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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第10章 トータルウォー
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第143話

遅くなってしまい、申し訳ありません。

最近どうも本業の仕事が忙しく、なかなか時間が取れません……


ゴールデンウィークって何デスカ?

「君も随分とあくどくなった物だね。辺境開発部の様子はまるで通夜のようだったよ。政治家の素養があるんじゃないか?」


 からかうような口調。太朗はそんなディーンによしてくれとばかりに頭を振る。


「正当な対価を受け取っただけですぜ。そりゃ連中からすれば予定より実入りが少なくなるわけですけど、こっちだって慈善事業をするつもりは……って、ディーンさんもこうなるのわかってて俺に情報流しましたよね?」


 じと目でそう言う太朗に、「おやおや」と心外そうな表情を見せるディーン。彼はプラムの談話室に置かれたトリットというチェスのようなゲームの駒を動かした。


「私は帝国軍人だからね。帝国に損となるような行動は極力慎んでいるつもりだよ。今回の進出計画がコーネリアス派によるもので、私がラインハルト派だという事はただの偶然さ」


 ディーンらしい言い回しに、太朗は「はいはい」と受け流す。


「内ゲバやってる場合なのか俺には疑問っすけどね……あ、これ待ってくれません? 俺詰んでるっぽい」


「駄目だよ君。これで何度目だね。というよりトリットで私に勝とうなど2年ばかし早いだろうね。これでも私は全銀河トリット協会の名誉会員だ」


 少し困ったようなディーンと、「うげ、まじっすか」と苦い顔の太朗。並列思考を用いた強引な総当り戦略をとっていた太朗はこれまで身近な人間相手に無敗だったが、ディーンには全く敵わなかった。やはり上には上がいるようだと納得する。


「むしろ2年もすれば抜かれてしまいそうな点が私には脅威に映るがね……それより君、辺境開発については順調なのかね?」


 トリットの盤面を消し――全てホログラフで表示されている――手にしたグラスを揺らすディーン。


「ちょっと前までは怖いくらい順調だったんすけど、やっぱ何もかもがスムーズってわけにはいかないっす。海賊なんかも集まってきてるし、みんな手探りっすから……それより問題なのが――」


 苦い顔を作り、ポケットから携帯端末を取り出す太朗。


「なんかワインドが異常に多いんすよ。調査船団もそれでかなり足止めを食ってます」


 太朗は携帯端末を操作し、ディーンのそれへと情報を転送する。ディーンは端末をしばし眺めると、ふんと鼻を鳴らした。


「確かに異常な量だな。標準値の5倍近い……何かあるのか? 古代エリア方面に集中しているようだ」


「今の所調査中ってやつですけど、ぶっちゃけ見通しが立たないっす。人間と違って捕らえて尋問するわけにもいかねぇし、生態……って言っていいのかわかんないけど、行動パターンも謎すぎて」


「中央も同じ悩みを抱えているよ。ワインドを構成するスクラップから年代を推測出来るんだが、物によっては千年以上も前の部材だったりする。いったい何百年かけてやって来たのかと呆れるばかりだ」


 ディーンはそう言ってため息をひとつ付くと、空になったグラスを手に立ち上がる。恐らく新たに注ぎに行こうと壁際のドリンクバーへ向かったのだろうが、その足が途中で止まる。


「あら、珍しい組み合わせですこと。何かの悪巧みかしら?」


 入口からライザが現れ、小さく微笑みを向けて来る。ディーンは「まあ、そんな所だ」と軽く返すと、彼女にグラスを差し出した。


「ご自分でやったらどうなの、兄さん。星の数が増えてもものぐさな所は変わらないわね」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、差し出されたグラスを受け取るライザ。彼女は自分の分も含めたグラスに酒を注ぐと、悠々とした足取りでテーブルへとやってきた。


「給仕がいない生活というのに慣れなくてね。妹にやらせるのもそれはそれでどうかとは思うが」


 ディーンはグラスを受け取ると、彼の隣に座ろうとしたライザを手で押し止めた。怪訝そうな表情で兄を見るライザに、顎で太朗の方を指し示すディーン。


「媚を売る相手を考えろ。取り入る必要があるのは彼の方だ」


「いやいや、本人を前に何を言ってるんすかね」


 鷹揚とした帝国海軍大佐に突っ込みを入れる太朗。しかしライザは事も無さげに「そうですわね」とすまして答えると、これ見よがしに太朗へ密着して座り込んだ。


「えぇと、ご家族の前ですよライザさん」


「あら、家族の前で無ければ構わないという事かしら?」


「……ライザ」


 不機嫌そうなディーンの声。太朗はそれみた事かと恐る恐るディーンの方を見るが、返ってきたのは予想と違う方向の言葉だった。


「手の位置が甘い。大腿部へ乗せるのであればもっと付け根に近い位置へ置くべきだ。神経が多数通っているからな。交渉の場で相手の意識を逸らすのに効果的だ」


「それも本人を前に言う事じゃないっすよね!?」


「そういった手管は君も知っておくべきだし、慣れておく必要がある。もちろん使われる側としてだがね……アランは情報部を統括しているのだろう。何も言って来ないのか?」


 真剣な表情のディーン。太朗はなおも何かを言おうとするが、尻すぼみに消える。ディーンの言う事は正しいし、そういった事に免疫が無いのも確かだった。


「まぁ、ちょっとずつ慣れていきますよ。アランは俺と同じどうて……奥手だから多分期待できないと思う。って、あ、ちょ、待って。いきなりは厳しいっす。いきなりは厳しいっす。ちょ、そこ違う」


 太ももの上を滑らせるように動かして来たライザの手を押さえ、ソファの上を逃げるようにずり動く太朗。ライザが楽しそうに笑い、ディーンも忍び笑いをもらしている。


「やっぱからかう為にやってるんじゃないっすか……」


「別に目的が単一である必要は無いだろう。さっき言った事もまた事実さ。それより本題に入ろうか…………ん、その恰好は何だね?」


「……いえ、気にせずどうぞ。真剣に考える時はこのポーズって決めてるんです」


 足をぴたりと閉じ、腰を引きながらも限りなく上半身を前に倒した状態の太朗。かなり不気味な恰好だったろうが、そうでもしないと彼の分身が際限なく自己主張する危険があった。そんな太朗にディーンは、「そうか」と気にする様子も無く続けた。


「結論から言うと、例の星についての権利を所有している企業は皆無だね。調査を行うについてどこかへ許可を得る必要は無いだろう」


 ディーンの言葉に、「よし!!」と強く手を握りこむ太朗。太朗は「例の星?」と首を傾げるライザに、「こいつさ」とひとつの惑星を端末に表示させた。


「RPM95355。通称ニューク。元々は居住可能な惑星だったらしいけど、今は砂漠の惑星と化してるみたいだな。あと放射能がやばい」


 太朗はライザと共に、端末へ映るふたつの惑星を見比べる。片方は地球と見紛うばかりの美しい青き星。もう片方は分厚い雲に覆われた灰色と茶色の死の星。古い写真と、新しい写真。


「居住可能惑星……も、もしかしてこれが?」


 興奮気味に。しかしいくらか残念そうな表情で太朗へ詰め寄るライザ。


「それをこれから調べようって所さ……まぁ、ハズレであって欲しいけどな」


「そう……でも何でこんな状態になったのかしら。古い方はまさしく居住可能惑星の典型だわ」


「そいつについての答えは……」


 顔を上げ、ディーンの方へ向き直る太朗。ディーンは何やら考え込んだ様子でじっと太朗の手元を見つめていたが、やがて「なるほど」と小さく呟いてから続けた。


「馬鹿馬鹿しいかもしれんが、有り得ないと断言するには至らない。昨今の連中を見ていると、いっそ真実なのではという気さえしてくるね」


 独り言のような声。ディーンはまた再び黙り込んでしまったが、太朗の視線に気付いて顔を上げた。


「ニュークは今から600年程前に、帝国海軍によって徹底的に焼かれた星だ。ビームは大気中で減衰してしまうから、代わりに1億数千万発の核兵器を撃ち込まれた。表面はガラス質を含んだ砂と大量の塵に覆われてる事だろうさ。今でも核の冬が続いてるんじゃないかな?」


 つまらなそうにそう語るディーン。核の冬とは爆発による塵が太陽光を遮ってしまう事で惑星の気温が下がる現象で、太朗にも聞き覚えがあった。


「また何でそんな事を……何があったんすか?」


 ディーンは太朗の方へ向き直ると、小さく「ふむ」と鼻を鳴らした。


「ニュークに関する一切の情報は帝国の極秘事項に指定されている。セキュリティ権限が大佐以上に指定されているのだから相当な物だ……だから、これから話す事はただの独り言になる」


 テーブルへグラスを置き、ゆっくりと立ち上がるディーン。


「ニュークは、ワインドに占領された星だ。地上にワインドが降り立ち、増殖し、人類を駆逐してしまったんだよ。初期の過程に何があったのかは全て記録が抹消されていた。どうせろくでも無い理由なんだろう。実験目的に持ち込んだとか、抹消したい反帝国民族や企業が存在したとか。もし惑星に拠点を集中させていた企業であれば致命的だった事だろう。まぁ、これはただの想像だがね」


 ディーンからの情報に、ごくりと喉を鳴らす太朗。ディーンはそんな太朗を横目に続ける。


「核攻撃が行われた時点では、まだかなりの数の人類が居住していたらしい。時間の問題だったろうがね。惑星上は宇宙空間と違い、あらゆる物が密集している。ワインドが増殖する速度は宇宙とはまるで比べ物にならない。爆発的だ」


 宇宙は広く、閑散としており、隣の星までの距離は想像するのも馬鹿らしくなる程だ。比べて地上は、大陸をまたごうが海をまたごうが、距離をたかだかキロメートルで測る事が出来る。光年では無い。


「なるほど……てことは、あいつらが人類の資産全てを使って増殖しきる前に叩いちまおうって事っすか」


 当時の状況を頭に思い浮かべる太朗。しかしそんな彼へ、「違うわね」とライザ。


「だって、地表全部を焼き払う位ならいつでも出来るじゃない。それこそ人類がいなくなった後でも。いっそひと思いにっていう気持ちもわからなくは無いけれど、それが人類共々の核攻撃に繋がるかしら。撃つ側からすれば、せめて人がいなくなった後の方がまだ救われるのでなくて?」


 難しい顔でそう語るライザに、「その通りだ」とディーン。


「古いロケットエンジンを使用した脱出法や、救援揚陸艇を差し向ける事も出来たはずだ。しかしそれをやらずに攻撃に踏み切った理由。それは……」


 出口へ向けて歩いていたディーンが立ち止まり、太朗の方へ顔を向けた。


「あいつらの進化速度だよ、テイロー殿。帝国は怯えたんだ。彼らが重力を脱出する方法を見つける事をね……先ほど君は、古代エリアでワインドが大量発生していると言っていたね?」


 にやりと口元だけに笑みを作るディーン。


「ただの偶然である事を祈るよ」




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