表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第9章 ファニーウォー
117/274

第117話

 太郎のある意味漠然とした質問に、しばし沈黙が降りる会議室。各々誰もが真剣に考え込んだ様子を見せ、太郎はその雰囲気に満足を覚える。その場しのぎの発言はなく、誰もが真剣な答えを探しているという事だ。


「発言よろしいでしょうか」


 沈黙を破るようにして、挙手をするクラーク。それに対し、頷きを返す太郎。


「問題となっているのはネットワーク及び資源となっていますが、これは誤りです。正確には、どちらかのみであると考えてよろしいかと」


「その心は?」


「はい。エンツィオ同盟政府は、食料、資源、ネットワークによる締め付けを行っていたわけですが、ネットワークに関しては他ふたつと違い、あくまでそれらをコントロールする為の手段であるという側面が強いと思われます」


 ハキハキとした声のクラーク。彼が同意を求めるようにあたりを見回すと、何人かが納得したように頷く。


「つまり、食料と資源の問題さえ解決してしまえば、ネットワークそのものは握られたままでも構わないと?」


 考え込むようにしながら、アラン。それに「そうです」とクラーク。


「いずれ解決する必要はあるかもしれませんが、現状における必須ではありません。逆を言えば、ネットワークをなんとかすれば他ふたつは管理されたままでも構わないという事でもありますね」


 クラークの説明に、「なるほど」と太朗。


「ネットワークが自由になれば、裏市場での取引やら何やらで企業は勝手に生きていける。逆に食料と資源があるのであれば、管理された表市場でも堂々と取引すりゃいいだけと……道理やね」


 腕を組み、ふむふむと頷く太朗。そんな太朗に「ネットワークは無理よ」とマール。


「前もニューラルネットの話の際に言ったけど、ネットワーク自体は概念的なものだわ。情報インフラ自体をどうにかするなんて、それこそ何年もかけて地域全体の設備を見直すレベルの話になるもの」


 マールの意見に、「同感だ」とアラン。


「オットーステーションでハッキングをした際に色々と調べてみたが、かなりの数の物理ロックが仕掛けられてた。どこかの天才がネットワーク上のシステムだけでどうにかしようとしたとしても、それは不可能というわけだ。クリティカルな部分は機械的に操作する必要がある」


 アランの言葉に、それぞれ納得の表情が浮かぶ。「天才ってアランの事?」という太朗に、「茶化すなよ大将」とアラン。


「もしかしたら何か方法があるのかもしれんが、少なくとも俺にはお手上げだな。何かアイデアがあれば歓迎するが、どうだろう」


 アランの質問に、まさかといった様子で首を振る一同。アランのネットワークに対する知識は誰もが知る所であり、その彼がお手上げだと言っているのだ。他の誰かがどうにか出来るとは思えなかった。


「となると、資源をどうにかするって話になるな……資源つっても、問題になってるのはレイザーメタルだけなんよね?」


 鉄やチタン、水や各種化学物質といった資源は、銀河のあらゆる場所で採取する事が出来る。それこそその辺を浮遊している小惑星からでも十分な量の金属を得る事が出来るし、水も氷隕石から大量に運び入れる事が可能だ。それらは銀河中の至る所に存在し、それは障害になり得ない。


「そんな単純な話ではありませんけれど、あえて区別化すればそうなりますわ。コスト上で見合わなくとも、必要であればなんとか出来るのが一般資源ですわね」


 輸送部門の責任者であるライザが、手元の端末を眺めながら答える。その横では開発部門の長であるマキナが彼女に同意するように頷いており、どうやら間違い無さそうだった。二人とも鉱石資源については、ここにいる誰よりも詳しい。


「なるほど。んじゃまぁ当然出るだろう最初の意見として、EAP側や帝国中枢から輸送販売するってのは……まぁ、無理だよな」


 発言しながらも、尻すぼみに否定する太朗。一同は当然だといった表情で同意の声を上げる。


「輸送は秘密経路を用いたものである程度なんとかなるとは思うが、量と資金が問題となるだろうね。誰もが知っての通り、ワインドの活性化であらゆる鉱物資源が値上がりしてる。帝国中枢でさえ需要に対する供給が全く間に合っていない状況だ。現実的な値段でエンツィオへの供給をするとなったら、輸送費と相まってEAPは破産してしまうだろうね」


 そう言って、ライザの方へ視線を向けるファントム。それに対し、「ですわね」とライザ。


「一応試算は出してみましたけれど、お話にならないですわね。EAP全体の推定経済余力の、およそ5倍かそこらは必要になりますわ。食料と違って質量が大きいから、単純な輸送費が相当なネックになりますわね。特に帝国中枢から運ぶのは、現実的じゃありませんわ」


 ライザの説明に、やっぱりそうだよなと苦い顔で納得する太朗。金属は非常に重い為、輸送に大量のエネルギーと時間が掛かる。エネルギーが増えれば燃費が、時間が掛かれば人件費が比例して上がっていく。


「とすると、やっぱ現地生産……最低でもEAPの周辺領域でなんとかする必要がある、か。この方向でいく場合の問題点は?」


 太朗の質問に、しんとした静けさが訪れる。てっきりありとあらゆる問題への指摘が矢継ぎ早に訪れると思っていた為、あっけにとられる太朗。

 誰もが何かを言い出しにくそうな雰囲気でまごつく中、ベラが「しょうがないさね」と口を開く。


「坊やは生まれも育ちも、ちょいと特殊だからね。無理も無いよ」


 咥えていた葉巻を灰皿でもみ消し、ふうと息を吐き出すベラ。「どゆこと?」と疑問符を浮かべる太朗に、「レイザーメタルはね」と続けるベラ。


「鉱石自体は、それなりにありふれてるのさ。他の鉱石に比べりゃあ、いくらか珍しいかもしれないけどね。もちろんEAP領でも多種多様のレイザーメタル鉱石が採れるし、実際に採掘されてるさね」


 一度間を置き、「そこはいいかい?」とでも言いたげな視線を向けてくるベラ。太朗はそれに細かく頷く事で答えると、当然の疑問を口にする。


「えっと、じゃぁ何が問題なんすかね?」


 首をかしげ、きょとんとした表情の太朗。そんな太朗に、広げた手のひらを向けてくるベラ。彼女は太朗がその手へ視線を移した事を確認すると、「50社だよ」と発する。


「レイザーメタルを鉱石から金属に精製する方法を知ってる企業は、現在たったの50社しか無いのさ。この広い銀河帝国で、たったの50社。この意味がわかるかい?」


 ベラの説明に、唖然とした表情で顔を引きつらせる太朗。完全に想定外の問題であり、予想すらしていなかった。


「50社……」


 口に出し、天井を仰ぐ太朗。120兆もの人間が暮らす巨大な銀河帝国において、その需要を満たすだけの鉱石を精製している会社がたったの50社。それがどれだけ異常な事なのかは、まだ帝国における生活の短い太朗にも十分に理解する事が出来た。

 そしてその市場規模がどれだけ大きいのかなど確認するまでも無く、その50社が銀河有数の超巨大企業(メガコープ)であるだろう事は考えるまでも無かった。恐らくライジングサンだろうがEAPだろうがそれら企業からすれば吹けば飛ぶような存在でしか無く、協力を持ちかけたとしても見向きもされないだろう事は容易に想像がついた。


「えぇと、一応そこんとこ詳しく教えてもらっていいかな。ちょっと無理そうなのはわかったけど……後学の為に」


 ため息混じりに、うな垂れながら太朗。そんな太朗に、「噂では」とマール。


「フィフティーマテリアルズ……その50社の事だけど、お互いが緊密に結ばれてるって言われてるわ。クリティカルな市場での談合だから普通であれば帝国政府が放っておかないはずなんだけど、見て見ぬ振りをされてるわね。たぶん、帝国政府もその談合に絡んでるんだわ。軍の関連企業もその中に入ってるし」


 マールの解説に、「そうですね」とクラーク。


「経済界に不満が起きるような値段設定をしたり、供給制限をかけたりといった事をした事はありません。むしろ産業界に対してはかなり協力的ですね……つまり、うまい事やってるわけです」


 クラークの言葉に、いくらか失笑気味のアラン。


「わかり易い言い方だな。そう、50社での独占を守るために、うまい事やってるんだ。おかげで非難の声も上がり辛いし、味方も多い。さっきマールが触れたが、フィフティーマテリアルズの内のひとつはダン・コーネリアス元帥の息が掛かってる。銀河帝国における最高権力者のひとりだな」


 アランはそう言うと、あきらめろとばかりに肩をすくめて見せる。太朗は再び長いため息を吐き出すと、どうやらそこを探るのは無理そうだと判断する事にした。相手があまりに強大過ぎる。


「レイザーメタルの精製自体は数千年も前から行われていますから、技術的にはさして難しく無いのだろうと想像されていますね。各種技術的著作権の登録が一切されていないので、恐らくそうなのでしょう。登録するからには手法を説明しなくてはならないわけで、それは避けたいのでは無いでしょうか」


 そう言って、「あくまで想像ですが」と付け加えるマキナ。太朗は「だろうなぁ」とそれに返し、納得する。自分が同じ立場であっても、恐らくそうするはずだと。著作権違反による違約金は回収出来るかどうかが微妙な事案であるに対し、精製方法は知れば間違いなく利益を生み出せる物だ。公開するメリットが全く存在しない。


「うーん、こりゃ無理そうか。何か他の方法を……ん?」


 ふと思い至った考えに、あごへ手をやり考え込む太朗。そんな太朗へ、何か期待の籠った驚きの眼差しを向けてくる一同。


「著作権が無いのか……てことは、実現できりゃあいくら精製しても誰に文句を言われる筋合いも無いわけだ」


 誰にというわけでもなく、ひとりぼやく太朗。「そりゃそうだが」と困った様子のアランが声をかけてくるが、気にせず考え続ける太朗。


「…………」


 静まり返った会議室で、全員の視線を集めながらも黙り込む太朗。彼は5分もの間をじっとそうしていたが、やがて何かを決意したように「よし」と口を開いた。


「ちょっと馬鹿馬鹿しいかもしれないけど、精製が可能であるっていう前提で具体的な話を進めてくれないかな。精製技術があったとしても、他で躓いたら同じ事だからさ……その、もし。もしだよ? あくまで精製方法に関してだけが問題なんだったら――」


 言葉を区切り、自嘲気味な笑みを作る太郎。


「俺がなんとかする。方法については、聞かないで欲しい」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ