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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第9章 ファニーウォー
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第109話

 エンツィオ同盟領はずれに存在する宇宙ステーションのドックに、一隻の小型船がゆっくりと進入していく。最新の物と比べると2世代近く古い型のそれは、かつて帝国全土で使用されていた人気の商船で、今でも実に多くの場所でそれを見かける事が出来た。作成元のスペースシップユニバース社は既にその型の生産ラインを閉じていたが、最新モデルの売り上げよりも、その古い型の船の備品の方が売れているというありさまだった。


「ようこそ、オットーネステーションへ。それじゃ中身を検分させてもらうよ」


 ステーションの管理員のひとりが、船の持ち主である太郎達とすれ違いざまに発する。太郎は「あいよ。ちょいと多いけどヨロシク!!」と元気よくそれに答えると、内心の緊張を隠すようにロビーへと速足で歩き出す。


「あはは、不安なのはわかるけど、もう少し落ち着くべきだね。自然体、自然体」


 太郎をリラックスさせる為だろう、いつもより軽い口調でファントム。


「いやいや、無理っす。というか、ぶっちゃけもう帰りたいっす」


 敵地の中にいるという不安から、ぎくしゃくとした動きで振り返る太郎。そんな太郎に、苦笑いを浮かべるファントム。


「バレやしないさ。身分証も船籍情報も、何もかもが良く偽造されてる。俺もこういった事には自信があったんだが、どうやら彼は上を行くようだ」


 胸元に縫い付けられた身分証を、こつこつと指で叩くファントム。太郎は「だといいんだけど」と不安を口にすると、偽造の責任者。つまりプラムⅡへ残ったアランへ向けて、祈るような念を送る。


  ――"ID照合……グリーン。ゲートを通過して下さい"――


 人ひとりがやっと通れるだけの細い審査ゲートを抜けると、付近にあったベンチへよれよれと倒れこむ太郎。ようやくほっと一息をつく太郎に、隠しきれない笑みを浮かべているファントム。そして後から小梅を抱えたマールもやってきて、呆れたようにため息をつく。


「あんた、商談の場じゃ結構な度胸を見せたりしてるのに、こういうのにはめっぽう弱いのね。ちょっと意外だわ」


 マールはそう言うと、どうという事も無さそうに平然とした顔で歩き出す。太郎は「お姉さま、置いてかないでぇ!!」と情けない声を上げると、マールの後をおどおどと追いかけ始める。その後ろでは太郎達の護衛であるタイキが、肩を震わせて笑っていた。




「それじゃあ、予定通りここで解散とする。合流はこちらを気にせず、君らの判断で出航ゲートへ向かってくれればいい。一応間に合うようにするつもりだが、最悪俺の事は置いていってもらって構わないよ。その場合はなんとかする」


 手の甲へ目を落とし、軽い調子でそうまとめるファントム。視線の先には透明なシールの上にデジタル表示された時刻が正確に時を刻んでおり、さっとひと撫でするとそれは消えてしまった。

 太郎はそんな彼に「なんとかするって……いやいや」と軽く突っ込むが、彼以上にこういった事の専門家がいないのもまた事実だった。


「まぁ、了解っす。しかし潜入捜査とかかっちょいい響きだけど、実際にやるもんじゃないな。胃がいてぇ」


 そう言って手を振り、一般的な労働者が用いる作業着姿のファントムを見送る太郎。太郎とマールはかなり前に流行った型の私服を着ており、ふたりはステーションの商業区と"思われる場所"の入り口へと来ていた。


「しっかしまぁ……ここ、ホントに商業区なんだよな?」


 ほとんど人気の無い、寂れた様子のアーケード。元々店舗だったはずの店々は、そのかなりの数が閉鎖されているようだった。時間的にはどう考えても営業を開始しているはずで、たまたま閉店時間になっているとは考え辛かった。太郎の頭に真っ先に浮かんだのは、シャッター通りという言葉だった。


「随分、寂れてるわね。なんだか暗いし、雰囲気良くないわ」


 節電の為なのか、ひとつおきに落とされた照明を見上げながらマール。地面には所々にビラやら何やらのゴミやガラクタが転がっており、疲れきった表情のまばらな通行人がそれを避けながら歩いている。


「うーん、不景気ここに極まれりって感じか。EAPとの境界にあるステーションだから、封鎖の影響がでかかったのかもな」


 ここに存在する企業は間違いなく周辺星系との取引を行っていたはずで、それが打ち切られたとすれば相当数の企業倒産は免れなかったろう。取引先が半分になっても生き残れるような企業など、普通は存在しない。


「こうなると目立つ行動は避けてぇな。しかし情報収集って言ってもよ、実際問題どうすんだ。聞き込みでもすんのか?」


 太郎の足元で、油断無い顔つきのタイキが発する。太郎はそれに「いや」と答えると、どうしたものかと思案する。


「本命はファントムさんの方だから、俺達は裏付け用の補助的な役割に徹しよう。素人が手出してもロクな事になんねぇだろうしな……とりあえず、その辺の店にでも入ろっか」


 元帝国軍特殊部隊であるファントムが情報収集を行い、太郎達が町や人々の雰囲気等を確認する。情報収集という面でファントムやアランに勝る何かを太郎達ができるはずもなく、しかし企業人でなければ気付かないような何かがある可能性もあった。また、情報というのはそれがどの程度確かなものであるかを確認する必要がある。別々の情報源から同じ回答を得られれば、かなり確証の高い情報と見る事が出来る。


「丁度お昼時だものね……あそこはどうかしら。結構人の出入りがあるみたいだし」


 少し行った先にある、大きめの飲食店を指差すマール。太郎は特に反対する理由も無いので、「そうしますか」と足を向ける事にした。




「……こりゃあ、時間かかりそうだな」


 飲食店の中に連なる、長い行列を見て呟く太郎。食事所はどうやら2階にあるようで、ホテルのロビーのようになった1階で注文を済ませた客が、何かチケットのような物を手にエスカレーターへ乗り込む姿が見て取れる。


「いやいや、むしろ短い方だと思うよ。昨日はこの倍は列があったからね」


 太郎の前に並んでいた人の良さそうな男が、振り返りながら太郎へ向けて発する。太郎は一瞬ビクリと身構えるが、良い機会だとそのまま会話を続ける事にする。


「そ、そうなんすか。随分人気の店なんすね……良く来るんですか?」


「最近はまぁ、仕方なくね。職場が2ブロック向こうだから、ぎりぎり通えなくも無いからね」


「2ブロックっすか? 随分歩きますよね?」


「うーん、20分位はかかるかな。でも5ブロック近く歩いて来る人もいるみたいだし、贅沢も言ってられないでしょ」


「うへぇ、まじっすか……って、歩き!? いやいや、きっついでしょ」


「あはは、大変だろうね。でも仕方ないさ。高速移動車は相変わらず止まったままだし、このあたりで配給券が使えるのはここしか無いからね」


「配給券……配給!? 配給なんすかこれ!!?」


 驚きのあまり、大声を上げる太郎。すると列に並ぶ人々の視線が集まってしまい、内心でしまったと酷く慌てる事に。しかし疲れきった表情の彼らは、すぐに興味無さそうに視線を外していった。


「大声出してすんません……アイテテテ、だからごめっあべふっ」


 タイキに足先へ爪を立てられ、その後マールに頭をはたかれる太郎。そんな様子を見て、あははと笑い声を上げる男。


「手厳しい洗礼だね。でも周りはこんなだけど、別に騒いじゃいけないってわけでは無いよ。大衆食堂だしね……大丈夫?」


「あい、いつもの事なんで大丈夫っす。気を使わせてすんません……しかしマジで配給なんすか? 現金しか無いんすけど」


「いつもの事……え、あぁ。そうなの? いや、券が無いと何も買えないかなぁ……というか今更だと思うんだけど」


 男は少し驚いた顔でそう言うと、きょろきょろと周りを見回してから太郎へ顔を寄せてくる。


「もしかして、他所から来た人?」


 ひそひそと、小さな声。太郎は内心でドキリとしながらも、あらかじめ用意しておいた答えを返す。


「いえ……まぁ、ここの育ちじゃないのは確かっすけど。実はうちら昨日まで冷凍睡眠してたんで、最近の事とか全くわからないんすよ。配給って何があったんすか。10年前は普通にお金で買えましたよ?」


 どういう事ですかね、と訝しんでみせる太郎。そんな太郎の声に、「あぁ」と納得した様子で表情を崩す男。


「なるほど、アイスマンか……言われてみれば確かに随分古いファッションだね。最近はそういった手首まである袖の服を着てる人は見なくなったなぁ」


 太郎とマールの服装を眺め、うんうんと頷く男。太郎は男の様子に内心で安堵の息を吐くと、「あはは」と頭をかいて見せる。


「前はこれが流行ってたんだけどなぁ……しかし配給限定なんじゃ、出直すしか無さそうっすね。ありがとうございました。おかげで会計で恥をかかないで済みました」


 仕事を通じて手に入れた、爽やかな笑みを浮かべて太郎。彼はそう言って店の外へ向かって足を踏み出そうとするが、「あぁ、ちょっと」と男に引き止められる。


「だったらこれ、使ってよ。期限が明日までなんで、丁度余ってたんだ」


 2センチ程の大きさの小さなチップを、太郎へと差し出してくる男。太郎は「いいんですか!?」と大げさに驚いてみせる。


「会社の業績が良かったんで、支給が多かったんだ。でも家族がいるわけでも無いし、食事に誘う相手がいるわけでも無いんで……言っててちょっと悲しいけどね」


 苦笑いを浮かべ、肩を竦める男。太郎は恐縮しながらもチップを受け取ると、何度もお礼の言葉を述べる。


「いやはや、ほんと助かります。ありがとうございます……えっと、その。ご迷惑で無ければ、同席させてもらってもいいですかね。右も左もわからないんで、色々ご教授して頂けると嬉しいんですが」




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