第161話
「随分とデカい装甲車だな。上ではこういったのが主流なのか?」
ハインラインが格納庫に置かれた戦車の傍で待機していると、ひとりの男が近くにあった戦車の車体を叩きながら発した。彼はハインラインの答えを待つでも無く傍に歩み寄ると、「俺はマイク」と手を差し出して来た。
「よろしく、マイク。俺はハインラインだ。君は確か、戦闘部隊のリーダーだったな?」
マイクの手を握り返すハインライン。ハインラインはマイクの手が荒れ果てており、そして分厚く、彼が古強者である事を感じ取った。
「あぁ、そうだ。だが戦闘部隊とは言っても、やる事のほとんどは雑用さ。24時間連中の脅威に怯えているというわけでも無いからな」
マイクは肩を竦めると、いたずらっぽく笑って見せた。
「そうか。だが救難信号の発信も君達だったと聞いている。外はワインドの脅威があるのだろう? 勇敢な男達だ」
自分達は幸運にもワインドに遭遇する事は無かったが、地上型のワインドが多数生息しているという話はNASAの人間から聞かされている。詳しい戦力は不明だが、生身で相対したいとは思えない。
「よしてくれ。持ってる武器はこんなんだし、あんたらからすればお遊びみたいなもんさ」
手にしたライフルを少し掲げて見せるマイク。ハインラインはそれに首を振ると、「大事なのは勇気さ」と彼の肩を小突いた。
「陸戦兵にどれだけの勇気が必要とされるのかは良く知っているつもりだよ。ちなみにこいつは戦車という装甲車の1種らしい。帝国でこれが使われているという話は聞かないから、社長の発明だろう」
マイクが先ほどやったように、戦車の車体を叩くハインライン。返る響きは重厚で、装甲の厚さが想像出来た。
「うちでも似たような砲を積んだ装甲車はあるが、ここまでデカいのは無いな。砲の推進剤は何だ? プラズマ膨張体は今でも使われてるのか?」
「いや、こいつは電磁砲。つまりレールガンだな。プラズマ膨張体はもちろん使われてるが、うちの会社ではこいつの方が専門でね」
「そいつはまた随分と古い兵器だな。アンティークだ。バッテリーは持つのか? うちが使ってるようなのだと、せいぜい数発が限度だぞ?」
「十分にね。400年の間に技術も進歩したのさ……いや、もしかするともっと昔から可能だったのかもしれないが、誰もそれをやろうとしなかったんだろうな。枯れた技術と最新技術の融合という奴だ」
ハインラインは上司であるアラン、太朗と共に、戦車開発へと携わっていた。その開発中に社長から言われた言葉が、枯れた技術と最新技術の融合という言葉だった。
「弾頭を飛ばす為の炸薬や膨張体がいらないから、被弾や事故での損害が非常に小さくて済む。それこそ徹甲弾だけ積んでおけば、誘爆自体が起こり得ないな。古い技術も捨てたもんじゃ無いのさ」
得意気に語るハインライン。マイクはそれに感心したように頷いた。
「なるほど。良く考えられてるんだな……こいつはブラックメタル装甲板か。シールドを出せるんだな? あんたの会社はどうやら金が余ってしょうが無いらしい」
灰色がかった車体へ顔を寄せ、まじまじと呟くマイク。それに笑って見せるハインライン。
「社長がお優しいだけさ。出来るだけ社員の安全を考えてくれてる。無茶な事に付き合わせられる事も多いが、それに付き合うだけの価値はあるよ。きっと君らにも最大限の保護を与えてくれるだろうさ」
ハインラインが聞いた噂によると、RSはNASAを吸収するという話になっている。であれば、社長はこの惑星を見捨てるような真似はしないだろうと彼は考えていた。
「そうか……いい社長のようだな。ちなみにあんた、どういった肩書なんだ。警備部とかそういった感じか?」
「いや、食品開発部の部長だ」
「……食品開発部?」
「あぁ、そうだ。食品開発部だ」
堂々とそう断言する元帝国軍陸戦隊であり、現食品開発部部長のハインライン。そしてマイクはハインラインの予想通り、おかしな顔をしていた。
照明の落とされた部屋に、スクリーンからの光がライジングサンの面々を照らし出している。一同は食い入るようにスクリーンを見つめ、そこに映る映像の数々に驚きの声を漏らしていた。
「大型装甲……もとい、戦車を作っておいて正解ね。これと生身でぶつかるのは正気じゃないわ」
画面に映る地上型ワインドの姿に、マールが低い声で言った。
「だなぁ……いや、ぶっちゃけこんなのがいるとは思わなかったけどよ」
マールの言葉を受け、太朗が呆然と呟く。画面に映っているワインドは高さ4メートル程の巨大な生き物じみた造形の機械で、6本の足と2つの砲を持ち、表面は隙間無く装甲で覆われている。太朗の知る限りそれに最も近い形状は、地球の昆虫と呼ばれる生き物だった。それらは見た目の大きさに関わらず地上を素早く動き、NASAの装甲車へと砲撃を加えている。
「これを見ると、帝国が地上を焼き払った理由がわからんでも無いな。こいつはやばい」
アランが組んだ手へ顎を乗せ、にらみ付けるような視線で言った。太朗はそれに頷きを返すと、画面を覆いつくす黒い塊に目を細めた。
「単体の能力はともかく、どんだけいやがるんだこれ。地面が見えねぇじゃねぇかよ」
高台から撮影したと思われる映像には、谷底のように細くなった地形を這い進む無数のワインドが映し出されている。それは折り重なるように無造作に前進を続けており、太朗に軍隊蟻の行進を思い起こさせた。
「連中は基本的に普段は姿を見せません。我々が地上へ出ると、それを察知して上がって来る事があります。しかし事が済むと、すぐさま下へ潜ってしまいます。恐らく空爆の事を憶えているのでしょう」
NASAの戦術担当官がそう言い、うんざりした様子で溜息を吐いた。
「連中の武装だが、大気中で使えているという事は高延伸性のビームだろう。こいつの威力はどうなんだ?」
映像を一時停止し、画面を行き交う光の筋を指差すアラン。
「えぇ、威力自体はご存知の通り大した事はありませんよ。大気中の延伸性とビームの威力は反比例しますからね。あの砲は連中の対人用兵器です。装甲車や何かには体当たりを含めた格闘戦を仕掛けて来るか、もっと大型の砲を積んだワインドが対応してきます。もちろん急激に減衰しますので、至近距離での攻撃となりますが」
「なるほど……戦術兵器の類はどうだ。核や爆薬による広範囲の攻撃は?」
「今の所は。想像でしかありませんが、連中は核兵器や化学反応による兵器を知らないんじゃないですかね。上にはいるんですか?」
「いや、宇宙にもそういったのはいないな……なるほど、知らないか。我々が使って無い以上、それも有り得るか」
何かを考え込むように、上を向いてうなり声を上げるアラン。太朗はふたりの会話を聞きながら、人類がミサイルや核兵器を主力としていた場合、いったいどうなっていただろうかと想像した。焼却ビームが使えない以上、殴り合いによる壮絶な殲滅戦となっていたのだろうかと。
「相手の巣穴に核攻撃を仕掛けたりは出来ないのかしら。地上や地下だと恐ろしい威力になるのよね?」
宇宙では光と熱と放射線を発するだけの核兵器だが、大気のある地上だと衝撃波という要素が加わる事となる。地中にあってもそれは同じで、広範囲の被害をもたらすはずだった。
「もちろんやってますよ、ミス・マール。我々が連中に勝っている唯一と言って良い点でもありますね。しかし周囲一帯を沈下させてしまうので、使い所が難しいんです。場所によっては自分達の住処も押し潰す事になってしまいますから」
「そっか……ねぇテイロー。何か良い案でもある?」
マールの振りを受け、「うーん」と考え込む太朗。確かにマールの言う通り核による広範囲への攻撃は魅力的だったが、それは現状では避けたい方法だった。核そのものがどうこうでは無く、遺跡が埋もれてしまう危険性があったからだ。
「まずは通常戦力でどうにかして、攻勢をかけられる状態になってから核攻撃が理想じゃねぇかな。連中のクリティカルな施設。例えば生産工場とかそういった奴だけど、それの場所がわかれば上からも攻撃出来るだろうし」
「上から? 地下深くまで到達出来るような爆弾があるの?」
「いや、ねぇけど問題無いっしょ。同じ場所をひたすら攻撃し続ければいいじゃん。いつかは届くだろ」
「力押しってわけ? そりゃあ確かにいけるでしょうけど…………でもそれ、いくらかかるのよ」
「…………あんま考えたくはねぇな」
戦争は経済力のぶつかり合い。それは銀河帝国においても変わり無く、相手がワインドであっても同じ事だった。
「とにもかくにも、まずは遺跡周辺を調査しねぇとだな。映像や話を聞いた分からだと、少なくとも戦術的に不利って事はねぇと思う。戦車のシールドをフィジカルからビームに変えなきゃなんねぇけど、逆に相手はこっちの砲に対して無力なんじゃね?」
にやりと笑う太朗。それにアランが「上と同じ構図か」と続ける。
「NASAの実弾砲では威力不足だったらしいが、こっちの戦車砲ならいけるかもしれんな。貫通力は数倍どころじゃないはずだ」
満足気に頷くアラン。太朗は戦車部隊を中核とした地下での戦いを想像すると、どういった戦術が有効だろうかと考え始めた。
「…………小梅?」
ふと押し黙ったままの小梅に気付き、声をかける太朗。小梅は一時停止されたスクリーンをじっと見つめたまま、微動だにせず固まっていた。
「いえ、少し気になる点がありまして……ときにミスター・テイロー、ミスター・アラン。いえ、どなたでも構いませんが、かつてこのような美しい形状のワインドをご覧になった方がおりますでしょうか」
小梅の妙な言葉に、怪訝そうな顔の一同が振り向く。「美しい?」という太朗の疑問に、「えぇ」と小梅。
「小梅に芸術の何たるかは理解出来かねますが、小梅はこれを美しいと感じます。見て下さい、ミスター・テイロー。素晴らしい機能美ではありませんか? 移動し、攻撃する為だけに作られた、非常にシンプルな造形です」
小梅に促されるように、スクリーンへと目を向ける一同。アランが何かに気付いたようにはっと息を飲み、今まで静かにしていたファントムが「そういう事か」と小さく呟いた。
「地上型のワインドであるという点が、宇宙のワインドと全く異なる点についての疑念を隠匿してしまっていると見受けられます。しかし彼らは紛れも無くワインドであり、これは非常に興味深い差異だと思われます」
小梅は言葉を止めると、スクリーンを指差した。
「彼らのどこに、人類の作った機械を再利用した部位がありますでしょうか。NASAではあのような部品を、それも大量に生産する必要があったのでしょうか。小梅にはそうは思えません。彼らは――」
小梅は何か素晴らしい物を見つけたかのように、小さく微笑んだ。
「彼らは自己を自分達の手で完全に再現し、それを大量生産しているという事です。それらは今までのワインドには見られなかった特徴であり、小梅はこれを非常に興味深いと考えます。これではまるで、本当の生物のようではありませんか、ミスター・テイロー」




