第152話
「時間をかけなければ解らない点も多くあります。今後も診察を続けていきましょう。脳というのは外はともかくとして、中は非常に難しいものですから」
医師による太朗の診断結果は、今の所は問題無しという結論に至った。そもそも物理的な損傷が見られない上に、少なくとも表面上は精神面に異常がある事も見受けられなかったからだ。結局の所、医師の言葉が全てだった。わからないという事だ。
「さて。ほんじゃ3か月分の遅れを取り戻すとしますかね」
太朗は努めて明るくそう言うと、即日退院と共に眠っていた間に起こったあらゆる事を把握しようとやっきになった。21世紀の地球でさえ、物事は昔よりもずっと早く変化していくと言われていた。それが銀河帝国においてどうだかは、考えるまでも無かった。
「大小様々ではあるけど、領土内における企業間の戦争が17程あったね。うちらが介入したのは4つ。艦隊を派遣したのは2回だね」
ワイオミングから少し離れた星系のステーション。そこはワイオミングから脱出した難民の為に作られたステーションのひとつで、以前と比べて何もかもが真新しかった。
「了解っす。介入は……なるほど。うちが定めた開戦既定を守ってなかったのね」
ベラの報告に、太朗が答える。新ステーションに設けられたRS辺境開発支部の会議室にはファントムを除いた主要メンバーがおり、それぞれが気楽な様子で手元の端末を操作していた。太朗はそんな一同の様子から、大した問題は起きてないようだと安堵した。
「余所でドンパチやる分には好きにしてもらって構わんがな。ここにいる間はRS法に従ってもらわにゃならん。介入の判断を下したのは俺とベラだが、それで良かったか?」
伺うような様子のアラン。太朗は「もちろん」と親指を上げた。
「最後の手段ではあるけど、言ってもわからん相手にはしょうがないっしょ……経済の方は?」
太朗の質問に、小梅が手を上げた。
「極めて順調ですよ、ミスター・テイロー。戦時下という重しが取れた上に、復興特需が引き続き発生しています。また、辺境開発がそれを大きく後押ししている形となっていますね。経済界は新たな市場の形成に積極的です」
「おぉー、まじか。今期の税収が楽しみだな……でも、辺境の住民達って購買力低いよな。市場としての魅力ってあるの?」
太朗はワイオミングでの生活を思い出し、腕を組んだ。そんな彼に「あるわよ」とマール。
「絶対数がとんでも無いもの。以前の統計の数倍は住人がいるってわかったわけだしね。彼らの生活必需品を最低限のレベルに引き上げるだけでも膨大な需要になるわ。貧困層に関しては優先的に辺境開発の第一線で働いてもらってるわけで、その収入から購買力が生まれてるわね」
「なるほどなぁ。この一部統計調査結果の公開ってのがそうか。住民数や何かの基礎データを公表したんね?」
「いいえ。違うわ、テイロー。情報を"売った"のよ。無料で公開しても有料で公開しても、結局生まれる効果は一緒だしね。結構稼がせてもらったわ」
「……相変わらず商魂たくましいことで。効果が一緒の心は?」
「考えてもみなさいよ。情報を手にした企業は有利になるのよ? 開発競争は時間が勝負なんだから、どこも喉から手が出る程欲しがってるわ。自社で市場調査をやろうと思ったら時間が掛かってしょうがないし、ライバル企業に後れを取るわけにもいかないでしょ?」
「んー、でも有料だと情報を買えない企業も出てくるよな?」
「えぇ、そうね。でも考え方が逆よ。この程度の料金を捻出できないような企業だと、どうしても会社の規模的に情報の価値を活かせないわ。それに買えない企業のほとんどは中小企業だから、情報を手にした大企業の動きに追従するもの。事実そうなってるし」
にこにこと語るマール。そこに「防諜の面でも利点があるぞ」とアランの声が続く。
「わざわざ金を出して買った情報だから、どこの企業もそいつを秘匿してる。結局ばれる事にはなるだろうが、スパイに手間も時間も使わせられる。統計情報は戦略情報だからな。同じ公開するでも、その差は大きいぞ」
「おぉ、そういう考え方もあるんね……確かにそだなぁ。1社からの情報だけだと信憑性に疑問があるだろうし、確かな情報にするには2ヶ所以上から情報を得にゃならんのか。了解した。ちなみにさっき言ってた貧困層の開発従事についてはどうなの。順調?」
太朗の疑問に、再びマールが答える。
「えぇ、順調も順調よ。当初は最低賃金の制定について経済界から文句が出たけど、彼らが顧客になり得る存在だってわかってからは手の平を返したかの様ね。労働者の獲得競争が起きてるから、貧困対策にもかなりの効果が期待出来るわ。サルベージングマーケットの方もそれなりの規模になってきたから、目ぼしいアンティークは押さえてあるわよ。後で確認して頂戴」
「金持ちは儲かるとわかったら出し惜しみしねぇからなぁ。しかしそうなっと、逆に雇用競争が過熱しすぎねぇようにしないとまずいな。ぶっちゃけ安い労働力だけが現地の魅力なわけで、それが無くなると何もかもがダメになんぞ」
「そうね……わかったわ。何か対策を考えとく」
「よろしこ。アンティークについては楽しみにしとく。何か地球に繋がる物があるといんだけどなぁ……」
太朗は一応、画像資料として送られて来ていたアンティークについては目を通していたが、地球由来の物があるのかどうかは良くわからなかった。帝国中枢と違い、画像資料が本当の意味での画像資料だったからだ。これが精細ホログラフデータであれば、目視するのと全く変わらない。
「ちなみに通常業務の方はどう。多分一番忙しいと思うんだけど」
太朗が誰へとも無く発したその言葉に、ライザが優雅に手を上げた。
「日に日に規模が急拡大してますわ。人事権が無かったらどうなってたか、考えるのも嫌になりますわね」
ライザはそう言うと、視線を会議室の大型スクリーンへと移した。するとそこに社員数と売上に関する折れ線グラフが表示され、そこからはここ数か月における急激な伸びを読み取る事が出来た。
「……増え過ぎじゃね? 何をどうすればこんなんなるんよ」
社員数のグラフは、アライアンス結成時付近から比べて倍以上を示していた。
「信用ですわね」
ライザはそう言うと、画面を切り替えて社員数や売り上げの内訳についてを表示させた。
「割合のほとんどは輸送交易部ですわ。その中でも、特に貴重品や高額商品の割合が増えてるのがお分かりになるかしら。これは前までには見られなかった動きですから、アライアンス盟主になった事による影響と考えるのが妥当ですわ。それともうひとつ。辺境開拓による影響ね」
「信用かぁ……なるほどな。重々承知してた事ではあるけど、人様の物を預かるわけだしな……辺境についてはそのままか。単純に必要輸送量が増えたから?」
「そうなりますわね。辺境周辺の輸送関連企業からも業務提携の話がこれでもかって程来てますわ。事業はまだまだ拡大出来ますわね……ちなみに交易の方も順調よ。相変わらずいかがわしい商品が中心ですけど」
「ふへへ、法に触れてなきゃ構わねえさ……相変わらずこけしとエロ動画?」
「いいえ、こけしの方は相変わらずですわね。それよりホロポルノの売れ行きが異常ですわ。発注の方が間に合わない位ですもの」
「いや、うちの領民はどんだけエロ動画に飢えてんのよ…………って、なるほど、そういう事か!! 旧エンツィオ政府の情報統制の反動だな!!」
「多分、ですけどね。ホロムービーは容量的にチップで運ばないといけませんし、比較的新しい技術ですわ。新鮮なのかもしれませんわね」
「中枢からの情報はシャットアウトしてたわけだからなぁ……こっちの人達からすれば、ご禁制が解禁されたって感じか。そらまぁ飛びついて見るわな……ん、まじで順調だな。うちは」
太朗はそう言って腕を組むと、会社は全体的に順調なようだと満足した。しかし当然ながら問題もあるはずで、太朗は「じゃあ」とひと息ついてから続けた。
「逆に順調で無い部分についてを聞きたい。多分軍事関連が中心になると思うけど、そこんとこどう?」
太朗の振りに、ベラが肩を竦めて片眉を上げた。
「他ん所と違って、簡単に人を増やせないからね。たった3ヵ月じゃバトルスクールからの人材もたかが知れてる。今もファントムが頑張ってくれてはいるみたいだけどね。本当なら旧エンツィオ同盟軍の退役者に期待したい所なんだけど、残念ながら受けが良くないねぇ。やっこさん達は、ちょいとやりすぎたよ」
「そっか……うちも立場的にあんまりそれは助けてやれないなぁ。EAPを刺激するだろうし」
先の戦争により生まれたかなりの数の退役者は、ベラの言う通りこの近辺では嫌われ者と化していた。運良く警備会社や準軍事組織に就職出来た者もいたが、大部分は就職難に喘いでいた。軍事とは全く関係の無い企業へ移る者もいれば、海賊に身をやつす者さえ存在した。
「資金が潤沢だから設備の更新に関しちゃあそれなりなんだけどね。けれども質が良くても数が無いってのは、実によろしくない。坊やもわかってると思うけど、領内での戦争数17ってのはちょいとばかし多いよ。なめられてるね」
「ですよねー……RSアライアンス自体の規模に対して、ライジングサン単体が小さすぎるってのもあるよね。自由に動かせる艦隊が少ないから、アライアンスに動員がかかるような規模じゃなければ大丈夫だろって思われてるっしょ。つーか、同盟企業達が反乱起こしたりしない? 大丈夫?」
「それは大丈夫なんじゃないかねぇ。内ゲバやってる場合じゃないってのは連中もわかってるはずさね。EAPの重圧は相当堪えてるはずだよ。リトルトーキョーが抑えてるとは言え、それでも軍事拡張は続いてるようだしね」
「まじかよ……こら本格的にディンゴとの軍事同盟も検討しないとダメか?」
「やっとくに越した事は無いだろうねぇ。こればっかりはどう動くかわからないよ」
いくらかうんざりとした様子のベラ。太朗はそんなベラに、さもありなんと同情の視線を送った。かつての戦争では、アルファ星系が攻められたのだから。
「政治ってのはどうなるかわからないもんだからね。まぁ、それはともかく、目下の最大の問題はワイオミングじゃないかい? あれをなんとかしないと、じじぃの調査が止まったままになるさね。そのうち単身で突っ込みかねないよ」
「いやいや。前々から思ってたけど、博士ちょっと無鉄砲すぎだろ……ちなみにそれについては、ちょっと考えがあるぜ。時間はかかるけど、おもしろい事がやれると思う。小梅にはその為の準備をしてもらってるしな」
太朗の言葉に、期待と驚きの混ざった視線が集まる。太朗はマールの方へ目を向けると、小さく震える手をぎゅっと握りこんだ。
「ちょいとばかしやられちまったからな。きっちり利子をつけてお返ししてやろうじゃねぇか」




