92.変な男女
翌週、久しぶりにフィリアの家に4人で集まっていた。木の器を4セット揃えていたことをとても喜ばれ、フィリアも照れくさくなりながらも嬉しくなった。
いつものようにキッチンに立つセルシオに声を掛ける。
「セルシオ、何か手伝う」
「ああ、それなら――」
「フィリア、デザート買いに行こうよ! セルシオのことはミオーナに任せて! な!」
「え、いや、でも」
急に立ち上がったアルグレックに引っ張られながら、フィリアは困惑気味にミオーナたちを見た。
「くっくっくっ、いいぜ。行ってこい。あんま遅くなるなよ」
「全く! 困ったワンちゃんね!」
笑い声と呆れ声を受けながら、フィリアは家を出ることになった。
アルグレックはフィリアがセルシオと並んでキッチンに立つ姿を見たくなかっただけだと、2人は気づいている。
外の土を踏んだ瞬間に手を繋がれたが、アルグレックは無言で歩を進めている。下から顔を覗き込めば、なぜか避けられた。
「何を買うんだ?」
「……えーっと。アイス、とか」
「とか?」
「いや、アイス!」
「冷凍庫にあるのに」
「じゃあケーキ! チーズケーキが食べたくなってきた!」
嘘っぽいなと思いつつ、まあいいかと付き合うことにしたが、まさか家から遠い冒険者ギルドの近くにまで行くとは思わなかった。
結局戻るのが正午ギリギリになった。珍しいことに家のある森へ入るところに粗末な馬車が停まっている。2人は顔を見合わせると、身を潜めながら足音に気を付けて様子を伺った。
フィリアの家の鐘を鳴らそうとしている男女が見えた。身なりの良さからして貴族だろうか。
「リーサ! お父様が来てやったぞ! さぁ出てくるんだ!」
「お母様もいますよ! 早く出ておいで。待たせないでちょうだい!」
顔色をなくしたフィリアをアルグレックが支える。森の外へ出ようと視線だけで促したアルグレックに首を横に振り、フィリアは耳をすませた。
何度も鐘を鳴らしドアを叩いていたが、幸いなことにセルシオたちはドアを開けなかった。
「おいっ! いるのは分かってるんだ! さっさと出てこい! 魔消しのくせに!」
「そうよ! せっかくわざわざ連れ戻しに来てあげたのに!」
段々と口調の荒くなっていく2人に、とうとうフィリアは小さく溜息をついた。本当にあの男女が元両親だとしたら、あんまり知りたくなかった姿だ。
「おい、窓から覗いてみるぞ」
「そうね」
「ったく、手間かけさせやがって!」
フィリアはその様子をじっと見つめた。見たくはないけれど、それより目的を知りたい。連れ戻しに来た、なんて聞き捨てならない言葉もあった。
家の周りを沿うように歩き出した2人に、フィリアは近付こうか迷ったが、すぐに戻って来た。しかも焦った様子で。
「どういうことだ? あの髪色はうちの家系にはいないぞ。それとももう引っ越して別の夫婦が住んでるのか?」
「だからわざわざ来るなんてことせずに、調査した時に攫わせればよかったんですよ!」
「仕方ないだろう! ルオンサが邪魔するせいで破落戸は雇えなかったんだ! もう当主面しやがって忌々しい!」
肩を怒らせながら馬車へ向かって歩く2人。フィリアは初めて2人の顔を確認できたが、ピンと来なかった。元兄のルオンサに似ている気はするが、あんなに性悪そうな顔ではなかった。
粗末な馬車が動き出し、見えなくなったのを確認してから家へ向かう。
「フィー、大丈夫?」
「うん。顔も覚えてなかったし、むしろさっきの見て縁が切れてることにホッとした」
アルグレックは眉を下げ何とも言えない顔をしていたが、本心だった。
ほんの少し残っていたらしい親への未練みたいなものが、2人の怒りに歪んだ顔を見た瞬間キレイに消えたのが分かったのだ。
家に入ると、ミオーナとセルシオが大いに慌てていた。
「お、おかえり! ええと、そう! さっき変な男女が訪ねてきてずっと喚いてたの。フィリアの知り合いかと思ったけど、名前も違うし高圧的だったから開けなかったんだけど……」
「うん、見てた。開けないでくれてありがと。あれ、もしかしたら元両親かもしれない」
「「は?」」
ミオーナの怒涛の説明にフィリアが淡々と答えれば、2人はいつもの顔色に戻った。
そういえば2人にはまだ前の名前を言っていなかった。それが功を奏したらしい。改めてミオーナたちにその名前を伝えると、伯爵家の出だとは思っていなかったらしく驚愕の表情が返ってきた。
「それで、これからどうするの? 連れ戻すとか攫わせるとか物騒なこと言ってたんでしょ?」
「引っ越したんじゃないかって言ってたし、もうここには来ないんじゃないか」
「それじゃ根本的解決にならないだろ。フィリアは戻りたい?」
「まさか。絶対いや」
「それならできる対策はすべきだと思う」
4人で額を合わせて考えてもいい案は出てこない。
ミオーナもセルシオも平民で、アルグレックは貴族になったばかり。
「明日は魔消しだし、副隊長に相談できるか手紙書いてみる」
「それがいいわね。今日は泊まっていい? 心配だから」
「うん」
「それ俺の台詞!」
「あら。あんたが泊まり込むなんてそれこそ危ないわ」
勝ち誇った顔のミオーナをアルグレックが悔しそうに睨み、セルシオが大笑いする。いつも通りで安心した。
手紙は2通書いた。ひとつは副隊長宛てで、もうひとつは元兄のルオンサへだ。いつ届くかは分からないけれど、知らせないよりいいだろう。
「大丈夫?」
「うん」
夕食も終わり、アルグレックたちが帰ったあと、フィリアは無意識に溜息をついていたらしい。ハッとして、心配そうなミオーナに微笑んでみせた。
「それに、別に私は迷惑なんて思ってないし、明日だって喜んで泊まりに行くんだからね」
「? うん。ありがたいと思ってる」
「……本当はアルグレックに泊まってほしいんじゃない?」
「別に? 騎士が誰かいてくれるのは心強い」
「誰かってあんたね……」
ミオーナの言いたいことが分からなくて困惑していると、あからさまに溜息をつかれた。
あのあと、ミオーナが数日家に泊まってくれることで話はまとまった。……正確には、ごねるアルグレックにミオーナが何か耳打ちして強引にまとめたのだが。
何を言ったのか、地味にずっと気になっている。
ちなみにセルシオも立候補したが、もちろん本心ではない。そしてすぐさま彼の予想通りの反応をアルグレックが返していた。
もちろんミオーナが来てくれるのは夜勤がない時だけなので、根本的な解決にはならない。だから副隊長に相談することになったが、フィリアは内心そこまで必要なのかと疑問だった。
けれど口を揃えて「3回も攫われたのは誰だ」と言われて黙った。別に攫われたくて攫われた訳ではないと声を大にして言いたかったが、言わせてくれる雰囲気ではなかった。
「ま、とにかく私にできることなら何でもするわ」
「ありがと」
「問題が解決したら、お疲れ様会しましょ。その時はぜひ巨大鹿のワイン煮込み作ってほしいわ。うまくできたんでしょう?」
「まあまあできた、と思う」
「あら。あいつはめちゃくちゃ美味しかったって自慢しまくってたわよ」
「……ああそう」
人様に自慢できるほどのものではなかったと思うが、誰かに言うほど喜んでくれたのなら良かった、と改めて胸を撫で下ろした。
実際には隊員たちが質問攻めにしたのをいいことに、アルグレックがここぞとばかりに惚気たのだ。コルデーロなど、「俺のアドバイスのおかげだぞ」とアルグレックの背中をバシバシ叩いたというのは余談だ。
そしてフィリアも、これからミオーナに根掘り葉掘り聞かれることになる。
自分用にも菫色のコーヒーカップを買ったとうっかり口を滑らせた結果、またクッションに顔を埋めることになるなど、もちろん知る由もない。




