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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第11章 フェデレーション
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第157話

「"ステンバーイ、ステンバーイ……よし、いいぞ。そのまま下ろしてくれ"」


 宇宙服に身を包んだ作業員が、車庫入れする車をサポートするように手を大きく仰いでいる。彼の指示に従いゆっくりと惑星へ向かって降下していく細いテープを追うと、眼下に広がる巨大な惑星が確認出来た。


 軌道エレベーター。


 別名宇宙エレベーターとも呼ばれるそれは、カーボンナノチューブを編み込んで作られた細いテープを柱とした、地上と宇宙とを行き来する為の巨大な施設である。知らない者からすると頼りない柱だが、実際には非常に薄いテープであり、ゆらりゆらりと大気中を漂っている。例え千切れるような事があっても空気抵抗がエネルギーの大部分を吸収してしまう為、大事故になったりはしない。陸に海にとさざ波を立てる程度だろう。


「"管制塔から地上へ。はしごを下したぞ"」

「"地上から管制塔へ。こちらも確認した。カウンターの延伸を始めてくれ"」


 衛星軌道上には柱を吊るす為の宇宙ステーションが設けられており、今まさにカウンターと呼ばれる重りが柱とは反対方向へと伸ばされている。推力付きのカウンターが無ければ、ステーションは持ち上げる荷物に引っ張られる形で地上へと落下していってしまうだろう。作用と反作用はいかなる場面でも成立する。


「"さあ、これで後は待つばかりだ。開発班が早いトコ資金を回収出来るといいな"」


 軌道エレベーターの建造には莫大な資金が必要となるが、スペースシャトルやロケットと比べ、ランニングコストが非常に安い。事故の危険は非常に小さく、各種燃焼系の燃料を派手に消費する事もない。柱に取りついたコンテナボックスが、磁気の力でゆっくりと――それでも時速数百キロまで加速する――上へよじ登るだけだからだ。


「これでウチも居住可能惑星持ちか……いや、こいつを居住可能とするのは無理があるか」


 男は作業船に引き返し始めた所で、呟きながら惑星ニュークを見下ろした。それはあまりに巨大で、そしてあまりに無残な姿だった。




 太朗がニューク星系へ続く回廊の解放に成功してから、およそ2ヶ月が経過した。


 太朗は仲間達にNASAという単語についての意味を説明し、それは驚きをもって迎えられた。彼らはニュークの調査を進めると共にNASAという単語についてを調べ、その名が少なくともニュークに関連する企業から見つかる事は無かった。別の方面宙域には同じ名前が複数見つかったが、どれも違う単語を略したものだった。


「そうなると是が非でも下へ降りる必要があるだろうな……地下施設か何かであれば残っているかもしれんぞ」


「地下施設ねぇ……そんなもんに価値があるのかい?」


「わからんが、少なくともお前のじいさんやテイローにとってはあるだろうよ。それに、運が良ければ植物の種子や何かが保存されている可能性もあるんじゃないか?」


「米やゴマみたいな奴かい? そいつぁなかなか期待が持てるね。あれは良い商売になるよ」


 かつての社内会議におけるアランとベラの会話。それはいささか太朗を慰める為の意味合いも含まれていたかもしれないが、当の本人はそれほど思いつめているわけでも無かった。NASAの字を見つけた時こそ派手に動揺したものの、最悪の可能性は既に数えきれない程を想定していた。冷静に自分を見つめてみれば、心の準備は出来ている。


「エレベーターの建設資金はエニグマの利益から十分捻出出来ると思う。そのまま回廊の開発拠点にも使えば、少なくとも全くの無駄になるって事はねぇっしょ。例えアレから何も得られなかったとしてもさ」


 太朗はそう言って、ニューク星系の集中開発へとGOサインを出した。回廊の内側出口へ拠点を設けるというのは既に決定事項だったが、別に外側と両方あって困るというわけでも無かった。

 惑星ニュークは開発による採算が難しいだろうとされていた為、当初こそ軌道エレベーターの建設予定など全く存在しなかったが、こうして作業は実現された。




「アルファ方面宙域の皆さん、ご覧下さい!! 今まさに、400年振りとなるエレベーターの連結が行われようとしています!!」


 降下艇に備えられたモニタには、身振り手振りで興奮を伝えて来るニュースキャスターの姿が確認出来た。宇宙服に身を包んだキャスターが奥をあおぐと、磁気誘導に従って真っ直ぐ下ろされるテープの先端部分がクローズアップされた。


「……ねぇちょっと。これって録画よね? LIVEとか出てるけど、完全に詐欺じゃない」


「まぁまぁ、どうせネットワーク局の演出って奴だろ。ニュースキャスターの声だけは今入れてますよーとか、どうせそんなんだよ。あいつらいい加減だからな」


 太朗は憤慨した様子のマールをそう宥めると、無機質な降下艇の内部をぐるりと見渡した。骨組みが剥き出しとなった細長い船室には、アラン、マール、小梅、そしてファントムの4人がリラックスした様子でシートへ収まっている。ベラ、ライザ、そしてエッタは万が一を考え、艦隊と共に宇宙へと残ってもらっていた。


「大将、そういえば――」


 緊急時に使うのだろう操縦桿へと足を乗せたアランが、振り返りながら手を仰いだ。


「回廊にあるワインドの基地だが、なかなか興味深い調査結果が出てたな。読んだか?」


 アランの質問に、自分の携帯端末を指し示す太朗。


「調査隊からのレポートは毎回ちゃんと読んでるよ。専門用語が多すぎて意味がわかんねぇって文句言ったら、次の日から簡単な文章にまとめてくれるようになったからな」


「はは、そいつはいいな。俺もまとめ直した方を送ってもらうようにするか」


「そうしろそうしろ。どうせあいつら、難しい言葉を並べて悦に入ってるだけだからな。"どうよ、俺って頭いいでしょ!!"ってな」


「まぁ、気持ちはわかるがあまりいじめてやるなよ。連中のああいった調子は病気みたいなもんだ。それより大将」


 携帯端末を操作し、何やら情報を送ってくるアラン。送られて来た情報は、3つ程前の調査レポートだった。


「ワインドが作成したと断言できる、自己複製工場。防衛施設。通信所。その他様々な大規模複合施設を確認したとの事だが……一番懸念すべきがどれだかはわかるな?」


 真剣な顔をしたアラン。太朗は「あたぼうよ」と指を鳴らした。


「他の全施設がぶっこわれてて一切の調査不能だったとしても全く構わねぇ、ってくらい通信施設が重要だろ。どっかと通信してるって事は、社会性があるって事だ」


 太朗の答えに、満足気に頷くアラン。


「話が早くて助かるぜ。そう、そこが問題だ。連中がどこの、誰と、何を通信してたかって事だな。場合によっちゃあ先日の攻防戦に関する情報が送られてる可能性もある」


「まぁ、十分有り得るな。こら思ってた以上にエニグマの寿命が短くなるかもしんねぇなぁ……早いトコ改良品作っとくか」


「ほぅ、作れるのか?」


「や、わかんねぇけど、多分な。今回の調査次第ってトコじゃね?」


「そうか……じゃぁ、調査団長である博士の頑張りに期待だな。現状品は既にディーンから受注が来たんだろ?」


 アランの問いに、あくどい表情で親指を立てる太朗。


「わんさか来たぜ。必要経費も施設も全部集めてくれるってさ……ちなみにあれさ、粗利益がまじでやべぇぞ。基本的には既存の装置を使ってるから、直接ウチで生産してるのはコアの回路だけだかんな。下手すっと税収より多くなんぞ」


「まじか。いや、発明品ってのは何でもそうだが、やはり当たった時のリターンが半端じゃないな。これからはウチの主力商品になるのか?」


「いや、それがそうもいかねぇんよ。ほら、対策を練られないようにって銀河の方々に散らす事になったじゃん。そうなっとさ、どうしても知名度が問題になるんよ。普通に売ったんじゃ誰も買わねぇから」


「なるほど……言われてみればそうか。この装置でワインドの行動を予測出来ます、なんて言われた日には、普通は詐欺か馬鹿かのどちらかを疑うな」


「だろ? なんで帝国電子兵器研究所の名前だけ借りて、そこが極秘に開発したって事になってるんよ。本気でスパイが調べればバレるだろうけど、表向きはね」


「表向きは、か……しかし実際問題、開発班の連中はこれにかかりきりになるだろ。こけし開発班の方に不満が出るんじゃないか?」


「そりゃもちろん出るだろうけど、仕方ねぇっしょ。機密保持の問題からマキナさんのトコ以外に作らせたくねぇし、外注なんて論外だからな。一応こけしってレールガンの弾頭制御と同じ技術で作られてるからさ……と、そこでだ」


 人差し指を立て、思わせぶりに笑みを作る太郎。


「開発班の変わりにこけしの新商品を考えてみたんよ。持ってきてるんで、ちょっと見てみそらしど」


 そう言うと、太朗は大きなバッグをごそごそとあさり始めた。


「これは……違うか。こっちは男用だし……あぁ、あったあった」


 やがて見つけ出した渾身の新商品。2メートル程もある細長いへびのように曲がりくねったそれを、太朗はBISHOPでうねうねと動かし始めた。


「おもしろい玩具だとは思うが……大きさを除けば既に似たような商品はあるぞ。何に使うんだ?」


 いくらか期待はずれといった表情のアラン。太朗はそれへニヤリとした笑みを返すと、「まぁ見てなって」とへびの頭頂部を指差した。


「……なかなかストレートな表現だな。個人的には嫌いじゃないが、さすがにこれはどうなんだ。使ってるのはスラスタ噴射の技術か?」


 へびの頭頂部からほとばしる白いローション。呆れた様子のアランに、太朗は「甘いぜアラン」と彼を見下すようにのけぞった。


「想像してみろよ、アラン。こいつが10本、20本と美女の上でのた打ち回ってる様を……そしてローションの海を逃げようともがく様を!! ストレングスファイバーとレイザーメタルで出来たエロティックモンスターだぞ。やろうと思えば人を持ち上げる事も出来るし、服の隙間を縫うように進む事も出来るはずだ!!」


「…………なんてこった」


 ごくりと喉を鳴らすアラン。彼は眉間に寄せた皺をさらに強くすると、おもむろに立ち上がった。


「なんて事を思いつきやがるんだ!! あれを現実世界に練成しようってのか!? 大将、やっぱりお前さんは天才だぜ!!」


「ふはは、任せとけ!! 触手プレイをもっとメジャーなジャんるにぶはぁ!?」


 後頭部に走る衝撃。地面を転がる太朗と片方だけの靴。


「うっさいわよ!! あぁもう、そこらじゅうべたべたじゃない……っていうか、貴重なレイザーメタルを何に使ってんのよ!!」


 片方だけの足に靴を履いたマールが、それすらも投げようと手に振りかぶった。太朗はそれに大袈裟に怯えて見せたが、内心では靴の匂いを嗅いだら怒られるだろうかなどとも考えていた。


「まったくもう。どんだけ変態なのよ…………さ、さすがにこれはね……うーん…………が、頑張ればいけるものなのかしら?」


 何やらぼそぼそとトーンダウンしていくマール。太朗は追撃が来ない事に疑問符を浮かべたが、余計な事を言って再燃させる必要は無いと黙っている事にした。


「…………にしても、あれだな。わかってた事ではあるけど、やっぱ残念だな。何も見えねえ」


 視界にちらりと映った窓に気付き、ごまかし半分で語る太朗。窓の向こうには薄暗い霧と砂とが立ち込めており、わずか数十メートル先までしか見えなかった。フィジカルシールドと強力な磁界で安定させているはずのエレベーターが不安定に揺れ、まるで海に浮かぶ船にでも乗っているかのようだった。


「ちなみにこれ……大丈夫だよな? 落ちねえよな?」


 理論上で問題が無いとわかっていても、太朗は大重量の降下艇をささえているのが数本のテープだけという事実に不安を覚えた。


「どうでしょうね、ミスター・テイロー。これだけ酷い天候ですと、テープの離断という事態もあり得るかもしれませんね」


 いつもの無表情な小梅。太朗はしばし小梅の方を見つめると、「いやいや」と続けた。


「笑えない冗談っすよ小梅さん。勘弁して下さい……え? いや、冗談っすよね?」


「ははっ、大丈夫だって大将。俺は陸戦の訓練で似たようなシミュレーションを何度もやってるからな。しばらくフリーフォールが続くだけで、まず死にはしねぇさ。不時着の衝撃で舌を噛まなければ大丈夫だ」


「だ、だよな。マジ頼りにしてっからな、アラン……なぁなぁ、ちゃんと操縦桿握っててくれよ。BISHOPでやってるってわかってても不安だから」


「おいおい、こいつは全自動だぞ。今操縦桿はスラスタと繋がってすらいない。ほれ、見ろよ。動きすらしないだろ?」


「おや、これはもしかすると、既に操縦不能に陥っているという可能性もあり得るのでは無いでしょうかね、ミスター・テイロー。ミスター・アランは我々を安心させる為に――」


「やーめーてー!! そういうのやーめーてー……あぁ、なんか気持ち悪くなってきたぞ……ちょっと横になるぉろろろろろろろ」


「ちょっ、テイロー!! 吐くなら向こう!! 向こう!!」


「おい、やめろ!! 待て、テイローまてうおおお!!」


 細い糸に釣られたカーゴは徐々に減速すると、やがて天井に穴の開いた球状のドームへと吸い込まれていった。太朗はドームへ入る寸前まで窓の外を眺めていたが、そこに見えたのはやはり砂嵐の光景だけだった。


「ようこそ地上へ、社長。まだそこら中が散らかってますが、なぁに、大丈夫ですよ。ワインドの巣に比べればいくらかマシって奴です……あぁ、着替えを用意した方が良さそうですね」


 ガタイの良い社員に出迎えられた太朗はいそいそと着替えを済ませると、足早にタラップを下っていった。そして最後の一段。鉄で出来た床を目の前に、太朗は足を止めて俯いた。


「……アームストロング船長の気持ちが、ほんのちょびっとだけわかる気がするな…………いや、状況的にヤマトか?」


 太朗は誰へともなくそう呟くと、「どうした?」という後ろからの声に答えるでも無く、大きく勢いを付けて地上へと降り立った。




恐らく今までで最も字数の多い1話。

理由、触手。ちょっと死にたい。

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