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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第11章 フェデレーション
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第149話

 真っ白い空間。そこに青を基調とした、色とりどりの関数群が浮かび上がっている。周囲には自分であって自分で無い存在が無数に存在し、各々が何らかの作業に従事していた。もちろん作業内容も、その結果も、何もかもが太朗には全て把握出来ていた。自分であって自分で無い存在は、結局の所、自分でもあるのだから。


「懐かしいな……」


 太朗は現在置かれている状況に見覚えがあった。エンツィオ戦争において、大量の実弾兵器を操作した時にも同じような状態になった。


「懐かしいって程昔の話でもねぇだろ。ほれ、さっさとやるぞ」


 傍にいた自分が、空間の奥に見える黒い塊へ向かって歩き始める。太朗は「おうよ」とそれに返すと、自分と共に歩き出した。


「準備は出来てるか?」

「任せとけ。ばっちりだ」

「あれをどうにかするってか? 馬鹿じゃねぇの?」

「うるせぇぞ。死ぬ気でやれ」


 歩いて行くうちに、いったいどこから湧いてきたのか、無数の自分が集まってくる。太朗は先頭を歩いていたが、後ろの様子を把握するのに振り返る必要は無かった。後ろからの視点が欲しいのであれば、その情報を要請するだけでいい。全部で数百人はいるだろうか。


「でけぇな……」

「無理だろまじで」

「まだまだ大きくなるっぽいぞ」

「……このままじゃダメだな」


 太朗と自分達は塊のすぐ近くまで寄ると、その巨大さにうんざりした。その場しのぎのニューラルネットから送られてきた情報は膨大で、視覚化されたそれは、巡洋艦であるプラムよりもずっと大きそうだった。


「まずは開始の状況を作ろう。採決を取る」

「賛成」「賛成」「反対。不可能だ」「賛成」


 今や千を超えると思われる自分達が各々に可否を口にし、それは即座に可決された。数人が塊へ向かって歩き出すと、古めかしいパソコンが作り出すケーブルモンスターの如く複雑に絡み合った情報を手探りで検索し始めた。


「戦闘開始後12時間の時点における、かなり精度の高い情報がある」


 自分の内のひとりがそう発し、情報が即座に全員へと伝わる。それは戦闘艦とステーションのスキャナーが監視していた複数のスキャン結果であり、足りない情報は別のデータから補う事が出来た。


「おおよそ99.994%が合致。駄目だ。アバウトすぎる」

「もっとデータを集めろ。前後8時間に渡り、情報の相互関係を洗い出せ」

「精度を上げろ。せめてイレブンナイン(9が11個続く精度)を目指せ」


 戦場に漂う物は船だけでは無く、デブリ、ガス、電磁波等の様々な要素があった。その中には無視して良い程度の物も多かったが、そうでない物も多数あった。脱出ポッドや何かの動きへ影響を与える可能性のあるデブリだけでも10万近くあり、これは時間が経つにつれて加速度的に増えていった。船がひとつ爆散すれば、それだけで数百万ではきかない数のデブリが生まれる。


「ステーションの環境記録から情報を得られたぞ。照らし合わせろ」

「99.999999999282%が合致。合格ラインだ」

「8時間後についても同様の精度が出たぞ」

「よし、シミュレーションを開始しろ。時間を進めるんだ」


 自分達の中の誰かの号令により、簡略化された戦場を再現したシミュレーションが開始された。例えるならば超高精度の戦術スクリーンといった様相のそれは、天井いっぱいを情報で埋め尽くした。


「……シミュレート8時間が経過。照合を開始」


 戦闘開始12時間後の情報と、そこから8時間経った時点での情報とを照らし合わせ、誤差が無いかどうかを慎重に計算していく。間違いがあれば各種パラメータや計算方法にミスがあるか、もしくはデータに無い何かが存在しているという事だった。


「おかしいぞ。ワインド366の放ったビームの軌道がずれている」

「本来であればもっと右を通るはずだ……放射線の影響か?」

「他にも沢山あるぞ。やり直しだ!!」

「くそったれ!! こんなの不可能だ!!」


 考え得る可能性を引き出し、それを修正として情報に加えていく。シミュレータが時間軸を行ったり来たりと繰り返し、やがて徐々にではあるが正解の形へと近付いて行く。


「我々に必要なのは戦闘開始から170時間後のデータだ。このペースじゃ間に合わない」

「もっと生体回路の数が必要だ。眠ってる連中を叩き起こせ」

「安定動作の基準を超えるぞ。セーフティの解除が必要だ」

「解除を要請する。採決を」

「反対」「賛成」「反対」「反対」「反対」「反対だ。前例が無い」「反対」「反対。危険すぎる」「反対」「反対」


 数百人による採決が、即座に案を却下する。太朗はそれをざっと眺めると、「ちょっと待て!!」と大声で叫んだ。


「アーキタイプとしてこれを命じる。今シミュレートの達成、及びマールの救出を最優先課題と認定し、それを除くあらゆる優先度を1段階引き下げる物とする。セーフティを解除せよ!」


 自分の口からするりと出た言葉。太朗は「アーキタイプとは何だ?」と疑問に思いつつも、発した言葉に間違いは無いはずだと認識していた。


「……解除を」「解除」「解除だ」「解除を」「解除を」「解除」「解除」「解除を」「解除を」「解除を」「解除を!」「解除を!」


 周囲から次々と声が上がり、全員の視線が上へと集まる。そこはいつもと同様にBISHOPのシステムメッセージが表示されるエリアだった。


  ――"セーフティ解除要求……受諾"――

  ――"ニューロン最適化準備 未完了"――

  ――"警告 重大なエラーが起きる可能性有り"――

  ――"ニューラルアンプリファイア 強制接続"――


 電脳空間が激しく振動し、実態の無い衝撃波が周囲を駆け巡る。存在しないはずの空気が衝撃波を伝え、太朗は飛ばされそうになる身体を必死に踏ん張った。空は赤く染まり、情報の波がスパークという形で解を地面に打ち付けている。


  ――"マルチコアアクセラレータ 起動"――


 秘匿されていたプログラムが実行され、あたりに静けさが戻る。身体に違和感を感じた太朗が下を向くと、自らの体が白く発光しているのが見てとれた。それは普段であれば絶叫すべき異変だったろうが、今は何の疑問も無く受け入れる事が出来た。


「シミュレーションを再開……総員、計算を」


 太朗はそう言うと、輝きを増した身体が透き通っていく様をぼんやりと眺めた。不思議な浮遊感と共に、自我が溶けて行くのを感じる。セーフティの解除によって生まれた新たな自分を含め、周囲にいる4千の自分は光の球となり、やがて融合していった。

 消えゆく意識に残った欲求は、たったひとつの事。


 計算を! 計算を! 計算を!



 プラムの船体が急に旋回を始めた時、小梅の量子回路は驚愕という言葉で埋め尽くされていた。彼女の量子回路に備えられた論理回路も、感情回路も、そして統合演算回路すらも、全てが驚くべき事案だという解をはじき出していた。


「もう完了なされたのですか? ミスター・テイロー」


 小梅はシートへ座る太朗を覗き込んだが、返事が返る事は無かった。

 彼の顔には所々に血糊がこびりついており、小梅はそれらを丁寧にぬぐったが、全てを取りきる事は出来なかった。一見すると死んでいるように見えなくもない惨状だが、痙攣するまぶたが彼の脳の激しい活動を物語っていた。ただ、耳と鼻からの出血が止まらない。


「…………少し外が騒がしいですね。私は機関室方面の様子を見てきます。ミス・エッタはこちらで待機をお願いします」


 機関部から貨物室へかけてに異常がある事を見つけた小梅は、そう言って艦橋を後にした。太朗の元には自動医療器を置いてきたので、よほどの事が無い限り大丈夫だろうと判断していた。既に輸血用の点滴も刺してあり、注意すべきは窒息まわりといった所だった。しかしそれすらも、基本的には自動医療器があれば対処が可能だ。


「脳がどうなっているのかまではわかりませんがね……ふむ。しかしこれは一体……」


 貨物室周辺の荒れ果てた状況を眺め、表情ひとつ変えずに呟く小梅。内壁が大きくはがされており、内部の配線や機械類がむき出しとなっていた。そしてそれらも一様に分解されており、地面には雑多な部品が所狭しと散らばっていた。


「外からではありませんね……ミスター・テイローの仕業でしょうか」


 綺麗に分解された機械のひとつを手にとると、小梅は首を傾げて呟いた。彼女の量子頭脳は高性能だったが、現状を把握できるだけの情報が明らかに不足していた。


「おや?」


 小梅は体内にある動体センサの反応に従い、後ろへと顔を向けた。するとそこには、恐らく運搬カートを利用したのだろう。4つの車輪を付けた寄せ集めの不格好なロボットが、編み込んだワイヤーで作られたアームを用いて地面の部品をせっせと拾っていた。


「これは興味深いですね。船内にこのようなロボットは無かったはずですが」


 小梅はそう言うと、素早く部品を掻き集めるロボットの後をついていった。本来であればBISHOPで船体データを覗けばあらゆる情報を集める事が出来ただろうが、今は残念な事に、BISHOPの通信帯域全てが太朗によって占有されていた。


「お仲間でしょうか……私に何か手伝える事があれば良いのですが」


 ロボットを追って辿りついた先。6番カーゴと呼ばれる貨物室のそこには、せわしく動き回る無数のロボットがおり、各々が何らかの作業に従事していた。内壁を剥がす物。部品を集める物。集めた素材で何かを組み立てる物。また、それらは自分自身をも随時更新しているようだった。一台のロボットが新たにアームを備え付け、増えた手でより効率的な作業を始めていた。


「…………なるほど。確かに彼にはその知識があり、この船は元々そういった用途で作成されていましたね。私はミスター・テイローについていくらか知ったつもりでいましたが、どうやら思い上がりだったようです」


 小梅はロボット達が組み立てている機械の用途を察すると、深いため息と共にそう言った。


 寄せ集めで作られた、歪な機械。

 大きなカプセルと、無数のチューブ。そして各種医療機器。

 それは冷凍睡眠装置とそっくりだった。




再びミス投稿をしてしまいました。

大変、申し訳ありません。


なお、近々書籍化に関する情報を何か発表出来ればと思っています。

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― 新着の感想 ―
自己増殖と改造をするロボットって… ワインドじゃん! 今まで何度も読み直して来たけど、今回初めてこれってとんでもない伏線になってるんじゃ… と思いました!
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