待しているぞ」


 アントニオの目がヘンリーとファントムとを行き来し、やがてぎゅっと閉じられる。そしてそれが再び開かれた時、視線はファントムを真っ直ぐに捉えていた。


「声を出す必要は無い。唇の動きで理解できる」


 必死で何かを訴えかけるアントニオに、ファントムはそう返した。やがてアントニオは震える唇を動かすと、ゆっくりと音の無い言葉を紡いでいく。


「……わ……い………………なんてこった」


 アントニオの口を読唇し、その言葉に唖然とするファントム。

 そして次の瞬間、モニタの向こうから銃声が響き渡った。


「…………ふむ。人間というのは難しいな」


 血しぶきが舞ったモニタの向こうで、ヘンリーがつまらなそうにそう言った。本来であれば全身に血を浴びているだろうに、彼の服には一切の染みが見当たらなかった。


「ワインド…………彼はワインドと言った。お前は、連中のAIなのか?」


 とても信じられないと、ファントムが驚愕の表情で尋ねる。しかしヘンリーはそれを無視するかのように、彼自身の手をじっと見つめていた。


(ノイズ……消えかかっている?)


 モニターに移るヘンリーの手は、まるでモザイクがかかったかのように不鮮明に揺れていた。


「また始めからやり直しだ……この男はいったい何がしたかったんだ? 実に馬鹿馬鹿しい。自殺。無駄死に。何の意味もない行動だ」


 ヘンリーの、アントニオを見下す軽蔑したかのような視線。


「…………そうでもないさ」


 ファントムがぼそりと、あえて含みを持たせた口調で呟く。すると予想通り、ヘンリーがカメラの方へと目を向けてきた。


「知りたいか? 彼の行動の意味を。だったら少し、お話をしようじゃないか」


 少しでも情報を引き出せればとファントムはそう提案したが、ヘンリーの答えは拒絶だった。


「必要無い。君の脳から直接聞く」


 実にくだらないと言った様子のヘンリー。ファントムはかつての上司であるコールマンの最期を思い出すと、あの死に方は勘弁願いたいものだと肩を竦めた。


「そうか。しかし残念ながら、それは無理だろうね。俺のBISHOPは少々特殊で、簡単にオンオフが出来るのさ。記憶領域(ストレージ)も一般のそれより遥かに小さい…………だが、そうか。ワインドか」


「……………………」


「少ないながらも色々と得るものはあった。上々だ。特に君が大した頭をしているわけではないらしいという事がわかったのは、大きいね。俺の脳に直接聞くだと? そのひと言からどれだけの情報が得られると思ってるんだ。口に出して言うべきじゃあない。お前は間抜けだ」


 誰かを殺す時はいつでもそうなるように、ファントムは視線から感情を消した。


「BISHOPは脳に対するインターフェイス。つまりは通り道に過ぎない。さらに複数人が同時に観測できる以上、お前が存在するのは脳だけじゃあないね。お前がいるのは、アントニオの脳と、そして中枢ネットワークの上だ。まさかそんなワインドが本当にいるとは思わなかったが…………お前は人を操れるのか?」


 ファントムの言葉に反応したというよりも、見えない何かに気付いたようにヘンリーがどこか上の方を見やる。そして彼は驚いたように目を見開くと、明らかに動揺しているらしく、怯えた様子で周囲へせわしなく視線を動かした。


「どこへも行けないだろう? オリヴィアは間に合ったようだ」


「何を…………」


「部下にネットワーク機器とそのデータバンクを停止させたのさ。外からの強制アクセスだからすぐに復旧されてしまうだろうけれど、それまでアントニオの脳がもつといいね、ヘンリー。あぁ、そうそう。冥土の土産に教えてやるよ、アントニオの行動の意味を」


 ファントムは心の中でアントニオの健闘を称えると、言った。


「くたばれクソ野郎って事さ」


 吐き捨てるようなひと事。ヘンリーはおよそ人間に出せるとは思えない金切声を上げると、カメラへと飛び掛かってきた。

 しかしそれが届く前に、彼は跡形もなく消え去った。




「結局なんだったんですかね、あの野郎は」


 アントニオとの奇妙な会談の後。椅子へ座り考えに没頭していたファントムは、ホーガンの声に気付くと「ふむ」と小さく鼻を鳴らした。


「古いSF映画であっただろう? ネットワーク上の亡霊が人にとりついて悪さをしてたのさ…………かつてアランや社長とコールマン事件についてを話し合っていた際、可能性として取り上げられた意見のひとつだな。十分に進化したネットワーク上のAI。てっきり帝国が関与してるものかと思ってたんだが、どうも違うようだ」


 ファントムはそう言って頭を振ると、周囲を走り回るNASAの人間達をぼうっと見つめた。確かにアントニオの死は混乱を招いたが、それ以外の要因で起こっただろう混乱に比べればまるで大した事はなかった。知らない者からすれば精神錯乱の上での自殺と見える点が大きい。

 現在オリヴィアは反乱軍との交渉を行っており、それは良い結果を生みそうだった。反乱軍は上官であるアントニオの命令に従っていただけという者がほとんどで、そもそも反乱を起こしているという事実を知らない者すらいる始末だった。


「その亡霊は、もう殺したんですよね?」


 ホーガンが隣へ腰を下ろし、彼のお気に入りであるナイフの手入れをし始めた。


「殺す、か……まぁ、あそこにいた奴はな。しかしだ、ホーガン。奴がデータであるならコピーがいくらでも作れるはずだ。今もどこかで次の機会を狙ってるんじゃないか?」


 ファントムがそう言うと、ホーガンはぞっとした様子で周囲をきょろきょろと見回し始めた。


「隔壁のせいで情報も遮断されてる。今は入ってこれやしないさ……しかし、どうしたものかな。やはり上から拾い上げるしかないか?」


「社長達ですか? とりあえずそれに挑戦する事にはなりそうですね。今うちの連中が隔壁のロック解除にあたってますが、かなり時間がかかるそうです。社長がいればすぐなんでしょうが」


「社長のアレは異常だからね……どこかに小さな穴でも開けて、そこにケーブルを通すか。施錠システムにアクセスさえできれば、そこから社長が開錠できるんじゃないか?」


「いいですね。さっそく手配しますか」


「あぁ、頼む。ベースに掘削機があるはずだから、それを使えばすぐだろう。それと連絡用のソナー通信が必要だな」


 ファントムは立ち上がると、自らも何か手伝おうとホーガンの方へと向き直った。しかしふと思い立った考えに、彼はホーガンの顔を見たままぴたりと動きを止めた。


「…………まずいな」


「……俺の顔がですか? 言われなくてもわかってますよ」


「お前の顔について今更どうこう言うつもりはないよ。そうではなく、奴の狙いだ。俺はてっきり、ニューラルネットへの自由アクセスを狙っているものとばかり思っていたんだが……恐らくそれは本命じゃないな。次善手段か」


「上が目的じゃあないんですか? それだとますますわけがわかりませんよ?」


 ファントムは時計を確認すると、苛立たしげに舌打ちをした。


「そうじゃない。上が目的なのは間違いないだろう。問題はその手段だ。地下都市が隔壁で封鎖されている以上、上へ抜けた社長達はラダーベースへ直接向かうしかない。そうなると、それを追跡すれば連中は目的を達成出来る事になるだろう……上からの救援を行う連中は既に出発したんだったな?」


「はい、そのはずです…………まさか、連中はベースを取り込むつもりですか!?」


「少なくとも上のワインドはそうやって進化してきたわけだしな……ホーガン、ありったけの装備を抱えてベースへ戻るぞ。人が出入りできるだけのスペースはあるんだろう?」


「え、えぇ。かなり離れてはいますが、フィリップの野郎が上への抜け道を見つけてます……しかし隊長、自分はひとつわからない点があります。なんであの野郎は、ライジングサンのスタッフに憑依しなかったんですかね。そうすりゃベースの位置なんて一発でしょう?」


 ホーガンの疑問に、ファントムは少しは考えてみろとばかりに首を振った。


「ここの連中が引き籠ってから、既に400年だぞ? BISHOPのバージョンがどれだけ変わったと思ってるんだ。基礎構造を除けばほとんど別物といって良いレベルさ。それより急ぐぞ。恐らく全力でなだれ込んでくるだろうからな…………くそっ、間抜けは俺も同じか」


 ファントムはひとつ悪態をつくと、全力で走りだした。彼は帰還途中の社長と落ち合う事が出来ればと希望を抱いたが、惑星を取り巻く永遠の砂嵐を考えると、それはかなり絶望的だった。




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