第163話
「こちらチハ。総員、接敵に備えるように。もういくらもしない内にやってくんぞ」
周囲に人の生活感が消え去ってからしばらく。太朗は装甲車の中で車外モニタをにらみつけながら、全部隊に通じる通信機へ向けてそう言い放った。通路には無数の戦車が遠くの暗がりへ向けて砲を構えており、それらは射線を確保する為に階段状に配置されていた。
「"ティーガー1、了解。バックアップを頼んだぞ"」
「"こちらパンター1、了解。各部隊配備完了"」
通信機より返るアランとハインラインの声。太朗は緊張によりかいた手の汗をぬぐうと、リアルタイムで更新されている戦術スクリーンを横目に確認した。敵を表す赤い光点が少し離れた場所の通路内へ密集しており、それはまるでたゆたう波のようになっていた。
――"リンケージ再確認:リンク済み"――
――"全体指示:特殊徹甲弾装填 水平射撃準備"――
――"統合照準補佐:…………完了"――
太朗はBISHOPで各車両との接続を確認すると、それぞれの射撃管制装置からのフィードバックを受け取った。気温や湿度から砲の状態までもを計算に入れ、最適な砲撃関数を構築する。
「敵先頭集団、現在わき道F422を移動中。大通路到達まで残り1000メートルです、ミスター・テイロー。残り900…………800…………」
「目標選定完了よ。脅威度判定が出来ないから命中期待度を優先したわ。当てなさいよ?」
「オーケー、任しとけ。そんじゃ行くぜぇ」
目を細め、意識を戦闘へと集中する。小梅の読み上げる距離が徐々に小さくなっていき、それはやがて500に到達した。
「第1波砲撃開始!!」
閃光と共に火を噴く20両の戦車。0.1秒ずつずらして発射された砲弾。ほとんど繋がって聞こえる砲撃音。通路内がマズルフラッシュによりほんの一瞬明るく照らされ、古びた鉄骨やかつては美しかったのだろう内壁が映し出された。
――"弾頭制御:サイドブラスト"――
音速を超える速度で発射された砲弾はわずかひと呼吸も置かずに目的の場所へと到達し、最初の起爆装置を作動させる。プラムのレールガンと同じ仕組みで作られた砲弾は爆発の力を借りて進路を30度ずらし、わずかばかりの減速だけをもってわき道を進む集団へと到達する。
「着弾、今。レーダーは動きを止めた6つの動体反応を確認。依然、敵は前進中」
「やったじゃない、テイロー!! 使えるわよこれ!!」
「俺は頭痺れそうになるぐらい忙しいけどな!! 第2波砲撃開始!!」
既に第1波を放った一団は後退し、その後ろに控えていた20両が前に出て来ている。レールガンはその構造的な問題から精密射撃の連射には向いておらず、安全の為でもあった。宇宙船のそれと同様に、わずかでも熱がレールを歪めてしまうと使い物にならなくなってしまう。
「第2波着弾確認、静止反応は4つ。命中精度はまぁまぁといった所でしょうか」
「辛口だねぇ小梅さん。宇宙と違って余計なもんが色々あっから難しいんよ。空気とか熱とか塵とかさ」
「プラムの弾頭みたいに何度も動かせるわけじゃ無いしね……ん、ティーガーが一両イエロー表示になってるわね。センサーの異常みたい。多分だけど、砲撃時の衝撃波だわ」
「あら、やっぱ密集させすぎか。元々こんな狭い所で使う予定じゃなかったしなぁ……第3波砲撃開始!!」
再び周囲にマズルファイアが吹き荒れ、まだわき道を突破できずにいるワインドへと襲い掛かる。小梅が5体の戦果を読み上げ、マールが次から次へと目標を選定していく。
「敵先頭集団が大通路へ到達しました、ミスター・テイロー。これはなかなかの光景ですね。まるで美女に群がる飢えた男共のようです」
「了解。って、嫌な例えだなおい!! さすがに世の男達もあんなに必死じゃねぇだろ!!」
「チハから各車へ。作戦プランをBへシフト。繰り返す、作戦プランをBへシフトよ」
「"ティーガー1、了解。いや、俺はあんなんだと思うぞ。美女にはその価値がある」
「"パンター1、了解。ノーコメントでお願いします"」
「おめぇらもノってんじゃねぇよ!! いいから走れ!!」
事前に決めてあった作戦に従い、各車両が素早く行動を開始する。最も装甲厚のある車両前面を敵へ向けたまま、全車両が全力で後退していく。
「取り決め通り、特殊徹甲弾を使う場合のみチハにフィードバック。他は直接照準で頼むぜ」
「テイロー、チハの砲撃準備も出来たわよ…………にしても、どういう事かしら。こっちにいるのは100程度って聞いてたけど」
「明らかにそれ以上いるよなぁ……うーん、広域スキャンが出来ないのがもどかしいな」
「NASAの続報に期待しましょう、ミスター・テイロー。それよりそろそろ揺れますよ」
小梅がそういい終わるや否や、暗がりだった大通路が無数の光源によって青白く彩られ始める。敵の砲撃によるマズルフラッシュと、襲い来るビームの光。
「うぉぉ、怖ぇ!!」
狭い通路内を流れるビームの密度は凄まじく、それは視覚的な恐怖を倍増させた。青白く照らされるワインドの群れは何もかもを飲み込んでしまうかのようで、太朗は無意識の内に身体を大きくのけぞらせていた。
「"こちらティーガー1よりチハへ。想定よりもシールドの減りが早い。パンターを使ったシフトチェンジは止めた方が良さそうだぞ」
「まじでか。うわ、ほんとだ。前線部隊真っ黄色やん」
「事前想定より25%程早くシールドが消費されておりますね、ミスター・テイロー。プランを変更なさいますか?」
「うーん……そうだな。威力偵察で被害を出しすぎるのも馬鹿馬鹿しいか。チハより全車へ。プランをFに変更。シフトはティーガーのみで」
太朗は戦術スクリーンに表示された各戦車のシールド残量が芳しく無い事から、元より予定していた戦術に変更を加える事にした。本来はパンターとティーガーが交互に前線を担当する予定だったが、シールド容量の少ないパンターを前面に出すのは躊躇われた。
「"こちらパンター1、了解。では我々は曲射の為に先行します"」
「ういさ、よろしく。マール、ワインドの様子は?」
「相変わらず殺到してるわよ。こっちの実弾は上手い事相手の装甲を貫いてるし、次々と脱落してるワインドが出てるわ。でも、正直不安ね。もしかしたら、思ったよりも戦果が出ないかもしれない」
「うぇ、なぜに?」
「そうね……いえ、後にしましょう。今は戦闘に集中」
何か含んだ物言いのマール。太朗は少しそれが気になったが、確かにその通りだと戦闘に集中する事にした。散発的に特殊徹甲弾の計算要請が来ているし、余計な思案をしている暇は無さそうだった。
「テイロー、ティーガーが1両脱輪。前線が止まるわ!!」
戦術スクリーン上の戦車がひとつ静止し、周囲のティーガーもそれにつられるように動きを緩める。いくらもしないうちに静止した戦車から乗員が降り立ち、他の戦車へ向かって駆け出し始めた。
「砲撃停止!! 砲撃停止!! 主砲の衝撃波で死んじまうから!! くそっ、もうちょいなのに……パンター1、曲射の準備はまだっすか!!」
「"こちらパンター1、現在準備についてます。もう少しで……よし、行けます!!"」
太朗のBISHOP上に、発射準備完了の文字が点灯する。太朗は間髪入れずにそれを選択すると、発射の命令をフィードバックした。
「こいつでなんとか足を……うおっ、うっせぇ!!」
外部の音を拾うマイクから強烈な爆発音が届けられ、咄嗟に耳を抑える太朗。耳鳴りで目がちかちかし、耳の奥がずんと痛んだ。
先を行くパンターから発射された榴弾は、太朗の乗るチハや前線のティーガーの頭上を飛び越え、重力に従ってワインドの群れへと降り注いでいた。徹甲弾と違って榴弾は速度と威力とが直接結びつかない為、それは非常にゆっくりと発射されている。榴弾は着弾と共にプラズマ膨張体が内部に詰められた金属片を熱し、ばら撒き、無造作に周囲を破壊していった。時折その破片が太朗達の方へも飛来し、金属同士がぶつかる不気味なノック音を響かせた。
「音量の制限機能くらい起動させときなさいよ。大きい音は自動でボリューム調整出来るわ」
顰め面をしたマールが後ろを振り向き、太朗のヘッドフォンを調整した。
「あぁ、そうなんか。便利だな未来のヘッドフォン……いや、こんなもんなら地球にもあったか。小梅、正面はどうなってる?」
「はい、ミスター・テイロー。脱出した乗組員は負傷こそしていますが、無事保護されたようです。破棄された戦車は自壊。ティーガー部隊は後退を再開し、前線距離は再び広がり始めました。ワインドは前進速度を落としたようですが……これはどう表現するべきですかね。何か、混乱しているように見受けられます」
「混乱? ワインドが?」
太朗は目を戦術スクリーンへ向けたが、小梅の言う通り混乱しているのかどうかはわからなかった。数が多すぎるため、光点の塊がたゆたっているようにしか見えなかった。
「まぁ、その辺も後でレコーダーを解析すりゃあいいか……おし、さっさと隔壁を抜けるぞ!!」
戦車が兵器として最も優れている点は、その装甲や強力な砲では無く、機動力にある。接近戦を得意としているらしいワインドとわざわざ正面きって殴りあう必要などどこにも無く、殴るだけ殴って逃げられるのであれば、当然ながらそうするのが最も望ましかった。
「このまま隔壁に逃げて、通路を封鎖。別ルートで待ち構えて、迎撃して、また逃げると。未来のパルティアンショットだな」
かつて地球の弓騎兵が行っていた戦術を参考にしたこの作戦は、今の所満点に近い状況で推移していた。被害こそ出ているがそれらは想定範囲内であり、むしろ楽観的につけられた予想に近い値で済んでいた。
「…………おや?」
どうやら上手く行きそうだとほくそ笑んでいた太朗の耳に届く、小梅の興味深そうな声。太朗はその経験から小梅がこういった声を出す時はろくでもない事が起こった場合だと学んでおり、不満たっぷりの顔色で「何すかね、小梅さん」とぶっきらぼうに尋ねた。
「はい、ミスター・テイロー。これは少々面倒な事になったようです」
「面倒ね……もちろん、悪い意味でだよな?」
「えぇ、そうですね、ミスター・テイロー。最悪と言って良いかもしれません」
細かい揺れや凹凸に合わせてハンドルを切る小梅が、その顔をぐるりと後ろへ向けた。
「原因は不明ですが、隔壁の下降が既に始まっています。閉鎖まで残り30秒程であり、これは我々の到達予定時間を遥かに下回っています」
ぽかんと口を開けたまま、何も言えずに固まる太朗とマール。小梅は再び視線を前へ戻すと、無表情な顔のままで続けた。
「どうやら我々は、締め出されてしまったようです。どうしましょうかね、ミスター・テイロー」




