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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第11章 フェデレーション
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第146話




「ここがタロさん達の……」


 ソフィアはライジングサンのオフィスへ足を踏み入れると、その整然とした様子を歩きながら眺めた。普段の太朗はどちらかというとだらしの無い生活を送っていたので、綺麗に整理されているのが意外だった。人違いでは無いかという疑念がさらに強くなる。


「いや、ここは……まぁいい。こっちだ」


 先頭を歩くラミーを抱えたフードの男が振り返ったが、すぐに奥の扉へ向けて歩き出した。


「タロのかいしゃ?」


 長男に手を引かれた末弟が、不安そうに発する。ソフィアは「えぇ、そうよ」と小さな声で答えると、静かにしているようにと弟の口元へ人差し指をかざした。


「行こう。お船が待ってるよ」


 ソフィアはそう言うと、先を行くフードの男を小走りで追った。男が扉の横に備え付けられたキーパネルへ淀みなくナンバーを打ち込むと、扉から重々しい金属音が鳴り響いた。見た目がどこにでもある華奢な扉だっただけに、その不釣り合いな音に驚いた。


「6名入室。セントリーガンをイエローに解除」


 男がそう言うとドアノブが扉内部に引き込まれ、扉は下へスライドして消えていった。扉は明らかに引き戸だったのに、だ。


(どうして? 防犯?)


 その不思議な挙動をする扉を作るのに、いったいどれだけのお金がかかるのだろうか。そこまでして守りたい何かがあるのだろうかと、ソフィアの不安は増した。


「決して途中で立ち止まらないように。普通に歩いていれば大丈夫だ」


 先を行く男がそう促し、ソフィアは無言で小さく頷いた。扉の奥には長細い通路が続いており、それは建物の外観からするとどう考えても無理がある長さだった。オフィスはもっとこじんまりとしていたはずだ。


「…………大丈夫。大丈夫だよ」


 手をぎゅっと握ってきた弟に対し、そして自分自身に言い聞かせるように発する。

 しばらく50メートル程も歩いただろうか。左右には設置型と思われるごつごつとした銃がいくつも設置されており、ソフィアはその横をびくびくとしながら通り過ぎた。セントリーガンとは確か自立稼働する機関銃だったはずだと、漫画や小説で得た知識を思い出していた。


「……あ、あのっ」


 足を止め、正面の男に声をかける。左右に存在する高価な兵器は、ソフィアが明らかに人違いであると彼女に確信させていた。恐らく1機あたりでも彼女が一生働いても手に届かないような値段がするだろう。それは場違いであり、完全に別世界の代物だった。


「立ち止まるなと言ったはずだよ。話なら奥で聞こう、ミス・ソフィア」


 ソフィアは後ろからの声に驚き、小さく悲鳴をもらす。振り返ったそこには前を歩いていたはずの男がいつの間にやらおり、設置された銃の銃身を手で押さえていた。ソフィアは何か恐ろしくなってしまい、「は、はい」と扉へ向けて急ぎ足で駆け出した。


(今、私の名前を?)


 奥の扉へ手をかけながら、ラミーを抱える男が自分の名前を発した事についてを考えた。もしかすると人違いでは無いのかもしれない。それとも同姓同名なのだろうか?

 仄かに湧きあがる安堵の気持ち。

 しかしその気持ちも、奥の扉を開けた瞬間に吹き飛んでしまった。


「本部へ通達、エリア5-4-5に敵影多数」

「おい、チップの破棄状況はどうなってる。確認したのか?」

「W-12、中破判定。ただちに撤退して下さい」

「該当区の防衛レベルを引き下げて下さい。近いうちにそちらは投棄されます」

「避難民の誘導はどうなってる!! 桟橋を間違えてる連中がうじゃうじゃいるぞ!!」


 だだっ広い空間。無数の大型機器。そして大勢の人々。部屋の中央には直径10メートルはあるだろうか。巨大なホログラフが表示されており、それはワイオミング星系とその周囲にいる船舶の数々を形作っていた。いったい何百何千あるのかわからないが、それら全ての挙動を随時更新しているらしい。ホログラフは時間と共にその姿を変えていく。


「艦隊、エリア5-2-4の防衛に成功しました。敵が撤退を始めています」


 冷静なオペレーターの声が響き、続いて部屋から小さな歓声が上がる。人々につられるように顔を向けると、壁に備え付けられた何十個もの大型スクリーンに戦闘中と思われる宇宙の映像が流れていた。閃光と爆発。飛び交う戦闘機と、ワインド達。見た事も無いような巨大な戦闘艦が整然と並び、ワインドへ向けて数えきれない程のビームの光を放っている。


「ソフィア……」


 今にも泣きそうなラミーの声。ソフィアが固くなった首をどうにか向けると、床で女性から治療を受けているラミーが涙目で見上げているのが見えた。ソフィアには、彼女が痛みからそうなっているわけでは無い事が良くわかっていた。自分もそうであるように、恐ろしいのだ。人違いとは言え、自分達はとんでもない所に連れて来られてしまっている。きっと見てはいけない物を見てしまっている。


「……あ、あのっ。私、違うんです……その、人違いで……何も、何も見ていません」


 床へ視線を落し、震える手で弟達を引き寄せるソフィア。


「でも、せめて弟達だけでもお願いできないでしょうか。まだ小さいですし、見ても何もわからないと思います。お願いします!」


 ソフィアは膝を付くと、弟達を押しやるようにし、ローブ姿の男へとひれ伏した。泣かないと決めていたはずなのに涙が溢れ、鉄の床に小さな染みを作った。


「ふむ? 顔を上げてくれ、ミス・ソフィア。君はゲストだ」


「ですから、私は――」


 貴方の言うソフィアでは無いと、しゃくりあげながら伝える。男は困ったようにフードの下で口を歪めると、懐から小さな端末を取り出した。


「ソフィア、ラミー、アイン、ツヴァイ、ドライ。兄妹の名前全てが偶然にも一致するなどという事があるかな?」


 男の差し出して来た端末を見ると、そこには確かに自分達の名が表示されていた。スペルまで合っている。


「定石からすると追撃を行うべきとされていますが、如何しますか。ミスター・テイロー」


 先ほどと同じ、良く通るオペレーターの声。何か重要な決定が行われるのだろうか、フードの男がさっと振り向いてスクリーンの方を見た。ソフィアもそれにつられて顔を向けると、スクリーンに映し出された見覚えのある顔に目を見開いた。


「"んー、やめとこう。釣り野伏せだったりしたら目も当てらんねぇからな。それより艦隊の合流と再編を急がしてくれ"」


 そこに表示されていたのは、身なりの良い、最新式の宇宙服に身を包む太朗の姿だった。周囲の人間が一斉に敬礼をし、太朗がそれに答礼をした。ソフィアが呆然と「タロ……さん?」と呟くと、「ん?」と画面上の太朗が片眉を上げた。


「ソフィアか!? 良かった、無事か!! ファントムさんグッジョブっす!!」


 画面の向こうで、胸に手を当てて安堵の表情を見せる太朗。するとソフィアの後ろからフードの男が「彼女は自力でたどり着いていたよ」と発した。ファントムとはどうやら彼の事らしい。


「"まじかよ。すげぇな……もう安心していいぜ。ファントムさんと一緒に快速船で脱出出来るから。ちょっと色々混乱してるとは思うけど、質問は後でな"」


 太朗はそう言うと、不格好なウィンクを見せてくる。ソフィアは彼の言う通りわけがわからなかったが、どうやら彼は間違いなくあのタロであり、自分達が人違いでここへ連れて来られたわけでは無さそうだという事は理解出来た。


「"ちなみにさ、大事な話なんだけど……サルベージ仲間と連絡が取れたりするかな? もしくは連絡先を知ってるとか?」


「は、はい。あ、でも、個人の端末しかわかりません。会社の方は親方が直接連絡を――」


「"いよっし!! 助かった!! すぐに転送してくれ!!"」


 画面に映る太朗はそう言って手を打ち合わせた。しかしそれとは対照に、ソフィアは勝手に個人情報を晒しても良いものだろうかとまごついた。


「"あー、いや。大丈夫。ちょっと避難民を助けるのに手伝ってもらいたいだけだから。サルベージャーは簡単な操船なら出来るだろ? 今さ、船より人が足りねぇんよ"」


 ソフィアの迷いを読んだのだろう、太朗がそう言って笑顔を見せる。ソフィアは「船より、人が?」と首を傾げると、わけがわからないと混乱した。脱出の為の船は全く足りていないのでは無かったのか?


「"意味がわからんってか? あはは、まぁそうだよな。その辺も後で説明すっからさ"」


 落ち着いた様子で、諭すように太朗。しかし太朗の手は苛立たしげにトントンとシートのアームを叩いており、かなり急いでいるのだろう事が伺えた。


「……わかりました。えっと、その……」


 太朗の映るモニタから目を転じ、大量の避難民を中空より捉えた映像へと目を向ける。不安や絶望を顔にした人々が桟橋へと集まっており、そこには老若男女あらゆる種類の人々が見てとれた。彼らの足元には蹲った人や倒れ伏している者がおり、怪我人も多々見受けられた。ソフィアは、もしかすると自分達もああなっていたのだろうかと身を震わせた。


「連絡先は、送りました……えっと、タロさん。操船なら私も出来ます。何か手伝える事は無いでしょうか」


 傍で驚きの表情を見せるラミーを横目に、ソフィアはモニタ上の太朗をじっと見つめた。助かったとの安堵はあったが、自分達だけがそうなるのは何か忍びなかった。それにきっと、あの人々の中には自分の身近な人間もいるはずだった。


「"うーん、そだな。それじゃお願いしよっかな。そこから高速移動レーンで港まで移動できっから、第6桟橋で合流しよう"」


 太朗はそう言うと、モニタに桟橋までの地図を映し出した。ソフィアは第6桟橋なるものがある事に驚きつつ――第5までしか聞いた事が無い――も、震える足に力を込めて立ち上がった。


「それじゃ、ちょっと行ってくるからね。いい子にしてるんだよ?」


 ソフィアはそう言って弟達の頭を撫でると、「お願いします」とファントムと呼ばれた男に頭を下げた。男は「勇敢だな」と小さく笑みを見せると、ラミーの治療を行っていた女性と共に弟達を引き寄せた。


「君らのお姉さんは人助けに行くんだ……ほら、こうやって送り出すのさ」


 フードの男は弟の手をとって指をそろえると、それを額へ軽く上げた。変わった形のその敬礼は、そういえば最近替わったというアライアンストップの企業が採用している物とそっくりだなとソフィアは思い出した。先ほどは、他の人々も同じようにしていた。


「途中まで送りましょう。御兄妹についてはご心配無く。責任もってお預かりします」


 どこからか歩み寄って来た女性はそう言うと、ソフィアを促すようにして歩き始めた。ソフィアは一度だけ後ろを振り返ると、小走りで女性の後をついていった。




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