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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第10章 トータルウォー
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第136話



「こりゃあ確かに、あんまり人に見せたいとは思わねぇわな」


 薄暗い路地にはやる気の無い顔の人々がふらふらとたむろし、恐らく家を持たない人々だろう、薄いトタンのような鉄板を敷居にして地面へ寝転がる人々がそこら中に存在した。それにより元々狭い道が彼らのせいでさらに窮屈になっており、大人ふたりがすれ違うのがやっとという有様だった。

 そんな環境は太朗が居住区へ忍び込んでからずっと同様に見られ、ある場所だけが特別にそうだというわけでも無さそうだった。プライバシーも何もあったものでは無い居住区は、そこかしこから生活音や誰かの話す声が聞こえていた。先日ベラが言っていたように、赤子の鳴き声や子供達の騒ぎ立てる声がどこかから聞こえて来る。


「時にミスター・テイロー。身の安全には気をつけて下さいね。多機能である事は自負しておりますが、荒事についてはあまりお役に立てないでしょう」


 太朗の後ろに控える小梅が、相変わらずの無表情で周囲を見回している。太朗は「わかってるよ」とそれに短く応えると、ジャケットにしまい込んだハンドガンの存在を服の上から確かめた。


「うーん、変装用のボロを着てきたはずなんだけど、それでもここじゃ上等な部類に入りそうだな。先にマーケットにでも行っときゃ良かったか」


 これだけ寂れた土地であれば古着の販売も当然行っているはずで、太朗は見通しが甘かった事を少し後悔した。先程からすれ違う人々の視線を感じてしまい、あまり居心地はよろしく無い。


「少しふらついたら商業区の方に戻るか。小梅、道は大丈夫? ちなみに俺はもう自分がどのあたりにいるかどうかすらわかんねぇ」


「えぇ、お任せ下さい、ミスター・テイロー。三次元的に入り組んでおりますので少々把握し辛い地形のようですが、電子回路に比べれば実にシンプルな構造です。どうという事はありません」


「そいつは頼もしいやね……どれ、とりあえずあっちに行ってみっか」


「はい、ミスター・テイロー。ちなみに向こうには何が?」


「わかんねぇ。だからこそ行ってみよう」


 太朗は暢気にそう返すと元気良く歩き始めた。太朗と似たような格好の作業着に身を包んだ小梅がその後に続き、ふたりは居住区の中心地へ向けて足を進めていく。


「開放施設だな……なんだろ。病院か?」


 開け放たれた入り口の施設を見つけ、中を覗き込む太朗。簡素な造りの建物内には、力無い目をした人々が長蛇の列を作っていた。


「いえ、違うようですね、ミスター・テイロー。恐らく配給か炊き出しといった所でしょう。食糧事情があまりよろしく無いのかもしれません」


 列の先頭には大きな柄杓を持った男が人々の対応をしており、各々が手にしたカップにスープらしき物を注いでいた。


「エンツィオの食料政策による弊害かな?」


「さあ、どうでしょうね、ミスター・テイロー。少なくとも小梅にわかるのは、ここにいる人々が貧しい方々だろうという事だけです」


「……貧困か」


 太朗はそう言って顔を顰めると、食料をもらって家路にでもつくのだろう。施設から出て行く者が手にしていたカップを、ちらりと横目に覗き込んだ。


「おかゆか? 米が使われてるっぽいぞ」


「EAPの配布した食料ステーションが運用されているのかもしれませんね、ミスター・テイロー。自然食品は今の所、仕方なしに食べられているという側面が強いようですから」


「なるほど。そんで金持ちは昔ながらのパンや何かを食うってか……うーん、元々は高級食品用として開発したんだけどなぁ」


 自然食品開発の経緯を思い出し、複雑な気分の太朗。自然食品派の人々へ向けた高級食材となるはずが、飢餓対策として使用されている。それが嫌なわけでは無いが、何が起こるかわからないものだと改めて実感していた。


「なぁアンタ……並ぶのか並ばないのか、はっきりしてくれないか」


 不機嫌そうな男が、太朗の後ろから声を掛けてくる。太朗は「あ、すんません」と頭を下げると、男に道を譲ってそこを後にした。


「ちなみに、ミスター・テイロー。ステーション管理部が発行している地図には、あのような施設の存在は明記されておりません。当てにはしない方が良さそうですね」


「うげ。地図が正確じゃねぇとか、それって現場を管理し切れて無いって事だろ?」


「推測とはなりますが、恐らくそういう事になるでしょうね。それと彼ら住民全員の個人情報を管理部が把握しているとも思えません。公表されている人口や経済データ等、どれも信憑性に欠けると思われます」


「うーん、不法滞在者に対する処罰についてだけど、一時的に撤廃するとか例外を認めるとか、何かその辺の対策を採る必要がありそうだな。一律でやったらヤバい事になりそうだ」


「そうですね。各地で暴動が起きるでしょうし、恐らく収容する場所も施設も、現状のものでは全く足りないかと思われます」


「はぁ……とりあえず、それがわかっただけでも来て良かったな。張り切って治安維持に力入れようとしてたけど、相当に内容を揉まなきゃ駄目そうだ。それも時間を掛けてな」


 太朗はそうぼやくと、頭の中にあったアライアンスの運営プランへ修正を入れる。杓子定規にやったのでは、治安を良くするどころか逆効果になりそうだった。


「急激な変化は混乱を呼びますからね。それが賢明でしょう……ところでミスター・テイロー。今回のお忍びについて、ミス・ベラに警備を申請なさったりしましたか?」


 真っ直ぐ前を見たままそう語る小梅に、何の話だと首を傾げる太朗。小梅はそんな様子を横目に確認すると、「こちらを見たままでお願いします」と続ける。


「先程の配給施設と思われる場所を離れて以来、常に一定距離で複数人に監視されております。少しランダムに道を選んでみましたが、それでも変化はありません。運命の糸で結ばれているというわけで無いのなら、偶然と考えるには確率的に無理があると小梅は考えます」


「そいつはまた……残念ながら俺の運命の糸は美女限定って決めてんだ。さっさとお暇しよう」


「賛成です、ミスター・テイロー。ですが、尾行している相手が美女だという可能性が残されているのでは?」


「……いや、小梅が微笑んでる時は大抵が俺にとって不幸な場合だからな。全員男だろ」


「おやおや、それは心外ですね。全員男性なのは確かにその通りですが」


「はいはい、さっさと逃げるべ」


 太朗はにやにやとする小梅を横目に、わざと目立つように銃を取り出して見せる。そしてそれを無造作に頭の上でひと振りすると、再び胸元へと仕舞った。


「これでもついて来るようならはっきりした目的を持った連中だな。暗殺か、誘拐か。まぁ、そんなんだ。すぐにベラさんに連絡して、全力でダッシュ。そうじゃ無いなら強盗目的のゴロツキだろ」


 かつてファントムから教わった通りの事を述べると、のんびりと歩き出す太朗。小梅はそんな太朗をその場でしばらく意外そうな顔で見ていたが、やがて小走りで太朗の後を追いかけ始めた。

 

 そして尾行していたらしき相手は、そこから先について来る事は無かった。



「どうだったい、坊や。何か得る物はあったかい?」


 係留中のプラムに戻ると、太朗の代わりに艦長席へ座ったベラが迎えてくれた。


「ん、色々と勉強になったっす……でも、正直どう判断していいのかわかんないかなぁ」


「どういう事だい?」


「いや、俺は俺で思う所はあったけど、それって結局外から見た考えなわけじゃないすか。実際に生活してる、いわば中の人がどう思ってるかは、わかんないっすからね」


「なるほどねぇ……ふふ、坊やは良い指導者になりそうだね」


「いやいや、よして下さいよ。あぁもう、子供じゃないですって」


 太朗はぐしゃぐしゃと頭を撫で回してくるベラから、そう言いながら距離を取った。


「私から見りゃあ弟みたいなもんさ……そうさねぇ。時間に余裕があるなら、現地の協力者でも作ってみたらどうだい? 直接意見を聞けるような信頼できる相手がいればやりやすくなるだろうさ」


「まぁ、そうですけど……ちなみにベラさんもそういう相手が?」


「もちろんいるさね。アルファ星系じゃあ、下水処理から売春の斡旋業者まで、言っちまえば底辺が集まるような末端の仕事をステーション管理の別会社として運営してるのさ。もちろんステーションが管理してるのは秘密でね。あたしはそういった連中からは、せいぜい頼りになるお姉さんとでも思われてる事だろうね」


「なるほど……生の声はその社員さん達から聞けると。実状を知らないと対策もクソも無いっすもんね」


「ふふ、そうさね。色々と試して見るといいさ。うちらの会社の社員じゃあ、どうしても安定した稼ぎのある中流階級の意見になっちまう。本当はアランやファントムに調べさせるのがいいんだろうけど、坊やは自分の目で確かめたいだろう?」


「えぇ、ですね。聞くのと体感するのとじゃ全く別物です」


 太朗はそう断言すると、ワイオミングで見た貧困層の生活を考える。


 太朗は知識として様々な辺境地での問題がある事は知っていたが、それがどういった物かまではわかっていなかった。今も詳しく理解しているとは言えないだろうが、自分が想像していた物とは全く異なっていたという事実は確信出来た。


 太朗は大きく技術が進歩したこの世界では、そういった問題はある程度解決されているものだと思っていた。貧困と言っても、銀河帝国中枢を基準に考えた相対的な物だと思っていた。「我々は木製の家具に囲まれ、豊かな食生活を送っている。彼らを見よ。鉄、鉄、鉄だ」といった具合に。


 少なくとも、その日食べる物にも困るようなレベルの物は想像していなかった。


「気付いたら金持ちだったからなぁ……う~ん、どうしよう。本当はベラさんみたいな組織を作るのが良いんでしょうけど」


「まぁ、時間が掛かりすぎるだろうね」


「ですよねぇ。身分隠してどっかに忍び込むとかっすかね?」


「さぁ、どうするのが良いかねぇ。さっきも言ったけど、色々試して見るといいさ。坊やはまだ若いんだ……ところで坊や」


 ベラが不意に顔を上げ、大型スクリーンに何やら船外の様子を映し出した。そこにはプラムからいくらか離れた先に浮かぶ、小さな作業船の姿が見て取れた。


「トッドカンパニーっつう小さな回収業者だね。従業員8名で働き手は寮生活者の貧困層。あれはそこのデブリ回収船だけど、どうにも調子が良く無さそうじゃあないか。今すぐ壊れたりはしないだろうけど、修理してやったら喜ぶんじゃないかねぇ」


 スラスタから不均等なガスを発生させている作業船。ヨロヨロと動くそれからは複数のケーブルが伸び、それぞれの先に回収作業を行う人間が繋がっている。どうやら推進機構に異常があるらしく、危なっかしいまでにふらふらとした動きを見せていた。


「にゃるほど……良く調べてらっしゃいます事。そいじゃまぁ、ちょちょいと準備しちゃいますね」


 太朗はお膳立てに感謝しながら再び桟橋へ戻ると、商業区のマーケットへ向けて走り出した。

 そこにはくたびれた整備技師が着るのに丁度良い服と、工具と、そして古い型の船を修理するのに必要な雑多とした部品もある事だろう。




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