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僕と彼女と実弾兵器(アンティーク)  作者: Gibson
第8章 ステーションマスター
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第101話

 帝国の腐敗を語るアランに、わけがわからないとかぶりを振る太朗。


「さっきの衛兵さんとか、一部が駄目になってるだけじゃなくて? ディーンさんの部下や何かとやりとりした事あっけど、すげぇビシッとしてたぜ?」


 レールガン納入の際のやり取りを思い出すと、その軍人然とした態度の彼らはとても腐敗しているようには見えなかった。少なくとも彼らは、会議室で出される飲み物と茶菓子以外のあらゆる金品を受け取ろうとしなかった。商談が終わった後の、お疲れ様という意味を込めたチップでさえそうだった。


「ディーンの所は、そうだな。数少ないまともな軍組織といっていいだろう。かなり独立した組織である事と、何よりあいつ自身に潔癖症な所があるからな」


 そう言うと、「もう行こう」と続けるアラン。太朗は助けを求めるようにファントムの方へ顔を向けるが、彼は肩を竦めて見せるだけだった。


「まじすか……いや、でもさ。そうなると色々納得行かない点があるんじゃね。ディンゴもそうだったけど、エンツィオだって帝国の介入が嫌でEAPやアルファにちょっかい出して来てたわけじゃん?」


 太朗の指摘に、「あぁ」とアラン。


「ちょっとした功名心やきまぐれ。動機は何でもいいが、事態を解決してやろうと動く人間がいるかもしれないだろう。帝国軍からすればほんの些細な行動でも、相手側からすれば致命的というわけだな。エンツィオもディンゴも、それを恐れてる。今のエンツィオが徹底抗戦する気があればそれなりに踏ん張るだろうが、それは机上の空論という奴だ。帝国が本気で軍を動かしたら、間違いなく同盟は瓦解する。戦闘なんぞ数える程しか起こらんさ」


 当然だろう、といった風のアラン。それにファントムが後ろから続ける。


「それゆえに、帝国はあまり大規模な軍を動かさない。周りに与える影響が大きいからね。だけど現状の軍を見る限り、それは理由のひとつとしか数えられ無さそうだ。実際の所は、1000年も続いて来た慣習をやめられないだけだろう。帝国領内での事であれば話も変わるだろうけど、残念ながら遥かアウタースペースでの出来事だしね」


 皮肉めいた、苦笑いを浮かべるファントム。太朗は彼の言葉を良く考えると、もう一度「まじすか……」と溜息を吐く。


「つーことは、あれか。座ってるだけで金も名誉も入って来るのに、なんでわざわざ超田舎に行ってまでドンパチやらにゃなんねえんだよって感じなのか……実力持ったニートとか、それもうロクデナシの極みだろ。使えよ。使えよその力」


 心底呆れたと発する太朗。それに、大声で笑い始めるアラン。ファントムでさえもが同じように笑い声を上げ、鉄の廊下に二人の笑い声が木霊する。


「おもしろい事を言うなぁ、テイロー。そうだな、そんな感じだ。一部のルーチンワークに組み込まれた連中以外、まともな奴なんて居やしないのさ。俺が軍を辞めた理由も、そこだ。うんざりする程、どいつもこいつもニートだらけだ」


 笑いながら、しかし吐き捨てるように言うアラン。太朗はそれに本日何度目になるかわからないため息で答えると、どうやら軍はあてにならなそうだと判断する事にした。太朗の中に軍の知識は間違いなく存在したが、現状の風紀や士気までもがわかるわけでは無い。そういった点に関しては、アランやファントムの判断が自分より正確だろう事は、考えるまでも無い事だった。


 帝国軍の力を借りるという点では、まだディーンに頼るという選択肢が残されてはいたが、彼は自分を軍の情報部だと言っていた。正面戦力という点では、残念ながらあまり期待出来そうには無い。


「帰ろか……とんだ無駄足、でも無いか。軍が駄目になってる事がわかっただけ、いくらかマシやね」


 太朗はそういって自らを慰めると、ドックに停泊中の快速船へ向けて、とぼとぼと歩き始めた。




「そう……なんていうか、ショックね。事が大きくなってきてるから、正直期待してたんだけど」


 帝国軍の現状を聞いたマールが、残念だといった様子で暗く発する。それに「だよなぁ」と太朗。


「ネット寸断やら何やらで色々大変なのもわかっけどさ、結局理由は面倒だからって事だろ? やってらんねぇよな……お、もひとつめっけ。これで8対15だっけか? ちょいと厳しい試合だな」


 スキャン結果という情報の羅列から、新しい違和感を見つけ出す太朗。

 プラムⅡは現在、多数の艦艇と共に浮遊要塞のワープ先となるEAP・エンツィオ境界地点の掃海作業を行っていた。ステルス加工された機雷はスキャンの網にかかり辛く、デブリと見分けるのが非常に困難だった。しかしデブリと違い、うっかり焼却ビームでも照射しようものなら大爆発を起こす。空気の無い宇宙において爆発自体はあまり脅威では無いが、内蔵された無数の子弾――これも爆発する!!――が飛んでくるとなると話は別だった。


「ううん、8対18よ、テイロー。だってエッタがまた3つ、見つけたもの」


 指を3本立て、己が優秀さを存分にアピールするエッタ。太朗はまいったとばかりに両手を上げると、わざとらしく顔をしかめて見せる。


「そいつはまた、大漁だぁね。いったいどうすればそんな見つけられるのか、テイローちゃんにも教えて欲しいやね」


 太朗の言葉に、小さい胸を張り出すエッタ。


「ふふん、簡単よ、テイロー。色が違う所を探すの。宇宙は青いけど、あのゴミは黒いわ。でっかいキャンバスに黒い点々があったら、すぐにわかるでしょ?」


 さも当たり前の事のように、身振り手振りで説明するエッタ。太朗はなんのこっちゃと苦笑いを浮かべると、これがいわゆる天才という奴なのだろうかと考える。


「いや……違うか。生まれつきじゃなくて、そうされたんだよな」


 独り言のように、太朗。

 メイリーアンの船長は、彼女の事を生体兵器だと言っていた。元より才能があるのであればわざわざ手を加えるまでも無いわけで、彼女の能力は後から付与されたものと考えるのが自然だ。ファントムはあまり語りたがらなかったが、成功率が低いという事はそれだけ失敗作があるという事だ。脳を弄った上での失敗がどういった結果を生むのかは、どう都合よく解釈しても楽しい終わりになるとは思えなかった。


「科学ってのは、もしくは人間ってのは、か。たまにろくでもねぇ事をやらかすよな……にしても宇宙が青い、か。どう解釈すりゃいいんかね。星の分布か?」


 誰へともなくそう呟くと、楽しそうににこにこと笑う少女を見やる太朗。


 年の頃は15かそこらだろうか。本人でさえ知らない為、正確な年齢はエンツィオ軍にでも問い合わせてみない限りわからない。見た目の割に幼く感じるのはその言動が妙に子供じみているせいもあるし、身長がせいぜい140程しか無い為もあるかもしれない。また、かなり痩せており、お世辞にも健康的には見えない。


 太朗は強化処理を施された人間にはそういった心身に対する後遺症でも残るのだろうかと想像したが、実際の所はわからなかった。ファントムは珍しい存在だと言っていたし、オーバーライドされた軍の知識にもそれは含まれていない。強化人間もその施術を行う組織も、恐らくかなり秘匿された存在なのだろうとあたりをつける。


「そのままでは無いでしょうか、ミスター・テイロー」


 声の方へ振り返り、続いて視線を下げる太朗。そこには地面を転がる小梅の姿。


「おいおい、そのままって難易度高すぎだろ。俺には宇宙は黒く見えるし、多分マールもそうだと思うぜ?」


 わけがわからないと、そう答える太朗。それに対し、ランプを明滅させる小梅。


「ミス・エッタは、電磁波やドライブ粒子を直接"見る"事が出来るのだと思われます。紫外線や赤外線を通して宇宙を見ると、なかなかに色鮮やかなそうですよ。一般的な人間に認識する事は、いくらか難しいでしょうが」


 小梅の説明に、なるほどと納得する太朗。


「つーことは、ほんとに宇宙が青く見えてんか。ちょっと羨ましい気もするけど、便利なんだか不便なんだかわかんねぇな。BISHOP使ったりしてると、頭から何かがもやもや出てたりするんかな?」


 確かBISHOPはドライブ粒子による通信手段のひとつだったはずだと、思い出しながら太郎。そこへエッタが「見えるわ」と発する。


「もやもやじゃなくて、赤い線が飛んでいくの。これくらい」


 人差し指と親指を狭め、1センチ程の隙間を作るエッタ。太朗は自分にも見えやしないかと操船中のマールへ目を向けるが、当然何も見えなかった。


「ちょっとしたエスパーみてぇで羨ましいな……ちなみに、当然俺からも出てるんだよね?」


 太朗の質問に、笑顔で頷くエッタ。彼女は「テイローのはこれくらい」と発すると、両手を目一杯大きく広げて見せる。


「きもっ!! 俺きもっ!! めっちゃぶっといじゃん。極太ってレベルじゃねぇぞ!?」


 自らの頭から赤い柱が立ち上る様子を姿を想像し、身震いしながら太朗。横からマールのくすくすとした笑い声が聞こえて来る。


「確かにあんた、常人の何十倍もの処理を同時に出来るものね。当然通信帯域のバンドも広いはずだわ。想像すると、結構アレな姿ね」


「いやいや、アレって何よアレって。つーか、そんなぶっといと俺の顔とか全く見えないんじゃ……エッタ? どした?」


 顔を向けると、その場でうずくまり、青い顔をしたエッタの姿。何事かとシートを降りた太朗に、エッタがそのままの姿勢で口を開く。


「たくさん……たくさん、黒いのが集まってきてるの……みんな、ここへ向かって来ようとしてる……いっぱい。いっぱいよ、テイロー」




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