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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第11章 フェデレーション
150/274

第150話

 マールには、それが夢だとすぐに分かった。

 何故なら彼女の左腕は完全な形でそこについていたし、意識をすればある程度は動かす事も出来たからだ。


「暗い夢ね」


 マールは帳の下りた周囲をぐるりと見渡すと、そこが小さな鉄の箱の中だという事に気付いた。照明の類が無いのにうっすらと周囲を確認出来た事で、彼女は夢である事をさらに強く確信した。自分はどうやら、床にべたりと座り、壁に背を預けているらしい。


「せめて夢の中でくらい、もうちょっと広い所にすればいいのに」


 現実の自分が置かれている境遇を思い浮かべ、マールは溜息がちに呟いた。ここは脱出カプセルの中に比べればいくらかは広いが、せいぜいそんなものだった。


「私は死ぬのかしら」


 自分の身体がもう幾らももたないはずだという事は、彼女自身が一番良く知っていた。マールは自分が持っている全ての知識を動員して脱出カプセルの大改造を行ったが、それによって延びた寿命は僅かだった。せいぜい10時間も延長されれば良い方だろう。


「どうせ死ぬのなら……いっそ綺麗なままにしとけば良かったな」


 もし太朗が自分の亡骸を見つけたとしたら、きっとその惨状にショックを受けるだろう。マールはそれを考えると、早まった真似をしたかもしれないと後悔した。

 酸素を肺に直接送り込めるよう、チューブを直接飲み込んでいる。空調へまわす電力が無い為、鼻と口はチューブを固定するのと合わせてテープで目張りした。使用酸素を最低限にする必要があるので身体を仮死状態にするのが理想だが、いかんせん物も薬も何もかもが足りない。無理矢理いくつかの動脈をせき止めたが、内臓まで止める事は出来なかった。究極的には心臓と肺、すなわち脳だけが生きていれば良いのだが、そう都合良くは行かない。身体の何割が壊死しているかは、出来れば考えたく無い事案だ。


「……重い」


 既に無いはずの左腕を少し持ち上げ、あまりのしんどさにそれを下ろした。身体がとにかく重く、痛みは無いが、酷い倦怠感だった。彼女は唯一楽に動かせる首を後ろに傾けると、後頭部を壁へと密着させた。いくらか楽になった気がしたが、気のせいだろうとも思った。


「…………疲れたわ」


 全身を包み込む強い疲労感。つい先程まで動かす事の出来た腕も、今は岩のように固まっている。投げ出された四肢が、まるで自分の物では無いかのように、ただそこに存在している。マールは最後に見る夢がこのような暗い夢である事を残念に思い、早く終わってくれる事を願った。終了後に何が待っているのかは、考えるまでも無かった。


「暗い……それに寒い……」


 視界が徐々に狭くなり、焦点の合うわずかな部分だけが残った。周囲は暗く、既に壁はほとんど見えなくなっていた。あまりの寒さに体を縮こまらせたかったが、それすらも出来なかった。彼女はしばらくの間ぶつぶつと呪いの言葉を吐いたが、やがて口を開くのも面倒になり、押し黙ったまま身体の力を抜いた。


(…………何かしら)


 天井に見える、わずかな明かり。重厚な鉄で出来た天井にぽっかりと穴が開いている。光は暗闇の中でとても優しく、暖かく、愛おしく思えた。そこへ行けば、全てが良い方向へ進むように思えた。


(あそこへ行きたい)


 マールは光に誘われ、腕を伸ばそうとした。しかし岩のように固まった腕は動かず、他も同様だった。彼女は何度もそれに挑戦したが結局何も出来ず、やがて面倒になってしまった。目を閉じ、そのまま寝てしまう方がずっと魅力的に感じられた。希望に向けて努力をするというのは実に結構な事だが、それを今行うのは難しかった。


(駄目ね……それに、もう本当に疲れたわ)


 急激に重くなるまぶたに抗えず、ゆっくりと目を閉じた。夢の中で寝るというおかしな行動に、マールは少しだけ笑みを作った。


(ばいばい、テイロー、小梅。地球、見つけなさいよ)


 気が遠くなり、呼吸をすることさえが面倒になってきた。マールは終わりの時を悟ると、沈んで行く意識の中、忙しくも幸せだった日々を思い描いた。

 かつてはたったひとりで生活をし、趣味と実益を兼ねたサルベージングを行っていた。誰とも会わず、ただひとりの世界に閉じこもっていた。それが当たり前だと思っていたが、どこかで人の温もりを探している自分にも気付いていた。飾り気の無い揺りかごのようなそこから飛び立つ為のきっかけを、いつも待っていた。

 そしてそれは、騒がしいひとりの男と頭の良いAIによって与えられた。それからの日々はどうしようもなく忙しく、慌しく、危険で、そして尊かった。人の命を預かる事は重圧だったし、奪う事は例えようも無く辛かった。しかし、それでも、あの日々は間違いなく輝いており、何物にも代えがたかった。

 それは、宝物だった。


「…………あぁ」


 搾り出すように声を出す。ありったけの力を込め、腕を持ち上げようと必死になった。少しだけ。ほんの少しだけ腕が上がり、指先が引きつったように痙攣する。


「――――ここに、いるわ」


 今まで存在しなかった痛みが腕を襲い、それが全身に走る。涙が溢れ、本能が自分の行動を制止しようとする。楽にした方が良いと、見えない鋼の鎖を縛りつける。しかしそれでも、マールは懸命に抗った。


「――――おねがい」


 溢れ出した涙が視界を歪め、光がよりぼんやりとした儚いものとなる。もしかしたらそれすらも虚像かもしれず、既に目は何も捉えていないのかもしれない。しかし彼女にははっきりとした像が見えており、それ以外はどうでも良かった。その人型に光る像だけが、彼女にとって重要だった。


「――――助けて、テイロー!!」


 叫び、手を伸ばす。

 はるか天井には届かない。


 しかし、もはや届く必要は無かった。

 光の人影が彼女の手をしっかりと掴み、

 それを力強く引き上げたからだ。




 歪な形状の冷凍睡眠装置――そう呼んで良い物か難しい所だが――と医療カプセルを前に、ひと組の男女が立ち尽くしていた。男は難しい顔をしており、女は澄ましていた。


「小梅。二人の様子はどうなんだ」


 眉間に皺を寄せ、強張った表情の男が言った。かなり長い事そうしていたようで、眉間の皺が跡になってしまっている。


「命に別状はありませんよ、ミスター・アラン。脳波やバイタル含め、今の所異常は見当たりません。驚くべきも素晴らしい装置をお作りになったものです」


 小梅はそう言うと、すっかりぼろぼろになってしまったプラムの貨物室を見渡した。ありとあらゆる壁や機器が分解されており、そこら中が足の踏み場も無い程に雑多な部品で埋め尽くされていた。


「そうか……頭の中は意識が戻ってからだな」


 少しだけほっとした様子のアラン。小梅は「そうなりますね」と答えると、マールが収まっている装置を覗き込んだ。ご丁寧にもガラス窓が取り付けられており、眠っているマールの顔を覗き見る事が出来た。


「しかし何がどうなってんだ。外を見た時もたまげたが、中はそれ以上ときてる……ワインドがいたら喜びそうな光景だな」


 アランは周囲を見渡すと、お手上げだといった様子で肩を竦めた。


「ミスター・テイローがその装置を作成する為に、船内のあらゆる部品を利用した為ですね。ミス・マールの身体は損傷が激しく、装置が無ければ間違い無く命を落としていたでしょう」


「こいつか……スライド式のリニアカタパルトはレールガンの部品だな。回収アームはケーブルの束か? こいつを、お前らだけで?」


「いいえ、否定です、ミスター・アラン。ミスター・テイローおひとりで、です」


「…………そいつはまた。外も同じか?」


「はい、理由は異なりますがそうなりますね。外装まわりに関しては、恐らく時間を優先する為でしょう。船を軽量化すれば、その分強い加速が可能です」


「軽量化……おいおい、そんな生易しいもんじゃねぇだろうがこれは」


 引きつった顔のアラン。小梅は「そうでしょうか」とそっけなく答えたが、驚くのも当然だろうと思っていた。現在プラムには主要機関部と艦橋近辺しか残されておらず、ほとんど骨組みだけと言って良い有様だった。


「なかなかに徹底した軽量化ではありますがね。さすがにここまでやるとは予想外でした」


 太朗が問答無用で各種施設の切り離しを行った際には、流石の小梅もかなり慌てた。無造作に隔壁が開放された為に、放出される空気と共に宇宙空間に投げ出されそうになったからだ。お気に入りの服が千切り採られて宇宙の藻屑となってしまったのは残念だったが、ふたりの命に比べればどうでも良いと言えた。


「信じられんが、信じざるを得ないだろうな。これが大将以外だったら歯牙にもかけないんだが…………船体データが消えてるのが、実に残念だ」


 アランはそう言うと、無表情で小梅の方へ顔を向けてきた。小梅はアラン以上の無表情でそれを見返すと、相変わらず鋭い人物だと感心した。彼が予想しているだろう通り、船体データは小梅が意図的に破棄していた。状況があまりに特異すぎた為、それが与えるであろう周囲への影響を読み切る事が出来なかったからだ。


「小梅が覚えている限りの事でよろしければ、いくらでもお伝えしますよ、ミスター・アラン…………おや、何か笑っているように見えますね」


 小梅は太朗の眠る医療カプセルを覗き込むと、彼がその口元に笑みを作っているような気がした。


「馬鹿を言え。仮死状態だぞ? あくまでそう見えるだけだ」


 あまりおもしろく無い冗談だとばかりに、軽く流すアラン。小梅は「そうかもしれませんね」と冷静に答えると、太朗とマール、両方の覗き窓を見比べた。


 小梅には、ふたりが笑っているように見えた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い描写だった、泣いたわさ。
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