第128話
「うほぉぉお!! すげぇなこりゃ!!」
敵艦隊から放たれる強烈なワープジャマーに、思わず笑いが込み上げて来る太朗。そんな太朗にマールが、不承不承といった体で賛意を発する。
「絶対に逃がすもんかって感じ。これだけ凄いと確かに笑えて来るわね」
周辺にあるドライブ粒子の安定具合を示す計器は気が狂ったかのように乱高下を示し、オーバードライブ装置からは絶え間無く警告が送られてきている。周辺にいる全ての船がそうなっているとは思えないが、主要な戦闘艦はほとんど縛り付けられている事だろう。
「いざという時にオーバードライブが起動するかどうかは、せいぜい半々といった所でしょうか。大きな博打となりそうです」
冷静な小梅の声。太朗はそれをうんざりとした気持ちで受け止めると、「博打なのは元々だろ」と軽口を返す。
「どう出てくると思う? 俺は真正面から突っ込んで来る方に1万クレジット賭けるぜ。向こうは俺達がステーション方面に逃げるのを嫌がってるはずだからな。急いでるだろ」
「そう? なら私は部隊をふたつに分ける方に賭けるわ。急いでるって点には同意するけれど、より短期間で勝負を賭けるつもりだと思うわ。包囲してくるはずよ」
「では小梅も参加するとしましょう。小梅は敵が動かないと予想し、それに全財産を賭けます」
小梅の思い切った発言に、興味深いとばかりにふたつの視線が集まる。「どうしてそう思うの?」というマールの質問に、小梅が「大型艦の数量差です」と答える。
「エンツィオ遠征軍の保有するキロメートル級戦艦は未だ4隻が健在です。対してEAP側には2隻しか残っておらず、これは遠距離砲撃戦において大きな差となるでしょう。相手側からすれば、わざわざ危険を冒して接近する必要は無いと考えるのが道理かと」
「でも、それだと私達が本拠地に……って、そっか……」
マールが何かに納得したように、ドライブ粒子計測用の計器へと目を落す。太朗はそれを見て、「そういやそうだな」と苦い顔を作る。
「ジャミングのせいで全員は逃げらんねぇだろうから、向こうから見りゃ引いてくれんならそれはそれで有りって事か。むしろその方が相手側には有利になるかもしんねぇな」
「下手にオーバードライブなんて起動したら、その瞬間に勝負を仕掛けてくるかもしれないわね……どうするの?」
「うーん、どうすっかな……」
太朗は顎へ手をやると、しばし目を閉じて考える。
実際の所、カツシカの防衛施設はあまり当てにならない。基本的には対ワインド用に構築されている為、艦隊戦の補助に使うには不十分だった。
「現状における最悪のパターンは、小梅が言った戦術を取られる事だな」
大型艦のオーバードライブを封じ込めた上で、戦艦同士の射程でのみ戦う。これは非常に堅実で、相手側からすればリスクの少ない戦術だった。乱戦になれば個々の技術や運の要素が大きくなるが、遠距離戦ではそれが少ない。EAPとしては乱戦に持ち込んで一発逆転を狙いたい所であり、戦艦同士の遠距離砲撃戦などしようものなら、ただでさえ小さいチャンスをさらに小さくする事になりそうだった。
「ただしアレを使うにはちょいと遠すぎる……だとすれば、やる事はひとつだな」
太朗は通信機を手にすると、チェリーブロッサムに乗るサクラへ呼び出しを行った。
「後ろから撃たれる事になりますぞ!? いったい何をお考えで!!」
サクラの副官が、全くわけがわからないといった体でサクラへ詰め寄ってくる。サクラは強面の副官から顔を背けたくなる気持ちをぐっと抑えると、堂々とした口調で言い放った。
「敵を引き付ける。犠牲は覚悟の上だ。いざとなれば、チェリーブロッサムを囮として使う事も覚悟しておけ……急速反転だ、操舵班!! 聞いているのか!!」」
サクラの恫喝に、首をすくめながら副官へ伺うような視線を向ける操舵係。艦橋中の人間が、信じられないとばかりにサクラを見やる。
「サクラ様……そんなにあの方を信用なさっておいでで?」
囁くような副官の問いに、鋭い視線を向けるサクラ。副官は太朗とサクラの間で交わされた密約の存在をそれとなく感じ取っているようだったが、どうやら確信に変わったようだ。
「もちろん信用してはいるが、それだけでは無い。情報流出の懸念からお前にも話す事は出来ないが、きちんとした理由あっての事だ……無茶を言ってるのはわかっている」
サクラは視線を窓の方へ向けると、敵がいるであろう方向を見つめる。距離的に肉眼で見る事は不可能だったが、その圧迫されるような存在感を感じ取る事は出来た。
「なぁじぃや。婿殿の事では無く、私を信じてはくれないか。EAPもタカサキも、その命運はこの戦いにかかっている。私も色恋と現実をきちんと分けて考えるだけの分別は持っているつもりだ」
遠い目をしたサクラに、じっと視線を向けてくる副官。彼は無言でくるりと向き直ると、声を上げた。
「操舵、何をやっている!! 司令官は急速反転と命じておいでだ!!」
「敵、反転します!!」
レーダーを担当する部下の短い報告に、ロレンツォは今度こそ頭を掻き毟った。
「向こうはいったい何を考えてるんだ!! 常識はずれにも程がある!!」
敵のオーバードライブは強固なジャミングで強制停止させてあり、逃げるという行動が何かの益を生むとは思えなかった。敵に残された唯一の勝機は、艦隊による突撃であるはずだった。
「惑星の重力圏で戦うつもりでは無いでしょうか。あの大きさですから、盾にすればかなり有効かと」
自らの上司を心配そうに見つめる副官。ロレンツォは副官の言葉に「確かにな」と返すと、だからどうしたという気持ちで一杯になった。
「だが消極的すぎる。確かに有効だろうが、勝利には至らない道だ。これは決戦だぞ? 負ければ全てを失うんだ。被害を抑える事に意味などない」
いらだたしげにそう答えると、腹を手で押さえるロレンツォ。ストレスから胃に負担がかかっており、穴が開いていたとしても大して驚くまいと彼は思っていた。
「味方大型艦、砲撃準備整いました」
通信手がそう発し、ロレンツォの方へ顔を向けてくる。ロレンツォはしばらく黙ったまま熟考を続けたが、やがて「よし」と口を開いた。
「方針に変わりは無し。遠距離からの砲撃で相手を削り取れ。ただし、あらゆる可能性に注意しろ。向こうが馬鹿で無いのなら、何かしらの作戦を考えているはずだ」
「罠という事ですか?」
「知らん。何事も無ければそれで良いんだ……惑星カツシカⅣについて、もっと詳しい情報は無いのか?」
「残念ながらエンツィオから離れた星系なので、データバンク内にあるものが全てです……確か整備班に詳しい者がいたはずです。呼びますか?」
「……いや、いい。やたらとデブリが多いので気になっただけだ。砲撃、開始せよ!!」
ロレンツォはレーダーが捕らえた衛星軌道上のデブリ群をいくらか訝しんだが、大した事ではあるまいとそれを頭から振り払った。どれも小サイズのデブリで、障害にはならなそうだった。
「敵戦艦、反撃開始。砲門数は想定よりマイナス8。合計8門です」
部下からの報告に、久しぶりの想定通りだと満足して頷くロレンツォ。敵の戦艦は正面に全火力を投射する設計であり、後ろへは半分しか回せない。
「標的はバルクホルンとチェリーブロッサムのみで構わん。そのふたつが落ちれば後は烏合の衆だ」
彼はそう言い捨てると、そろそろ空になりそうな酒をもう一度呷った。
4対2という数的差もあり、戦いは一方的に進んで行った。最初に被弾したのはエンツィオ側の戦艦だったが、EAPが優勢になったのはまさにそこだけだった。次第にEAP側に被弾が増え始め、1時間もした頃には旗艦であるバルクホルンから大きな閃光が発せられた。
「手を緩めるな!! 焦る必要も無い!! ゆっくりと、確実に仕留めろ!! それより引き続き警戒を怠るなよ!!」
ロレンツォの指示に従い、エンツィオはその通りに戦った。非常に優勢な戦いであるにも関わらず、包囲された軍のように周囲に目を光らせ、あらゆる兆候を逃すまいと警戒を続けた。途中で味方の戦艦がひとつ脱落したが、撃沈には至らなかった。
「……盾になるか。敵ながら天晴れだな」
火を吹き上げるバルクホルンを守るように、チェリーブロッサムがその身を投げ出して来る。ロレンツォは3隻となった砲撃をチェリーブロッサムへ集中させると、黙って戦況を見守った。バルクホルンが影になる事で3対1の構図となり、そのまま決着となりそうだった。彼は距離が縮まらないように艦隊の速度を落とすと、その場で砲撃を続けた。
「敵艦7隻のドライブアウトを確認!!」
喜色と共に発された部下の声に、ぐっと拳を握り締めるロレンツォ。より有利な状況での再戦が見込めない無い以上、それはただの潰走でしかない。そして7隻が飛んだという事は、オーバードライブを試みた敵艦が最低でも14近くはいるという事でもある。ジャミングの期待値は5割に達しており、それは今も続けられている。勝負は、決した。
「ようやく、勝ったか……」
誰にも聞こえないよう、小さく呟く。レーダーはバルクホルンから飛び出す小型舟艇を捕らえており、バルクホルンが戦闘不能に陥った事は間違い無さそうだった。気付くと、チェリーブロッサムからの砲撃も止んでいる。もしかすると、すぐにでも降伏してくるかもしれない。
「敵が投降してくる場合には絶対に殺すなよ。トップを殺すと戦後賠償の処理が面倒になるぞ。請求先が無くなるのは――」
ふと、何か違和感を感じて声を止めるロレンツォ。彼は戦術スクリーンをじっと見つめると、違和感の元を見つけ出した。
「……このデブリ群は何だ? なぜこんな所にいる?」
惑星カツシカⅣを高速でまわっていた、多数のデブリ群。それがいつの間にか軌道を外れており、大きく楕円を描き始めていた。
「…………嘘だ」
BISHOPを使い、デブリの軌道計算を行う。
「……嘘だ、嘘だ!!」
それは巨大な円弧を描き出すと、自らの艦隊の中心を貫くルートを描き出した。
「砲撃止め!! 全艦隊、標的をデブリへと集中!! くそったれ!! これは――」
高速で移動する光点が艦隊に迫り、やがてそれぞれに意思があるかのようにばらけ始める。すぐに艦隊による迎撃が開始されたが、それら300を超えるデブリは、馬鹿馬鹿しい事に、まるでビームを避けようとしているかのようにのた打ち回った。
「これは、実弾兵器だ!!」




