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109.エピローグ

 春の気配が訪れる頃、王都と国境地ではある演劇が大きな話題を集めていた。


 題名は『魔消しの祝福』。

 パトロンに王家が含まれており、チケットもいつもより安く、同時に広場では吟遊詩人まで現れあらすじを歌うなんて、何が目的なのかはすぐに分かるだろう。


 演劇は二部構成。

 前半は『悪』になったきっかけだ。時の王が悪政を強いた際、それを必死に諌めたが聞き入ってもらえず、最終的に簒奪を狙った魔消し。その彼を酷く恨んだ王によって、魔消しはその時から『悪』となった。

 後半は見直されるようになった理由だ。

 ひとりの魔消しがある街で騎士と出会い、ひょんなことから一緒に人身売買事件を解決する。ふたりは恋に落ち、クーデターを止め、最後には王子を助けた。というシナリオだ。


 事実と創作を織り交ぜながら、それぞれ今をときめく人気俳優たちが魔消しを演じている。



 おかげでフィリアは広場に行けなくなった。

 特にこのエスカランテ領民はそのモデルがフィリアだとすぐに分かったので、彼女を見つけるとあっという間に取り囲み、質問大会が出来上がるのだ。


 最初は街の人が今になってなぜこんなに詳しく王都でのことを知っているか疑問だったが、アイス屋の店主バリーに演劇のことを聞いて卒倒しかけた。

 ちなみに、店主は初日に見に行って泣いたらしい。



 そのため買い物はもっぱらアルグレックに任せている。家に帰って来た日から、ふたりは一緒に住んでいると言っても過言ではなかった。



 あの日、帰ろうとするアルグレックを引き留めたのはフィリアだった。



「フィー。手を離さないと帰れないんだけど」

「ああ……うん………………その、ほんとに帰るの」

「じゃないと俺、絶対我慢できないし、しないよ」



 何を、とは聞かない。


 帰りの妖馬車の中で、ミオーナに持たされた指南書の()()()()を手取り足取り教えられたのだから。知ってしまった濃厚なキスを思い出して、フィリアは顔を染めた。


 もしかしたらまだあの熱に充てられているのかもしれない。それでもフィリアは手を離さなかった。離したくなかったのだ。


 ミオーナの言っていた、「どうしても離れがたかった」の意味がようやく分かった。



「……フィー」

「だから……それでも、帰らないでって言ってんの」

「~~~っ、もう撤回は受け付けないからな!」



 アルグレックはさっとフィリアを横抱きにすると、ふたりはそのまま長い長い夜を過ごした。


 一度こうなれば余計に離れがたく、アルグレックはフィリアの許可を得てほとんど一緒に暮らすようになったのだ。




「ああ、おかえり」

「ただいま……何回聞いてもいい響き……!」

「いい加減慣れれば」


 フィリアは胡乱な目で一瞥しただけで、いつものように後ろから抱き締める男を放置して料理を仕上げる。


 すっかり新婚のような生活だが、ふたりはまだ結婚式を挙げていなかった。

 団長が勧めてアルグレックが大層気に入った湖の畔にある聖堂は、5月末まで予約でいっぱいだったのだ。


 もしこの現状をルオンサが知ったら倒れるだろう。そんな彼もフィリアの結婚式を楽しみにしているらしく、手紙には毎回「結婚式が待ち遠しい」と何度も何度も書かれている。


 楽しみにしているのはルオンサだけではない。


 帰ってすぐ家で念願の『お疲れ様会』を開き、そこで初めて王都でのことを話し、ミオーナに泣かれた。セルシオまで目が潤んでいるのを見て、フィリアは危うくもらい泣きしそうになった。


 結婚の話も大泣きしながら喜ばれた。本当は城館に戻った時すぐ指輪に気付いたのに、話すのを待っててくれていたのだ。ミオーナもセルシオも、それはそれは結婚式を楽しみにしている。


 特隊員たちもそうだ。アルグレックは色んな人に祝いの言葉と共に背中をバシバシ叩かれまくり、副隊長には「では家のことは撤回ですね。安心しました」と微笑まれた。

 あとで「自分が死んだら家を後任の魔消師に」と伝えていたことをアルグレックに白状させられ、怒られたけれど。



 魔消しへの偏見が全て綺麗に消えた訳ではない。いくら国王や総大司教が認めたからと言って、長く根付いた差別は簡単にはなくならない。


 住宅案内所の店主のように急に掌を返してやたら持ち上げる者もいれば、一体どんな手を使って取り入ったんだと面と向かって怒鳴ってきた者もいた。

 見学して結局却下になった教会の中にも、穢らわしいと言いたげな視線を送る神官もいた。



 けれどフィリアはもう、心の底から気にならなかった。


 愛する人がいる。愛してくれる人たちがいる。

 彼らの存在が、フィリアにとっての祝福だから。



約1年間お付き合いいただきありがとうございました。

感想、誤字脱字の報告、ブックマークに評価にいいね、本当に励みになりました。ありがとうございました。


番外編は書き上がり次第載せたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] これから番外編を含めると一年を超えるでしょうか? お疲れさまでした。 番外編も無理の無いペースでどうぞ。 最後にフィリアさんが素直になってしまいました! 沢山傷ついてきた彼女は、掴んだとい…
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