第145話
不定期で申し訳ありません。
ワイオミング星系は今、人類がその生活基盤を置いて以来、最も大きな混乱の中にあった。
「そっちの様子を教えてくれ!! 何でもいいから!!」
通信機に向かい、強い焦燥感と共に叫ぶ太朗。しかし返って来るのは、現地がろくでも無い状況下にあるという答えだけだった。
「"申し訳ありません、社長。現地は非常に混乱しており、情報の統制が取れておりません。社員が避難民の誘導にあたっていますが、連絡の取れなくなった者もかなりいます。臨時指揮所が第二支部の方にあるはずですから――"」
「そこに問い合わせたらそっちが指揮所だって言われたんだよ!!」
太朗はいらついた声でそう怒鳴ると、「くそっ」と悪態を吐いてから頭を抱えた。そして責任の無い者を怒鳴りつけても仕方が無いと、冷静に冷静にと自分に言い聞かせた。
「マールはつかまらないのか? 現場の指揮官は彼女のはずだ」
「"はい、少々お待ち下さい……副社長は外にいらっしゃるはずです。出航記録があります"」
「迎撃に出たのか……外との連絡は?」
「"駄目です。強いジャミングをかけられている上に、ニューラルネットを遮断されています"」
「それを先に言ってくれ!! こっから指揮を執る。回線は開きっぱなしに!!」
太朗はそう叫ぶと、プラムⅡに搭載された通信中継機能を全開にした。小さなニューラルネットが新たに作られ、やがて大量の情報が舞い込んでくる。通信先の社員が言う通り、すぐさま強いジャミングがかけられたが、太朗にはそれを無視出来るだけの強烈な処理能力があった。
「"こちらワイオミングⅡ管理部。避難用の船が全く足りていません。救援を要請します"」
「"こちら第3臨時指揮所。敵の数が多すぎる。どこから湧いてきたんだ? 記録を漁れる者はいないか?"」
「"そこが指揮所でいいのか? 部隊とはぐれてる。どうすればいい?"」
「"スターゲイト管理局と繋がらないぞ。避難民をどこへ逃がせばいいんだ!!"」
「"敵を4つ撃墜。識別番号が振られてないぞ、誰かコールをまとめてくれ"」
次々と送られてくる通信に、事態はいよいよ最悪だと顔を顰める太朗。彼は情報をまとめる事を一旦放棄すると、「黙れ!!」と力強く叫んだ。
「指揮所はプラムに統合する。戦闘に関する情報と避難に関する情報は別のチャンネルを使うように。今第一艦隊がそっちに向かってるから、各ステーションは受け入れ準備を急がせてくれ」
太朗はBISHOPの通信関数を即座に構築すると、通信の自動振り分けを開始した。自身は先行してワイオミングに向かっているが、遅れて第一艦隊が続いており、そこにはライザやアラン達がいる。彼らも十分に指揮を執れるだけの能力を持っている。
「戦闘の事は任しときな。私がやってやるよ」
いつもはマールの座る席で、ベラが上着を脱ぎながら発する。
「頼んます。ぶっちゃけ滅茶苦茶頼りにしてます」
ベラの持つギフトである集団掌握制御は、今現在最も頼りとなるギフトと言えた。細かく分かれた部隊による細切れの情報も、彼女にかかればどうという事は無いだろう。HADで戦いながら艦隊の指揮を執れる人間が、指揮のみに集中しているのだ。太朗にもやれない事は無いだろうが、今は通信制御の管理で手一杯だった。
「"おいテイロー、現地は予想以上にまずいぞ。こっちの艦隊全部を使っても受け入れには全く足りてない。ざっと3往復分が必要だ"」
さっそく現地の情報の分析を開始したのだろう。焦った様子のアランがモニタに映し出される。
「んな時間あるわけねぇよ。民間の船をどっかから調達できねぇか?」
「"もうやってるが、残念ながら返答が芳しく無い。閉鎖的な星系だからだろう。それに……まあ、そういう事だ"」
残念そうに顔を歪め、言葉を濁すアラン。太朗はその意味を察すると、悔しさに震えた。
「地方の貧民なんぞ知ったこっちゃねぇってか……富裕層は先に?」
「"いの一番に逃げ出したそうだ。経済界はそれで十分に損失は免れたと判断したんだろう。くそ喰らえだがな"」
「…………避難民を受け入れてくれた船は別として、カーゴに空きがあるまま逃げ出した企業は全部メモっといて。いつか絶対に後悔させてやる」
太朗は低い声でそう発すると、頭の中に渦巻く怒りを深呼吸と共に吐き出した。それは今現在必要な物では無いし、解決すべき事案へ頭を使うべきだった。
「どうすりゃいい……どうすりゃいい……」
何度目になるかわからないオーバードライブの青い光を見つめながら、頭をフル回転させる太朗。無数の案が頭に浮かんでは、現実的では無いと却下されていく。
「いっそ近くから無理矢理徴発して……駄目だ。間に合わねえし人が足りねえ……レジスタンスのおっちゃんなら来てくれるかもだけど……ローマ向こうからは遠すぎる」
星系図へと目を向け、友好企業の各拠点からの最短ルートを計算する太朗。結果は芳しく無く、艦隊を往復させる方がまだ早そうだった。
「…………アラン、とりあえず相手の言い値でいいから、周辺宙域で売ってくれそうな船を片っ端から買いあげといて。ちょっとは足しになるだろ」
「"わかったが、後で請求書を見て泣くなよ?」
「そんで助かる人がいるんなら、その人達に慰めてもらうから大丈夫だよ」
太朗はそう強がると、再び考えに没頭する。彼は恐らくそれでも避難民を収容しきるには足りないだろうと想定していた。現場がここまで混乱するとなると、100や200のワインドであるはずが無かった。そうであれば辺境の防衛艦隊だけで事足りていたはずだ。
「最悪、星系一個の放棄か……くそっ、考えるだけで吐きそうになんな」
太朗はそう吐き捨てると、レーダーに映り始めたワイオミングⅢステーションをじっと見つめる。ワイオミングⅣはさらに奥にあり、もう2回程オーバードライブを行う必要があった。
「船……船……いや、いっそ船じゃなくてもカプセルとかそういった…………」
ひとりぶつぶつと呟くと、はっと顔を上げる太朗。
「そうだ……あるぞ!! あるじゃねぇか!!」
太朗は頭に浮かんだ閃きに身を震わせると、大至急関係各所に連絡を取り始めた。
「絶対に手を離しちゃだめよ。いい? しっかり捕まってて」
ソフィアは人の波から避けるように道の端で屈みこむと、泣きべそをかいている3人の弟にそう言い聞かせた。周囲には怒声と騒乱が渦巻いており、ソフィアが泣き出さないでいられるのは守らなければならない妹と弟達の存在があったからだった。
「ラミー、大丈夫? まだ歩ける?」
しゃがみこみ、痛めた足をさすっているラミーに声を掛ける。彼女は群集に巻き込まれた際に転倒してしまい、足を強く捻っていた。
「大丈夫……でも走るのは無理かも」
ラミーは群集の方を不安そうに見つめている。
「おい、どうすんだ。第4桟橋にはもう船が無いって話だぞ」
「ガラム社の輸送船が第3の方に無かったか? 頼めば乗せてもらえるんじゃないか?」
「とっくに逃げちまったよ。それよりこっちの区画は危ない。中央管制エリアの方に逃げた方がいいはずだ」
「中央は封鎖されてるって報道があったじゃねぇか。くそっ、どこに行きゃいいんだ」
周囲にいる人間達は皆混乱しており、ああでも無いこうでも無いと右往左往していた。ソフィアは親方とその船があるはずの第4桟橋に向かうつもりだったが、聞こえて来た会話からすると、既にどこかへ逃げ出してしまったのだろうと思われた。
(どうしよう……どうすればいいの……)
弱音を吐きたくとも、声に出す事は出来ない。弟達が泣き出してしまえば、満足に移動する事も難しいだろう。
「そうだ……タロさんやマルさんなら」
修理会社に勤めており、方々の星を回っているのであれば当然船があるはず。既に脱出している可能性もあるが、他に頼れる人などいなかった。桟橋へ向かって救助船の順番待ちをする事も考えたが、避難民の数を考えると非常に危険だと思われた。人々が整然と秩序だって順番待ちをしているとは思えず、巻き込まれてしまうだろう。
「ラミー、商業区の方に行こう。タロさん達がまだいるかもしれない」
ソフィアはラミーの手を取って立ち上がらせると、港へ向かって移動する人々とは逆に進みだした。人の波から弟達を守るように先頭を進むと、ほんの30分もした頃には体中が打ち身だらけになっていた。
「確か……あっち……」
人がまばらになり、ようやく周囲を気にせず歩けるようになった頃。恐らく略奪か何かが行われているのだろう破壊音が聞こえて来る。ソフィアは恐怖心を打ち消すように歯をぐっとかみ締めると、前に教えてもらっていた住所へ向けて歩き続けた。
「ブロック0-7-2……あった……ここ?」
割れたガラスや何かを乗り越えながら辿り着いた先は、小さなオフィスビルの入り口。そこには大きな銃を構えた男達が何人もおり、近付く者に対して警告の言葉を発していた。
「あの……すいません。私達、TM修理に努めているタロさんの知り合いなのですが」
少し離れた位置からそう叫ぶ。すると声に気付いた男がこちらへ銃口を向け、それ以上来るなと手を開いた。
「ここはライジングサンのオフィスだ。TM修理など知らん。場所を間違えているな」
銃を構えた男はそう言うと、どこかへ行くようにと手を払った。ソフィアは見間違いか何かだろうかと端末のメモを確認するが、住所は間違いなくここになっていた。
「そんな……でも……」
もしかしたらタロの言い間違えかもしれないと、不安になるソフィア。考えてみれば修理会社のオフィスを武装した集団が守っているというのもおかしな話で、その可能性が高いように思われた。
「どうしよう……桟橋に……」
ソフィアはあの群集の波に耐えられるだろうかと、弟達を見やる。弟達は怯えており、そして疲れていた。ラミーもまた足を引きずるようにしており、額にはびっしりと汗をかいていた。
「向こうにいないと思ったら、既にここへ来ていたのか。賢いお嬢さんだ」
ふいに後ろからかけられた声。ソフィアが驚いて振り向くと、そこにはフード付きのローブを身にまとった不気味な男が立っていた。
「おい、入れてやれ。彼女らはテイローの客人だ」
フードの男が武器を構えた男達にそう発する。すると驚いた事に、「はっ!!」という掛け声と共に男達が直立不動で敬礼をした。身なりの良い警備の男達が薄汚いフードの男に姿勢を正しているのは、どこか異様な光景だった。
「君達の事はテイローから良く聞いているよ。さぁ、入ってくれ。脱出用の船も用意してある。連絡がつくようであれば知人の類も呼んでもらって構わない。百名を超えるようだと困るがね」
男はそう言うと、ラミーを軽々と抱き上げて歩き出した。ソフィアはテイローという人物に聞き覚えは無かったが、きっとタロの知り合いか何かだろうとついていく事にした。どう考えても物取りの類には見えないし、自分達に奪われるような何かがあるわけでも無い。もしかしたら誰かと間違えているのかもしれないと頭をよぎったが、それを口に出来るだけの強さはソフィアには無かった。怒られるかもしれないが、せめて弟たちが助かった後でさえあれば、責め苦などいくらでも負うつもりだった。
「はい……ありがとうございます」
ソフィアは小さく頭を下げると、フードの男に続いてオフィスの中へと入っていった。




