第127話
太朗が意気込んでいたその頃、戦艦インフェルノの艦橋は実行した作戦の絶大な効果に沸き立っていた。
「敵通信網、99%が遮断されています」
「サンフラワー部隊、ECM出力安定。およそ130分間は遮断を継続可能です」
「そんなにはいらんさ。1時間もあれば片が付く……どこへ逃げる事も出来んわけだからな」
部下へにやりとそう返し、ほっと一息付くロレンツォ。
ドライブストーム作戦によって攪乱されたドライブ粒子は、非常に不規則な運動性を示す事となる。そうなるとオーバードライブに必要な空間予約――当然ドライブ粒子を用いて行う――を正しく計算する事が出来ない為、特定の場所へワープする事はおおよそ不可能となってしまう。
「欲を言えば奥に留まった艦隊が援軍に来てくれると良いのだが、それは高望みし過ぎだろうな」
「しかし可能性としては有り得ますよね?」
「……どうだろうな。余程の馬鹿で無いのなら偵察船を先に寄越すはずだ。そいつもクモの糸に捕われるだろうから、応答無しとなる。わけがわからずおろおろしているのがせいぜいだろう」
ロレンツォは戦術スクリーンを眺めると、ひとつ、またひとつと沈められていく敵の船を見やる。敵は既に潰走の兆しを見せており、抵抗らしい抵抗はほとんど無さそうだった。連携の出来ない艦隊など、ワインド以下である。
「敵、戦艦フランプフィール撃沈!!」
EAP第4艦隊旗艦の撃沈報告に、艦橋の全員が歓声を上げる。
「リットリオの仇は討ったな……よし、そのまま前進!! 駆逐せよ!!」
喜びもあったが、どちらかと言うとより大きな安堵をもって椅子へ腰掛けるロレンツォ。
「残るはEAP第1のバルクホルンと、第2のチェリーブロッサムか。バルクホルンはこのままここで刈り取れるだろう……勝ちが決まったか」
ロレンツォはぼんやりとそう発すると、残しておいた酒をもうひと口あおった。食糧ステーションだの精製工場要塞だのと様々な常識外れの妨害にあったが、どうやら最終的には勝利を得られそうだった。未だに強い不信感は抱いていたが、多数の電子戦機を提供してくれたあの老人には感謝する必要がありそうだ。
「ん、もう良い頃か。おい、艦隊の指揮を――」
ロレンツォがもう必要無いとばかりに指揮を部下へ任せようとしたその時、部下から不可思議な報告がもたらされる。
「敵艦隊より、ドライブ粒子の発生を確認!!」
「……ん? やるだけやってみようと、最後の悪あがきか?」
「はは、そうかもしれませんね……て、訂正です!!」
目を見開き、上ずった声で振り向く彼の部下。
「カ、カツシカ星系方面に、空間予約が固定されました!!」
静まり返ったプラムの艦橋で、目を閉じ、通信制御関連の操作を行う太朗。無意識に両手が空を泳ぎ、時折走る頭の痛みに顔を顰める。
――"通信制御機構 該当無し"――
――"通信制御機構 固定:02番"――
「よし。こいつを……艦隊全体に……」
――"BISHOP 関数複製 通信制御機構:数256"――
――"通信制御機構 固定:03番"――
――"通信制御機構 固定:04番"――
――"通信制御機構 固定:05番"――
「複製……複製……ぐっ……複製……」
特定の船に対して固定される通信関数を、全力で複製、制御し始める太朗。瞬く間にBISHOPの画面が通信制御関数で埋め尽くされる。あまりの情報量に目の前がちかちかと光り、まぶたが酷く痙攣する。
「自動中継機能は取っ払っうんじゃなかったな……でも、こんな使い方……想定してねぇよ…………小梅、EAP1と、リンク」
太朗は吐き気と戦いながらも、ぶつぶつとそう発する。小梅は無言でくるりと向きを変えると、太朗の制御するBISHOP操作領域付近で作業を開始し始めた。
「…………EAP1とのデータリンク、確立しました」
「いょっし……したら、次はわかるな?」
太朗の声に、「えぇ」と小梅。
「既にミスター・アランと連絡がついておりますよ、ミスター・テイロー。5分で仕上げると仰っておりました。それとミスター・リンよりマスターキーを頂いております」
「そいつは重畳っと……これ、思ったよりきついんで急いで欲しいけどな」
太朗はプラムに搭載された通信能力を領域内の艦艇では無く、エンツィオ領で活動中の通信連絡船へと繋げる事に使用した。そして通信機能は通信連絡船に丸投げし、プラムは中継に専念させる事で戦場に小規模な限定ニューラルネットワークを作り出す事にした。
「ちょいとレジスタンスの方々が正体不明の通信に驚くかもしんねぇけど、ちぃとばかし我慢してもらおう」
直接通信では無くネットワークとして利用する以上、第三者が通信を盗み見る事も可能になるだろう。しかし幸いにもネットワークの利用者は反エンツィオレジスタンスの人間であり、それに知られたからといってどうなる内容でも無かった。せいぜいドライブ先を特定されるのがいくらか早まるだけだが、電子戦機を多数保有する相手はそれを容易く行うだろう。
「頑張って下さい、ミスター・テイロー。200隻の通信中継とオーバードライブ座標の計算は大変でしょうが、きっと貴方なら出来ますよ」
操作盤の上でくるくると回る小梅に、肩を竦めて見せる太朗。
ドライブ粒子が攪乱された空間で200隻のドライブ先の座標を同時計算するのは馬鹿馬鹿しい程の計算量が必要だったが、太朗にはそれが可能だった。ひとつひとつが複雑で無ければ、複数を同時に扱うのはさしたる障害にならない。
「"ようテイロー、そっちは大変そうだな。もうちょいだから待ってろ…………よし、全艦隊をハッキングしたぞ。オーバードライブ装置の制御も取得済みだ。マスターキーがありゃあどうって事も無いな"」
呑気な様子のアランの声に、小さくため息を吐く太朗。しかし頼りがいのあるその低い声にいくらか勇気付けられた。
「事情の説明を送る事も出来ないわけですから、艦隊の人々は今頃大慌てでしょうね」
何か楽しそうな声色の小梅。太朗はそれに「うへへ」と意地悪く笑って見せる。
「ものの5分もすりゃ感謝の声に変わってるさ……そいじゃ、200隻の強制リンケージオーバードライブ……ドンだ」
指を銃に見立て、レーダースクリーン上の旗艦目掛けて構える太朗。
彼がその架空の銃を発射した瞬間、艦隊は青い光に包まれた。
「特定しろ!! 奴らはどこへ飛んだ!! 電子戦機をトレースに当たらせろ!!」
決定的であったはずの状況が崩された事に、ロレンツォは焦りを感じていた。ひと筋縄で行かない相手であるだろう事は承知していたはずだったが、どこかで慢心していたのかもしれない。遠征軍を組織して以来、彼は常に勝ち続けていた。
「し、少々お待ちを……出ました。隣の星系です。カツシカⅣの付近にドライブアウトしたようです」
「カツシカか……ライジングサンの本拠地だな? 防衛施設の存在はどうだ」
「いえ、本部の存在する領域とはかなり離れた場所のようです。カツシカⅣは巨大なガス惑星のようですし、周辺に文明活動による放射は観測されておりません」
「とりあえず逃げたといった所か……そのまま本部の方へドライブする気か」
「考えられますね。距離的にオーバードライブの再稼動に時間がかかるでしょうから」
部下の説明に、ふむと鼻を鳴らすロレンツォ。敵の本部にはビーコンが設置してあるはずで、座標の計算に時間はかからない。となると、敵が次のドライブを行うまでにはせいぜい15分かそこらしか無さそうだった。
「追撃を行う。全艦隊、陣形を整え次第オーバードライブせよ」
短く命令すると、興奮で持ち上がっていた腰を再び椅子へ戻すロレンツォ。
「小細工無しの殴り合いになるな……もう少し被害を抑えたかったが、仕方あるまい」
彼は勝つ事に疑いを持っていなかったが、出来るだけ多くの部下を残しておきたいと思っていた。それは彼が情に深いからでは無く、戦後の勢力争いに影響が出るからだった。エンツィオは現在ひとつにまとまってはいるが、戦後にどうなるかはわからない。各アライアンスが主導権を握るために動き出した場合を考えると、一定以上の軍事力を保持し続ける必要がある。
「それでも我々の戦力は敵を2倍近く上回っております。単純な殴り合いであれば、むしろ我々の有利かと」
副官の言葉に、「どうだかな」とロレンツォ。
「過去に2倍程度の戦力差がひっくり返った例などいくらでもあるぞ。全員に今一度徹底させろ。今回の相手は今までの敵とは違うと」
ロレンツォは副官にというよりも、自分に言い聞かせるようにそう言った。
「EAP4がドライブインします。これで全軍が揃いましたね」
小梅の声に、無言で頷く太朗。彼はレーダースクリーンへ目を移すと、いくらかぎこちなく陣形を整える仲間の艦隊を眺めた。
「ねぇテイロー、勝てると思う?」
生命維持装置の修理を終え、艦橋に戻ってきていたマール。太朗はマールに「どうだろな」と答えると、近くに見える巨大なガス惑星へと目を向けた。
「うちの切り札次第なんじゃねぇかな……ぶっつけ本番ってのがあれだけど」
惑星カツシカⅣの周回軌道を回る秘密兵器。戦況の如何はそれにかかっていた。そしてそれだけに、その兵器を操る太朗には凄まじいプレッシャーが圧し掛かっていた。彼は平然としていたが、その実は襲い来る吐き気と戦うので精一杯だった。
「敵、ドライブインします」
小梅の声に、「いよっし!!」と気合を入れる太朗。
泣いても笑っても、次が最後の戦いとなりそうだった。




