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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第9章 ファニーウォー
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第123話

お待たせして申し訳ありません。とりあえずひと段落付きました。

 人々は当初、突然現れた謎の要塞に疑いの眼差しを向けていた。常識的に考えればあり得ない事で、それは様々な噂となって近隣のステーションを駆け巡った。ある者はEAPの謀略であると予想し、ある者はどこかのメガコープが救いの手を差し伸べたのではと考えた。


「放送の内容は間違いないらしいぞ。うちのステーションマスターが帝国政府に直接問い合わせたって話だ」


「どういう事だ? 帝国と我々は敵対してるんじゃなかったのか?」


「50マテリアルズが帝国政府に掛け合ったって話だぞ。プラントの破壊やら何やらをやりすぎたんで、一時的な代替えという奴だろう」


「自分たちで壊しておきながら今更何を……だが、という事はあの工場の実質的な所有者は50マテリアルズか?」


「そりゃあそうだろう。連中が軍に精製法を教えると思うか? ありえないね。大方コーネリアス元帥が手をまわしたって所だろう」


「そうだな……なぁ、それより知ってるか? 噂によると、反政府組織の連中が近々行動を起こすらしい。奴ら、そこらじゅうの星系で無差別テロを計画してるって話だぞ」


「なんだそりゃ。大丈夫なのか? 巻き込まれたらたまらんぞ?」


「頭のおかしい連中のやる事だ。十分に警戒しておいた方がいいぞ」


 商人達は互いに情報を交換し、真偽混じった噂を広め合った。それらの半数は自然発生的に生まれた物だったが、残りの半分は意図的に流されたものだった。

 帝国側からすると、介入の意思があると取られるのは非常に具合が悪い。間違いなく面倒事になるし、軍内部の派閥がそれを許すとは思えなかった。軍の関係者はなぜこんな回りくどい方法を取るのだろうかと訝しんだが、精製法提供者の要請となれば断るわけにもいかなかった。


 対して50マテリアルズ側は、現時点で帝国政府がレイザーメタルの精製法を手にした事を公表するのは非常に具合が悪かった。いずれは知られてしまうだろうが、そのタイミングは自分たちで決める必要があった。公表に伴う混乱や、経済界の反応に対する準備を十分に行わなくてはならない。現状で公表などしようものなら、明日の朝には記録的な株価の暴落を招くだろう。


 そういったお互いの合致した利点から、帝国軍情報部や50マテリアルズによる情報操作が大々的に行われていた。エンツィオとしては自らが発した嘘をばらされるわけにもいかない為、そういった噂に対するネットワークの締め付けを強化したが、それはほとんど効果を発揮出来なかった。それはレジスタンス達によって広められていた為、エンツィオが掌握するネットワークとは全く別のルートから拡散されていた。



「ぐへへ、第二段階もこれで終了やね」


 プラムⅡの艦橋。すっかり座り慣れてしまったシートの上で、下卑た笑みを浮かべる太朗。レジスタンス達からもたらされた報告書には、彼の仕掛けた作戦が概ね順調に進んでいる旨が書かれていた。


「そうしてると、あんたって本当に悪の組織の親玉みたいよね」


 報告書を満足気に眺める太朗に向かい、頬杖をついたマールが呆れた様子で発する。そんなマールへ、両手を大きく広げて見せる太朗。


「ふふ、正義だの悪だの、下らんな。童貞の守護者にして全銀河童貞連合の長、このテイロー様に楯突いた相手が悪いのだよ。我が社にはアランという連合のナンバーツーまでいるのだ。敗北など、決してあり得ない!」


「……あぁ、はいはい。良かったわね。ところで、本当に待ち構える形で良かったの? これを機に攻勢に転じた方がいいんじゃない?」


「最近マールたんが冷たい気がする……えぇと、大丈夫だよ。あいつらは、絶対ここに来るから。守りが不利なのはわかってるけど、"アレ"が上手い事いけば話は変わって来るはずだしな」


 マールの問いにそう返すと、ちらりとBISHOP上のカレンダーと時計を確認する太朗。


 カツシカ星系の隣に位置するニポリ星系で、エンツィオの艦隊を迎え撃つべく防衛線を張ってから、既に半月程が過ぎていた。エンツィオの主力艦隊は工場要塞の出現によりしばらくその前進を止めていたが、再び進軍を開始したとの報告が太朗の元に入っていた。そしてその目的地が間違いなくアルファ・カツシカの交易ラインであろう事は明らかで、誰もがエンツィオ同盟に残された唯一の生存手段だろうと考えていた。


「それはそうでしょうけど、援軍でも呼ばれたらどうするのよ。向こうも形振り構ってられる状態じゃ無いでしょうから、大軍を掻き集めて向かって来るんじゃないの?」


 不安そうなマールに、ちっちっと指を振って見せる太朗。


「それが、残念ながら出来ないんだなぁ。むしろ遠征軍から自領に引き返してる部隊がいるくらいらしいぜ」


 太朗の言葉に、「えぇ?」と驚きの顔を見せるマール。太朗は「これだよ、これ」と手元の報告書をぱしぱしと叩くと、クリップで止められたそれをマールの方へ走らせる。


「今時紙の報告書って…………うわ、結構裏で色々やってたのね。本当に悪の組織の親玉なんじゃないの?」


「ぐへへ、勝てばよかろうなのだ。勝てば」


「まぁ、そうなんだけど……最近あんた、開き直ってきたわね。ちなみにこの陽動って、実際はどうやって相手を誘ってるの?」


「ん? あぁ、あれよ。エンツィオ領内にレジスタンスが存在して、それが政府の転覆を図ってるって噂をばらまいたんよ。工場要塞を行き来する交易商人を通じてさ。それっぽい拠点をわざと見つけさせたりとか、実際にちょっとしたテロ騒ぎを起こしたり。信憑性を高める為に色々やってもらってるぜ」


「ちょっ、あんた。そんな事してブルーノさん達は大丈夫なの?」


「いやまぁ、そりゃいくらか大変な目に合う可能性も無くはないだろうけど、向こうは向こうで覚悟しての行動だしな……んで、遠征軍から引き揚げたレジスタンスの艦隊を、うまい事エンツィオ領の方々で神出鬼没に怪しい行動をさせまくってるわけだ。そうなると、向こうの政府は鎮圧なり見張りなりで、領内の至る所に艦隊を置いておかなくちゃならない」


「そう……でも、向こうが鎮圧に乗り出す様な事態になったらどうするの?」


「そうなったらまぁ、例の地図を使って追って来れないような場所に避難してもらう形になるけど、まず大丈夫なんじゃねぇかな。アランが管理するネットワークを使ってファントムさんが現地で指揮を執ってるわけで……下手を踏むとは思えねぇし、絶対捕まんねぇだろあいつら」


「なるほど……中々にえげつないコンビね。ちなみに鎮圧出来るだけの艦隊って言う事は、エンツィオはレジスタンスが用意した船よりもずっと多い数を貼り付けなくちゃいけないのよね?」


「イーグザクトリー!! そうじゃないと万が一にでも負けたら洒落にならねぇだろうからな。戦わずして、自分らよりずっと多数の強力な艦隊を、それこそ長期間に渡って封じ込めると。どんぱちやるよりずっと安上がりで、しかも効果的と来たもんだ。優秀なコマンドって、マジで一個艦隊並みの価値があるかもな」


 太朗は機嫌良くそう発すると、再びちらりと時計を確認する。


「そろそろ時間か……エッタ、今日もお仕事ご苦労様。また明日もよろしく頼むよ」


 太朗の声に、うとうととしていたエッタが「はぁい」と眠たそうに返事を返してくる。彼女は目を擦りながら出口へ向かうと、「おやすみ」とひと言残して自室へと向かって行った。時間が21時をまわった為、彼女の勤務時間は終了となる。


「起きてるだけで仕事になるとか、ちょっと羨ましいな……俺もどっかこう、改造して便利な機能とか付けらんねぇかな」


「はいはい、馬鹿言って無いでさっさとスキャンに取り掛かりましょう。ここからが本番の時間なんだから」


 アルファ・カツシカを防衛するEAPにとって最も恐ろしいのが、エンツィオ遠征軍が多数保有しているだろうステルス艦の存在だった。現時点における最悪のシナリオは、EAPの哨戒網を潜り抜けたエンツィオのステルス艦隊が、そのままカツシカのスターゲイトを破壊してしまう事。その上でエッタは非常に強力な早期警戒装置となっていたが、彼女が寝ている間はどうしようも無かった。普段以上に、神経を尖らせておく必要がある。


「へいへい、わかってますよ……俺さ、この戦いが終わったら、死ぬ程惰眠を貪ってやるんだ」


「んもう。そういうのって、フラグって言うんでしょ? やめなさいよ、縁起でも無い……でも、そうね。ゆっくり寝たいってのは同感だわ」


「だよなぁ。最近忙しすぎて余裕がねぇよ。こういう時、小梅がちょっと羨ましいな……ちなみにマールたん。ここに戻って来たって事は、あっちも上手くいったんよね?」


 太朗の質問に、当然よと言った体で親指を上げて来るマール。


「"アレ"は惑星カツシカⅣの衛星軌道を周回中よ。小梅と二人で死ぬほど苦労したんだから、しっかり決めなさいよね……それに――」


 少し悲しげな表情で、天井を見やるマール。


「今回の改造で、もうプラムⅡは発展性も汎用性もゼロになったわ。ランニングコストを考えると、戦後は解体するしか無いと思う……そこまでしたんだから、絶対に成功させなさいよね」


「そっか……わかった」


 太朗はマールと共に天井を眺めると、使い慣れたシートの上へ手を滑らせる。

 プラムⅡは今会戦における作戦の為、ネットワーク中継船に使用される強力な超光速通信装置を無理矢理搭載していた。それはプラムの電子的な余力を大きく超える物であった為に、相当に無理な改造となってしまっている。足りない電圧や通信能力を付加する為にモジュールシステムの持つ汎用性を犠牲にし、船体の基礎構造体そのものにも手を入れる必要があった。そして特化しすぎた改造の為、日常での使用も、元に戻す事さえも難しい。中枢は相変わらず手付かずだが、言ってしまえば無事なのはそこだけだった。


「せめて、本番では華々しい活躍をさせてやるからな」


 太朗はぼそりと呟くと、すっかり日課となったスキャン解析の作業へと没頭する事にした。


「後9時間か……毎度の事だけど、気が狂いそうになるぜ」


 うんざりとした単調な作業に、そう漏らした太朗。

 しかし幸いなのかそれとも不幸なのか、それは僅か30分も経たない内に終了する事となった。


 ――"緊急入電 EAP4 敵部隊と接触せり"――


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