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20.賑やかな食事

 マーケットの活気は凄かった。どこを見てもたくさんの出店にたくさんの人で、これでもマシなんだと言われた時は驚いた。朝の方が品数も人も多いと言われ、フィリアは朝来るのは止めようと決心した。これ以上の人混みは酔いそうだ。


 アルグレックに言われるがまま、色々な食材を買い込んでいく。重いものも平気そうに持っているなと思えば、強化魔法を使っていると言っていた。やっぱり魔法が使えるのは羨ましい。


 もう買うものはないかと確認していると、少し離れたところから間延びした声が聞こえた。アルグレックは思いっきり嫌な顔と声を出した。


「げっ」

「なんだなんだ。お前らもう同棲でもすんのか?」

「ど……っ! こっ、これはフィリアが家を買ったからその手伝いで!」

「えっ、家買ったの。フィリアちゃん」

「まあ」

「あのゴードンさんが前住んでたとこだよ」

「あ〜、あそこ。良かったな、アルグレック」

「な、何が!」


 セルシオだ。今日も派手な女性を連れて、ニヤニヤとアルグレックに声をかけている。それは大体いつものことなので、フィリアは特に気にも留めなかった。


「そういやケガしたって聞いたけど、大丈夫か? 酒も飲めねぇんだろ」

「うん。大丈夫」

「じゃあ完治したら、引っ越し祝いと快気祝いに酒でも持ってってやるよ! そろそろアルグレックが怖いから行くわ。じゃあな~」


 やっぱり今日も煩い男だった。


 セルシオを入れて、今日声をかけられたのは何人目だろうとフィリアはぼんやり考えた。もちろん声をかけられているのは全てアルグレックだ。

 そういえばセルシオ以外は全員女だった。アルグレックはあの顔だから分かるとして、セルシオも今日も女連れだし、騎士自体モテるのかもしれない。


「アルグレックは、恋人いないのか?」

「ぅえっ!?」


 変な声を上げるアルグレックは、なぜか顔が赤い。フィリアは怪訝な顔をした。


「いない! 全然! まったくいないから!!」

「へえ」

「フィ、フィリア……きっ、気になる……?」

「いや全然」


 今度は雷でも頭に落ちたみたいな顔をして固まっている。

 そうだった。この男も変な奴だった。

 フィリアは固まって動かないアルグレックを放置して、すぐそこで安売りしていたパンの詰め合わせを購入した。パンも凍らせて保存しておけるなんて、今日初めて知った。


「はあ……そろそろ戻ろっか」

「うん。馬車代出すから、乗ろう」


 両手いっぱいに食材を持たせている。自分も持つと何度か主張したが、アルグレックは魔法で重くないからと頑として譲らなかった。


 乗り合い馬車に乗り込み、揺られながら家を目指す。自分の家がある、なんてまだ不思議な気分だ。

 他の乗客が全て降りると、アルグレックは眼鏡を外しながらおずおずと口を開いた。


「修道院では料理しなかったの? あそこは何でも自分たちでするイメージだったけど」

「魔石関係は触らせてもらえなかった。万が一壊しても、買い直す余裕もない貧乏教会だったから」

「この街に来るまでは? 野営とかするだろ?」

「移動中はずっと保存食とか、木の実とか食べてた。魔石だけ持ってても使えないし」


 多くの冒険者はチームで行動するので、色々な属性で組むのがセオリーらしい。それに荷物も分担できるため、不足する種類の魔石を持つこともあると聞いたことがある。

 フィリアの場合はずっとソロだし、移動中は特に魔物に遭っても逃げることに重きを置いていたため、なるべく荷物は少なくしていた。

 そもそも魔石に魔力を流せないフィリアにとっては、ただの石と変わらない。


「なんか俺らの遠征より過酷そう……」

「慣れれば平気」


 そこで会話が途切れ、フィリアは何気なくアルグレックの方に視線を送った。菫色の瞳が真っ直ぐこちらを見つめ、口元はきゅっと横に結ばれている。

 何となく言いたいことがあるのだろうと考えたフィリアは、黙ってその瞳を見つめ返した。



「フィリアは、冒険者の仕事が好き?」



 思いもよらなかった質問に、彼女は眉間に皺を寄せて首を傾げた。


 冒険者の仕事が、好き?


 そんなこと考えたこともない。生きていくために、自分で出来そうなことがこれしか浮かばなかったのだ。どんな仕事でも、当たり前のように魔法や魔道具、魔石を使っている。


「別に。他に稼げる仕事ないから」

「それなら魔消師だけでも……」

「たった週2回だろ。稼げるうちに稼ぎたいし」


 フィリアはアルグレックの言いたいことがようやく分かった。

 恐らく彼は、冒険者でいることを快く思っていない。いつも怪我の治癒具合とセットで「よく怪我するのか」「今まで大怪我したことはないのか」「危険じゃないのか」と言われるのだ。


 その意味がさっぱり理解できない。正直放っておいてほしいとすら思う。

 心配されると、只々いたたまれなくなる。心が苦しくなる。いつかの別れが辛くなるから止めてほしい。


 それなのに、アルグレックやミオーナと一緒にいるのが楽しいと思っている。こうやって気にかけてもらえることにつけ込んで、頼っている。


 勝手だなと心の中で吐き捨てると、この話はもう終わりとでも言うように、フィリアは視線を馬車の外へと向けた。


 一番面倒くさい人間は、自分だ。





「……うま」

「ああ〜良かった!」


 野菜と肉がゴロゴロと入ったスープを食べながら、フィリアは素直に感心した。教えてもらいながら肉を焼いている隣で、アルグレックは手早くこのスープを作ったのだ。自分は少し焦がしたというのに。

 大袈裟に安堵していたアルグレックは、その少し焦げた肉を食べると、これまた大袈裟に感動していた。


「これがフィリアの初手料理! なんか貴重!」

「焼いただけだろ」

「そんなことない。塩加減だってちょうどいいよ!」


 フィリアも囓ってみたが、少し薄味な気がする。それに少し硬い。ひとつも感動しなかった。

 スープは大きな鍋いっぱいに作ってくれたので、冷めたら冷凍しておけばいいと解凍のやり方まで教えてくれた。


「よく知ってるな」

「騎士なら皆知ってるよ。遠征でメシ中に魔物が出ると、とりあえず冷凍しちゃうんだ。他の魔物が寄ってこないように」

「へえ」

「うちだと大体ミオーナが解凍担当なんだ。最初の頃は炭にしてて……」


 豪快な祝福の使い方だな、とフィリアは苦笑する。遠征先での料理はシンプルで、とても参考になった。


 騎士団の中には「当たり魔物肉ランキング」なるものがあるらしく、遠征先ではつい探してしまうという話には呆れつつ笑ってしまった。

 どんどん騎士のイメージが崩れていく――良いか悪いかは分からないが。


 こんな風に店ではなく、自分が住んでいるところで誰かと食事をするなんて修道院以来だ。こんなに賑やかな食事は、もう記憶にすらない。


 自然と口角が上がっていることに、フィリアは気付いていなかった。



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