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65.モヤモヤ

 アルグレックのことを考えると、心に靄がかかったような気分になる。もやもやしてすっきりしない。それなのに、気付いたら考えているのだからどうかしている。


 ミオーナが変なこと教えるからだ。


 もし仮に()()()()()()だとして、だから何だというのだろう。今のままで全く不満はないし、何かを言うつもりもない。だから、もやもやと考えても無駄だというのに。


 何度目か分からない溜息を付きながら、フィリアは騎士たちの訓練場へ足を進めた。



 今日の立会人は、なんと辺境伯でもある団長だった。居心地が悪いままに魔消しをし、その後もう一度誘拐についてもう一度証言させられた。そして直属の上司である隊長にサインして提出するよう伝えてこい、と命令され、訓練場へと向かうことになったのだ。


 近付くにつれ、ワーワーと騒がしい声が聞こえる。訓練場はとても広く、いくつかの隊が場所を分けながら訓練中のようだった。きょろきょろと見知った顔を探すと、すぐに見慣れた黒髪を見つけてほっと息を吐いた。あれはアルグレックだ。なんで一番奥で訓練しているんだ。ツイてない。


 邪魔にならないように、離れたところから訓練を眺めることにした。休憩になったら、こっそり隊長に渡してとっとと帰ろう。


 やっぱりどの特隊員も凄かった。1対1での訓練のようだが、魔法でも剣術でも何でもありのようで、色んなものがぶつかり合う音がここまで聞こえてくる。


 アルグレックはコルデーロ隊員の怒涛の攻撃を難なく避け、反撃し、吹き飛ばされるを繰り返している。

 なんで少し楽しそうなのか分からない。それなのに、小さな笑みが零れていた。



 休憩になったのか、隊員たちが動きを止めて地面に座り込み出した。フィリアは今なら良いだろうとこそこそ近付いていく。

 一番先にアルグレックに気付かれ、三度見された。



「フィリア?!」



 その声を合図にするかのように、隊員の視線が一気に集まった。いたたまれない。その視線に気付かないフリをしながら、一目散に隊長の所へ逃げ込んだ。


「訓練中なのに、すみません。団長からの命令でこれを……」

「いや、ちょうど小休憩を入れたところだから構わないよ。これにサインして出しておけばいいのかな?」

「はい。お願いします」


 隊長が離れた瞬間に、アルグレックたちに囲まれた。理由を話せば口々に「なぁんだ」と言われる。なんだとはなんだ。

 ぶすっとした表情のフィリアにミオーナは臆する様子もない。


「そうよね。あんたが自主的にここに来るわけないものね」

「だって部外者だし」

「その言い方は悲しいわ。がっつり関係者でしょ」

「そうそう。がっつりな」

「うん。めちゃくちゃがっつり」

「えー……」


 決して嫌ではないのについ憎まれ口を叩いてしまう。こういうやり取りができるような友達がいるなんて、去年の自分に言えば鼻で嗤っていただろう。


「団長、大丈夫だった? その……」

「前と同じこと聞かれて話しただけだから大丈夫」

「ああ、うん。それもなんだけど」

「なに」


 はっきりしないアルグレックに、フィリアは首を傾げた。ミオーナたちは彼の言わんとしていることが分かっているらしく、ニマニマと悪い顔だ。


「その、研究員を紹介されたりは……」

「ああそれ。時間が出来次第ここに来ると返事が来たらしい。名前聞いたけど忘れた」

「は!? まさか姿絵とかもらったり……!?」

「なんで? お尋ね者でもあるまいし」

「いやそうじゃなくて……」

「?」


 アルグレックは咳払いをすると、これから他の隊との合同訓練があるから見ていかないかと強引に話題を変えた。訝しく思ったものの、ミオーナやセルシオ、副隊長まで勧めるものだから、まぁ特に予定もないしと了承した。


 少し離れたベンチで作戦会議をしている特隊員たちを眺める。時折ちらちらとこちらに視線を送ってくるのはベニートンだ。

 集中しろ、新入り。


 合同訓練はとても分かりやすかった。団体総当たりで、それぞれの隊長の持つ旗を取れば勝ち。隊員たちが入り乱れたが、見知った顔は特隊員なので、これまた分かりやすい。


 フィリアは全員を見るつもりだったが、気付けばアルグレックを目で追っていた。きっとあのカミラ隊員が褒めていたからだ、ミオーナの変な講義のせいだ、と自分自身に言い訳したが、それもすぐに足りなくなった。


 なぜ、と思ってもいつの間にか見ている。慌てて視線を全体へと向ければ、何度もベニートンと目が合った。

 彼は素人のフィリアが見ても動きが硬かった。さっき遠目で見た時はそんなことなかったのに。急に調子が悪くなったのか、緊張でもしてるのか。


 だとしてもなぜこう目が合うのか分からない。そして毎回慌てて逸らすくらいなら見なければいいのに。しかも、どう考えても今までの視線と違って戸惑いのような視線で、フィリアはますます混乱した。


 接戦だったが特隊が勝った。アルグレックが囮になってセルシオが相手の旗を取った時、フィリアもつい感嘆を漏らし、満面の笑みで手を振るアルグレックたちに笑顔で応えた。


 騎士同士仲がいいのか、解散と言われてからも隊関係なく話している者も多い。それなのにアルグレックは瞬時にこちらへ来てくれて、フィリアは素直に嬉しかった。


「勝ったよ! 見てた?」

「おめでとう。今回はちゃんと分かった。みんな凄かった」

「……カミラさんじゃなくて?」

「みんな」


 どうやら公開演習のことを覚えているらしい。けれど今回は誰を見ていたなんて本人に言える訳もなく、フィリアは適当に言葉を濁した。


「今日はこれで終わり?」

「いや。午後からも訓練だよ。夜で良かったら、メシ行く?」

「うん」

「食べたいものある?」

「うーん、エスパール料理かな。あの海老食べたい」


 誘う前にそう提案され、つい顔が綻ぶ。

 その様子にアルグレックは小さく喉を鳴らすと、作った笑顔で言った。



「いいね。じゃあ()()()()行こっか」

「…………うん」



 この時の気持ちをなんと表現すればいいのだろう。フィリアは笑顔を貼り付けたまま自分の感情に戸惑っていた。

 アルグレックと待ち合わせ場所と時間を決めると、ぼんやりしながら家へ向かった。




 なんだろう。すごくモヤモヤする。


 食べに行く約束ができたのに。しかも、こちらが言う前に向こうから誘ってくれて。またあの店に行けることだって嬉しいし、ミオーナたちとだって楽しいのに。


 けれどあの時は確実に、違う姿を想像したのだ。アルグレックと向かい合って料理を囲む姿を。



 ――そうか。私は、()()()行きたかったんだ。



 そう気付いた時、ストンと胸に落ちたと同時に、どんな顔をしていいか分からなかった。



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