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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第11章 フェデレーション
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第165話


 熱循環システムが作り出す、建物と建物との間の巨大な隙間。地下というのは下へ行けば行く程気温が上がっていくものであり、ここ地下都市では熱循環システム無しに人が生きて行く事は出来ない。

 血管のように張り巡らされた隙間は都市のあらゆる場所に存在し、高温の熱風を地表へと運んでいく。温度の高い空気は上へ向かうものであり、システム自体に何ら複雑な所は無い。上の冷えた空気を取り入れる必要は無く、それは各所のエアコンがやってくれる。


「……………………」


 血管で例えるなら大動脈にあたる、最も大きな空間。上も、下も、果ては左右までも、ただ延々と鉄の壁が続いている。時折ダクトやら整備用のはしごやらをちらほら見かける程度で、後はのっぺりとした壁だった。


 まさに断崖と呼べるそこに、ファントムはひとり上を目指して張り付いていた。


 手にしているのは円筒形の電磁石。スイッチひとつでオンオフの切り替わる単純なそれを使い、右手、そして左手と、黙々と身体を上へと持ち上げ続けている。全身を黒いスーツで固め、顔や髪を熱から守るためのマスクを付けていた。


「……ここらのはずなんだが」


 出発前に頭へ叩き込んでおいた地図には、この地点に中枢奥へと通じるダクトがあると表示されていた。しかし現実には、ただの鉄の壁が広がっているだけ。ファントムは暗闇で目を凝らすと、古い工事跡のような鉄の盛り上がった場所を見つけた。


「事故か何かで補強でもしたのかな。ついてないね」


 鉄の変質具合からして、昨日今日でついたような跡では無い。ファントムはそこからの侵入を諦めると、さっさと手近な別のダクトへと向かう事にした。




 NASAアライアンス軍。そこの事実上のトップであり、地下都市に生まれてから現在に至るまでを常にワインドとの戦争に捧げてきた男がひとり、わずか数人しか入れない程度の小さな礼拝堂で祈りをささげていた。


「………………」


 膝を付き、首を垂れる。男はしばらくの間そのままの恰好でいたが、やがて額、胸、左肩、右肩と十字を切って立ち上がった。


「意外だな。神を信じているのか?」


 背後からかかる声。男はそれに答えるでもなくしばらく礼拝堂の大きな十字架を見つめていたが、やがて振り向いて声の主に頷いた。


「厳密な意味ではわからんが、一応な。神にでも頼らねばやってられん状況だ……ヘンリー、お前は信じていないのか?」


 礼拝堂の入口で壁によりかかっていた男は、しばらく考えた素振りを見せた。


「…………いや、信じてるさ、アントニオ。多分、お前が思ってるのとは違うけどな」


「どういう意味だ?」


「ん、なんでもない。忘れてくれ……それより行こう。お嬢さんが待ってる」


 ヘンリーと呼ばれた男はそう言うと、返事を待たずに行ってしまった。アントニオは馬鹿にされたのだろうかと考えたが、考えても仕方の無い事だと後を追う事にした。


「お嬢さんは大層おかんむりだ。俺達のやらかした事が随分と気に食わなかったらしい」


 ヘンリーが後ろを振り返らずに発する。NASAアライアンス盟主ソフィアの執務室へと続く廊下には、歩みを進める男ふたりの無機質な足音がコツコツと木霊している。


「それはそうだろう。信じていた相手に裏切られれば誰でもそうなる」


 能面の様に無表情なまま、アントニオが返した。


「そんなものかね。俺はわからんな」


 肩を竦め、おどけた調子のヘンリー。そしてそれを鼻で笑うアントニオ。


「それはお前が常に裏切る側にいるからだ」


「否定は出来ないな……それより、どうする」


 ヘンリーが足を止め、後ろを振り返る。アントニオはヘンリーの視線を受け止めると、ゆっくりと頷いた。


「やるしかないだろう。説得が出来ないのであれば、残念だが消えてもらうしかない」


 どこか諦めた調子の声。ヘンリーが「後悔しているのか?」と尋ねると、アントニオは「いや」と首を振った。


「我々が生き延びるにはこれしかない。戦略研究班も同じ結論を出してる」


「そうか……だがよ、アントニオ。連中が何とかしてくれるという可能性もあるんじゃないか?」


「あいつらがか? かもしれんな。だが――」


 アントニオが止めていた歩みを再開し、今度はヘンリーがそれに続く。


「勝ったとしてどうだと言うんだ。我々に待っているのは、虐げられる人生だけだ」


「……400年の間に上も変わっているかもしれんぞ?」


「いいや、残念だが同じだ。いや、むしろ酷くなっていると言っていいはずだ。お前も研究結果を見ただろう」


 ライジングサンが作った軌道宇宙エレベータにより、NASAは宇宙との繋がりが戻っている。制限付きながらもネットワークにアクセスする事が可能であり、彼らは銀河帝国における人々の暮らしについてを徹底的に研究していた。それは彼らにとって死活問題であり、最も関心のある事だった。


 BISHOPが使えなければ、生きて行く事すらままならない。


 誰もが知っている事実であり、銀河帝国における不文律でもあった。BISHOPが使えない者はアウトサイダーと呼ばれ、避けられ、虐げられ、時には虐待すらされている。彼らはスラムの奥地でひっそりと縮こまるようにして生きており、大抵の場合は悲惨な人生を送っている。ファントムの妹のようにまともな生活を送れている者などは、実に例外的な存在だった。


「長い間問題を棚上げにしてきたからな。そのツケがまわってきたんだ」


 ヘンリーが呟くように言った。アントニオはその言葉に怒りを覚えたが、歯を噛みしめる事で表情には出さなかった。全くその通りだったからだ。NASAはその問題を随分昔から把握していたにも関わらず、何ら有効な手を打つ事が出来なかった。


「生まれた時には既に人口の95%はアウトサイダーだったんだぞ。残った5%も帝国平均5歳児並みの演算能力しか無い。そもそも素子が無い以上BISHOPは使えんし、使う必要も無いんだ。誰も本気で取り組もうとするはずが無い。そんな状況で俺達に何が出来たというんだ?」


「別にお前を責めてるわけじゃない。このくそ狭い世界でろくでもない優性遺伝が猛威を振るっただけさ。ご先祖様達も好き好んでこんな穴倉に閉じこもったわけでも無いだろうけどよ……くそっ、なんで今更来やがったんだ。放っておいてくれればいいのによ」


「そうだな。全くだ…………俺達はこの世界でしか生きられない。そいつをどうこうしようって相手がいるなら――」


 執務室の前へと到着する。アントニオはドアノブを掴むと、吐き出すように言った。


「そいつらは、どこの誰だろうと、敵だ」


 ドアが開かれ、執務室へ続く短い廊下が現れる。二人は躊躇無くそこへ足を踏み入れたが、妙な事に気付いて一瞬足を止めた。廊下の中ほど左右には警備員が寛ぐための簡素な椅子が置かれているが、肝心の警備員の姿がどこにも無かった。


「…………」


 二人は無言で視線を交し合うと、懐から拳銃を引き抜いた。息を殺してゆっくりと角を曲がると、やがて実用性より威厳を出す事に重点の置かれた大きな机が現れた。NASA盟主の執務机。


「…………やられた!!」


 もぬけの殻となった執務室を見やり、アントニオが叫ぶ。ヘンリーは跳ねるように机の向こう側へ回り込むと、机の下を確認し、そして首を振った。


「おとなしいだけの人形だと思っていたが、なかなかにじゃじゃ馬だったようだな」


 ヘンリーに促されるように執務机の裏へ回り込むと、そこには服をむしられ、縛り上げられた警備員がふたり横たわっていた。


「見ろ、まだ生きている。あれが男ふたり相手にどうこう出来るはずがない……協力者がいるぞ。恐らく上の奴らだ」


 アントニオはふたりの脈を確かめると、そう言って通信機を取り出した。


「アントニオだ。いますぐアラートを出し、中枢全域を厳戒態勢に置け。侵入者がいる。ミス・オリヴィアがさらわれ、現在逃走中だ。見つけ次第確保し、こちらに知らせろ」


「"は、了解です。相手が抵抗した場合は如何しますか?"」


「その場合は射殺して構わん…………あぁ、そうだ」


 アントニオは思い立ったように言葉を止め、執務机の引き出しを開けた。そこには盟主が使う自己防衛用の拳銃が置かれており、アントニオはハンカチを使ってそれを慎重に持ち上げた。


「さらわれたと言ったが、訂正する。ミス・オリヴィアは犯人と共犯の可能性が非常に高い。警備員2名を射殺し、機密情報を持って逃走したようだ。よって相手が抵抗する場合、ミス・オリヴィアごと射殺する事を許可する」


 通信機向こうから聞こえる、はっと息を呑む音。アントニオは返事を待たずに通信のスイッチを切ると、静かに引き金を2回引いた。




 ふとかすかに聞こえた破裂音に、ファントムは足を止めて少しだけ振り返った。


「どうした。忘れ物でもしたか?」


 ファントムの隣を歩くNASAの警備員が、気楽な様子で声をかけてきた。ファントムは「いや」と短くそれに答えると、再び歩みを開始した。


「財布を忘れた気がしたんだが、気のせいだったよ。仕事帰りに一杯引っ掛ける予定でね。現金がいくらか入ってるのさ」


 警備員の格好をさせられたオリヴィアを担ぐ手とは逆を使い、ふくらみのあるポケットを叩いてみせる。そこに入っているのは拳銃だったが、ぱっと見で区別などつかない。


「そうか。財布を気にする気持ちはわかるが、まずはその娘を医務室へ運んでからにしろよ……っと、本部からの連絡だな」


 男は古めかしい通信機を取り出すと、歩きながらそれを耳に当てた。ファントムも男に倣い、受信ランプが相手に見えないように通信機を耳にあてる。通信機の使い方はわからなかったが、男の通信機から漏れるわずかな声を完璧に聞き取る事が出来た。


「……なるほど。了解しました。何か発見次第、すぐに連絡します」


 男は通信を終了させると、ゆっくりとその場で足を止めた。ファントムは男のすぐ後ろにまわり込むと、背中にそっと銃を押し当てた。


「というわけさ。説明の必要は無いね?」


 通話の内容を考えると、男がファントムとオリヴィアの事に気付かないはずがなかった。男はゆっくりと手を上げると、「撃たないでくれよ?」と軽い調子で発した。


「君が迂闊な行動をとらなければね。向かう先は医務室のままで結構だが、少し急いでほしい」


 ファントムの言葉に、男はうめくように小さな声を発した。




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