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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第10章 トータルウォー
141/274

第141話



「…………」

「…………」


 しばし過ぎる無言の時間。太朗はマールの体が密着する事で感じ取れるその柔らかい感触を出来るだけ意識しないように努めたが、それは結局の所無駄な努力でしか無かった。


「……ねぇ、もう寝た?」


 頭のすぐ後ろから聞こえる小さな声。太朗はうなじに鳥肌が立つのを感じ、心の中で「寝れるわけねぇだろ!!」と突っ込みを入れる。


「…………私さ、家族って良くわからないんだ」


 悲しいとも空しいとも取れない、ただ事実を口にしただけといった様子の口調。太朗はどう返したものかと思案したが、黙って聞くべきだろうと開きかけた口をつぐんだ。


「物心ついた時にはひとりだったし、それが当たり前だと思ってたわ。法律上の保護者はいたけど、健康診断の結果とプログラムの成績を確認するだけの存在ね。顔を見たのは何年経ってからだったかしら?」


 何か懐かしむような声。太朗は少しだけ後ろに振り返ると、「プログラムって、BISHOPの?」と尋ねた。


「ううん、違うわ。特殊学習プログラムの事。えぇと、BISHOPもそうだけど、才能のありそうな子供には政府から援助資金が出るのよ。私はBISHOPの機械工学分野ね」


「いわゆる奨学金って奴か。優秀な生徒には無償で高度教育をって感じの」


「そうね。でも無償どころじゃないわよ。生活費も含めて何から何まで帝国が面倒を見てくれるの。それも結構裕福な形でね……正直な所、それが無かったら今頃どうなってたか想像もつかないわ。あの子達みたいに、何も知らないままで下働きでもしてたのかも」


 マールの言葉に、ソフィア達が寝ている方を見上げる太朗。恐らくマールもそうしたのだろう、背中に身じろぎの感触が伝わる。


「あの子達の両親、なんでいないか知ってる?」


 マールの問いに、「いいや」と太朗。そもそも両親がいない事すら初耳だった。


「4年前に都会に出稼ぎに出て、それっきりだそうよ。今でも健気に待ってるけど、ソフィアとラミーは薄々駄目そうだって気付いてるみたいね」


「駄目そうって……万が一って事もあんじゃねぇか? 何かの理由で――」


「無いわ。亡くなってるもの」


 開いていた口を閉じる太朗。想定していた中でも最悪の事実。


「ベラが教えてくれたわ……4年前にワインドに襲撃された輸送船があったんだけど、その中の名簿に両親の名前があったそうよ」


「そっか……そりゃまぁ調べるわな。でもなんでソフィア達は知らねぇんだ? 誰かがその事を伝えてきても良くね?」


「誰かって、誰よ」


「え? いや、その襲われた企業とか、最悪でも国とか自治体がやるもんじゃねぇの?」


「彼女達は帝国市民じゃないのよ、テイロー。そういうサービスは戸籍が無いと駄目だわ。それと襲われたのは個人事業主で、襲われた船と一緒にご臨終よ」


「ぉぉぅ……やりきれねぇな」


 やり場の無い憤りと無気力感に、ため息まじりの太朗。その後またしばらく無言の時間が続いたが、太朗が「それで」と口を開いた。


「家族が懐かしくなっちまったんか?」


「……ううん、そうじゃないわ……いえ、それもあるかもだけど、そうじゃないのよ」


 歯切れの悪い様子のマール。彼女は小さく咳払いをすると、「笑わないでね」と前置きをして続けた。


「怖いのよ。あの子達が」


 注意していないと聞き逃してしまいそうな程の小さな声。太朗がその告白に驚き、「怖い?」と聞き返すと、「えぇ」とマール。


「あの子達だけじゃないけど、今はあの子達が……他人が怖いのよ、テイロー。寝ている時って無防備でしょ? そんな状態で誰かと同じ空間にいるというのが、たまらなく恐ろしいの」


「えぇと……いやまぁ、不安になる事が無いかって聞かれたら無くは無いだろうけど、怖い?」


「うん、怖いわ……ねぇ、知ってる? 標準的な銀河帝国市民が一年に人と会う回数って、平均でたった4回しか無いのよ」


「4って、おいおい。国民総引きこもり状態じゃねぇかよ。まじで?」


「本当よ。引きこもりって言われても、私達にとってはそれが普通なんだけどね……でも、そうね。少なくとも私は、確かに引きこもりだったわ。対人恐怖症の気もあったし、今でもご覧の有様よ」


「……いやいや、冗談にしてもおもしろく無いぜマール。会社でも普通だったし、怖がってるトコなんて見た事ねぇぞ?」


「そりゃ見せないわよ。それに、仕事で誰かと接するって形なら結構大丈夫。気を張ってられるし、仮面を付けてられるから。いい加減、いくらか慣れたしね」


「あー、ペルソナって奴か? なぁマール、辛いんなら明日からはプラムでいいんだぜ? 無理してやるような事じゃ全然無いし、ただ俺が付き合わせてるだけなんだからさ」


 単なる思い付きから始めた事に、嫌がるマールを巻き込む必要性などどこにも無い。少し振り返りながらそう発した太朗に、「駄目よ」とマール。


「自分でも良く無い状態だってわかってるもの。これを機会に克服したいわ……でも急には難しいから、ちょっとずつ」


「そっか……わかった。なんか協力出来る事があれば言ってくれよ。なんでもやるぜ?」


「ふふ、ありがと。でも大丈夫。テイローにはもう十分やってもらってるから」


 楽しげにくすくすと笑うマール。太朗が疑問符を浮かべて「何の話?」と返す。


「あんたに初めて会った時、他人と顔を会わせたのは実に2年振りだったわ……あんたがいなかったら、多分今でもジャンクヤードに引き籠ってたわね」


 太朗の背中に、マールが頭を押し付けて来る。


「感謝してるわ、テイロー。今でも他人は怖いけど、凄く楽しいと感じる時もあるの。きっと、あんたのおかげ……」


 ゆったりとした、落ち着いた声色。やがて静かな寝息が背後より聞こえてきて、マールが眠りについた事に気付いた。太朗はマールを起こさないように静かに起き上がると、一度だけマールの頭をそっと撫でた。

 寂しい時、怖い時、不安な時、自分もいつか誰かにそうされた気がした。




 旧エンツィオ方面宙域とEAP方面宙域の境界に位置するステーション群の大規模な移住政策が発表された時、人々は新しいアライアンスがどうやら本気で辺境を開発するつもりのようだと沸き立った。造船は例外として軍事関連産業は軒並み株価を下げ、逆に施設設備やインフラ関連の企業は大きく株価を上げた。


「RSは辺境に市場を作るつもりだぞ。乗り遅れるな!!」


 ビジネスマン達はそう叫び、自らの宇宙船で辺境へ向かって乗り出した。開発予定地とされた2つの候補の内、ひとつはその価値が誰にもわからなかったが、もうひとつは資源開発地として有望視されていた。エンツィオ支配時代から目は付けられてはいたが、肥大化した軍事予算がその開発を許さなかった。


「こっちにも何か新しい資源地帯があるんじゃないか? あの盟主の事だ。何か我々の知らない情報を持ってるに違いない」


 銀河帝国においてもかなり古い時代から存在する片方の候補地は、既に目ぼしい資源は取り尽くされており、その価値を正確に知る事が出来る者はいなかった。しかしそれでも、人々は真偽様々な予想をしながらそれら星系へと群がった。


「ご報告します、ミスター・テイロー。開発予定地の受け入れ可能容量ですが、既に限界を突破しそうです。移住に関しては想定以上に順調のようです」


「まだ2週間だぞ。早過ぎんだろ……つーか、思ったより皆さん引っ越しに抵抗が無いのね。ほぼ強制なのに」


「それはそうでしょう、ミスター・テイロー。ブロックモジュールごと移住するのであれば、変わるのは窓の外に見える星の位置だけです。何の抵抗がありましょうか。むしろRSアライアンスの連合艦隊が防衛につくわけですから、元の場所よりも安全とすら言えるかもしれません」


「言われてみればそんなもんか……そいやマールも帝国市民は引きこもってるって言ってたな。中が一緒なら同じか」


 一部の人間――主に交渉に当たった人々と当該地の住民――はこの非武装地帯設定が戦後処理交渉におけるRSアライアンス側の敗北だと憤ったが、当の本人達は全く気にしていなかった。そこは帝国が進出した際に接収されると予想されたエリアであり、大義名分が出来たのでむしろ好都合だった。加えてEAP側の圧力や不満を抑える事も出来る。


「EAPの外交担当員だが、隠すのも忘れるくらいに浮かれてたぞ。連中、本気で勝ったつもりでいやがるな」


 EAPとの交渉にあたったアランは、そう言って呆れていた。しかし帝国進出の予定を知らないEAP側からすれば当然の喜びであり、太朗はそれをいくらか気の毒に思った。


「まぁ、思うだけだけどな」


 心を痛めるだけならタダだし誰も死なない。

 太朗は間違った――彼からすれば――運営で大勢を死なせたエンツィオ同盟の轍を踏まないよう、アライアンスの運営に関しては常に冷静でいる事を心掛けていた。そして自身を過信せず、議会の意見を積極的に取り入れた。

 心情で言えばリンやEAPに告げ口をしてやりたかったが、それは出来なかった。元々経済力のあるEAPが今回の戦争を機に軍事方面へと力を入れ始めており、放っておけば取り返しが付かない事になりそうだった。銀河帝国政府のように絶対的であれば話も別だが、ある組織だけが突出する事態は非常に危険だ。そいつらが欲を出したらどうなる?


「理想は三国志だな。RS、EAP、そしてホワイトディンゴ……ディンゴが怖ぇな」


 近頃妙に友好的なディンゴを思い出すと、何を考えているのやらと不安になる。ライジングサンとディンゴの間で交わされた条約は、現在ではただの不可侵条約へと変わっていた。内々でホワイトディンゴには旧エンツィオ領の一部が戦後賠償として割譲される事が決まっており、ディンゴはそれを大きな勝利と考えたようだった。

 今ではいくつかの交易条約を結ぶまでに至っており、これはEAPとの間で交わされる予定のそれよりも好条件の物が含まれている。ライジングサンの首脳部は色々と話合ったが、恐らくRSがしばらくは軍事拡張を行わないだろうと予想したのではと結論付けていた。彼ならその位は確実に見抜くだろうと。そこにディンゴの先見性や軍事能力を侮る者はいなかった。


「場合によっては、あのディンゴと共同で事にあたる可能性もあるさね」


 ベラの発言に、ありえないと口にする者はいなかった。EAPの肥大化があまりに早すぎれば、十分に考えられる可能性だ。


「忙しいのは良い事だけど、さすがにこれはね……」


 チップにまとめられたアライアンス領の問題点。そのあまりの容量にマールが顔を引きつらせる。


「議会があるだけまだマシだろうぜ……さぁ、気合入れて頑張ろうぜ」


 太朗達は寮でソフィア達とゆっくりとした生活を送りつつも、昼間の時間は殺人的なスケジュールをまわし続けた。何時の間にか商業区に借りたオフィスへ直通する専用高速移動レーンまで作られ、まわりのモジュールブロックはライジングサンやその関連企業が次々と買収を進めていた。気付けばそこは、ライジングサン辺境支部とでも呼べる程になっていた。


「ステーションを乗っ取るつもりかっての。税収増えたんでスミスさん喜んでたけどな……でも、まだまだこれからだな。これからが、おもしろいはず」


 太朗は小さなオフィスの中で、壁に表示された星系図を眺めた。

 大開拓時代がまさに今、始まろうとしていた。




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