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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第10章 トータルウォー
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第130話

投降遅くなって申し訳ありません。

インフルエンザに罹患し、死にかかってました。


 戦術レベルでの戦いを戦争と呼び、限定された戦いが支配する世界。


「急げ……急げ……」


 そこで戦略という物を歴史から学び、知っているのは、自分だけだと思っていたのかもしれない。そこには強い驕りがあったのかもしれない。


「頼む、間に合ってくれ……」


 カツシカで、敵を見つける事は出来なかった。巧妙に隠れている可能性もゼロでは無いだろうが、エッタがいる以上それは考え難かった。


 敵は既にアルファ星系へ向かっている。


 太朗は自分を絞め殺したくなる衝動と戦いながら、血走った目で前を見続ける。いつもは交易船団で賑わっているはずの帝国アルファルートだが、今は何も見かけない。


「そろそろドライブアウトとなります、ミスター・テイロー」


 いつも通り船を振動が襲い、やがて甲高い音と共に終息する。太朗は落ち込みきった心境のままその音を聞き流すと、無言で広域スキャンを実行した。


「…………あんなに」


 レーダーが周囲の天体やステーション、そして船舶の情報を送り届けて来る。


「……あんなに、頑張ったのに」


 ステーションは無事のようだった。しかしスターゲイト周辺には、無数の船舶と大量のデブリが映し出されていた。

 明らかな破壊の跡。


「ちくしょう……ちくしょう……」


 頭を抱え込み、項垂れる太朗。やるせなさと無気力感が全身を支配し、嗚咽が漏れる。マールはその目に涙を浮かべ、握りこんだ拳が小さく震えている。


「………………」


 無言の時が流れ、艦橋にはエンジンのうなり声だけが響く。今までの努力が全て否定されてしまったかのような、どうしようも無い喪失感。


「これから……どうすっかな……」


 ぼそりと呟いた言葉。答えを期待してのものでは無く、ただ呟いたものだった。


「前方の艦隊群より通信が入っております、ミスター・テイロー」


「…………」


「ミスター・テイロー?」


「……わかってる。出るよ」


 通信を開き、目を閉じる太朗。恐らく無駄な戦闘は止めよという旨の話だろうと予想する。アルファ星系と帝国中枢とのスターゲイトが破壊されてしまえば、今後の行方は決まってしまったと言って良い。ここで相手を攻撃したとしても、いくらか恨みが晴れるかもしれないが、言ってしまえばそれだけだ。


「"…………よう"」


 通信機から聞こえた、野太く低い声。太朗はビクリと目を見開くと、身体を起こす。


「…………あ、はは」


 自然と漏れた声。泣き顔がさらに歪み、笑いがこみ上げて来る。マールが不思議そうに首を傾げ、小梅は何も言わずにくるくると回っている。


「"おめぇは詰めが甘ぇんだよ、クソガキ。尻拭いする大人の身にもなりやがれ"」


 不機嫌そうなその声に、さらに笑い声を大きくする太朗。次第にマールもその声の主に気付き、太朗と同じように笑い始めた。


「"急に笑い出してなんだっつーんだ。おい、聞いてんのか小僧"」


「あはは、悪い悪い。なんかもう、色々アレでさ……ありがとな、ディンゴ」


「"……ふん、後でしっかり取り分を要求させてもらうぜぇ? 礼を言うのは早すぎたと後悔する事にならねぇといいな"」


「へへ、そうだな……ちなみにスターゲイトは無事?」


「"いや、全くの無事ってわけでもねぇ。やぶれかぶれで遠方から撃ってきた連中がいたからな。いくつか被弾してる。しばらくは転送能力が半分程に落ちるかもしれねぇが、ひと月もありゃ修理可能だろう"」


「そっか……良かった……」


 戦術スクリーンを眺め、もう一度周囲を確認する太朗。スターゲイト付近にいる艦隊はホワイトディンゴの物であり、デブリはかつてステルス艦隊だった物という事だろう。


「じゃあ……本当の本当に、これで勝ちね?」


 いつの間にか傍へ来ていたマールが、太朗の肩に手を置く。太朗は顔を上げると、彼女の顔を真っ直ぐに見て答えた。


「あぁ。俺達の、勝ちだ」




 広々とした艦橋のそこでは、ひとりの老人が苛立たしげに足を震わせ、ぶつぶつと呪いの言葉を吐き出していた。


「なぜだ……なぜこうなった……話があまりにも違うでは無いか」


 シートを強く叩き、赤く充血した目を大きく見開く。彼は身の上に降りかかった災難を一通り嘆くと、BISHOPを用いて船員の呼び出しを行った。やがて一人の兵士が現れ、彼の前で敬礼をする。


「どうした。出航はまだか? 急がんと我々は全員縛り首だぞ」


 老人の声に、曖昧に頷く兵士。兵士は左手に掘られた電子タトゥーで時計を確認する。


「そろそろ時間となりますね。ご安心下さい。カリフォルニアルート端を抜ける航路ですから、かなりの時間がかかります。コールドスリープを行いますよ」


 兵士の言葉に、無言で頷く老人。彼に残された人生の短さを考えると、長時間の移動をそれに費やすわけにはいかない。


「問題は無いのだろうな?」


 首元に感じる、ちくりとした痛み。睡眠導入剤が老人の意識をゆっくりと刈り取っていく。


「えぇ、何も問題はありませんよ。ゆっくりとお休み下さい」


 丁寧な調子で、笑顔を見せる兵士。彼はゆっくりと老人に歩み寄ると、冷凍睡眠装置の降下レバーを引き揚げる。


「そうか……ところで…………お前……見かけない……」


 朦朧とした意識で、目を閉じたまま老人が呟く。兵士は老人に顔を寄せると、カプセルのカバーが閉じきる瞬間に答えた。


「俺の名はファントム。あなたの、生物学上の息子とでも言えばいいですか?」


 老人は目を開こうとしたが、薬の力に抗う事は出来なかった。




 エンツィオ、EAP間で行われた戦争は、主力艦隊の壊滅によりEAPの勝利に終わった。


 その報告はすぐにアルファ方面宙域全土に届けられ、各地で行われていた小競り合いもすぐに収束していった。EAPに所属する人間達は歓声を上げ、エンツィオに所属する人間達は皆一様に暗く俯いた。

 しかししばらくすると、そんなエンツィオ側の人間も一様に胸を撫で下ろす事となる。


 エンツィオ首脳陣達の行った欺瞞が、全て白日の下に晒されたからだ。


 エンツィオ領の市民は当然怒り狂ったが、同時に安堵もしていた。戦っていた相手が帝国そのもので無いのであれば、少なくとも無慈悲な報復は避けられる。


「しかし、これから俺達はどうなるんだ?」


 大多数の一般市民は、同盟軍が行ってきた事の仔細を知っているわけでは無い。しかしそれでも、敵の一般市民に対する無差別攻撃を行ったという事実は広く知られている所であり、帝国の圧制が嘘であった以上、それは許されざる行為に他ならなかった。


「全域がEAPの管理下に置かれるのか? 冗談じゃないぞ。あれは軍部が勝手にやった事だろう?」


「知るか。向こうからすれば軍も民間も同じだろう。実際、船舶を提供してもいたんだぞ?」


「後半には引き揚げたじゃないか!! それに俺達は騙されてただけだ!!」


 ああでも無いこうでも無いと、人々は今後の事を口にし合った。それは考えれば答えが出るような物でも無かったが、考えないでいられるような事でも無かった。


 そしてまさにそれを決める会議が今、リトルトーキョーの中心地で行われようとしていた。


「では、EAP・エンツィオ間戦争における戦後処理について。これを今会議の議題として話を進めたいと思います」


 リンが高らかに声を上げ、会議場の一同が深く頷く。円卓のテーブルを百名近い人間が取り囲み、その背後には関係者がずらりと立ち並んでいる。その中には太朗やマールの姿もあり、彼らはリンのすぐ隣へと位置していた。反対隣に座るサクラを除けば、最も上座に近い場所。


「皆様ご存知の通り、戦争自体は帝国が認める権利に則った物であり、その責任如何については今会議で触れる所ではありません。問題となっているのは一般市民に対する攻撃であり、その処遇についてとなります。よろしいですか?」


 リンが議長として発言し、あたりを見回す。誰かが手を上げ、立ち上がる。


「それはそうですが、戦争に対する賠償請求とは別に扱うのですか?」


「そうなると思います。というより、そうせざるを得ません。現在エンツィオ同盟政府は音信不通であり、完全な混乱状態にあるという報告が上がっています。恐らく同盟政府はそのまま解体されるでしょう」


「請求先が無くなるという事か……残った彼らの資産で、少なくとも戦争への賠償金は払えると?」


「はい、そう考えています。かなりの数が船舶等の現物支給となりますが、一般的な賠償額の支払い分には足りると思います。しかし問題は……」


 後ろを振り向き、スクリーンを見上げるリン。そこには破壊された宇宙ステーションの姿が映し出されており、天文学的な被害総額の表示が添えられていた。


「これらの額に関しては、どう絞りきったとしてもまず出せない額でしょう。恐らくエンツィオ領そのものに対する請求となるでしょうが……そうなると前代未聞です。無関係な彼らが支払うでしょうか?」


 リンの声に、難しい顔で黙りこくる一同。限定戦争下ではそれに参加した企業のみに賠償を課せばそれで済んだが、今回はそうもいかない。支払い能力をあまりに上回っており、また、事情が事情ゆえに徴収を諦めるという選択肢も存在しない。そんな事をすれば、EAP内で暴動が起きる。


「エンツィオの一般企業に対する請求ですか……ある程度は応じるとは思いますが、度を越せば戦争継続となりますな。あぁいや、新たな戦争というべきかな?」


「冗談では無いぞ。もうこれ以上の継戦は不可能だ。本当の意味で双方が総力戦を行えば、待っているのはお互いの破滅しかない」


「やはり、向こうと直接話し合う必要がありますな……代表団を組織しましょう」


 一同の視線がリンへと集まる。リンはそれに頷く事で答えると、視線を自らのすぐ横へ向けた。


「えぇ、そうしましょう。人選はリトルトーキョーと、タカサキと」


 半分寝かかっていた太朗が異変に気付き、顔を上げる。


「そしてライジングサンのミスター・テイローとで行きましょう。皆さん、意見があればお願いします」


 会議場はしんと静まり返り、決定となりそうだった。




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