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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第8章 ステーションマスター
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第108話



 無限に広がる宇宙は銀河のはずれ。まわりを見れば無数の星々がまたたいてはいるが、それらほとんどは手の届かない遥か彼方に存在している。すすめどもすすめども変わらぬ景色にうんざりする者もいれば、逆に安心感を覚える者もいるかもしれない。


「随分と蛇行しているが、本当にこの道で合ってるのか?」


 不安げな声色で、サクラが発する。太郎はそれに「おうさ」と返事を返すが、基本的には上の空だった。オーバードライブの座標計算に全神経を集中し、小梅と細かいやり取りを行っていたからだ。


 EAP勢力圏を脱してから、既に二日が経過している。細かいオーバードライブを繰り返し、迷路のように細切れとなったドライブ粒子と通信網の荒れ地を進むプラムⅡ。もし迷ってしまえば永遠に宇宙をさ迷い、二度と帰ってこれないかもしれない。目印はいくらでもあるが、到達するのが不可能なものばかりだ。


 しかし一般的に使われている――正確には使われていた――ルートを使用すれば、間違いなく敵の防衛艦隊とぶち当たる事になってしまう。それは今回の目的からすると、望ましく無かった。


「うちには魔法の地図があるから平気よ。所々怪しい箇所が無いわけじゃないけど、少なくとも今まではうまくやってこれたわ」


 何か携帯端末をいじりながら、暇そうにマール。彼女は「それよりも」と顔を上げると、サクラの方を見やる。


「あんたまでこっちに来ちゃって良かったの? こう言うのもあれだけど危険だし、艦隊司令がやるような事じゃないと思うんだけど」


 現在プラムⅡは単独で行動しており、僚艦は全て最寄のEAP勢力圏へと残してきている。事が済めば速やかに退避するつもりではいるが、何が起こるかわからないというのは事実だった。


「いや、艦隊司令だからこそだ。自分の目で確認し、自分と周りを説得したいからな。それにむしろ私があそこにいるよりも、代理の者が指揮をとった方が有事には良い結果になるだろう。ふん、自慢じゃないが駄目司令官だからな」


 開き直っているのか何なのか、胸を張って堂々と語るサクラ。


「はぁ……まぁ、テイローとの秘密協定があるからしょうがないんだろうけど、なんだかなって感じね。それよりテイロー、対象は見つかった?」


 視線をサクラから太郎へと向けてくるマール。太郎はそれに「うんにゃ」と首を振って答えると、モニタに表示されたネットワークマップへと目を向ける。


「なんかおかしいんだよな。そろそろ電波やら何やら捉えてもいいはずなのに、スキャンに何も引っかからねえのよ。地図上では相当至近距離まで来てるはずなんだけどなぁ」


 太郎が作成したネットワークマップ上では、既にGGS525という宇宙ステーションの活動宙域へと入っているはずだった。人がいれば当然電波を使用しているはずで、それからステーションの正確な位置を割り出せる。本来であればビーコンによる電波が相当距離にまで届いているはずだが、今は戦時であり、そんなものが使われているはずもなかった。


「これはただの推測となりますが、場所を変えたという可能性はありませんでしょうか、ミスター・テイロー」


 制御盤に張り付いた小梅が、ランプを明滅させる。太郎は彼女の方へ視線を向けると、続けてくれとジェスチャーで応える。


「相手が総力戦を前提とした戦争計画を練っているのであれば、当然それに対する対策も考慮に入れるはずです。総力戦という形での戦争では、ステーション自体も攻撃対象として考えられますよね?」


 突き出た車輪をくるくるとまわし、ランプを明滅させる小梅。太郎は「確かに」とつぶやくと、大きくシートへもたれかかる。それに対し、「そんな!!」と声を上げるサクラ。


「そんな事をすれば、相手から奪う富すら無くなってしまうだろう。何の意味が……あぁいや、違うか。戦争の目的が帝国からの離反だから、それは二の次か……」


 トーンダウンしながら、ぶつぶつと一人納得したように落ち着くサクラ。そんな彼女に「そやね」と太郎。


「地球では戦略爆撃つって、無差別に都市やら工場やらを爆撃しまくってたからな。まぁ、実際問題エンツィオがそこまでやるつもりなのかはわかんねえけど、可能性としてゼロでは無いやね」


 太郎はそうつぶやくと、再び座標計算の作業へ戻る事にした。ここにはネットワークが届いておらず、わずかな気の緩みが死につながってしまうからだ。


 しかしその後も6時間にわたって付近の探索を進めたプラムⅡだったが、結局目的であるGGS525を見つける事は出来なかった。太郎はその星系での捜索を諦める事にすると、捜索対象を隣の星系へと移す事にした。


 新しい対象となるGGS524は比較的小さめのステーションであり、太郎達は出来ればここは避けたいと思っていた。人数の多い場所であれば雑踏に身を隠す事も出来るだろうが、過疎地ではそうはいかない。しかし残念な事に、付近の星系でより良い調査対象を見つける事も出来なかった。奥へ行けばいくらでもあるのだろうが、さすがに危険すぎる。


「おいおい、まさかこっちも無くなってるとか言わねえだろうな……まじかよおい」


 スキャンの芳しくない反応から、こりゃ駄目だとばかりに天を仰ぐ太郎。どうやら旧ニューラルネットが存在していた時期の地図情報は、残念ながらあてにならなそうだった。


「テイロー、テイロー、いま、お暇? 暇ならエッタと一緒に、ダーツをやりましょう」


 ダーツの矢と、的となるホログラフ発生装置をかかえたエッタが、にこにこと下から見上げてくる。太郎はしばらく休憩でもするかと大きく伸びをすると、エッタのダーツに付き合う事にした。


「まかしとき。テイローちゃんの中学……あれ? 高校? それとも大学だっけか? まぁいいや、学生時代に鍛えたダーツの腕前を見せちゃるぜ」


 腕まくりをし、エッタから矢を受け取る太郎。記憶の一部が不自然に定かで無くなっている事に不快感を覚えたが、それは努めて忘れる事にした。どうせ上書きされた記憶は、戻って来ないのだから。


「よーし、そんじゃテイローちゃん、標的の股間を狙っちゃうぞー。どうせしばらく使う予定も無い……って、なんで標的の映像俺なんすかね!!?」


 ダーツの的となるホログラフ映像には、何故かシニカルな笑みを浮かべている大の字の太郎の姿が表示されていた。太郎はエッタの放つダーツが首筋に直撃するのを見ると、「うぐぅっ!?」とわざとらしく痛いフリをして見せる。それを見て、きゃっきゃっと楽しそうに笑うエッタ。


「……一見健全なように見えるけど、全然健全じゃないわね」


 呆れ顔のマールが、エッタから矢を受け取りながら発する。彼女はダーツの矢を大きく後ろへ振りかぶると、サイドスローで勢いよく的へ向けて放つ。小気味よい音と共に股間へ突き刺さるダーツの矢と、「おうっ!?」と前かがみになるふたつの太郎。


「……って、おおい!! なんで映像の方も反応してんだよ。つーか、なんでそこだけ動画で再生されてんの!?」


「やっぱり、そこが当たりだからじゃないの?」


「サディスティックすぎる!!」


 良くわからない何かに絶望し、地面へ膝をつく太郎。すぐ横ではエッタが楽しそうに鼻歌を歌いながらダーツを放っており、なかなかの頻度で左胸。首。額といった箇所へと命中していた。


「どこもかしこも急所じゃねぇか。何をどうすればそうなるんだよ」


「ふふん、エッタ、凄いでしょ。ファントムに教えてもらったの。標的が人間なら、狙うのはそこだって」


「ファントムさぁん!! ファントムさぁああん!!」


 何を教えているのだと、届くはずも無いが自室にいるはずのファントムへ向けて叫ぶ太郎。それを見て、より楽しげに鼻歌を歌い始めるエッタ。


「相手は子供だぞまったく……ところでエッタ。さっきから口ずさんでるのは、なんて歌なん?」


 お世辞にも上手とは言えない。というより、明らかに音痴なその鼻歌。何の気なしに尋ねたそれだが、エッタからは「知らないわ」との答えが返る。


「さっきからずっと曲が流れてるから、エッタはそれを真似てるだけよ。ほら、聞こえるでしょ。優しい、女のひとの歌声」


 目をつぶり、上機嫌な様子でそう語るエッタ。太郎は彼女のまねをして耳を澄ませてみるが、聞こえるのはプラムのエンジンが奏でる重低音の響きだけだった。


「わたしにも聞こえないわ……ねぇエッタ、それってどの方向から聞こえるかわかる?」


 何か気づいた様子で、制御盤に向かいながらマール。彼女はエッタの指さす方向を確認すると、何かを操作し始める。太郎は「エッタが何か受信したって事か?」とシートへ走り乗ると、マールの作業をBISHOP上で確認する。


「……もしかして、このノイズかしら。テイロー、ちょっと船を走らせてくれるかしら」


 モニターをじっと眺めているマール。太郎はマールの要請に従ってエンジンを開くと、船を巡航速度まで加速させる。


「あら、消えちゃったわ。せっかくの良いお歌だったのに」


 船を動かしてから数分後。ひとりでホログラフの太郎へ矢を放っていたエッタが、ぼそりと呟く。それを聞き、「やっぱり!!」と声を上げるマール。


「テイロー、反射だわ。多分、正面奥に見える惑星に反射した電波が届いてるのよ。この位置からだと別の惑星の影に入るから、それで届いてないんだわ。角度的に考えられるのは……星系の正面右手のエリアからよ。解析すれば何か見つかるかも」


 いくらか興奮気味に、操作盤を制御するマール。太郎は「いょっしゃ!!」と気合をひとつ入れると、ノイズとしか思えない数字の羅列へと取り掛かる。


「暗号解読はテイローちゃんの十八番やでぇ……つーか、無意識でデジタル信号を音に変換できるエッタもどうかと思うけど」


 太郎はスキャナーがノイズと判断した情報の羅列を、整理された意味のあるそれへと置き換えていく。情報は膨大な量だったが、集中さえしてしまえばどうという事は無かった。解析用の簡単な関数を作成し、後はそれを大量に並べて同時に操作すればいい。


「見つけた……なるほどなぁ。そういう事か」


 解析結果が示す電波の発信元は、付近にある惑星のまさに裏側。それの衛星軌道上にほど近い位置にあるようだった。


「主要路から見て死角になる位置にしたのね。馬鹿馬鹿しくなるくらい単純だけど、確かに効果的かも……なんていうか、徹底してるわね」


 これでは比較的観測が楽な電波や何かは巨大な惑星に遮られてしまい、EAP側からの侵入者には届かないだろう。位置に限らず情報を完全に隠すという事はそれこそ不可能だが、確かにこうしておけば時間を稼ぐ事が出来る。


「そんだけ本気なんだろな……しかし、裏道から来て正解やね。正面から行ってたら、こっちが見つける前に哨戒に追い返されただろうしな」


 太郎はそう言って息を一つ吐き出すと、モニタにズームされた茶色の惑星を見やる。対象のステーションがあるのはその裏側だが、じっと眺めていれば向こうが透けて見えるような気がした。




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