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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第10章 トータルウォー
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第140話


「なんていうか……凄い事になってますね」


 ソフィアが半分は尊敬したような、そして半分は呆れたような口調で言った。視線は寮の入口へと向いており、彼女の妹であるラミーや、3人いる弟達も同じようにぽかんとしている。


「確かにな……しかしオーバースペックってレベルじゃねぇぞ。むしろ壁側の耐久が追いついてねぇだろこれ」


 太朗はソフィアに頷きつつ、新設された扉を手で叩いてみる。響く金属の音は低く重く、相当な厚みがあるのだろうと察した。


「倉庫に余ってた扉がこれしか無かったのよ。本当は修理したかったんだけど、あんまりに古い型なんで部品が無いわ。特注する位なら買い直した方が安いし、だったら取り替えちゃえってトコね」


 工具を手にしたマールがすっきりとした笑みを浮かべている。ひと仕事終えた事による満足感があるのだろう、機嫌は悪く無さそうだった。


「プラムの内部隔壁用の扉をそのまま持って来たんか……まぁ、確かに壊れ難さに関しては一級品だわな」


「でしょう? これなら色々と安心よ。情報セキュリティのレベル4まで対応してるし、フリゲートクラスの艦砲射撃にも一発までなら耐えるんじゃないかしら」


 マールはそんな物騒な台詞を吐くと、ソフィアの方へ歩み寄って行く。そしてソフィアから受け取った鍵を持ち上げて見せると、「これ、もらっていい?」と笑顔を見せた。


「構いませんけど……古い扉は廃棄ですよね? 持ってて役に立つんですか?」


「ん、珍しいから何かのアクセサリーにでもしようかと思って。なんなら皆の分も作るわよ」


 マールがそう提案すると、揃って期待の表情を浮かべる一同。マールは「じゃあ全員ね」と親指を上げると、鍵の束をポケットに仕舞い込んで歩き出した。


「……マル?」


 仕事場へ向かうのだろう、背を向けたマールへ声を掛ける太朗。しかし聞こえなかったのか、マールは振り返らずにそのまま行ってしまった。


「……うーん、なんかおかしいな。具合でも悪いんか?」


 先程マールが見せた笑顔を思い出し、うぅんとうなり声を上げる太朗。ソフィア達から見れば極々普通の笑みに見えたろうが、太朗にはそれがどこか不自然に感じていた。


「マルさんがですか? そうは見えませんでしたけど」


 ひとり首を傾げる太朗と同様に、マールの出て行った扉を見やるソフィア。


「まぁ、そうだといいけどな……ほら、託児所に行くんだろ? 案内してくれよ」


 太朗は努めてそう元気に発すると、贈り物が貰えると喜んでいた弟3人を手で促した。



 それぞれ10歳、9歳、7歳となるソフィアの弟3人を託児所に預けた太朗は、マールを追いかける形で臨時オフィスへと向かった。昼間にライジングサンとのやり取りを行う為に借り入れたオフィスは非常に狭苦しかったが、それでも寮に比べればずっとマシだった。

 BISHOP制御機器と最低限必要となるいくつかの端末のみが置かれたオフィスはとても殺風景だったが、一時的な仮オフィスと考えればそれで十分だった。恐らく今後現れるだろう直接訪ねて来る客や社員を考えると問題が無いとも言えなかったが、ふたり共体裁に拘る性質でも無かったので、とりあえずそのままで行く事にした。


「戦後処理の追加事項がいくつかまとまったわよ。EAPはエンツィオ領のいくつかに非武装地帯を作るつもりみたいね」


 マールが端末を放り、太朗がそれをキャッチする。


「マジでか……いやいや、ワインドが異常に増え続けてる昨今だぜ? 正気かよ」


 太朗達が対エンツィオ戦線にかかり切りになっている間も、当然ワインドの襲撃は各地で頻繁に起こっていた。幸いにも大規模な被害が出るような事態は無かったが、それでも無視出来ない損害は発生している。船団に護衛が必要となる為に輸送コストが上がり、経済の流動性は大きな打撃を受けている。物価上昇は止まる所を知らない。


「被害を受けた人々やその家族を考えると言いたい事もわかるけど、防衛施設や最低限の部隊は駐留出来るようにしてもらわないと……でも、最低限の部隊ってどの程度なのかなんて誰にもわからないわ」


 お手上げだといった様子で肩を竦めるマールに、太朗は全くだと苦い顔で頷く。

 これが地上であれば避難民が逃げ出すまでの時間を稼げるだけの部隊、といった形でいくらか想像も出来るが、宇宙ステーションとなるとそうも行かない。全住民を収容するだけの船を常備するなど不可能だし、ステーションを守るのであれば攻撃部隊を完全に殲滅出来る戦力が必要となる。ワインドは最後の1体となっても襲い掛かって来るだろうし、その1体がいればステーションを破壊する事は可能だ。時間はかかるだろうが、彼らは時間など気にもしないだろう。


「かといって機動部隊を配備したら本末転倒だしな。防衛施設はOKってなっても、ああいうのは艦隊と協力してやっとこ機能するもんだろ。施設だけあってもあんま役に立たねぇぞ」


「そうよね……まさか要塞並みに武装させるわけにもいかないでしょうし、最近のワインドは頭も良くなって来てるもの。単純な固定砲台だけじゃきっと駄目だわ」


「うーん、装甲化した浮遊砲台を作るってのはどうだ? 固定砲台にエンジン付けて動けるようにして、スキャンや何かはステーションのを使うとかさ。あ、船に積めれるサイズに出来たらかなり便利なんじゃね?」


「……それってただのドローンじゃない」


「……言われて見ればそうだな」


 太朗は端末の上に指を走らせると、該当用件を保留の項目に押しやる事にした。


「まぁ、いざとなったら手が無いわけでもねぇしな……」


 腕を組み、天井を見上げる太朗。マールが「本当に?」と意外そうな顔を向けてくる。


「ん、ちょいと……いや、かなりあくどい方法になっちまうけどな」


 ちらりと横を向き、マールの目を見る太朗。

 

「守ってやれなくなっちまうんなら、守ってやれる所に引っ越してもらおうぜ」



 その後具体的な案をまとめ始めた太朗とマールは、キリの良いタイミングで作業を切り上げ、それぞれ別の場所へ向けて移動した。マールはソフィア達のいる作業船で修理の続きを行う必要があり、実際の所それはマールの手にかかればわずか数時間で終わってしまうような作業だったが、目的の為に何日かかけて行う予定だった。


「ようガキども。元気にしてたか?」


 太朗はやんちゃ盛りの弟達を託児所へ迎えに行くと、途中で追いかけっこをしたり肩車をしたりとしながら家路についた。弟達はわずかな時間で太朗に懐き、太朗自身も無邪気な子供達との触れ合いを楽しんだ。


「子供は地球もこっちも一緒だな。その時をどう楽しむかだけ考えて生きてる……羨ましいぜちくしょう」


 自分もかつてはそうだったのだろうかと思い描きながら、ごみごみとした住宅街を歩いていく。その記憶はおぼろ気と呼ぶのも憚られる程に曖昧な物しか残されていなかったが、太朗はそのわずかな残り香をも失う日が来るのだろうかと遠く鉄の空を眺めた。


「おかえりなさい、タロさん。ご飯出来てますよ」


 ソフィアに迎えられ、寮で食事を取る7人。献立は焼き飯――太朗が広めた物だ!!――と味気無いスープ。そして栄養剤という質素な物だったが、太朗は大勢での食事を素直に楽しんだ。そこには暗殺を警戒する警備班もいなければ、太朗の隙を伺う取引相手もいない。もちろん寮の周囲にある多くのモジュールにはベラの配置した警備部が目を光らせているし、半径数百メートルに起こるあらゆる異常事態は常に察知出来る体制が作られている。しかしそれでも、太朗はこの瞬間を楽しんだ。


「本当に落ちないように気をつけて下さいね」


 心配そうに声を掛けてくるソフィアに、「一番下だから大丈夫さ」と笑って見せる太朗。壁にかけられたハンモックへ飛び乗ってしばらくすると、照明がぱっと落とされた。普段は徐々に消えていく照明だっただけにいくらか驚いたが、それを少し懐かしくも思った。


「ここには人と人の繋がりみたいなのがあるっぽいな……どっちが幸せなんだろ」


 物に溢れ、何不自由無い生活を送れる銀河帝国中枢。自宅にいるだけで何もかもが揃い、多くの場合は職場にさえも行く必要が無い。しかし人との繋がりは希薄で、モニターを通してでしか他人と触れ合わない人間さえもが多くいる。

 対してここでは、誰かを通してでしか何も出来ない。託児所で児童を各親へ引き渡すだけの仕事をしていた薄汚れた男は、その手に何の端末も持っていなかった。全ての児童とその親の顔と名前を記憶しているらしい。帝国中枢ではとうの昔に、機械に取って代わられてしまった仕事だ。

 ここは不潔で、貧困があり、人々は疲れている。しかしそれでも笑っていられるのは、そこに誰かがいるからなのではないだろうか。


「……ガラじゃねぇな」


 うとうとと、眠気から朦朧としてきた頭で呟く太朗。上からは兄弟とは別にわずかな寝息が聞こえて来ており、ソフィアも眠りについたのだとわかった。


「そう。何が?」


 ささやくように、小さな声。頭を巡らせると、傍に立ち尽くすマールの姿が。


「いや、なんでも……それよりどした? 眠れないん?」


 上半身を起こし、顔を伺う太朗。しかし照明の落とされた部屋は暗く、表情を読み取る事は出来なかった。


「うん……そうね。そんな所……ねぇ、ちょっと寄って」


 マールはそう言うと、太郎を強引に壁側へと押しやる。太朗はいったい何事かと混乱しつつも、おとなしく壁際へと身体をずらす。


「……え? いや、ちょっ、何?」


「しーっ!! みんなが起きちゃうでしょ」


 もぞもぞと太朗のハンモックへ潜り込んで来るマール。一人用の小さなハンモックゆえに、ふたりの体が密着する。太朗はパニックを起こしそうになりながらも、どうにか冷静さを心掛ける。


「ここはトイレじゃねぇぞ。あぁいや、そういうのもアリかもだけど、ちょっと早すぎるんじゃないかなって。あぁいや、ナシか? いや、でも理解出来るように努めるつもりはありまくりまくってますよ?」


「……ごめんね。今夜だけここで寝かせて。今日だけ」


 壁に向かってあたふたと喋る太朗と、落ち着いた声のマール。その沈んだ様子の声色に、太朗の昂ぶっていた心がすっと平常に戻る。


「…………まぁ、俺のベッドじゃねぇし。好きにしていいんじゃね?」


 太朗は壁に向かってそう呟くと、眠れそうに無いのはわかってはいたが、とりあえず目を閉じた。背後から小さく「ありがと」と聞こえた気がしたが、返事はしなかった。




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