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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第10章 トータルウォー
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第137話


「これを着るの? 出来れば遠慮したいんだけど……」


 プラムⅡの談話室。中古の作業着を摘まむようにして持ち上げ、胡散臭そうに眺めるマール。かなり古いデザインらしい作業着は、肘や膝といった関節部が補強してあるにも関わらず、今にも擦り切れて破れてしまいそうな様相だった。


「いや、さすがに洗濯とか消毒はしてあるっしょ……ん? あれ? 微妙に臭う?」


「……絶対に嫌よ。ねぇ、別に急ぎなわけじゃないんだから、紫外線照射と洗浄してからにしましょう。変な病気でももらったら大変よ?」


「んな大袈裟な。大抵の病気はすぐに治るっしょ?」


「都市部に行かないと治らないような病気だったらどうするのよ……それにあんた、童貞のまま性病もらうような事態になったらどうするの? 耐えられる?」


「お、おおお俺が童貞かどうかはともかく……やばいな。一生のトラウマになりそうだ。洗濯しよう洗濯。ついでに滅菌。うん。それがいい」


 太朗は手早く衣類を袋にまとめると、隣で暇そうにしていたエッタにそれを手渡した。エッタは洗濯物を受け取ると、「任せて」と鼻歌まじりに駆け出して行く。


「頑張ってるわね、エッタ。最近船内がピカピカで嬉しいわ」


 簡単な掃除や洗濯は彼女に与えられた日常業務であり、エッタは意外にもそれを気に入っているようだった。

 有事の際は優秀なソナー員となる彼女も、平時ではただの少女に過ぎない。マールのように機械設備の知識があるわけでも、ライザのような経営の才能があるわけでも無かった。


「本当は勉強の方を頑張って欲しいんだけど……どうにも座学は苦手みてぇだな」


 エッタは日常業務と合わせ、プラムのデータバンクを用いて一般教養の学習を行っている。彼女は驚く程物事を知らず、その点では太朗と似た者同士と言えた。


「働くのが好きならそれはそれで良いじゃない。働く上で知識が必要になれば苦手な勉強だって頑張るわよ……ところでテイロー。話は戻るけど、どういう流れで対象にアクセスするの?」


 椅子の上で足を組み、説明しなさいよと促すマール。太朗はそれに「そだなぁ」と答えると、自分の考えを語ってみせた。


「ふぅん……わかったわ。でも、なんでわざわざこんな回りくどい形をとるの? もっと簡単な方法がいくらでもありそうなものじゃない」


「ん。だって、おもしろそうじゃん?」


「…………そう」


 何か諦めた顔をしたマールが、うんざりとした様子でそう返して来た。




 今年で生後時間13万時間――およそ15年だ――になるソフィアはその日、いつもと同じ退屈な日々を送っていた。


「親方、廃材がバラけそうです。ワイヤーをもうひとつ頂けませんか」


 宇宙服に身を包んだ彼女は、頭を覆うドーム状のプラスチック球の中でそう呟いた。大人用の宇宙服はかなりだぼついていて動き辛かったが、それが嫌だと思った事は無かった。彼女にとって、それが普通だった。


「"ラミーを向かわせるから、そのまま牽引にあたってくれ……くそっ、相変わらずまともに動きゃしねぇ"」


 通信機越しに、親方が何かに八つ当たりをする音が聞こて来る。ソフィアに宇宙船の事は良くわからなかったが、故障か何かで調子が悪くなっているのだという事は理解出来た。彼女の命綱が繋がるデブリ回収船は、今もゆらゆらと不安を誘う挙動で揺れていた。


「"ソフィー。下から回り込むから、そっちで引っかけてね"」


 回収船からやってきたラミーがワイヤーを手に、何かの船の一部だったのだろう廃材の向こう側へと移動する。しばらくして反対側から現れると、ソフィアへ向かってフックを投げ渡した。


「固定するから、緩んでないかどうか見ててね」


 分裂しかかった廃材が、ワイヤーでぎゅっと縛り付けられる。ソフィアはラミーが手を振ってから廃材より離れるのを確認すると、自らも少し距離をとった。

 廃材に何か鋭利な部品でもあった場合、傍にいるのは非常に危険となる。宇宙服を少し引っかけでもしたら、たちまち減圧症で死んでしまうだろう。世の中には開いた穴を即座に塞ぐ宇宙服――ラミー曰く魔法の宇宙服――もあったが、それは彼女には関係の無い世界での話だった。


「親方、巻き取りお願いします」


 ソフィアは周囲の安全を確認すると、通信機へ向かってそう発した。親方から返事は無かったが、やがてたゆんでいたワイヤーがゆっくりと直線を描こうと動き出すのを目にし、巻き取りが開始された事がわかった。


「"今日は多いね。帰りが遅くなりそう"」


 ソフィアの傍まで漂ってきたラミーが周囲を手で仰ぐ。


「うん……連絡入れとかないと」


 ソフィアは家で待つ弟達の事を考え、後でタイミングを見てメールをしようと決めた。場合によっては先に寝ていてもらった方が良いだろう。


「"よし、戻ってこい。袋を忘れるなよ"」


 親方の声に、「はい」とソフィア。彼女は腰に括り付けられた細かいデブリを収納する袋を確認すると、ワイヤーを伝って宇宙船へと引き返し始めた。




「どうもー、TM修理でございますー」


 桟橋へ戻った彼女らを出迎えた、揉み手をした作業着姿の男。隣には同じ作業着を着た女性が付き添っており、つまらなそうに立ち尽くしていた。ソフィアは彼らが何者だろうかと疑問に思ったが、自分には関係の無い事だと気にしない事にした。

 しかし長丁場になるだろうと予想した作業が切り上げになった原因は、もしかしたら彼らにあるのかもしれない。そう考えたソフィアは、小さく作業着姿の男女に感謝した。


「あぁ、どうもどうも。それじゃさっそくですが、お願い出来ますかね?」


 普段は高圧的な親方が下手に出ている。ソフィアはそれを珍しいなと眺めていたが、親方の「何ぼさっとしてやがる!!」という怒声に、慌てて貨物室へ向けて駆け出した。


「何も怒鳴らなくたっていいのに」


 ラミーが口を尖らせ、デブリの山の前で呟く。ソフィアはそれに「気にしない方がいいよ」と答えると、放射線計を始めとした各種検査を開始した。宇宙に漂うデブリには危険な物もあり、注意しなくてはならない。


「これ、なんだろう……」


 見覚えの無い廃材を見つけ、手で持ち上げて見るソフィア。直径1メートル程の丸い金属は本来であれば転がす事もひと苦労だったろうが、今の貨物室は重力を低めに設定されている。彼女の力でも重い物を持ち上げる事が出来た。


「あんまいじらない方がいいよ。壊したら怒られるわ」


 不安げな表情のラミー。ソフィアとしても同感だったので、「そうね」とそれを再び床に戻す。元より良い物を見つけた所で得をするのは親方だけなので、さしたる興味があるわけでも無かった。


「フリッドマン社製DCD-747センサーレンズのコモンスタイル。大昔に大量生産された傑作品ね。そのままの形で残ってるのは珍しいわ」


 ふいに後ろから掛けられた声。ソフィアが聞き覚えの無いその声に振り向くと、そこには先ほど見掛けた作業服の女性が立っていた。


「私はマル。親方さんに見学の許可は貰ってるから、安心して」


 女性はそう言うと、右手を差し出しながら近付いて来る。ソフィアはどうしたものかとまごついたが、結局は差し出された手をおずおずと握り返した。


「ソフィアです。こっちはラミー…………その、お詳しいんですね」


 先ほど彼女が語った廃材についての鑑定。それが正しいのかどうかソフィアには判らなかったが、自信あり気な女性の様子に、恐らく本当なのだろうと思っていた。


「まぁ、ちょっとね。少し前まで私も似たような仕事をしてたわ」


 少し遠くを見るように、口元に笑みを浮かべるマール。ソフィアは「そうなんですか」と当たり障りの無い返答を返したが、内心ではかなり驚いていた。与圧服のバイザーから覗く女性の顔はかなりの美形で、わざわざサルベージャーなどになる理由がわからなかった。綺麗な仕事も汚い仕事も、美人だというだけで色々と優遇される。


「邪魔しちゃって御免なさいね。ちょっと気になった物だから」


 マルと名乗った女性はそう言うと、手をひらひらとさせながら貨物室を出て行った。低重力であるにも関わらずスムーズに移動している事から、本当にサルベージャーだったのかどうかはわからないものの、肉体労働者だったのは間違いなさそうだとソフィアは思った。低重力下で行われる仕事のほとんどは力仕事で、自由に動き回れる程になるのは相当の熟練が必要だ。


「綺麗な人だったね。それにサルベージャーだって言ってた」


 手を動かしながら、ラミーが少し興奮した様子で発する。ソフィアはそれに「うん」とどうという事も無く答えたが、自分も少し興奮気味である事に気付いていた。何の変化も無い日常の中では、ちょっとした変化が非常に価値あるものに感じる。親方の事務所ならともかく、仕事場への来客などいつぶりの事だろうか?


「おい。さっきここへ客が来ただろ。失礼な真似はしなかっただろうな」


 後ろから親方の声がかかり、ふたりはさっと立ち上がる。


「いえ……少し会話をしただけです。これ、珍しいそうです」


 ソフィアはそう答えると、先ほどの丸い金属へと目を向けた。親方はそれに「ほぅ?」と興味深げに声を上げると、丁重に扱うよう指示を出して来た。


「本当に高値が付くかはわからんがな……で、さっきの二人だが、明日からしばらくうちの寮に入る事になった。面倒はお前らに任せるからな」


 球体を眺めながら、親方がつまらなそうに言う。ソフィアは「何故?」と問おうとしたが、出かかった声を飲み込んだ。言ってどうなるわけでも無いし、悪く無さそうな機嫌を損ねる可能性のある事はするべきでは無かった。


「そう身構えるな。先方は普段通りにしてくれてりゃ構わねぇとよ。都会から来たんでこっちの生活が珍しいそうだ…………ふんっ、物好きな連中だぜ。内心じゃあ田舎者だと馬鹿にしてるのかもな」


 親方はそう言うと、返事も待たずに行ってしまった。残されたソフィアとラミーは互いに顔を合わせると、ため息と共に作業を再開した。拒否権など無いし、するつもりも無かった。首になれば姉弟揃って路頭に迷う事になるだろう。

 ソフィアからすればそれが当たり前だし、そんな状態これからもずっと続くと思っていた。ここ4年近くはそんな生活が続いていたし、それが変わるだろう予兆など何も無かった。


 少なくとも、彼らが現れるまでは。




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