第162話
「たまんねぇなおい。なんだよこの尻。デカイってレベルじゃねぇぞ」
NASAより提供されたオフィスの一角。広々とした部屋をパーティションで区切られたそこで、太朗とアランが身を寄せ合うようにしてモニターを見つめていた。その後ろには入口から見て死角となる位置で銃の手入れをしているファントムがおり、ふたりを楽しそうに見つめていた。
「君はグラマーなのが好みなのかな。マールを見ているとさもありなんといった所ではあるが」
「いやいや、なんでそこでマールの名前が出るんすかね。別に俺は――」
「大将、いいからいいから。ほら、そろそろ御開帳だぞ。つーか、もうちょっと詰めてくれ」
モニターに映し出されているのは、アルファ方面宙域における有名なグラビアアイドルの姿。オイルを塗られた艶めかしい肢体をくねらせる彼女は、ただでさえ少ない面積の水着をさらに減らそうと、胸元のヒモへと手をかけた。
「ん、エマージェンシー、レベル1」
ファントムの極めて小さな声。素早く行動するふたり。
「俺はもっと情報部の予算を増やすべきだと思うぜ。艦隊がいても、敵の居場所がわからんじゃ話にならんだろ」
「いや、それはわかるんだけどさ。予算ってのは限られてるじゃん? いざって時に敵に対抗できる戦力はやっぱ持っときたいのよ」
「失礼します。社長、頼まれていたはしごに関するデータが出来ましたので、お持ちしました」
入口から現れる女性社員。太朗は鷹揚に頷いてそれを受け取ると、笑顔で礼を返した。
「はい、ご苦労さん…………よし、画面戻そうぜ。あぁ、巻き戻し巻き戻し」
「おい、何すんだ。大将。いいじゃねぇか。はやいとこ下を拝もうぜ」
「駄目。全然駄目。わかってねぇよアラン。このある意味鋼より強力な鎧を脱ぎ捨てる、まさにその瞬間がいいんじゃねぇか」
「二人とも、あまり大きな声を出すと……まずい、エマージェンシー、レベル4だ」
緊張を孕んだファントムの声。ふたりは「4だと!?」と声を揃えると、慌てて姿勢を正した。
「ねぇテイロー、戦車のシールド換装が終わったみたいよ。さっそくチェックに行く?」
入口よりひょこりと顔をのぞかせるマール。ふたりは彼女に反応せずに、真面目くさった顔でモニタを見つめていた。
「遺跡はここか。となると、こっちのルートから行く事になるのかな? 元陸戦としてどう思うよ」
「ううむ、難しい所だな。このルートだと、逆を抑えられた場合に孤立しちまう。いくらか遠回りでもこっちを通るべきだろうな……お、おぉ。嬢ちゃんか。ど、どうした?」
モニタに映る地下都市の地図から目を離し、いくらか引きつった笑みでマールを見やるふたり。そんな二人に訝しげな目を向けるマール。
「いや、だから戦車の準備が出来たのよ……というか、何であんた達こんな隅で会議なんてやってるわけ?」
「えぇと、ほら、あれよ。勉強だよ。なぁアラン」
「あ、あぁ、そうだ。勉強……だな。うむ。むしろ予習とでも言った方がいいのか? ファントムと……くそっ、あいつ逃げやがったな」
「ふぅん……まぁいいわ。私先に格納庫へ行ってるから、あんたも早く来なさいよ」
マールはひらひらと手を振ると、そう言い残して去って行った。
「…………ふぅ。あぶねぇあぶねぇ。よりによって一番見つかっちゃいけない相手が来たな。にしてもアラン、予習とはうまい事言うな。確かに予習だよな。来たるべき本番に備えた映像学習ってやつだ」
「へっ、任せとけよ大将。自慢じゃねぇが、これの映像学習にあてた時間を普通の勉強に費やせば、俺は帝国大学にも入れただろう自信があるぜ」
「全然威張る所じゃねぇけどな、それ。それより早く続き見ようぜ。神の頂きが何色かを確認しどぅあお!! ま、マールさん、まだ何か用ですかね!!」
視界の端に捉えた、こちらを覗き込んでいるマールの姿。再生ボタンへ伸ばしかけた指が震え、口元がひきつる。
「んーん、別に。神の頂きってのは、その通路の事?」
「通路……そっ、そうそう。ここの鋭角な部分ね。神秘の遺跡に続く神の頂だな!!」
「そう。まぁ、どうでもいいけど。それじゃ後でね」
先程と同じように、手をひらひらと去っていくマール。太朗はしばらくの間硬直したままじっとしていたが、やがてマールが本当に去ったのかどうかを衝立から覗き込むようにして確認すると、ほっと息を吐き出した。
「マジでびびったぜ……なぁアラン、やっぱこれ部屋で見ねぇか? 会社はあぶねぇって」
動悸のする胸を押さえる太朗。それにアランが首を振った。
「大将の部屋にある家電は全て精神テスト制限付きだ。残念ながらこいつは再生できない。俺の部屋はまだプラムに積んだままだし、まさか社員の部屋に突入するわけにもいかねぇしな。格好悪いなんてもんじゃねぇぞ……そうだ、ファントム。お前さんの部屋を貸してくれよ」
上を向き、手を仰ぐアラン。太朗もつられて上を見ると、天井のわずかな突起にぶら下がるファントムの姿が確認出来た。
「いやいや、忍者っすか…………ファントムさん?」
太朗達の声は明らかに聞こえているはずなのに、じっと遠くを見たままのファントム。太朗は何度か声をかけてみたが、彼は黙ったままだった。
「……まぁいい。さ、気を取り直して鑑賞タイムと行こうぜ」
アランは肩を竦めると、再び椅子へと座った。太朗はしばらく上を眺めていたが、アランに促される形で着席した。
「さぁ、再生するぜ。巻き戻すなんてケチな事は言わないでくれよ。後でいくらでもじっくり見ればいいんだからよ…………ん、なんだ。やっぱお前さんも見るのか?」
ふいに降り立ったファントム。それにアランが声を掛けるが、彼はそれを遮るように口へ指を当てた。
「遠くではあるが、何かがいるね。結構な数だ」
ぼそりと呟かれた声。アランと顔を見合わせる太朗。太朗はファントムがそうしているように壁の方へを目を向けるが、当然何も見えなかった。
「……おい、大将!! 見ろよ、とうとう天の扉が開かれるぞ!!」
肩を叩かれ、ぐるりと顔を巡らせる。モニタには今まさに解かれるビキニの紐が。
「オーゥ、イーストオブエデーン…………って、おぉおおい!!」
はらりと落ちるビキニが画面から消えうせるその寸前、突如オフィスの照明と共にモニタの電源が落とされた。叫ぶ太朗をよそにすぐさまオレンジの非常灯が灯され、オフィス中に緊張のざわめきが走り始める。
――"警報:レベル3"――
――"警報:第44区画に敵侵入の恐れ有り"――
頭の中にBISHOPの通信が流れ、太朗はその深刻さを瞬時に感じ取った。太朗はNASAの為に大量の装置や素子を発注していたが、それはまだ到着していない。とすればこれは、緊急時にしか使われる事の無い貴重なNASAのBISHOPが稼動しているという事になる。
「いこうぜ、アラン。残念だけどお宝映像はまた今度だな」
「くそっ、あれを手に入れるのに随分苦労したんだぞ。絶対に生きて帰ってやるからな」
ふたりは手元にあった端末を引っつかむと、先を行くファントムを追うようにして全力で走り出した。
「敵はここと、この地点から進入しています。侵攻経路は予想通り大通路を直進。現在この地点まで進出しています」
太朗達が戦車の待つ格納庫に到着すると、そこでは既にNASAの人間によるブリーフィングが行われていた。太朗はこちらに気付いたNASA指揮官の挨拶に手を上げるだけで応えると、すぐさま指揮車であるチハへと飛び乗った。
「小梅、マール、準備は?」
「もちろん出来ておりますよ、ミスター・テイロー。端末に状況が載っておりますので確認をお願いします」
「ばっちりよ。丁度格納庫にいたからね。各種システムオールグリーン、すぐに発車できるわ」
「了解、ちょっと待ってな…………よし、ネスト化したぞ。通信が繋がるはずだ」
太朗はプラムでやるのと同じように通信の中継役をこなすと、全車と情報の共有を行った。指揮車に積まれたBISHOP通信機能は大した事も無いが、プラムに搭載されているそれは話が別だった。
「多少時差が出るけど、十分使えるな。なんでもやってみるもんだ」
通信を地下の通信施設を通過し、エレベーターの有線を経てプラムへと接続する。いくらか強引な手法ではあるが、十分な機能を果たせそうだった。欠点としてプラムを常にはしごへドッキングさせておく必要があったが、利点はそれを上回りそうだった。
「全車のリンケージを確認しました、ミスター・テイロー。スクリーンへ接続します」
戦術スクリーンへ映し出される周辺地図と各車両の状態。弾薬や燃料の数から、乗組員の状態までもが表示されている。
「"こちらNASA1、防衛マニュアル通り4番大通路の隔壁を遮断。機甲部隊は3番大通路からの防衛をお願い出来ますでしょうか。我々だけでも捌ける量ではありますが、実戦経験が必要との事でしたよね?"」
「こちらチハ。そうそう、だからうちらも参加させてもらいますぜ。ちなみに敵の戦力は?」
「"ソナーの情報では、さしたる量が来ているわけでは無いようです。中型が300、大型を4確認しています"」
「おおう、上だったら結構な量だぞそれ……オーケー。そいじゃ、ちょっくら害虫駆除と行きましょか」
通信機へ向かってそう答えると、太朗は運転席へ座る小梅へ目配せした。小梅は無言でひとつ頷くと、滑らかな動きでハンドルを操作し始めた。車体はBISHOPで動かす事も可能だが、BISHOPの通信帯域を確保する為に小梅がアナログで運転している。
「予定より早い実戦になっちまったなぁ。もうちょい改良を重ねたかったんだけど」
スクリーンに映る戦車部隊を眺め、ぼやく太朗。揺れる車体にシートベルトが身体へ食い込む。
「相手はこっちの都合を考えてはくれないから、仕方ないわ。それよりテイロー、例の大通路とやらに出るわよ」
格納庫から出発後、わずか数分で大通路と呼ばれる元超大型高速移動レーン用の筒状構造物へと到達する。幅が300メートル近くある巨大なそこは、複数の車両が通過するのにも十分な広さがあった。
「デルタステーションのレーンもびっくりのデカさだな。これってこの星をぐるっと一周してんだろ?」
「えぇ、そうなりますね、ミスター・テイロー。かつては、と追記する必要はありますが。整備されていない遠くの区画については不明ですし、場所によっては戦闘による破壊で封鎖された箇所もあるようです」
「なるほどな…………マール、大丈夫か?」
助手席で周囲に目をやり、不安気にしているマール。彼女は太朗の声に気付くと、何度か細かく頷いた。
「物理的な意味で自然物に囲まれてるって経験は初めてだから、ちょっとね。大丈夫だってわかってはいるんだけど…………」
圧迫感を覚えているのだろう、マールはボディスーツの首回りを苛立たしげに緩めた。
「無限の広さと半径150メートルじゃあ、ちょっと差があり過ぎんもんな。ぶっちゃけ俺もちょっと慣れねぇわ」
太朗は顔を巡らすと、船外カメラが映し出す外の景色を不安と共に眺めた。現在は生活道路として整備され、明かりの灯されているそこも、しばらく行けば廃墟と化した単なる巨大な鉄パイプと化すはずだった。
「こらぁ、色々と気を付ける必要がありそうだな」
崩落によって生き埋めにされる自分を想像すると、太朗は大きく息を吐き出した。




