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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第12章 ニューク
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第170話

 定期起床 21

 航海は順調。全ては計画通りに進んでいる。

 目的地はまだまだ遠いが、体感時間を考えるとあっという間だろう。団長は何か心配事があるようで、しょっちゅう船内のチェックをしている。


 定期起床 22

 航海は順調。途中で酸素タンクが破損する事故があったようだが、問題無く復旧できたようだ。

 相変わらず船長は起きているようで、忙しなく何かをしていた。もしかすると、全く出番の無いビーム砲に錆びでも浮いていたのかもしれない。


 定期起床 23

 航海は順調。特記すべき点もなし。船団が無事である事を神に感謝する。


 定期起床 24

 航海は順調。ただしハード面に限る。

 冷凍睡眠に入る直前に緊急集合がかかり、起きている者全員が艦橋へと集まった。なんでも食料生産艦の一部が反乱を起こそうとしたらしい。目的地の見えない航海に不安が募った末との事だった。不安に感じる事など何もないだろうに、実に馬鹿馬鹿しい事だ。我々は神に見守られている。彼女の示した道をしっかりと歩んでいる。


 定期起床 25

 航海は順調。

 驚くべき事に、私が寝ている間に大きな体制の変更があったようだった。詳しい事は聞かされていないが、反乱の規模は想定よりもずっと大きなものだったらしい。

 船長は混乱が収まるまで一時的に民主的な運営を停止し、トップが全体を掌握できる形にするつもりのようだった。自由主義世界を生きる人間としては複雑だが、仕方ないのかもしれない。私は第6階級という立場になるようだ。


 定期起床 26

 少し航海に遅れが発生している。予定時刻にジャンプを行う事が出来なかったからだ。

 原因は体制変更による混乱で、今もそれは続いているが、そろそろ収束しそうな気配だ。私の第6階級という等級は少佐という呼び名に変わった。団長が元軍人だからだろう。




「………………」


 古い博物館に無言の空気が流れる。床へ座り顔を突き合わせている4人は、身じろぎひとつせずにじっと床を見つめていた。


「…………まだ、まだわからないけど」


 何かを畏れているかのように、マールがそう前置きをしてから続けた。


「何? これってもしかして、銀河帝国成立のその瞬間だったりするの?」


 誰にというわけではなく、うわ言のような声。それにアランがごくりと喉を鳴らした。


「わからん。わからんが、仮説としてはありだろうな…………いや、もちろんその船団がここへ到着し、そのままの組織構造で広がっていったと仮定すればだが」


 額の汗をぬぐうアラン。彼は太朗の手にしていた板を覗き込むと、読めるはずがないだろうにじっとその文字をにらみつけた。


「ときに、ミスター・テイロー。日誌は恐らく冷凍睡眠の定期起床のカウントを日付変わりとしているようですが、具体的な日付か何かはないのでしょうか?」


 小梅が挙手と共に尋ねてくる。太郎はそれに首を振る事で答えると、「次のを読んでみよう」と定期起床カウントが次に小さい別の板を手にした。




 定期起床 77

 航海は順調。

 航海途中で、明らかに人類の居住が可能だろう惑星を通り過ぎた。これをどうするかで首脳部が相当揉めたようだったが、結局は無視する事に決めたらしい。それはそうだろう。それは神の予定表に含まれていない。


 定期起床 78

 航海は順調。ただしドライブ粒子の密度が低下してきており、先に不安が残る。

 A4艦の冷却施設が破壊されたらしく、予定よりもいくらか早く起こされた。最近頻繁に起きるトラブルで、反乱分子による破壊工作との事だった。何人かが拘束され、主犯は処分されたらしい。


 定期起床 79

 エデンを出発以来、初めて大幅な遅れが生じた。

 近くで超新星爆発が起こったらしく、元々希薄だった周辺のドライブ粒子が根こそぎ吹き飛ばされてしまった。我々は無駄とわかりつつもオーバードライブ装置をいじくりまわしたが、当然何も解決する事は出来なかった。

 現在通常巡航で航行している。神も何かを間違える事があるのだろうか?




「そんな馬鹿なっ!!」


 アランの叫び声。太朗は驚いてそちらを見たが、どうやら驚いているのは自分だけのようだった。皆はアランの叫び声などどうでも良いとばかりに難しい顔をしている。


「本当に、本当にそう書いてあったのか?」


「お、おう。多分間違ってないと思うけど」


「…………どういう事だ? 当時から既に存在していたと? そんな事がありえるのか?」


 目を見開き、こめかみを掴み、何かを考え込むようにぶつぶつとアラン。太朗がそんな様子を訝しげに見ていると、小梅が「ミスター・テイロー」と首を向けてきた。


「今現在に至るまで、銀河帝国はドライブ粒子を利用したジャンプの他に、光を超える速度で移動する術をひとつたりとも見つけておりません。文中にオーバードライブ装置とある通り、これは恐らく我々が使用しているものと同様の装置と推測されます」


「なるほど。という事は……どういう事?」


「はい、ミスター・テイロー。つまり彼らは、恐らくドライブ粒子検知素子を所持しているのだろうという事です。素子の作成が現在の銀河帝国にも不可能である事はご存知ですよね?」


「おうさ。今あるのは全部オリジナルの複製なんだろ? それが当時からもあったって別に…………いや、おかしくないって事はねぇか。過去の方が技術的に進んでるって事は無さそうだもんな」


 太朗は小梅のいわんとする事を理解すると、そう言って博物館に並べられているレプリカを仰いだ。機械工学の専門家であるマールの意見を聞くまでもなく、明らかにそれとわかる未熟な技術で作られた船体や装備。


「ドライブ粒子ってのは、確か自然科学の領域だよな。となると、いくらなんでもロストテクノロジーって線はねぇよなぁ…………なぁ、一応全部読むけどさぁ。これって大丈夫なんか? 知っちゃいけない知識だったりとかしない?」


 苦笑いを浮かべ、手にした板をぺしぺしと叩く太郎。もちろん答えを期待しての質問ではなかったし、実際誰もそれには答えてくれなかった。




 定期起床80

 相変わらず通常巡航が続いている。ただしドライブ粒子の密度は徐々に増していっており、そう遠くないうちにジャンプが可能な領域に到達できそうだ。


 定期起床81

 同僚のコージ・タナカが亡くなった。事故や何かではなく、いわゆる寿命だ。彼は同級生であり、友人であり、良きライバルだった。航海開始時点ではほぼ同い年だったのだが、起床時間の差からこのような形になってしまった。非常に残念だ。


 定期起床82

 ようやくドライブ粒子がジャンプ可能な密度に到達した。団長は遅れを取り戻すべく息巻いているが、ロスしてしまった時間はかなり大きい。どこかの惑星で補給を行う必要が出て来るかもしれない。これも予定外の行動であり、さらなる遅れを招くだろう。




 太朗はふうと息を吐き出すと、板から顔をあげた。


「…………何十年?、それとも何百年? いったいどれだけの時間を航海してたってわけ? 何なの?」


 信じられないとばかりに、怒ったような表情で首を振るマール。太朗もそれにまったく同感だと頷いた。


「すぐに死んじまうようなじぃさんを船に乗せるとも思えねえからな。出航時は少なくとも元気に働けるだけの歳だったって事だよなぁ…………つーか、さっき思わずスルーしちまったけどよ、こいつらいったいどこへ向かおうとしてんだ?」


「どこって、そりゃあここでしょ? 実際ここに到達してるんだし」


「いやいや、それはわかってますよマールたん。そうじゃなくて、あいつらここに来る途中で人類が居住可能な惑星を見つけたって言ってただろ? 何でスルーしてんだ?」


 太朗の指摘に、マールがはっと息を飲む。


「そうよ、確かにおかしいわ。殖民するならそこでいいじゃない…………えぇと、何だっけ。神の計画?」


「ちょっち待ちね…………神の、予定表だな。計画でも同じようなもんだけど、スケジュールってなってるから。プランやプログラムでなく」


「そう、それよ。いったい何かしら? 神って、あの神よね。いわゆる絶対者…………あんたの故郷って、占いとか宗教とかで宇宙計画を立てたりするの?」


「いやいや、色々精神的に頼りにする事はあるかもだけど、実務計画に影響させたりはしねぇよ…………あぁいや、どうせずっと未来の話だろうからそれもわかんねぇけどさ」


「まぁ、そりゃそうよね…………うーん、もっと他に無いの? そっちの日誌は?」


「はいはい、読むから読むから」



 定期起床 244

 予定が大幅に遅れている。ただし航路は正しく、小惑星上での補給も完了した。遅れについて神は怒るだろうか?


 定期起床 245

 航海は順調。特記すべき点もなし。

 こんなに順調な起床期間はいつぶりの事だろうか。新しい団長はうまい事やっているらしい。これからの航海にも期待が持てる。


 定期起床 246

 航海は順調。素晴らしい事だ。こちらはドライブ粒子の密度が高く、非常に航行が楽である。

 息子が4人目の配偶者を連れてきた。久しぶりに家族総出で祝いの席を設けたが、知らぬうちに息子がこれほどまでに成長しているという事に驚いた。このペースではすぐに年齢が追いつかれてしまう。もう少し起床の間隔を短く出来ないか、団長に相談してみるつもりだ。


 定期起床 447

 大変な事が起こった。神託を受信したのだ。

 我々は神の指示に従い、いくつかのエンジンとオーバードライブ装置の改良に着手した。恐らくこれで遅れを取り戻せという事なのだろう。予定通りに目的地へ到着する必要があるようだが、その理由はわからない。そもそも神の思慮を人に理解する事など出来るのだろうか?

 航海出発後に生まれた者達は、今回の件でようやく神の存在を信じる気になったらしい。神官達は神の教えを広めるのに苦労していた様子だったが、これでずっと楽になった事だろう。喜ばしい事だ。


 定期起床 448

 今航海において、恐らく最も重要で、危険な宙域へと到達した。我々はこれから新しい世界へ到着するのか、それとも壮大なる自殺を行う事になるのか、その岐路に差し掛かった。宙域におけるドライブ粒子の振る舞いが非常に不安定で、空間予約が定まらないのだ。そしてそんな状況下で、超長距離ジャンプを行わなければならない。

 神への祈りを捧げ、運命の時を待つ。


 定期起床 449

 成功だ!! 我々は新天地へ到着した!!

 もう目的地はすぐそこであり、コールドスリーパー達も次々に起こされている。もはや長い時間を眠り続ける必要もないのだ。感無量である。

 ひとつ残念な点があるとすれば、前回のジャンプで行方不明となってしまった船達の事だ。およそ船団の3分の1が失われ、その悲しみは筆舌に尽くし難い。いつか再会できるものと心より祈る。そこには私の息子家族もいるのだ。


 新暦1年 1月 1日

 記念すべき惑星到達の日を迎え、暦が刷新される事となった。この航海日誌の最後を記すのにこれほど相応しい表記もないだろう。

 我々は神よりBISHOPとオーバーライドに関する知識を与えられ、オーバードライブ装置やエンジンの設計図を賜った。それは確かな事であり、誰も否定はしない。しかしながらこの困難な航海を成功するに至ったのは、我々開拓団の不断の努力があればこそである事も確かである。

 神と人類よ、永遠なれ。




 日誌の全てを読み終え、太朗は板からゆっくりと顔を上げた。

 しばらくの間、誰ひとりとして声を発する事はなかった。

 何を語れば良いかなど、誰にもわからなかった。




amazonで第1巻の予約が開始したようです。

買わない方も表紙絵のマールや太朗を楽しんで頂ければ。

ちなみに表紙の小梅は球です。

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