第168話
予約忘れで、少し投稿時間がズレてしまいました。
「おう、テイロー。向こうの準備は大体整ったぞ。全通路を封鎖し、障害を設けてある。まだ完璧には程遠いが、ある程度の圧力であれば持ちこたえるはずだ」
作業服を着たアランが手を上げ、マールと周囲の地図を確認していた太朗へと歩み寄ってくる。
「おうさ、ご苦労さん。報告が無いって事は安全に終わったんね」
「ありがたい事にな。しかしワインドが姿ひとつ見せないってのは、不気味のひと言で片付けて良いのか不安になるな」
「おうふ。いきなり核でドーンとかねぇだろうな……」
「そいつは勘弁して欲しいな。帰ってアレの続きを見るって決めてんだからよ」
「おめぇの生き残る動機はそれかよ……あ、でも見るときは俺も混ぜてね」
「当然だろ、大将。ちなみにそっちはどうだ。何か掴んだか?」
腰を下ろし、飲み物を口にするアラン。太朗は肩を竦めると、「駄目だな」と首を振った。
「粗方持ち出されてるし、経年劣化やら戦闘による被害やらで滅茶苦茶だわ。一応そこら中に正体不明のがらくたが転がってるから、その中になんかあるかもだけど、それもどうだかな。期待してた分、ちょっち落ち込むわ」
「そうか……まぁ、仕方ないだろう。この様子じゃあ相当派手にやったようだしな」
アランは片眉を上げ、石で作られた天井を見上げた。太朗もつられる形で上を見ると、派手に粉砕された各所を確認する事が出来た。
「崩れねぇよな、これ…………」
「どうだろうな。断言は出来んが、一応は大丈夫だろうとウチの調査班が言ってる。惑星調査の為に用意した機器があるわけで、それなりに信憑性は高いんじゃないか?」
「一応とかそれなりとか、不安になる前置きが気になるぜチクショウ」
「上と違って不確定要素が多すぎるからな。なんだろうと断言は出来んさ……それより、こっちは随分と熱いな。熱だまりでもあるのか?」
上着を脱ぎ、手で首元を仰ぐアラン。するとじっと端末を見つめていたマールが顔を上げ、「違うわ」と続けた。
「これだけ地下深くだと、本来ならもっと熱いはずだわ。NASAは空調で冷やしてるって言ってたし、大きな空気の流れがあるのよ」
マールの言葉に、太朗はそういえばと意識を自分に向ける。髪が風でそよぎ、額の汗を乾かしている。
「言われてみれば風があるわな。本来はおかしいのか…………あれ? もしかして風の流れを追ってけば、出口に繋がる?」
良い事を思いついたと、顔を明るくする太朗。そんな太朗に、「無理よ」とマール。
「NASA方面が封鎖されてるって事は、通じてる先はワインドの巣じゃない。突破でもする気?」
「あぁ~、そりゃそっか……でも最悪の場合は、そうする必要もあるよな。アラン、どの位の間ここにいれる?」
太朗の質問に、アランは「そうだな」といくらか考え込んだ様子を見せる。
「戦闘による疲弊を無視するのであれば、4日かそこらが限界だろう。偵察のつもりだったから、残念な事に水の備蓄が心許ない。この暑さだと消費も早いだろうしな」
「水かぁ。何千年経っても人間に必要なもんは変わんねぇのな」
「人間に水が必要なくなってたら、それってもう人類って呼べるのかしら。別の何かになってる気がするわ」
マールの突っ込みに、確かにそうだと笑う太朗。彼が「そういや人類って言えばさ」とどうでも良い話題を切り出そうとすると、急にマールが「ちょっと待って!!」と手を上げてそれを制した。
「ソナーの結果が出たわ。ここ、まだ下があるわよ」
足元を指差し、にやりと笑うマール。太朗は「マジか!」と彼女の持つ端末を覗き込むと、空間と記された地図上のスペースを確認した。
「というわけで、皆さん!!」
大声で、周囲へ向けて叫ぶマール。
「足元に大きな穴がある可能性があります。大きさは不明ですが、最低でも人ひとり。場合によっては戦車が落ちるかもしれないサイズも考えられます。危険なので、全員で探して見つけて下さい」
エレベーター跡を想定しているのだろうマールの発言に、太朗は不安になって足元をとんとんと踏み鳴らした。そしてそこが安全だろう事がわかると共に、非常にうんざりとした気持ちになった。
「ここ……全部あさるのかよ」
大量のガラクタと、それに堆積した分厚い砂と埃の層。やろうと思えば足首まで埋まるそれに、太朗は呪いの言葉を吐いた。
「やあ、隊長。随分ゆっくりとしたご到着で」
大きな耐熱性の黒いゴム袋を担いだファントムが目的地付近に到着すると、昔からの良く知った声が廊下へ響いた。
「ホーガンか。こっちは色々と面倒だったのさ。そっちの首尾はどうだ?」
ファントムの声に続き、曲がり角から現れる巨体。ホーガンは一度敬礼すると、「どうもこうもありませんぜ」と髪の毛のない頭をかきむしった。
「何事もなさすぎて、それこそ暇なんてもんじゃないですよ。そのそぶりすらありません。連中の狙いは核じゃありませんね」
「ふむ。そうなると予想外だな……アントニオはどうやってラダーベースを抑える気だったんだ?」
ファントムの考えでは核を用いて社長達を人質にした脅しをかけてくるものと思っていた。それが違うとなると、彼らの行動の意味がわからない。
「アントニオ? 誰ですかそいつは」
「今回の件の首謀者さ。NASAの不穏分子で、そいつが軍のほとんどを握ってる」
「なるほど……まさか、もう殺っちまったなんて言いませんよね」
「意外と警備が厳しくてね。時間をかけてやれば暗殺も可能だろうが、それだと社長達がもたない。それに現状で統制を無くされても困るだろう。混乱に拍車がかかる。なんでも殺せばいいってものでもないよ」
「そんなもんですかね……ちなみにラダーベースの方も全く異常無いらしいですぜ。フィリップの野郎から連絡がありました。それと地上から回収出来ないか挑戦してみるそうです。ワインドの巣穴があれば、そこから社長まで通じてるでしょうからね」
「そうか。まぁ、そうせざるを得ないね。戦力的に問題は無いのか?」
「さぁ、どうでしょう。なにぶん相手が未知数なんで、正直なところわかりません。戦車はさすがに間に合わないんで、ありったけの装甲車を用意するとは言ってました」
「ふむ……ある程度地下にさえ潜れれば、音響通信で連絡がつくかもしれんか。よし、では我々の最優先任務は場の安定と核兵器の確保とする。上からの回収が難しいと判断された場合は、残念ながらお前に暴れてもらう事になるな。相手は高磁力体を持っているようだから気を付けろよ」
「おおう、随分やっかいな物を持ってますね……了解です。しかし時間稼ぎとなると、定石としてまずは交渉ですか? 向こうが乗ってきますかね?」
「わからんが、我々は連中の恨みを買った覚えなどないよ。感情の問題でないのなら、向こうに何か自分勝手なお願いがあるという事だろう。交渉の機会を待っているのは向こうも同じさ……話がまとまるかどうかは、全く、別問題だがね」
ファントムはそう言うと、無造作に袋を放り渡した。受け取ったホーガンが「何ですかこれ」と呟くと、ファントムは「連中の姫君さ」とつまらなそうに返した。
真に歴史的な価値のあるそれを目にした時、例えそれが作り物であっても、人は知らず知らずの内に涙してしまうものらしい。理由は人それぞれだろうが、太朗にとってのそれは主に懐かしさからだった。
「憶えがあるぞ、これ……アメリカだ。アメリカの国旗だ」
砕かれたガラスケースの中にある巨大な装置。太朗はそれに描かれた星条旗を指で撫でると、頬を伝う涙を手の甲で拭った。隣にはNASAのマークがあり、両者ともに色鮮やかに描かれていた。
「これ、エンジンのレプリカだわ……それも途轍も無く古い型の。もしかしたら核融合ですらないかもしれないわ。信じられない。こんなもので宇宙へ出てたなんて……いったいどれだけの悲劇や冒険を経てここへたどり着いたのかしら」
かつての勇者達の軌跡を思い描いているのだろう。胸の前で手を組み、涙ぐんだマールが言った。
「見ろ、こっちに船体の全体図があるぞ。100、とあるのはメートルか? だとすると相当な小型船だぞ。どうやって恒星間飛行なんぞやり遂げたんだ」
床に落ちていたパネルを拾い上げ、唸るようにアラン。太朗はアランの言葉に全くだと同意すると、天井から吊るされたロープを振り返った。
「たったあんだけの高さを降りるのにギャーギャー喚いてた自分が恥ずかしくなるぜ」
太朗達は文字通り隅から隅までの大捜索の結果、エレベーター跡と思わしき縦穴を発見した。そこを降りてたどり着いた先が現在彼らがいる小さなホールで、時間や自然による劣化こそ見られるものの、大体の陳列物が無事に残されていた。
「残念ですが、ミスター・テイロー。データバンクに相当する端末は残されていないようです。あれらは単なるアクセス用端末でしょう」
部屋の奥で端末へのアクセスを試みていた小梅が、首を振りながら言った。
「まぁ、そうだよな。データバンク用の中央演算コンピューターが400年も野ざらしで平気なわけがねぇ。よし、色々見てみようぜ」
太朗はそう発すると、宇宙船関連の展示がされていたと思わしきホールをゆっくりと見てまわった。船体模型、各種パーツや部品。その性能や何かが書かれたパネル等。ほとんどの物はレプリカだったりハリボテだったりとしたが、中には5000年前から残る本物の品も存在していた。
「……これを使った人は、あの世でも死にたくなってるだろうな。5000年間恥をさらし続けてきたわけか」
船内の生活で使われていた様々な品物が展示されているそこにあった、ライジングサン主力製品のご先祖様。ご丁寧に「体液と思われる物が付着」と注釈が付けられており、太朗は多少の興奮と共に死者への冥福を祈った。
「ねぇ、テイロー!! ちょっと来て!!」
少し離れた場所から聞こえる、興奮気味なマールの声。太朗が何事だろうかとそちらへ向かうと、彼女は50センチ四方サイズの透明な板を複数枚手にしていた。
どうやら張り合わせてあるらしい透明な板の間には、小さな紙きれ。
「紫外線保護シートだから、きっとインクを使って書かれてるのよ。これって当時の物なんじゃない? あんた、読める?」
太朗は差し出された板を壊れ物を扱うかのように慎重に受け取ると、その変色した小さな紙きれへと顔を近付けた。あまり得意では無い英語だったが、なんとかその意味を理解する事が出来た太朗。彼はガチガチに緊張した顔を上げると、言った。
「これ…………航海日誌だ……」




