第164話
「隊長、どうします。こいつはただ事では無さそうですよ」
エアダクトの内部という狭苦しい空間に、10名の男達が詰め込まれていた。工場の排熱を逃がす為のそこは80度近い高温となっていたが、男達は皆涼しい顔をしている。現在いる場所から外を見る事は出来ないが、ダクト向こうを覗き込めば慌てふためくNASAの人々の姿を拝む事が出来るだろう。今もその喧噪が彼らの耳に届いている。
「ふむ…………」
顎へ手をやり、どうしたものかと思案する隊長ことファントム。
しばらく前に、何者かによって隔壁が下ろされた。それもあからさまに太朗達を孤立させるかのように。ライジングサンはすぐさまNASAに説明を求めて押し寄せたが、結果はなしのつぶてだった。それどころかライジングサンの手による行為だという言いがかりをつけられる始末で、500万の人口を支える地下都市中枢はかなりピリピリとした空気が漂っていた。そこら中を不安気な様子の警備兵が巡回し、暇そうに歩き回る人間などは皆無だった。
「連中がEAPや何かの外部勢力と接触を出来るとは思えません。奴ら、俺達をハメやがったんですよ。今すぐ皆殺しにしてやりましょうぜ」
血の気の多い部下のひとりが、ぎりりと歯を鳴らして顔を顰める。暗闇に集光性の高い彼の機械化された目が光り、不気味な緑の残光を残した。
「まぁ待て、ホーガン。連中の慌てようを見ると、他の可能性も考えられるはずだ」
ホーガンと呼ばれた男と同じように、筋肉の塊のような男が発する。男は「隊長」と前置きすると、暗闇の中で正確にファントムの方を向いた。
「可能性として、NASAの内部分裂。一部の暴走。もしくは、我々の知らない第3の勢力が存在する等があると思われます。もう少し様子を見るべきでは無いでしょうか」
男がそう言うと、すぐさまホーガンが乾いた笑みを見せた。
「おめぇはいつも余裕たっぷりだな、フィリップ。雇い主の危機だってのに悠長なもんだ」
「黙れホーガン。緊急時にこそ慎重に行動すべきだと何度も言ってるだろう。だからお前はいつも――」
「ふたりの意見はわかった。喧嘩を止めるつもりは無いが、やるなら後にしてくれ」
今にも取っ組み合いを始めそうなふたりの間に、ファントムは無造作に足を延ばす事で割って入った。すると鼻息荒くしていたふたりはすぐに背筋を伸ばし、「ハッ」と短く了承した。
ファントムは10人の中では最も身体が小かったが、彼の命令に逆らおうとする部下はひとりもいなかった。その小さな体に脅威的な能力が秘められている事を誰もが知っていたし、皆が彼を尊敬していた。彼らや彼らの家族は大なり小なりファントムに助けられた過去があり、命を救われた者も少なく無い。
「最悪のシナリオは、NASAが社長を亡きものにしようとしている場合だ。まずはそれを防ぐ。機甲部隊相手に直接どうこう出来るとは思えないが、核を使われるとどうしようも無い」
「しかし、連中の核施設はうちが押さえてますよ?」
「隠し持ってる可能性もあるし、これから奪われる可能性だってあるさ。フィリップ、4名を連れて核兵器の貯蔵庫へ向かえ。ホーガンは……そうだな。残りを連れてラダーベースへ走れ。あまり考えたく無い事だが、連中の狙いがベースの破壊だという事も有り得る。むしろそれが本命かな」
「なんでわざわざ…………あぁ、はしごが消えれば俺達は全員人質か。くそ野郎め」
「まだそうと決まったわけでは無いさ。さぁ、とっとと行け。ただ飯喰らいで無い事を社長にアピールするチャンスだぞ」
「アイ、アイ、サー。そいつは頑張らなきゃならんですな……ちなみに隊長はどうするんで?」
ダクト向こうへ行く為に腰を上げかけたフィリップが、後ろを振り返る。ファントムはフィリップに片眉を上げて見せると、事もなげに言い放った。
「俺は頭を押さえる。連中にとって彼女にどれだけの価値があるのかは知らないが、ちょっとした情報くらいは引き出せるだろう」
閉じられた隔壁を前に立ち尽くす数名の男女。彼らは隔壁をしばらく入念に調べていたが、やがてくたびれた様子でそこから離れた。
「駄目ね。当たり前の処置でしょうけど、どう頑張っても外側からは開けられないわ。物理的に無理よ」
諦めた表情で重厚な鉄の層を蹴やるマール。音は全く響かず、その重量と厚みが伺えた。
「突き破るってのはどうよ。砲撃しまくれば穴くらい空けられそうじゃね?」
「空けてどうするのですか、ミスター・テイロー。隔壁はNASA本部までに8つも存在しておりますし、ワインドの突破口となってしまいますよ」
「ですよねー。つーか、戦車砲程度で穴が空くなら今頃NASAは全滅してるか……うーん、どうすっかな」
端末の地図を眺め、今後の動きを考える太朗。NASA本部で何かが起きたのだろう事はわかっているが、通信が繋がらない為、それを確認する事が出来なかった。もしかしたらほんの数分も待っていれば隔壁が上がり始めるのかもしれないが、逆に永遠に閉じたままという可能性もある。
「…………立場的に楽観的な予想の方は採用できねぇな。アラン、現状の戦力で一分でも長く生き続けるとしたら、どうすんのがベストだ?」
顔を上げずに尋ねる太朗。付近にあった戦車のハッチが開き、アランが頭を覗かせた。
「そうだな……逃げ回っていられればそれがベストなんだが、残念ながら燃料と弾薬を節約する必要がある。どこかに陣地を設営して、機動部隊での攻撃的な守りを行うって所だな。隔壁が開かない前提なら、ここに留まるのは最悪の選択肢だ」
「なるほど。けどこの量の戦車が入れる場所っていうと、選択肢はほとんどねぇな。どっかの大通路か、中継エリアだったっぽい広間くらいじゃね?」
「うぅむ。どちらも相手の突撃を防げるような構造じゃあ無いな。もう少し入り組んだ形状の方がいいんだが……いっそ天井を崩落させて道を塞ぐか?」
「いやいや、それって下手したら生き埋めになるっしょ。自殺する気はねぇぞ」
薄明りの中、ああでもないこうでも無いと議論を重ねるふたり。幸いにも先ほどまで戦闘を行っていたワインドの群れはどこかへ行ってしまっており、ソナーレーダーにも反応は無かった。少なくとも今は、考える時間がいくらか残されている。
「ねぇ、テイロー。ちょっといいかしら」
議論を始めてからしばらく。太朗達と同じように端末を見つめたマールが、太朗の腕をぐいと引きながら呟いた。彼女は端末を見せる為に身体の方向を太朗と揃え、顔を寄せてきた。
「ん、どしたん? 暗くて不安なのはわかっけど、いちゃつくのは皆がいないトコでの方がいいんじゃねぇかな。俺としてはやぶさかではっぶふっ!!」
「うっ、いたた……やっぱ頭突きってのはもろ刃の剣ね。それよりちゃんと見て。ここなら、さっきアランが言った条件に合ってるんじゃないの?」
「突っ込みで鼻っ面にヘッドバッドかますってのはどうなんよ。うら若き乙女のやる事じゃねぇぞ…………ん? 確かに良さげな場所っぽいな。これどこ?」
マールの差し出した端末の地図には、確かに守りを固めるのに都合の良さそうな地形が描かれていた。広いフロアと、そこから延びる数本の通路。道は広すぎず、それでいて十分に複雑な形状をしていた。
「ふむ。確かに理想的だが……付近にこんな場所があったか?」
戦車から身を乗り出し、ふたりの手元を覗き込むアランが疑わし気に言った。彼は端末を手で操作すると、表示されている地図の倍率を調節していった。
「…………おおう、まじすか」
やがて広域を映し出した地図の中央地点は、ワインドの勢力範囲を表す赤のエリアに含まれていた。
「……ふむ。喜べ大将。どうやらうちの副社長は、社長に負けず劣らずぶっとんだ思考回路をしてるらしいぞ」
視線は端末へ向けたまま、口元に笑みを作るアラン。そんなアランに、いくらか恥ずかしそうに口を尖らせるマール。
「し、仕方ないじゃない。私はあんた達みたいに戦術について詳しいわけじゃないんだから。でも意見を言っちゃ駄目ってわけじゃ――」
人差し指を上げ、マールの発言を止める太朗。その目はアランと同じように地図へ向けられており、口元にはやはり笑みが作られていた。
「アランの言う通り、確かにぶっとんでるな……けど、俺はおもしろいと思うぜ」
顔を上げ、視線を交わす男ふたり。
「あぁ、同感だ。全軍準備次第すぐに移動だな。ついでに――」
地図の中央には、古めかしいマトックのアイコンが表示されていた。
「遺跡の発掘作業と洒落込むとするか。やって来るのが敵にしろ味方にしろ、少なくとも待ち時間に暇はしなさそうだ」




