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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第10章 トータルウォー
135/274

第135話




「視察?」


 プラムの艦橋でぶらぶらとしていた太朗は、片眉を上げて聞き返した。


「そう、視察さ。奥地を開発するったって、坊やはそこがどういう場所なのか良くわかって無いんだろう?」


 ベラはそう言うと、「だったら見に行くのが早いじゃないか」と続けた。


「まぁ、確かにそうっすけど……一応、データバンクや上がってきた情報にはちゃんと目を通してますぜ?」


「そうかいそうかい。そいつは結構だね。貧しい辺境の地が広がり、未着手の宙域が広がる荒涼たる世界。そんな感じかい?」


「えっと、そうですね。そんな感じ?」


「それじゃ坊や。それは実際どういう所なんだい? 連中はどういった生活をしてて、何を望んでるんだい?」


「それは……」


 ベラの質問に口ごもる太朗。彼は視線を落してしばし黙り込むと、ベラの言わんとする事をじっくりと考える。


「確かに、一度見といた方が良さそうですね。言われてみれば、俺って平均的な一般人の生活すら知らねぇのか」


 いくばくかの後、申し訳なさそうにそう答える太朗。そんな太朗にベラは、「これから知ればいいさ」と笑顔を見せてくれた。




「アルファ方面、RSアライアンス領、DI38エリアはワイオミング星系です、ミスター・テイロー。旧エンツィオ領の中でも最も外側の領域となりますね。人口およそ4万とされていますが、実際はそれの数倍は居住していると推測されます」


 小梅が何を見るでも無く、モニターに映し出された星図を見ながらそらんじる。データバンクへ直接アクセス出来る小梅にとってはどうという事も無いが、太朗にはそれが凄い事のように思えた。


「さすが物知り小梅ちゃん。んで、俺達はどこのステーションに向かうん?」


 モニターには星系内にある複数のステーションが表示されており、そのどれもが似たような旧式の宇宙ステーションだった。


「ワイオミングⅣが適当でしょう。というより、他に選択肢がありません」


「えぇ? 何でよ……もしかして歓迎されてないとか? いきなり撃たれるとか、襲撃されるとか、そういうのは勘弁だぞ?」


「否定です、ミスター・テイロー。問題は宇宙ステーションの規模と、補給関連の施設です。ワイオミングⅣを除く他のステーションには、巡洋艦以上の船舶を受け入れるだけの設備が存在しません……襲撃されるかどうかの判断は付きませんが」


「おおぅ……怖い事言わないでくれよお嬢ちゃん」


 太朗は小梅なりの冗談なのかと考えつつも、視線をモニターに映るワイオミングⅣへと向けた。代わり映えのしない、ブロックモジュール式のステーション。


「腕の立つ連中を連れてくから、まぁ大丈夫だろうさね。不安ならファントムを呼び戻すかい?」


 太朗の背後では、腕を組んだベラがにやにやと立っていた。傍にはいつもの如く体格の良い警備部の男が二人付き添っており、休めの姿勢で真っ直ぐに前を見ていた。


「いや、ファントムさんはファントムさんで忙しいだろうし、警護はベラさんに任せます。早いトコ人員増やさないとにっちもさっちも行かないしね」


 先の戦争により、ライジングサンは慢性的な人手不足となっていた。既存業務に関しては規模の拡大から来るものなのでどうという事も無かったが、戦闘艦乗りの不足は緊急で解決しなくてはならない問題だった。

 ファントムには現在、バトルスクールでの指導と並行して人材獲得についても動いてもらっている。賞金稼ぎ時代の伝手から船乗りの知り合いも多いようで、太朗は大いに頼りにしていた。確かに彼がいれば身の安全については保障されるだろうが、ただそれだけの為に縛り付けておく事など出来るはずも無かった。


「いざとなったら……」


「いざとなったら?」


「全力で逃げます。ウンコ投げつけてでも逃げます」


「そうしてくれると助かるね。その……あれさ。投げるモノについては好きにしな」


 少し言いよどみながらそう言うベラ。太朗はそれに、珍しい姿を見る事が出来た等という変態的な感想を浮かべていた。



 ―"ドッキング アプローチ:終了"―


 BISHOPがワイオミングⅣへドッキングを果たした事を伝えて来る。カメラが伝えてきた老朽化著しいワイオミングⅣに不安を募らせていた太朗は、無事にドッキングが終了した事に安堵の息を吐いた。


「ビーコンの座標がずれてるとか、大丈夫なんかよ。よく事故んねぇな……」


 ぶつぶつと文句を言いつつ、ベラの率いる警備部に囲まれながら桟橋へと移動する太朗。あらゆる場所に錆びや汚れを見出す事が出来、太朗はより一層の不安に包まれた。マールと小梅はプラムに残ってもらったが、正解だったかもしれない。


「大丈夫だよ、坊や。あんたの着てるスーツは、真空状態に曝されると自動的に被膜展開するようになってる。救助が来るまでの数十分間は外でも生きられるさ」


「なるほど……ちなみに数十分経っても救助が来なかった場合は?」


「そんときゃあ、決まってるじゃないか。坊やの2本の腕が役に立つ」


「あ~、はいはい。神様にお祈りするのに使いますもんね」


 太朗達は桟橋を高速移動レーンで通り抜けると、数分でステーション内のゲートへと到達する。普段利用している星系であれば人でごった返しているだろうそこだが、ここでは僅か数人の姿を確認出来るだけの閑散とした有様だった。


「おいおい……これ、経済まわってんのかよ」


 ゲート前で行われる取引は、経済全体の2割から3割に相当すると言われている。地方やステーション毎の特色にもよるが、こうまで閑散としたゲート前というのを太朗は見た事が無かった。


「辺境地ってのはどこもこんなもんさ。ほら、出迎えが来たみたいだよ」


 ベラが顎で示した方を見ると、人の好さそうな男がこちらへ歩み寄る姿が見えた。


「どうも、ライジングサンのテイローです。スミスさんですか?」


 男は太朗の質問に、「えぇ、そうです」と恐縮しながら答えた。


「ワイオミングⅣのステーションマスターをしております、スミス・ヴァーレンです。どうぞお見知りおきを……本日は視察との事ですが、何か問題でも起こったのでしょうか?」


「あぁいえ、そう大層なもんじゃないです。御存知の通りアライアンスの盟主を任される事になったんで、方々を見て回ってるんですよ。現場の意見を聞いたりなんだりで、今後の運営について参考にしようかなと」


「おぉ、なるほど。殊勝な心がけですね……ささ、どうぞ。ご案内致します」


 スミスは太朗を促すと、自ら先導して歩き始めた。太朗はそれを有り難いとは思ったが、同時にどれだけ暇なのかと呆れもした。話し合い等も兼ねるならともかく、ただの案内にステーションマスターが同行するなど普通は有り得ない。


「ご覧の通り、工業区画となります。付近にまだ採掘されつくしていない小惑星がいくつかありますので、細々と精製事業が続いています。このステーションの主な産業ですね」


 最初に案内されたのは、薄汚れた工場の立ち並ぶ工業区画。どうやら産業別にモジュール分けされていないようで、鉱石精製工場と食糧工場とが隣接していた。


「ここで飯を食うのは遠慮したい所だねぇ」


 太朗にのみ聞こえるように、うんざりとした顔のベラがぼそりとひと言。太朗としても同感だったので、苦笑いしながら頷いておいた。


「商業区画は、そうですね。正直賑わっているとは言えません……ほとんどが生活物資の小売と流通です。もう何十年も過疎化が続いていますので、新しい商業が発展する望みは薄いでしょう」


 ゲート前と同じように閑散とした商業区は、くたびれた空きテナントが軒を連ねていた。遠目に見えるマーケットはそれなりに盛況なようだが、それもカツシカの賑わいとは比ぶべくもない。

 太朗がそんな活気の無い市場をなんとも言えない表情で眺めていると、何やら宇宙服を着た一団が奥より現れ、ステーションマスターへ敬礼をしてから歩み去っていった。


「守備隊の方々ですね。彼らには本当に世話になってます……なにぶん戦闘艦が3隻しか無いので、相当無理をさせていると思います」


 太朗の表情を読み取ったのだろう、スミスがそう説明する。太朗はそれに何度か頷くと、「大変ですね」と同情の声を返した。


「えぇ。都会に行けばもっと稼げるでしょうに……彼らには本当に頭が上がりませんよ。船自体の数も少ないので、輸送や周辺調査も彼らにお願いしています。ここのヒーローと言えるかもしれませんね」


 スミスは彼らをそう形容すると、「さあ、次へ行きましょう」と太朗達を促した。太朗としても特に興味を引く何かがあるわけでは無かったので、素直に従う事にした。


「居住区は、かなり古い時代からのブロックが乱立しています。かなり複雑なので地図があっても迷ってしまうでしょう。はぐれないようにして下さいね」


 スミスに従いながら、スラム街のようになった居住区を歩く太朗。確かに彼の言う通り道や建物が複雑に入り組んでおり、とてもひとりで探検したいと思える場所では無さそうだった。

 一般的なステーションが画一化されたサイズのブロックを積み重ねて作られているのに対し、ここでは全く無造作にブロックが押し込められていた。通常は道そのものが居住ブロックとは別に作られるものだが、どうやらブロックとブロックの隙間を道としているようで、飾り気どころか滑り止めすら無い鉄の床が続いていた。当然足元は誰かの家の天井という事になるのだろう。


「…………ん?」


 ふと違和感を感じ、周囲をきょろきょろと眺める太朗。彼はその違和感が何かを考えようとしたが、その答えはすぐさまベラよりもたらされた。


「ひと気が無さ過ぎるね。普通、こういった所は混み合っているもんだよ。特に子供や赤ん坊の声ひとつ聞こえて来ないってのは、おかしいね。全てを完全防音のモジュールで揃えられる程に金があるようにも見えないよ」


 ベラの囁き声に、得心の表情を作る太郎。見回して見ると、確かに全くといって良い程人を見かけない。時折見かけるのは仕事中と思われる労働者や、役人らしき人間の姿だけだった。


「見せたく無いのか、それとも安全の為って奴ですかね」


 太朗はぼそりとそう呟くと、先を行くスミスの後をついて行った。

 後で勝手に忍び込む場合、何が必要になるだろうかと考えながら。




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